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AM7:00のハニーミルク

吸血鬼職人の朝は早い。だいたい18時くらいが日の入りだからだ。
「おはよう……」返事がないのにも慣れっこで、朔間零は食パンを焼く。部室の片隅、朔間零専用私物置き場の年代物のトースターが今朝も唸る。唸る割には物悲しい、チーンという音を聞きながら、朔間零は服を整える。パジャマ兼部屋着兼運動着兼制服のアイドル科特注ブレザー一式。コーヒーをこぼしてもバレないズボンの柄がお気に入りだ。おぐしを梳かして朝食の席へ、着く前に顔を洗い忘れたと洗面台へ。すれ違う人ほとんどみんなの振り向く美貌は寝ぼけ眼であどけない。ちょっと凛月に似ておるかなと見入りながら乳液を塗り終えた頃にはパンは黒コゲ。なるほど寝ぼけて10分も焼いたらしい。
インスタントカフェラテを注いで着席。炭を齧りながら窓の外の闇を見て、あぁひとりぼっちだとうっすら笑うと、窓ガラスに大神晃牙が映っていた。
「寝ぼけてんじゃね~よ」
「おっ、おぉおおぉおう!?」
大神晃牙、2年B組、UNDEADの狂犬担当。来年には狼になってやるよとは本人談で、狼の牙が見えた返礼祭は記憶に新しい。というか昨日の話だ。返礼祭の衣装を脱ぎ、いつも通りに制服を着崩して、いつも通りというにはちょっとだけ甘い拗ね顔で朔間零の目の前にいる。
「こっ、晃牙、どうして」
「卒業式まで一緒にいるって言っただろ」
平然と言い放たれて困惑する。
卒業式まであと何日だ。3日か。たしかにそんな話を返礼祭打ち上げで聞いたけれど、まさか本気だとは思わなかった。
本気も本気の大神晃牙は向かいのパイプ椅子に腰掛けて脚を組んだ。「それ朝メシ?」
「お、おん……」
「俺様は晩メシにも逃げられたよ。まだ腹空いてんなら食堂行こ~ぜ」
朔間零の頭は混乱を極めた。起き抜けだからだ。わがはいおねむだからむずかしいことわかんない、どうしてこうがはここにおるのじゃ? おなかすいた? ままのおちちがこいしいのかえ?
「さては我輩のハニーミルク目当てか」
「はぁ?」
「超絶絶品なのに我輩が自分の飲む分と合わせて1日2杯しか提供しないというお休み前のホットドリンクのことじゃ」
「そんなんあんのかよ……」
というかそんな紛らわしいネーミングでいいのかよ。いいのじゃよ。
作ってやろう、と牛乳パックを取り出すと、晃牙はキラリと目を輝かせた。しゃあなしに飲む、みたいに取り繕わない大神晃牙も、それはそれで居心地悪い。
作り方は簡単だ。文字通りハニーとミルクしか入れない。コウモリ柄のマグに注いでレンジでチン、それだけで絶品なのは愛し子への愛情が入っているから……もとい朔間零のハチミツの好みが良いだけの話だ。
とろりとかき混ぜたものを、晃牙に寄越す。ふうふうしてひと口、ふた口、み口目はたっぷり飲んで、晃牙はコーギーみたいな笑顔になる。
「うめ~な」
「じゃろ?」
「たしかに1日2杯限定になるな」
「ちなみに我輩のハニーミルクは生涯を誓い合った者にしか飲まさぬ後朝の文じゃ」
「ぶっ」
むせすぎて肺に入ったらしく、晃牙はゆうに1分は咳き込んだ。
「全部、わかってやってんだろ……」
「はてさて」
人の心はわからないけれど、言われたことは思い出せる。たった今思い出した。
『卒業式まで一緒にいたい。あんたのことが大好きだから』
俺もだと応えようにも晃牙は夢の中だったから、零がおぶって帰ったのだ。
くたくたへとへと、かわいい晃牙。愛しい晃牙。スキを伝えるだけ伝えて、吸血鬼の冷たい心にぬくもりを残していった。
「はやくわかるようになりたいのう」
告白くらい待てね~のかよ、と呟く晃牙を、朔間零は腕いっぱいに抱き締める。
あれが告白でなければ、きっと晃牙は世界一かっこいいプロポーズをしてくれるのだろう。1人の男になったときみたいに、全身全霊で大好きと叫びながら。
「本当の後朝に飲めるのを楽しみにしておるよ」
だから早く迎えに来いよな。
そう言う代わりに微笑んで、朔間零の1日が始まる。

「わんこは我輩のこと……スキ?」

花占い……わんこは知っておるかのう?

