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2015年12月の記事は以下のとおりです。

お前がパパになるんだよ!

「ややこができたのじゃ」
馬鹿なことを言うものだと、晃牙は零の顔から視線を落として目を見張った。
薄いはずの腹が膨らんでいる。赤子ひとり入るには小さすぎるが、生命を宿すには十分な大きさだ。零の両手に大事そうに抱えられ、ベストの合わせ目から覗いている。
「わんこのややこじゃ」
俺様がパパか。多幸感あふれる零の笑顔を見てから二度見すると、なるほど愛おしさが込み上げる。
「……名前」
「うん?」
「名前、考えるか」
かっこいいのが良いなと呟いたら、零が笑って、大きなお腹がぽこんと蹴られた。「ややこは女の子かもしれんのう?」
晃牙は受け入れた。できたんなら仕方ない。この歳で学生結婚するとは思わなかったがママと子どもと3人で仲良くやれるだろう。未来のことも、自分はともかく零は早めに産休をとらせよう。ハロウィンまでには生まれるだろうか。子どもに見せる初めてのライブが零の心待ちのS1だなんて嬉しい誤算だ。こんなに元気にお腹を蹴るのだから、寒くなる前に生まれるかも…………にしてはなんだかお腹を蹴りすぎやしないか?
「あっこれ、予定日はまだじゃ、あっ、ああ、あー」
はたして零のシャツの裾から元気に生まれてきたのは前足の大きなコーギーだった。
「あああ……せっかく寝ておったのに……」
わらわらと部室を駆け回るコーギー2匹を回収すると、零は肩を落としてネタばらしした。親戚が飼い始めて1週間たらずで急な用事に家を空け、子守を一任されたらしい。
「リッチ〜は」
「『コーギーの飼い方よく知ってるでしょ?』って……」
なるほど月光色の毛並みなんかは晃牙の弟と言っても不思議でない。俺様は狼だ、と言い返すには幼い姿に心惹かれ、晃牙は1匹だけ抱かせてもらった。あたたかい。悪くない。
「ガキも悪かね〜けど、まだいいだろ」
新婚だし。
そうこぼして不覚をとるはずの唇は、子どもの真上で零の唇に塞がれた。

湯たんぽいぬ

「誰が吸血鬼ヤロ〜となんざ帰るかよ!」
と言ったのは10分前の大神晃牙だ。
今現在の大神晃牙は、襟足の寒々しい首にお気に入りの紫色のマフラーをぐるぐる巻いて、宝物のギターをしっかり背負い、
「奇遇じゃのう、おぬしも今から帰りかや?」
「……おう」
正門前で仁王立ちしている。
「別にテメ〜を待ってたんじゃね〜からな。たまたま用事があっただけだぜ」
「して、その用事は終わったのかえ?」
「……フン!」
すたすたと先を行く晃牙に、零は笑いを噛み殺した。
愛犬はすぐに止まって不機嫌顔でこちらを振り向く。こね〜のかよ、と言わんばかりの愛らしいジト目が冬の灯りできらきらして、そんなところまで犬らしい。
『まて』をさせたまま横並びに追いつくと、嬉しそうに鼻を鳴らして大股歩き。
「寒くなかったかえ」
「別に」ツンと上向けた鼻は赤い。
「テメ〜こそ風邪ひいてんじゃね〜ぞ。ライブ入ってんだからな」
「心配無用じゃ。我輩体調管理には人一倍厳しいからのう」
「……グラウンドで寝なくなってから言いやがれ」
見ておったのか、と聞けば気まずそうに目を逸らされた。
自慢の愛犬はとてもかしこい。
ふと、寒気がした。気のせいだろう。チェスターコートとマフラーを着込んだ零の身体は、北風すら抱けやしない。
……あるいは1匹のわんこなら、抱けるだろうが。
「くっつくんじゃね~よ、鬱陶しい」
「どうにも独り寝が堪えるようじゃ」
「あ?」
「なにやら寒気がするのう」
「……あったかい布団でしっかり寝やがれ」
「湯たんぽが必要じゃのう?」
この手みたいに、と17の手を握り返す。
湯たんぽいぬは顔まで熱したようだった。

メリークリスマスとか今そういうのいいから

「のうわんこ、何も良い事はないのじゃよ? お腹いっぱいだからお肉も奢れぬし、くたくただからおぬしの好きな演奏もお預けじゃ。スタフェスと打ち上げでクリスマスを満喫したおぬしと我輩はもはや家に帰って寝るばかり。残り半刻を同じ部屋で過ごすためだけに我輩を招くなぞ、まるで……まるで、」
そこから先は言わせなかった。俺様は『待ての出来ない駄犬』だから、告白も返事もすっ飛ばしてあんたの唇に噛み付いたんだ。嫌だった? ぜって〜嘘だろ。だってどこもかしこもフワフワのイチゴショートみたいに甘くて柔らかくて、あんたの舌は嘘みたいに蕩けてた。
なあ吸血鬼ヤロ〜、もっかいシたい。肉もセッションも今はいいから、焦がれたあんたと甘ったるいことして〜んだよ。ここならレオン以外見てね〜し、明日からは冬休みだし。明日は朝から晩まで肉もギターも吸血鬼ヤロ〜も全部ぜんぶ楽しんで、テメ〜の返事も聞くからよう?

 

※ ※ ※

 

(没文)

「のう、わんこ? 今おぬしが我輩を家に招待しても、何もイベントは起こらぬぞよ? お腹いっぱいだから肉も奢れぬし、くたくただからおぬしの好きなセッションも出来ぬ。本当に寝に帰るだけ、共に眠りに就いて日の出を待ち、共にクリスマスの朝を迎えるだけじゃ。それはまるで……まるで、」
そこから先は言わせなかった。告白も返事もすっ飛ばした俺様は、待ての出来ない駄犬だろう。だけど噛み付いた唇はとても甘くて、打ち上げのケーキに塗りたくったクリームを舐め取ったら今度は柔らかくて、飽きずに口の中までねぶり合ったコイツの返事は待つまでもなかった。
プレゼントを抱きかかえた俺様はその肩越しに夜道を見た。濃紺の世界に舞う雪があたりを白く染めてゆく。こんなにも美しい深夜だけれど、聖夜を祝う魔物というのもおかしいだろう。だから俺様は冒涜的なキスで呪ってやるのだ。ファッキンメリークリスマス。

コウモリ柄のエプロンに

肉の焼ける匂いで目が覚めた。カーテンから朝日の薄く透ける部屋、にそぐわぬ濃い匂いは、その続きの一口コンロのキッチンから漂っている。夜の疲れを引きずる足で向かうと、エプロン姿の吸血鬼ヤロ〜が朝っぱらからフライパン相手に苦戦していた。
「……はよ」
「もう少し寝ておれ」
踊り狂うように跳ねる油と焼肉のタレ。その高カロリーの海に漂う炭の塊。グラム500円のラベルと空パックの転がる中に、記憶の底に眠らせていた弁当箱。
「……それかあっちを見ておれ」
困ったような怒ったような顔の恋人が愛おしくて、気づけば体をかき抱いていた。
「……うまそう」
焼肉もあんたも。
こんなにも欲情しているのに、コウモリ柄のエプロンに染み付いた糊と油の匂いが、いつか嗅いだ母親の匂いを思い出させた。

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