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カテゴリー「晃零」の検索結果は以下のとおりです。

吸血鬼村は地獄ですか?

コーギーの絵本があるらしいのう、としどけない寝姿で言われた。
コーギーの絵本。にんげんの、子どもが読むための絵本で、コーギーについて絵と文でかかれた本。そういうニュアンスで言われたので、晃牙はそっと息を吐いた。
「コーギー村のクリスマスのお話なんじゃと。……あぁ、これじゃ」
闇の中、立ち上げたパソコンで書籍販売のページを見せてくる。まぶしい、闇の中で見ることを想定していない画面の明かりが、棺桶の内側を照らすので、晃牙は外側で跪いて覗いた。
明るい絵柄の表紙。クリスマスツリーを囲むたくさんのコーギー。服を着たり眼鏡を掛けたりしている。一様に舌を出し、期待のこもった眼差しを向ける。
「クリスマスのプレゼントにいらんかえ?」
「持ってる」
「おお……そうか」
そうかや、吐いた息が夜闇に溶けた。
棺桶から離れて、闇の色を確認した。藍色をしていた。晃牙は棺桶模様のネクタイを締めた。零のぼんやりとした眼差しを感じた。
母親に買い与えられた、とは言わなかった。答えてしまえば、わんこのご母堂もコーギーなのかやと聞かれ、自分の母親も吸血鬼であると話し出すに違いなかった。
晃牙の想像を裏打ちするように、零は去りゆく晃牙に「おやすみ」と言った。
おやすみ、吸血鬼村にまたおいで。
吸血鬼村は地獄ですか。はい地獄です。

 

地獄であるところの吸血鬼村の話。
昔々あるところに吸血鬼がいました。吸血鬼は吸血鬼一族の長男でした。吸血鬼は絶滅しつつあったので、というのは吸血鬼狩りに狩られていたので、吸血鬼狩りに国内外を追われました。
というのは嘘で、吸血鬼一族は夜の世界に生きていました。健やかに生きていました。
ただ、夜の世界で生きるには一芸が必要だったので、才能を見出された長男だけが母親と国内外を飛び回りました。夜の世界は世界として確立されており、吸血鬼も等しく住人でした。母親も一芸で夜の有名人でした。
ところで長男はアイドル養成学校に興味を持ちました。吸血鬼でしたが昼の世界の学校に入りました。母吸血鬼の制止は振り切りました。弟吸血鬼も入学しました。
アイドル養成学校で長男は楽しく過ごし、なんだかんだあって人間の男と恋に落ち、幸せに過ごしました。おしまい。

盛り上がりのない寝物語を、晃牙は横になって聞いた。しどけない姿でダブルベッドに寝ている恋人の横で、うつ伏せに寝ていた。午前3時。吸血鬼と人間の男の愛の巣。
地獄の要素がなかった。それでよかった。選び抜かれなかった逸話は散逸し、なかったことになった。
事後、恋人とピロートークした。それだけの話だった。

 

⭕️⭕️⭕️⭕️

大神の期末が酷いのでどうにかしなさいと言われた。何点だったんですか。12点。あまりに酷すぎるから、そして零は人の心がわからなかったから仲間内でさんざ笑って、でも俺内申もっと酷いし、でもう一度爆笑した。
「勉強くらいしろよ」
パイプ椅子を突き合わせて勉強をみてやると、晃牙は首まで真っ赤にしてせんぱいといるほうがたのしいんすと言った。ツインギター、せんぱいと、永遠に弾けるんす。
だからピックを摘む要領で、指先でなぞった。答案の4つの赤丸と「あ」答えを綴る利き手の甲。
「もっと首輪をさ、掛けさせろよ」
膝が触れた。震えていた。歓喜が愛し子の中を駆け巡り、胸元の赤ネクタイを弾ませた。

「勉強くらい、しろよ」
それが5人の仲間内で流行った。全員勉強しなかった。しないからこそ敗れ、膝をついたのだと零は思っている。
「なんじゃわんこ、おしっこかえ?」
4つの首輪をやりくりして、零は犬を飼っている。