嬢ちゃんたちのような、かわいいおなごの遊びじゃよ。占いたいこと――それはたいてい片想いの恋路なのじゃけども――を心に決めながら、野の花を手折り、花弁を1枚ずつちぎってゆく……「わんこは我輩のことがスキ」「キライ」「スキ」なんてのう……そうして最後に残った花弁が「スキ」の花弁か「キライ」の花弁かで結果を見るのじゃ。
花弁の多い花ほど結果がわからなくてよいとか、ついムキになって何度もやり直してしまうとか……それでも「キライ」にしかならずに落ち込むとか…………ククッ、可憐じゃのう……?
そんなかわいらしくも真剣な乙女の恋占いがあるのだと、このあいだ嬢ちゃんに教えてもらって…………屋上の庭園の隅で休んでいるときに……ふと、目をやると……傍らにはたんぽぽ……。

「そうじゃ……♪」

我輩も、『花占い』してみようぞ……♡

ああ……無論、我輩はおぬしの好意を疑ってはおらぬぞ? わんこは我輩のことが大好き……世界一、誰よりも大好きで……我輩はわんこに世界一愛されておる、幸せな吸血鬼じゃ……♡
けれども……やっぱり、確認したいじゃろう……?

「わんこは我輩のこと……スキ」

ぷちり。爪先で花弁をそっとちぎると、嬢ちゃんのように愛らしいたんぽぽはその身を震わせて……少しだけ、痛そうじゃった。我輩の心もチクリと痛んだのじゃけども……キライ、スキ、キライって呟くことに夢中になって……痛みは遠くどこかに消えていたのじゃ……。

スキ、キライ、スキ、キライ、スキ…………わんこは我輩のこと、スキかのう……キライかのう……よく死ねって言ってくるし……大嫌いとか……昔は「朔間センパイ最高っす!」って言ってたのにのう…………スキ、キライ、スキ、キライ……あぁ、黄色い花弁がどんどん減ってゆく……キライ、スキ、キライ…………。
花弁をちぎる手は止まらなくて……4限おわりのチャイムが鳴る頃には、あんなにフサフサだったたんぽぽは残り4枚じゃった……。

「スキ、キライ、スキ…………やはり、のう……」

そうして最後に残ったのは……「キライ」の花弁……。

真実を……突きつけられてしまったようじゃのう……? いつしか陽光から逃れるように棺桶に引きこもり、輝くステージに立てなくなった我輩に……わんこは失望しておるから…………だから……わんこはもう、我輩のこと…………。

我輩の心につられるように、あたりは急に暗くなり始めた……。ずっと濃くなった木陰が、ブラウンチェックのスラックスに黄色い花弁を散らした我輩の膝と、たんぽぽの群れの上に覆い被さって……たんぽぽは寒そうに身を寄せ合うけれど……我輩の隣にはもう誰も…………そうするとますます落ち込んで、悲しくなって……。

そのとき……

「あのっ、朔間先輩……ですよね?」

ぱっと顔を上げると……我輩の目の前には、泣きそうな顔の紫乃くんが……おったのじゃ。

「あっあのっ、大丈夫ですか? しんどかったら……これ、あったかいお茶ですっ。水分補給してください……!」

我輩は言われるままに水筒のお茶を受け取って……こくりと飲み干すと、喉の奥までカモミールの香りが広がってゆくのを感じたのう。
あたたかくて、穏やかで……優しい、思いやりの香り……。

「紫乃くん……ありがとう、人心地ついたぞい。しかしなぜここへ……?」

我輩はおもわず尋ねたのじゃ……紫乃くんと普段出くわすのは、中庭の庭園やグラウンドの花壇……校内バイトで洗濯物を干しに来たにしては、洗濯かごも見当たらぬ。それに、なにやら息を切らしているような……?

「えへへっ、よかったです。お代わりたくさんありますから、おっしゃってくださいね? 実は大神先輩に、朔間先輩を探すよう頼まれて……」
「――いやがったな! 吸血鬼ヤロ~!」

おぉうっ?

 

「…………んだよ、なに花なんか毟ってんだよ。テメ~にはやることが沢山あんだろ~が。UNDEADの仕事とってくんのと、サーカスの打ち合わせと、文化祭の出店申込書書くのと、あと俺様のギター! テメ~の歌に合わせられんのは俺様だけだかんな、さっさと練習しようぜ。……なにニヤニヤしてんだ」

ふふっ……なんでもない、なんでもないぞい……♪ 少しばかり……占いに惑わされただけなのじゃ……。
わんこ、大好きなわんこ……世界一大好きなわんこ……♡ わんこのことが大好きなのも、世界一愛しているのも、我輩じゃったのう……? わんこは優しくて真面目で……今の我輩のことはスキになれないじゃろうけれど…………今だけはおぬしのこと、独り占めしてもいいかのう……?

秘すべき醤油ラーメン

※「秘すべき袋めん」ってタイトルにしようと思って最初に思いついたのが「秘封醤油ラーメン」だったけど秘封はそういう意味じゃなかった

 

 

