ぶんぶん
ふたりで買い出しに出て、ハンズの商品棚をうろうろしていると、
「あ」
と短く鳴いて、晃牙は黙り込んだ。
自然と歩くのが遅くなったので、合わせてやりつつ顔を覗き込む。ゆるく跳ねた髪のかかる、柔らかそうな頬がゆっくり赤く染まっていく。
「どうした?」
「あ、ええと……」
晃牙の視線の偏る方にカートを誘導する。蛇みたいに歩くうちに、輸入雑貨コーナーに差し掛かった。視線をたどる。英国旗柄のクッション。俺がきのうまでいた国だ。よくわからないことが起きてよくわからないうちにみんなの仲が悪くなって、よくわからないから助けてほしい。そう言われて飛んだのだった。1週間。俺は俺様だからすぐに片付けて帰ってきた。晃牙に留守を守るよう言いつけておいた(そうすると喜ぶから)けど、これくらいなら現地に行かなくてよかったかなとも思いつつ、労をねぎらうのも飼い主の役目だと思ってこいつの好きそうな新譜をお土産に買ったのだった。
お土産?
「これ? ほしいの? 買ってやろうか」
「いいいいえ!」
手を伸ばして目の前まで持ってきてやったら、両手をぶんぶん振られた。
「そ、そ~いうのじゃ、ね~っす……」
足りなかった訳ではないらしい。
そのくせ、晃牙はコーナーから離れてもチラチラ後ろを向いた。明らかに後ろ髪を引かれている。
欲しいなら言って? いいいいいやいいっす!
「ん~? 変なヤツ」
イギリスならなんでも好きって訳じゃね~のかな。
後輩の好みをふんわり考えながら、棚の間に突っ込んでいく。
マーカーとか模造紙とか適当に突っ込んでレジに並んだ頃、ようやく晃牙が答えた。
「……その、朔間先輩の匂いがしたっす」
「ふ~ん? ……そうか?」
なるほど、と思って自分の腕を嗅いでみる。クッションの匂いはしない。
俺の匂いというよりイギリスの匂い?
聞くと、あ!と晃牙。
「そっすね! 朔間先輩の匂いじゃなくて、……先輩の、匂い……」
それきり黙りこくった晃牙の横で会計を済ませると、輸入雑貨コーナーに戻ってクッションを持たせる。買ってやるけど? わかったんでいいっす。
そう言うのに離れがたいらしい。
「お前、マジで犬みて~だな」
犬のくせに遠慮深いけど。
慌てて追いかけてくるので買い物袋を投げつける。ボール遊び。
俺が放り投げた袋を両手でキャッチして、大事そうに抱え込んで。そうして着いてくる晃牙の後ろで、見間違いじゃなければ銀の尻尾が揺れていた。
羽田空港の長い廊下を歩きながら、そんなことを思い出していた。
何年前の話だろう? 記憶が混濁しているから学院時代を思い出すのだ。俺は我輩で、我輩はスマートフォンを使いこなせるようになって久しい。でもロケ地の空気に頭まで浸かりすぎたから、日本に帰ってきた気になれないのだ。そういうところは年をとっても変わらない。
ふわふわした気分で踏んだ廊下が固い音を立てる。
帰りのゲートに辿り着くと、晃牙が仁王立ちして待っていた。
「おかえり」
しぜんなふうに抱き合う。挨拶のハグ。
「ただいま……うむ?」
我輩は固まる。しぜんなふうに離れようとする晃牙を引き留めて、確かめる。
「日本の匂い」
「あ?」
「これかぁ~……」
肩にしっかり鼻をうずめる。晃牙が跳ねる。
我輩の髪にも、晃牙の鼻が近づく。
晃牙お気に入りのフードの向こうで、ふさふさの尻尾が持ち上がる。