In the Rye

キミは芝居掛かった仕草が抜けないね、と監督に言われた。深夜帯の学園ドラマの撮影だった。残念なイケメン吸血鬼という役で売っているから、あるいはそう売るように学院で指導されてきたから抜けないね、と言われる。零はしょんぼりとしてすいませんと言う。すいません、気を付けます。次からしないよう気を付けます。
「馬鹿馬鹿しい」
そういう話を聞かされた宗は2回舌打ちをして零の道化さを笑った。
「そういう役作りで売っていると思わせるのが君だろうに、あざとさを鼻につかせるなど」
完璧であるところの斎宮宗は人形の糸を見破るのが早い。
「お手の物だろう。謝る気などないくせに」
宗はバナナケーキの先端をフォークで切って食べた。バナナがキャラメリゼされて美味しそうだと零が行きつけのケーキ屋で見かけておもたせにしたのだった。バナナケーキ。3つ、家主の宗とお客の零と居候のみかの分。
いつまで茶番をするのかねとみかの分のケーキを箱に戻しながら問われた。どちらかというと責める口調だった。大きな箱にバナナケーキ1ピース、ボール紙で固定して片道分の保冷剤を入れ替える。蓋を閉じる。零に渡して持って帰らせる。零は受け取る。
お茶会から帰宅した零は箱を開けて、綺麗な絵柄の皿にケーキを乗せるとリビングで待つ晃牙にフォークを添えて差し出す。
「ひとつ? いらね~の? 半分こしようぜ」
綻びが出ないよう気を付けます。

 

 ※

 

彼の茶番を聞きながら、作るならケーキよりタルトだろうと宗は思った。
ケーキよりタルト。キャラメリゼよりチョコレートがけ。土台だけ焼いて一緒に作るのもいいかもしれない。
「バナナと好きなフルーツを買ってきたまえ」
タルトにするからね。思いのほかやさしい声が出たことに驚いて、キャラメル焼けだと納得する。あるいは電話のマジック。
土台のクッキー生地をキツネ色にした頃に、みかが息咳切らして帰ってきた。「こんなに買ってどうするのかね」「ぜんぶ乗せてスペシャルにしよ思てん!」
ぜんぶ切って乗せた。
「乗りきるもんやねえ、マド姉」
『みかスペシャルね、みかちゃん』
ケーキナイフを慎重に入れる愛し子ふたりを、宗は見ている。
「ノン! 余所見していると崩壊するだろう」
言ったそばからラズベリーが転げて落ちた。みかの手が拾って食べた。
「あっ!先に食べてもた! お師さんごめん」
タルトの縁の高さまで王国建設完了それでおしまい。

 

夜長

2016年春の晃+零

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橋を焼く

大神晃牙は平均的な家庭で育ったと朔間零は思っている。平均的な、平凡でそれなりに行き渡り満ち足りた愛情と教養。
たとえば大神晃牙は月に二度夜の9時頃かかってきた電話を受けていくつか話す。飯食ってる掃除してる、鍵なくしてない、野菜はラーメンのもやしとか。先輩に迷惑?かけてね~よ。
そうすると仕送りに野菜と先輩の好きなトマトジュースの紙パックが増える。みっしり詰まった大型の段ボール箱を前に大神家の息子は途方に暮れて、鍋でもするかと俺に言う。困り果てたように言って、出汁のとり方を電話する。母親に。そして鍋で野菜をあらかた食い尽くしたら晃牙は俺を大切に抱いて俺は晃牙に愛情を充填される。
「豆ごはん」
その日も晃牙は宅配便を受け取って、蓋のガムテープをバリバリ剥がしながら背後の俺に問いかけた。「豆ごはんでもいいか?」悪くなるから今日中に炊けってうるさくてよとひっつかんだ袋に剥いた豆がずっしり詰まっている。
「炊けるのかや?」
「親が炊いてるとこ見た」
「それは……」
「わぁってるよ! ググりゃいいんだろ!」
面倒くさそうに携帯端末を取り出したのはただのポーズで、晃牙は鼻歌混じりに米を研いで豆を流し入れた。そうして俺は食事当番じゃないので食卓について待っていると、豆ごはんと昨日の残りのからあげと豆腐の味噌汁と買ってきたコロッケと一昨日のほうれん草のおひたしが並んだ。一汁三菜。箸の束を持ってきた晃牙が変な顔をする。
「言いたいことあるなら言えよ」
「豆ごはんイヤじゃ」
「そっち!」
「食べたくないんじゃもん」
「別にいいけど」
「けど?」
「俺様がこれ食いすぎて腹ん中で発芽して食い破られて死んでも文句言うなよ」
「……冗談キツイのう」
「食うのかよ」
「…………」
「豆ごはん食っててもかっこいいんだな」
「…………」
「ふたりとも発芽したら庭に埋まろうな。朔間先輩」
晃牙は豆の死体を、白米の上で潰れて黄緑を広げる豆の死体を見て、向き直って笑った。甘やかな笑い方だった。電球色の灯りが食卓を照らしていた。俺と晃牙が豆ごはんを囲むその部屋には当たり前だが俺と晃牙しかおらず、中央にはトースターで焦がしたコロッケとから揚げがひとつの皿に、ほうれん草には醤油とカツオ、味噌汁の味噌の匂いがぷんと香り、部屋中に炊き立てのご飯の匂いと豆の青臭さが充満している。
凄惨だ。
そう、であることは俺の中では明らかだったのに晃牙は発芽しそうなほど豆ごはんを食べて食いすぎたと笑ってベッドにもぐりこんだ。すぐに寝息が聞こえてきて、俺はひとり残された。最初から残されているのもわかりきったことだった。