おぬしはチャルメラ、我輩はチキンラーメン。たまごポケットには落とし卵ひとつ。
「それで『ヒヨコさんが可哀想です~』とか言いやがったらぶっ飛ばすかんな」
「なに訳のわからんことに毒されておるのじゃ」
「……合コンでそうほざいたヤツがいやがったんだよ」
深夜にほど近い11時、大神宅。
肩を落として帰宅した愛犬に即席ラーメンを振る舞って、零は恋人を慰めた。
ぽつりぽつりと零された話を聞くに、ファンク・ロック好きの飲み会に誘われて行ったらただの合コンだったらしい。
「だいたいおかしいと思ったんだよ」
青い方の箸を受け取りながら、晃牙が吐き捨てる。
「ブリティッシュ・ロックが好きだっつってんのに『ファンクで集まるから来い』とか。まあたまには新規開拓っつ~の? 凝り固まるのもよくね~かなって行ったのによ……」
「それでムシャクシャして一杯引っ掛けて帰ったのじゃな」
「おう……」
少し伸びた麺を乱暴に啜ると、付属のスープのささやかな油分が憂い顔を映して弾けた。
「問い詰めても悪びれね~し。『だってカノジョいないだろ?』って」
「あ~……」
カノジョはいない。いることにするのは、晃牙の誠実さが許さなかった。
それでも優しいギタリストは途中まで参加して、割り切れない気持ちを抱えている。
「合コンなんてよう……」
「うむ」
「はあ~……」
「よしよし」
「子供扱いすんじゃね~よ、チクショウ」
「あ、これ……ん」
隣から抱き寄せられ、ままならなさへの苛立ちをぶつけるように体をまさぐられて、零は声を湿らせた。絡めた舌は醤油ラーメン味と発泡酒味、つまり庶民の味だ。酔っ払いの指先で拙く愛撫されても、愛され慣れた肌は快楽を思い出す。
「馬鹿者……我輩お手製のラーメンじゃぞ?」
腰骨をなぞる指に左手を重ねてあやすと、晃牙はしぶしぶといった様子で箸を構え直す。
「ううう」
「ほれほれ、伸びきるぞよ~」
おぬしの零は逃げぬからな……。
そう囁くまでもなく晃牙が汁まで飲み干すのを、零はじっと見つめていた。アルコールに浸した舌には絶品らしい。プラスチックのどんぶりを置いて息を吐く横顔に、零はいつも魅せられる。
「おぬしチャルメラのCMに出るのはどうじゃ?」
「出てど~すんだよ」
「伝えるのじゃ。『恋人と食す深夜のラーメンは至高の味だ』と」
それじゃスキャンダルになるじゃね~かと笑う横顔に、一抹の寂しさが滲んでいた。

午後5時半のハニートースト

「や~いや~い吸血鬼ヤロ~寝坊しやがった~、もちろん同じユニットの俺様も寝坊!!! やべぇ!!!」

晃牙は零の後を追ってバタバタとベッドを飛び出した。時は夕刻、撮影の1時間前だ。太陽に弱い吸血鬼が「ちゃんと夜に入れられたぞい♪」とわざわざ誇らしげにスケジュール帳のひとコマを指差してみせたその時間に遅れようとしているのだから大目玉だろう。とりあえずの服と財布だけ掴んでヘアセットは向こうでしてもらえばいい、ああでもギリギリだったらそんな時間もあるかどうか。
「おい馬鹿きのうのヤツ穿くんじゃね~ぞ!」
「んあ~……?」
廊下でボクサーパンツに脚を通そうとしていた零を制止する。回りにはきのうの残滓、脱ぎ捨てたままのジーンズとか脱がして放ったハイネックとかが寝室まで続いている。欲望に忠実な零はもちろん、アイドル兼零のストッパーもといマネージャーみたいなことになっている晃牙も仕事終わりの熱に身を任せて抱き合ったから、今日の予定なんて頭から飛んでいたのだ。零が穿こうとしていた下着は、晃牙が上から零の性器を散々苛めて濡らしたはずで、勢い余って舐めたり噛んだりしていたかもしれなくて、それがすっかり乾くだけの時間は爆睡していたのだろう。
そんなくたくたの服を着て、つまり昨日と同じ格好で行ったら、どう冷やかされるかわかったものじゃない。同棲中のふたりがラブホから重役出勤しただなんておかしな話だけれど。
「だってわんこが勝手にパンツ片付けとくんじゃもん……」
「あ〜そうですね俺様が甘やかすのが悪ィんですねぇぇぇ。ホラこれ穿け、ズボンも!」
ぎっちり詰まったタンスから替えの下着と穿きやすそうなスラックスを放って渡す。自分の分はめんどくさいから昨日のスキニーでいいだろう。服から同じ洗剤の匂いがすんのもヤベ〜よな、とVネックのシャツから頭を出しながら思って、“同じ匂い”に少しだけ嬉しくなった自分を脳内で殴りつけたら笑顔の零と目が合った。
「わんこの匂いじゃ」
「ちげ〜っつの!」テレパシーかよ。
晃牙が下着を身につけ服の山を跨いで廊下に出る頃には、零はまだセーターを着ているところだった。鼻歌なんて歌いながら寝癖のついた頭をふらふらさせている。ただでさえ狭い廊下が零の両腕に占領されて、晃牙はぶつからないよう身を縮こまらせてスキニーに右脚を入れる。聴きなれたメロディは晃牙のバンドの新曲のようだ。紅蓮の瞳の狼じゃねぇドラキュラだ、と歌詞間違いに突っ込む気すら起きない、甘やかな声。増した愛しさを隠すように、
「なんでそんなに機嫌いいんだよ」
「だって醍醐味じゃろ?」
とん、とズボンをはく脚を下ろす。
首をかしげた晃牙に向けて、甘やかな声がうっとり唄う。
「一緒にあわてて一緒に出るの、家族って感じじゃのう?」

そのまま洗面所へ消える零を見送りながら、ああ、とか、うう、とか晃牙はうめいた。すぐに激しい水音が聞こえる。いつもなら水の出しすぎを叱るのに、今夜ばかりはそんな気になれなかった。
「わんこ~、洗顔フォーム知らんかえ~?」
ぴょこり、と1DKの柱の陰から愛しい笑顔が覗くのを、幸せの朝だと言うのだろう。

お前がパパになるんだよ!

