冒頭練習
「1学期より背ぇ伸びた!」
と、喫茶店に来るやコーヒーも頼まずに報告するものだから、零は目の前の後輩を生温かい目で見つめた。
「うっ……んだよ、マジなんだからいいだろ。アイスコーヒーひとつ」
「サンドイッチもおくれ」
アンティークの家具を揃えたこじゃれた店内のいちばん奥の席には、晩夏の光の代わりに美しいシャンデリアが輝いている。まわりの席には誰もおらず、入口に近い2席でそれぞれ恋人が見つめ合うのみなので、はつらつとした晃牙の声はよく通った。
零の最近の楽しみは、ここで『朝食』のコーヒーを飲みながら後輩の学校の話を聞くことだった。後輩、つまり晃牙の放課後に待ち合わせしてコーヒーとか軽食を奢るのだ。なかなかじじくさい楽しみだが、アイドル活動の息抜きだから問題ない。今も晃牙は零の注文から「長話OK」のサインを受け取り、注文を受けて立ち去るウェイトレスには目もくれずに話し出した。
「1センチ伸びたんだけどよ。1センチって、けっこ~でけ~よな」
「そうさのう」
「ふふん、そうだろそうだろ。あんたを見下ろすのも時間の問題だな!」
「我輩の背がこのままじゃったらな」
はっ、と晃牙が顔色を変える。
「まさか伸びてんのか……?」
「まさか」
「だよな~!」
自慢気に腕を組んだまま晃牙が笑う。それに零は曖昧な笑みを浮かべて応えてみせた。
このかわいい後輩は気づいていないらしいが、背の伸びる時期は成長ホルモンの出る時期と一致している。成長ホルモンのいちばん出る時期は12歳から17歳であり、晃牙は成長期を過ぎているのだ。これ以上身長が伸びることは期待できそうにないし、伸びたとしても残り4センチ近い差を埋めることはできないだろう。
真実を告げることが常に最良の選択である訳ではない、と実感した零は、代わりに晃牙の頭を撫でる。
「うわっ、なんだよ撫でんじゃね~よ! 抜かされるのがそんなに悔しいかよ!」
「そうではない。……おぬし、別の急ぎの用事があるじゃろ。身長測定の結果を報告するためだけに息せき切ってここに来た訳ではあるまい」
零の腕を振り払おうと必死になっていた晃牙は、零の言葉に図星を差されておとなしくなった。幼さの残る眉間に皺を寄せて、どう切り出そうか悩んでいるようだった。
晃牙の大先輩は、晃牙に無理難題をお願いされても引き受けられるよう、キッと居住まいを正して待った。
「実は……」
☆ ☆ ☆