玄関を出て階段を下りてアパートを出た。住宅街の真ん中の公園まで歩いて行った。ベンチに座って、座り続けて、夜が明ける前に家に戻った。晃牙は身じろぎもせずに丸まっていた。
「なあ晃牙、朝だぜ」
朔間零はそれ以外の言葉を持たない。「なあ、起きろよ」 

リボルバー式

雨が降ったから吸血鬼を犯した。それだけだった。それだけ、つまり傘も差さずに土砂降りの校庭に向かう吸血鬼を昇降口で捕まえて、お誂え向きに鍵の開いた部屋に押し込んで犯しただけ。たんたんと。
「几帳面じゃのう」
満ち足りた顔で零が言う。
「ゴムなんぞせんでよかろうに」
レイプだった。
レイプ以外の何物でもなかった。合意など当然なく、ただ雨が降ったから犯さなければならないので犯した。ゴムをつけ、脱がせた服を畳み、うつ伏せに押し付ける床は綺麗なところを選んで犯した。そして零はそれに希望を見いだし晃牙は絶望している。だからレイプだ。
誰にとって?
「黙れよ」
黙り込んだ。
雨が降り続けている。もう一度犯した。
淡々と腰を振る晃牙の下で、吸血鬼は体をくねらせた。しなを作るような、媚びるような曲線だった。実際そう見えたのは晃牙だけで尻の穴と男性器の摩擦に苦悶の表情を浮かべる吸血鬼だった、ということにするべきで晃牙は気持ちよくなかった。そういうことにするべきだ。雨音のような単調なレイプ。零にとってレイプにしたかったから晃牙は再びゴムをつけた。零と隔たりを作ってこれはレイプだと示すように抱いた。レイプである必要があった。雨の中を行くのと同じくらい酷いことをされているのだと教えなければ、晃牙は、望まれているから教えなければならなかった。吸血鬼は水が禁忌だから。射精して吸血鬼の腸が満たされる。水に近い色の液体。水は雨になって吸血鬼と晃牙を包囲している。
「お腹空いたのう」
死ぬほど酷い目に遭った、2度も遭った吸血鬼がへらりと笑って身を起こす。痣ひとつない美しい、この上なく完璧で十全な肉体が人質に取られていた。命を命とも思わぬ態度で零はいた。
レイプしたのに。
「猥雑な言葉を使うでない」
なら銃の手入れだった。銃の手入れをするように行うべきレイプ、たんたんと、リボルバーから弾丸を抜き去り分解する。部品をくまなく磨き上げ、収まるべきところに全てを収め、弾丸を込め直し、構える。構えた。構えているのは朔間零だった。弾丸ひとつない銃。
「今日の日替わりなんじゃったかのう?」
「知るかよ」
自殺用リボルバーを向けさせながら、晃牙が答える。

良いコト尽くしの小籠包

レオンの妻の実家は駅を挟んで向こうにあった。おかげで2人と1匹は中華街を通り抜ける間じゅう中国4000年の歴史の誘惑と戦わなければならなかった。
「レオンもすっかりパパの顔じゃな」
肉まん、青椒肉絲、桃まんじゅうときて最後は小籠包。蒸し器の蒸気で汗ばむ路地を抜けてしまっても、匂いは纏わり付いたままだ。出口から追い縋ってくる角煮ダレの香ばしい匂いに、零は涎を持て余しながら話を振る。
「男の覚悟が決まった顔だな」
「お赤飯でも炊こうかのう」
「それより肉食おうぜ肉。なっ、レオン」
ワン! と応えたレオンの顔はきりりと勇ましい。どちらかというと肉食への期待で引き締まっているようだったが、同意を得られた晃牙は満足げに手綱を持ち直した。「やっぱ小籠包買お~ぜ! レオンにはシチュー肉焼いてさ」
「晃牙も子ども欲しいか」
思わず足を止めると、零は行き交う人の流れに飲まれるように俯いていた。
安い背広の男が晃牙と零の間をすり抜けてゆく。家族への土産を提げて、疲れた顔に微かな笑みを浮かべている。5個入りの肉まんの箱も、青椒肉絲を大盛り詰めた容器もふたりの手には無かった。
「『俺』、は、産めないけど」
「『女なら産めるからそっち行けよ』ってか? 行ってほしくね~くせに」
手綱を取っていない方の手で零の肩を引き寄せると、濡れた瞳が赤提灯に照らされ輝いた。
晃牙と零の間に割り込んできたのは先の男だけだった。他の通行人は、急に立ち止まった晃牙達を気にすることなく各々の目的地へ去ってゆく。甘い桃まんじゅうを食べながら、あるいは手ぶらで。
レオンが鼻を零のふくらはぎに押し付ける。
「『よくないこと探し』はさ、そろそろ飽きろよ。俺様あんたといて良いコトばっかだぜ」
「…………」
「馬鹿ヤロ~だな、あんたは」
「……馬鹿じゃね~もん」
「タコスヤロ~か? どっちでもい~けど。『人の心がわからない』とか『生活時間が合わない』とか『家庭環境が複雑』とかよう、そんなの惚れた時から知ってるし。知ってて大好きだし。俺様のこと舐めてんじゃね~か?」
「舐めてね~もん……」
「なら小籠包奢ってくれよ、『朔間先輩』?」
わざと茶化して言うと、晃牙は零の背を押して今来た道を引き返し始めた。有無を言わせない強さだ。零はおもわず目を見張り、そして笑みを零す。
「……おぬしも『朔間先輩』のくせに」
蒸し器の蒸気で汗ばむ路地に入り込み、右手の2軒目。あっという間に財布の紐を解かせた晃牙は2人分の小籠包を左手で熱そうに抱え、湯気で濡れる薬指に銀の指輪が煌めいている。
「死んでも死にきれなくても大好きだぜ!」
中国4000年の街並みに負けない笑顔の眩しさに、零は声を詰まらせて頷いた。