「ややこができたのじゃ」
馬鹿なことを言うものだと、晃牙は零の顔から視線を落として目を見張った。
薄いはずの腹が膨らんでいる。赤子ひとり入るには小さすぎるが、生命を宿すには十分な大きさだ。零の両手に大事そうに抱えられ、ベストの合わせ目から覗いている。
「わんこのややこじゃ」
俺様がパパか。多幸感あふれる零の笑顔を見てから二度見すると、なるほど愛おしさが込み上げる。
「……名前」
「うん?」
「名前、考えるか」
かっこいいのが良いなと呟いたら、零が笑って、大きなお腹がぽこんと蹴られた。「ややこは女の子かもしれんのう?」
晃牙は受け入れた。できたんなら仕方ない。この歳で学生結婚するとは思わなかったがママと子どもと3人で仲良くやれるだろう。未来のことも、自分はともかく零は早めに産休をとらせよう。ハロウィンまでには生まれるだろうか。子どもに見せる初めてのライブが零の心待ちのS1だなんて嬉しい誤算だ。こんなに元気にお腹を蹴るのだから、寒くなる前に生まれるかも…………にしてはなんだかお腹を蹴りすぎやしないか?
「あっこれ、予定日はまだじゃ、あっ、ああ、あー」
はたして零のシャツの裾から元気に生まれてきたのは前足の大きなコーギーだった。
「あああ……せっかく寝ておったのに……」
わらわらと部室を駆け回るコーギー2匹を回収すると、零は肩を落としてネタばらしした。親戚が飼い始めて1週間たらずで急な用事に家を空け、子守を一任されたらしい。
「リッチ〜は」
「『コーギーの飼い方よく知ってるでしょ?』って……」
なるほど月光色の毛並みなんかは晃牙の弟と言っても不思議でない。俺様は狼だ、と言い返すには幼い姿に心惹かれ、晃牙は1匹だけ抱かせてもらった。あたたかい。悪くない。
「ガキも悪かね〜けど、まだいいだろ」
新婚だし。
そうこぼして不覚をとるはずの唇は、子どもの真上で零の唇に塞がれた。

湯たんぽいぬ

「誰が吸血鬼ヤロ〜となんざ帰るかよ!」
と言ったのは10分前の大神晃牙だ。
今現在の大神晃牙は、襟足の寒々しい首にお気に入りの紫色のマフラーをぐるぐる巻いて、宝物のギターをしっかり背負い、
「奇遇じゃのう、おぬしも今から帰りかや?」
「……おう」
正門前で仁王立ちしている。
「別にテメ〜を待ってたんじゃね〜からな。たまたま用事があっただけだぜ」
「して、その用事は終わったのかえ?」
「……フン!」
すたすたと先を行く晃牙に、零は笑いを噛み殺した。
愛犬はすぐに止まって不機嫌顔でこちらを振り向く。こね〜のかよ、と言わんばかりの愛らしいジト目が冬の灯りできらきらして、そんなところまで犬らしい。
『まて』をさせたまま横並びに追いつくと、嬉しそうに鼻を鳴らして大股歩き。
「寒くなかったかえ」
「別に」ツンと上向けた鼻は赤い。
「テメ〜こそ風邪ひいてんじゃね〜ぞ。ライブ入ってんだからな」
「心配無用じゃ。我輩体調管理には人一倍厳しいからのう」
「……グラウンドで寝なくなってから言いやがれ」
見ておったのか、と聞けば気まずそうに目を逸らされた。
自慢の愛犬はとてもかしこい。
ふと、寒気がした。気のせいだろう。チェスターコートとマフラーを着込んだ零の身体は、北風すら抱けやしない。
……あるいは1匹のわんこなら、抱けるだろうが。
「くっつくんじゃね~よ、鬱陶しい」
「どうにも独り寝が堪えるようじゃ」
「あ?」
「なにやら寒気がするのう」
「……あったかい布団でしっかり寝やがれ」
「湯たんぽが必要じゃのう?」
この手みたいに、と17の手を握り返す。
湯たんぽいぬは顔まで熱したようだった。

メリークリスマスとか今そういうのいいから

「のうわんこ、何も良い事はないのじゃよ? お腹いっぱいだからお肉も奢れぬし、くたくただからおぬしの好きな演奏もお預けじゃ。スタフェスと打ち上げでクリスマスを満喫したおぬしと我輩はもはや家に帰って寝るばかり。残り半刻を同じ部屋で過ごすためだけに我輩を招くなぞ、まるで……まるで、」
そこから先は言わせなかった。俺様は『待ての出来ない駄犬』だから、告白も返事もすっ飛ばしてあんたの唇に噛み付いたんだ。嫌だった? ぜって〜嘘だろ。だってどこもかしこもフワフワのイチゴショートみたいに甘くて柔らかくて、あんたの舌は嘘みたいに蕩けてた。
なあ吸血鬼ヤロ〜、もっかいシたい。肉もセッションも今はいいから、焦がれたあんたと甘ったるいことして〜んだよ。ここならレオン以外見てね〜し、明日からは冬休みだし。明日は朝から晩まで肉もギターも吸血鬼ヤロ〜も全部ぜんぶ楽しんで、テメ〜の返事も聞くからよう?

 

※ ※ ※

 

(没文)

「のう、わんこ? 今おぬしが我輩を家に招待しても、何もイベントは起こらぬぞよ? お腹いっぱいだから肉も奢れぬし、くたくただからおぬしの好きなセッションも出来ぬ。本当に寝に帰るだけ、共に眠りに就いて日の出を待ち、共にクリスマスの朝を迎えるだけじゃ。それはまるで……まるで、」
そこから先は言わせなかった。告白も返事もすっ飛ばした俺様は、待ての出来ない駄犬だろう。だけど噛み付いた唇はとても甘くて、打ち上げのケーキに塗りたくったクリームを舐め取ったら今度は柔らかくて、飽きずに口の中までねぶり合ったコイツの返事は待つまでもなかった。
プレゼントを抱きかかえた俺様はその肩越しに夜道を見た。濃紺の世界に舞う雪があたりを白く染めてゆく。こんなにも美しい深夜だけれど、聖夜を祝う魔物というのもおかしいだろう。だから俺様は冒涜的なキスで呪ってやるのだ。ファッキンメリークリスマス。

コウモリ柄のエプロンに

肉の焼ける匂いで目が覚めた。カーテンから朝日の薄く透ける部屋、にそぐわぬ濃い匂いは、その続きの一口コンロのキッチンから漂っている。夜の疲れを引きずる足で向かうと、エプロン姿の吸血鬼ヤロ〜が朝っぱらからフライパン相手に苦戦していた。
「……はよ」
「もう少し寝ておれ」
踊り狂うように跳ねる油と焼肉のタレ。その高カロリーの海に漂う炭の塊。グラム500円のラベルと空パックの転がる中に、記憶の底に眠らせていた弁当箱。
「……それかあっちを見ておれ」
困ったような怒ったような顔の恋人が愛おしくて、気づけば体をかき抱いていた。
「……うまそう」
焼肉もあんたも。
こんなにも欲情しているのに、コウモリ柄のエプロンに染み付いた糊と油の匂いが、いつか嗅いだ母親の匂いを思い出させた。

「悪いおてては」(R18)

「悪いおてては……こうじゃ♡」
両手にするりと絡められた指に、晃牙は息を飲んだ。
いわゆる『恋人繋ぎ』というやつだ。自分達がするにはおかしい、けれど晃牙の青い心を鷲掴みにする繋ぎ方。
「――――」
夕暮れ時の部室にはふたり以外誰もいない。晃牙が吸血鬼ヤロ〜に吠え始めると、双子はいつもそそくさと姿を消す。
そう、喧嘩をふっかけていたはずだ。なのにいつの間にか妙な雰囲気になっている。逢う魔が時のせいだと零はよく言うけれど、間違いなく吸血鬼ヤロ〜の仕業だ。
「は、はなせよう!」
「なんじゃ生娘みたいに。キスもまぐわいもしておるじゃろう……?」
股間に血液が集まるのがわかった。怒りマラに加えて零の指の滑らかさ。この先を意識しないほうが難しい。
「がううっ」
振り払われまいと追い縋る両手はやはり零らしく、晃牙の手を愛おしそうに握っている。
振り払いたくない。だけど振り払わないとかなりマズイ。
違和感に揺れる腰まで、零の視線が落ちてゆき……
「……おや? なるほど、興奮しすぎて勃起しておったか」
「〜〜〜〜っ!」
こうなるからだ。
「真っ赤になってかわいいのう♪ 若くて青臭くて、恥ずかしいのう……♪」
「ぐううう……! わかっただろ、さっさと離せよ!」
「我輩から手を離すというのかや……?」
「ぐっ」
妙に寂しげに言うから、晃牙はまんまと大人しくなった。
すると嘘だったようにニッコリ笑いを浮かべられ、
「ふふん、それでよい♪ ーーあぁ、じゃがこのままでは鎮められんのう?」
「うぁ……っ!?」
あっさりしゃがんで、晃牙の股間にキスをひとつ。
「我輩が口でするしかあるまい……♡」
晃牙が呆然とする間に、零は器用にも口だけで前を寛げ、すっかり勃ち上がった性器を引きずり出した。

 

「おぉ……♡」
零は屹立をうっとり見上げた。
「相変わらず、おちんちんだけは狼みたいじゃのう……♡」
カリ高で竿の太い、雄々しい男根が零の唾液でぬらぬらしている。かわいい顔に似合わぬ凶悪なイチモツだ。
「……っ」
ピクピクしておる、と呟いた息が、腫れた亀頭をくすぐった。
今からこんなに張り詰めた雄をしゃぶるのだ。想像するだけでじゅわっと涎が込み上げる。
「っ、しやがるなら早くしろよ!」
「そう急かすでない。ゆっくり、ゆっくり、あ〜…………ぁむ♡」
「くぅ……っ!?」
「んんっ、んぢゅ、んく……♡」
血管の位置まで覚えるように、零は頰の内側を添わせて扱き始めた。
「っは、あ、ぁー……!」
すこし口を動かすだけで、晃牙のそこは一回り大きく張り詰める。
たっぷり溜めた唾液が亀頭を包んでめちゃくちゃに刺激するのだろう。わざと音を立てて吸い上げるから、それも耳の良い晃牙にはひどい責め苦になるはずだ。
……それにしたって早すぎるけれど。
「溜まっておるのかえ? んン、まあここのところ、はむっ、んぅ、『革命』でっ、んぢゅっ、んはっ、忙しかったからのう〜?」
「はっ、ぁぐっ、くぅぅっ!」
「暗躍しておると、んんぅ、んっ、我輩も相手してやれんしっ? んぁむっ」
「うぁ、ばっ、くそ、あぁーー」
「ーーわんこは『猪突猛進』なところもあるし、おちんちんも持ち主に似るんじゃろうか」
「ぐうう……っ」
最後だけわざと怒った顔で言うと、悔しそうな、泣きそうな表情で唸られる。
当然だ。挑発に乗って無理な勝負を引き受けたことへの叱責は、『革命』以来初めてのことだったから。
「……な〜んてのう? 怒っとらんよ」
「……っ」
と茶化しても、性器はへにゃりと萎えている。
「よし、よし……♡」
手ではなく、舌でれろぉっと裏筋をなぞる。
ちらりと上目遣いで見てみれば、切なげに揺れる瞳とぶつかった。根は優しい子らしく、自分の未熟さを意外と後悔しているのだろう。
伝えるつもりはないけれど、わんこのそういうところ、好きじゃよ。
……なんて本音は隠して、優しく囁く。
「失敗は成功の母と言うじゃろう。おぬしのアイドルとしての道は長い。ここ一番というところで成功すればよかろ?」
「……っさく」
ついでに、甘い汁も吸う。
「なに、心配せずともよい。我輩がたぁ〜んといじめ抜……鍛え上げて、一人前のおちんちんにしてやるぞい♡」
『Trickstar』のようにのう♡
そう呟くと、見せつけるように根元から先まで舌で舐め上げた。
ぱくりと咥えれば、あとは零の独壇場だ。


……と思われたが。
「んんっ、んっ」
「…………」
「んぷ、んン、んく」
「…………」
「……まだ出ぬのか?」
気まずそうな、怒ったような顔で尋ねられる。
「『鍛え』足りね~んだろ」
突き放して言えば、信じられないとでも言うように目を見開かれた。怜悧な目元が仕草ひとつで幼くなり、晃牙をじとりと見つめる。
「むう……我儘じゃのう? けれども我輩、そろそろ疲れてきたのじゃ……んん」
舐めて舐めて、一休み。
それでも射精しない。
……当然といえば当然だ。単調な刺激をずっと加えなければ『おちんちん』は射精できないのだ。吸血鬼ヤロ〜も同じオトコだろうに気づかないのだろうか。あるいは、自分がとてつもない魅力の持ち主だから、ひと舐めでイかせられるとでも思っていたのか。
「……くははっ♪」
ありえるかもしれない。
「……遅漏」
「あぁ?」
「遅漏。遅漏め」
むかつく、と言わんばかりの呟きが耳に届いた。
褒め言葉にしかならないそれに、晃牙の頬はますます緩んだが……
「あ"っ! ぐああ……!」
急に引きつらせて呻き始める。
「ほぉれ、『がぶがぶ』してやろう……♪」
零が自慢の吸血歯で陰茎を噛み始めたのだ。
「いっ、ぐああ、やめ、あ"ーっ!」
「嫌なら早うイくのじゃな♪ がぶがぶっ♪」
「無理っ! イけるかクソボケ〜っ!」
こうなればもう文字通り押し問答だ。両手で押し合い押し合い、相手の口と下半身をどうにかしようと奮闘する。
しゃがんだままの零の方が若干不利だ。両手を封じられているから、晃牙が後退しても、その細腰に抱きつくこともできない。しかしデリケートな部分を刺される晃牙は必死で逃げる。
勢い、後退りされる分を見越して顔を寄せるがーー
「ーーひゃ、」
「っうぁ!?」
勢い余って、亀頭が零の舌で擦れてしまう。
「うぇえ……むごいのじゃ……」
「っ……これだ」
「ん、う? んぁ……?」
居住まいを正した晃牙に、零が上目遣いで訝しむ。口の中で晃牙の雄が下を向いたのだ。代わりに根元の近くが零の歯列に引っかかり、上顎を持ち上げる。
「えあ、」
「口、すぼめろよ」
亀頭を舌に押しつけると、揃いの紅玉がとろりと蕩けた。
意外とMっ気があるのかもしれない。
「ひゃひふ……んっ、指図するでない」
「いいから……」
わざと耳元で熱っぽく囁く。零の細い指がびくりと強張り、一瞬の後にぎゅっと絡め直された。縋るような、もどかしがるような強さだ。
「……っ仕方ないのう」
そう言いながら、双眸は快楽への期待に濡れている。
「苦しかったら言えよ。すぐに止めるから」
「言う前に止めるという発想がおぬしにはないのかえ? ……ン」
ぐうの音も出ない程の正論を告げた口が、鬱血した亀頭を招き入れる。命令通り舌で鈴口を塞ぎ、唇を竿に添わせると、
「多分、これなら苦しませる前にイける」
晃牙はゆっくりと腰を動かし始めた。

 

 

「んぅ、ウ、」
「はぁっ……はっ……」
「うぁ、う、ぅん……っ」

ーーこんなの、違う。

『舌』で感じながら、零は愛犬を見上げた。
「はっ、はーっ、くそ……っ」
晃牙は夢中で腰を振っている。喉奥まで突き入れることなく、カリがようやく口に収まるくらいの浅いところを、舌の真ん中目掛けて延々と。
喘ぎ声を漏らしてはいない。けれど鈴口からは絶えず先走りがトロトロと溢れ出て零の喉まで流れ込んでいるから、フェラよりずっと感じているのだろう。悔しいが、金色の瞳もセックスのときみたいに零を求めてギラギラ輝いている。
「ウ、ぁえ、っ、んうぅっ」
ーー違うのは、自分。
突かれる度に全身をビクビクさせて感じてしまう、吸血鬼の方。
「ぐっ、んぅ、うあ……っ」
つるつるで柔らかい亀頭が、同じくらい柔らかい舌とキスして。
ぐに、にちゅ、と押し付けられると、そこから爪先まで電撃が走ったみたいに気持ち良くなる。
「……っ、く!」
「ウ、うぅー……っ!」
また、犯されてビリビリする。
いつも最奥でどんなことをされているかわかったからかもしれない。唇を後孔みたいに窄めると、カリが引っかかって晃牙を仰け反らせるのもいい。すぐに突かれて口を開いてしまうのは逆だけれど。
亀頭だけに吸い付く後ろに見立てたら、オナホールになった気分だ。
「わっ、わがはっ、おな、」
高貴なる吸血鬼の我輩が、自慰の器にーー
あまりにも不敬で甘美な妄想だ。
それに形を与えるように、強く突かれてた舌が縮こまりーー
「ーーぁ、ぉぐっ、ウ、うぇ、っ……!」
「だい、」
じょうぶか、と続けようとした晃牙が、零を見て生唾を飲んだ。
酷い顔をしているのだろう。涎を溢れさせて、涙まで滲ませて……陶然と、晃牙に舌を突き出して。
でも、それくらい欲しい。何もかも気にしないくらい、舌を犯してほしい。
「んっ、だい、大丈夫じゃ、だからはやく……っはやく挿れておくれぇ……っ」
晃牙が、欲しい。

「ウーッ、うぁ、ァっ」
「っ、は、ちくしょ、はぁっ」
「んン! んっ、ーーッ!」
声が裏返る。
あたまが熱い。脳が、神経が焼き切れる。
「ぁ、こぅ、んんぅ!」
ビリビリして、わんこを呼べなくなる。
「イくっ、イくぞっ、零っ」
「ぅんっ、はぁ、ア、ひへ、」
きて、晃牙。
もっと突いてーー
「ーーーーッ!!」
「あ、あぁあぁぁ……っ!」
爪先まで全部、晃牙を感じさせてーー

 

 

そして、3日後の軽音部室。
「『ごっくん』はNGじゃ」
股の間を見下ろすと、真剣な眼差しとかち合った。
「いくら咳き込んでも、ねばねばが取れた気がせんかった。我輩吸血鬼じゃけども精液には勝てん……」
聞き飽きた言葉を、子どもに言い聞かせるように懇々と投げかける。あの後えずきまくったお陰ですっかりトラウマらしい。絵画の女神のように美しい顔が顰められている。
「だいたい味もウェってなるし……んっ」
そのくせ……口でするのは止めない。
「んんっ、はぁ、なのに、んちゅ、癖になってっ、はふぅ、やめられん……っ♡」
晃牙の猛りをうっとり眺めては、根元まで咥えてねぶり上げる。
広げた舌に亀頭の先を押し付けてやると、零の体がビクビク跳ねた。
「はっあぁっ♡」

ーーあれから、毎日呼び出されている。
零の目的は舌コキだ。しかも、する側ではなくされる側。この前さんざん舌を使われたのが忘れられないらしい。
『我輩、オナホールになってしまったのじゃ……』とかしおらしく言った吸血鬼ヤロ〜こそ、晃牙をバイブか何かと勘違いしている。あのときの罪悪感を返してほしい。
「のうわんこ、我輩の舌をいじめておくれ? ココでたっぷりシゴいておくれ?」
「遅漏っつった癖に」
「わんこはイジワルじゃ」
「テメ〜に言われたかね〜よ!」
逃げようと腰を浮かせると、両腕でがっしり抱きつかれる。
『悪いおてて』はどっちだ。
「……っこの、クソ吸血鬼ヤロ〜!」
非難を込めて見つめると、トロトロの真紅の瞳にハートマークが浮かんでいる。……ように見えた。
「我輩をハマらせた責任、とってもらうぞい……♡」

『特訓』の成果は、晃牙ではなく零に出たようだった。

またたく夜

肌寒さに身を縮こます秋の夜更け。
大神家のベッドの森に生まれたままの姿で迷い込んで、息を潜めて横たわって1時間。
「わんこ~我輩お腹が空いたのじゃけども」
事後の気だるい空気を情緒なく破ったのは零だった。
「んだよ……」
「お・な・か・が空いたのじゃ」
真夜中のワガママに、寝ぼけ眼の晃牙が顔をしかめる。せっかく自室のベッドで恋人に腕枕をして(いつもは棺桶に迷い込むが、そこに腕枕のための空間はない)良い夢を見ていたのに、と据わった目が言っていた。
けれど吸血鬼の小さなお腹が空くのも仕方がないのだ、と零はきゅうきゅうのお腹を抱えて言い訳する。
「やはりハンバーガーはセットにすべきじゃった」
家に着くなり睦み合ったから、晩御飯は放課後の買い食いだけ。何度も体位を変えての『捜索』に、ハンバーガーと野菜ジュースでは役不足だ。
「……もう11時だろ、寝ろよ」
「まだ11時じゃ」
「っばか……あしたのあさな……」
寝たら空腹も忘れんだろ。
言外にそう言って、晃牙の手が零の細い腰を抱き込む。決して離さないとばかりに腕の力は強いのに、指先は駄々を捏ねる恋人にやさしく触れて、まるでガラス細工扱いだ。自分が晃牙にとってキラキラ輝く美術品なのだと言われたようで、夜闇を総べる魔王はまんざらでもない。
「むう……」
まんざらではないけれど、お腹は空いた。
「イジワルするならわんこを食べてしまうぞ~?」
「……っ」
言うが早いか晃牙の首筋にかぶりつく。しょっぱい。肉の味なんてせず、代わりに獲物の恋人が肌を震わせる。
どうじゃ、痛いじゃろう。
してやったりの顔で恋人を見ようとしたら、大きな手に黒髪をかき混ぜられた。
「こもりうた、うたってやんぞ……」
聞き分けのない子ども扱いか。
ふくれっ面をしてみると、長い前髪をそっと掬われる。
「あ……」
視界が開けて見えたものに、零はつい見入った。
幼さの残る輪郭に囲まれて、ひときわ目立つ2つの瞳。愛おしさに満ちたハシバミ色が、夜の帳の向こうで揺れている。
とろりと零れそうなそれは瞼に隠されたり現れたり……
固まる零にふと近づいて……
「おやすみ……」
「――っ、……おおう?」
とうとう今度こそ、瞼が瞳に覆い被さった。
「おっ、お~い」
「…………」
「わんこ~、朔間センパイじゃよ~?」
「…………」
「我輩達の時間じゃよ~?」
「…………くぅ」
すこやかな寝息。
「……オオカミなんて嘘じゃろう?」
そう唇で拗ねてみても、ついたため息は幸せ色をしていた。
「……ばかもの」
――おおきな手のひらで、そっと瞼を下ろしてくるのが悪かった。
眠りに落ちる直前の、晃牙の仕草を思い出す。そっと瞼を下ろして、おやすみのキス。いつも強請って強請ってようやく貰えるのに、こんなときだけさりげなく頬に落とすのだ。こどもにするみたいだ。だけど晃牙は零の最愛の恋人で、おかげで瞼も頬もまだまだ熱が引きそうにない。
……恋人。好きで、好きになられた相手。
「仕方ないのう……」
わんこの我儘をきいてやるかのう。
そう嘯いて、零はいつの間にか剥いだ布団を引き寄せた。……代わりに晃牙の足がはみ出た気がするが、自分の脚を絡めてやればいいだろう。
足指でなぞった晃牙の足の冷たさに、秋の深まりを感じる。
「明日は早起きして、とびきり美味しい朝食をつくるのじゃぞ? ミネストローネとスパニッシュオムレツと、生ハムサンドじゃぞ?」
せっかくだから襟足の寒々しい首にも抱き付いて、耳元に朝食の希望を囁く。すっかり寝こけた恋人は、「……くぅん」と寝言で返事して、やっぱりオオカミなんかじゃない。
「フルーツを切るくらいなら我輩も……指切ったら眩暈しちゃうから止められそうじゃな?」
……くぅ、くぅ。
「ククッ……はやく明日にならんかのう」
おやすみのキスの仕返しは、唇にした。ちょっとだけ長く、愛を込めて。零の頭の中にはとっくに幸せな朝食が出来上がっているから、そのお礼だ。
そして、瞼を下ろす前にもう一度だけ、恋人の顔を見つめる。……零の我儘も知らない、あどけない寝顔。

――ガラス細工みたいにキラキラしていているのは、おぬしに向けられる愛じゃろう?

目を閉じれば瞼の裏にガラスの欠片が瞬いて、子守歌みたいにキラキラ輝きつづけていた。

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