この後めちゃくちゃ同棲した

「卒業できてよかったのう、天祥院くん。単位は足りたかえ?」
「そちらこそ留年を免れたみたいで本当によかった」
「ふたりとも無闇に火種をつくるな……」
晃牙が人混みをかき分け会館前に辿り着くと、零はいつもの様子で天祥院と会話していた。会話というと聞こえが良いが嫌味の応酬、言葉のデッドボールの乱発に思える。そんな蛇とマングース2匹を仲裁する蓮巳は心底あきれた顔で、「せっかくのめでたい日に」とため息を吐き、それでも目尻にキラリと光る跡があった。
「ありゃ死ぬまで変わんねぇな」
声を掛けるタイミングを逸した晃牙の傍らに、いつの間にか鬼龍が佇んでいた。
「旦那もよく取り持つぜ。挨拶みたいなもんだからほっときゃいいのによ」
そう笑う鬼龍の鼻頭も赤らんでいる。
「あん? 鬼の目にも涙とか言うなよ」
「……言わね~よ」
「そうか。ま、そうだな」
鬼龍は赤い髪を春風になびかせ静観していたが、ふと蓮巳を呼び付けるとどこかへ連れていってしまった。「朔間さんをよろしくな」連れ立つふたりの胸にはユニット名と揃いの薔薇が咲いている。姫宮を抱きしめる天祥院の胸元にも、思い思いに散らばる卒業生の胸元にも。
そうして彼らに駆け寄る後輩たちの目元も赤い。
「ばっかみて~」
晃牙は独りごちると零の元へと歩いていった。どうせ明日からも毎日会う、自分の家で。実家に帰りたがらない恋人は、後輩兼恋人の下宿に住みたがるだろう。仕事がどうなるかはわからないが朝飯くらい共にとれるだろうし、時間が合わなくとも寝台はひとつだ。おはようまたはおやすみを交わして始まる明日を思うと溢れかけた涙も引っ込むというものだ。
だから泣かない。朔間先輩の学院生活の最後は大好きな後輩の笑顔で飾ってやるのだ。


というつもりで零の手を取って軽音部室に連れて行き、自分のギター、ひなたのベース、ゆうたのキーボードで追い出し会の開会を宣言しようとした晃牙は部室の異変に気付いた。
「なんか……広くね~か?」
部活動に予算の割かれないアイドル科では、とうぜん部室も猫の額だ。いつもぎゅうぎゅう詰めになってセッションする広さが今日に限ってレッスン室並み、春風が人と人との間をびゅんびゅん吹き荒ぶなんて一体どうしてだろう。
まさか吸血鬼には部屋を伸び縮みさせる能力なんてないだろうし、人が急に小さくなったはずもない。ということは「広い」というより「物足りない」が正しいが、一体何が欠け――
「棺桶ないですよね、朔間先輩」
「うむ、新居に送った。……どうした、晃牙?」
ぽかんと間抜け面で立ち竦む晃牙を、零は不思議そうに覗き込んだ。
タイムリープでもしたかえ、例えば1年前に。零の声が遠く聞こえる。ナンセンスな冗談を笑う余裕なんてなかった。
「……しんきょ……?」
「うん? そうじゃ。実家に帰るのもアレじゃしのう。かといって棺桶ごと追い出されてもかなわんから、昨日さっさと決めてきたぞい。ほれ、住所はここじゃ」
「わ~、中華街の近くですねっ? 駅近で良い立地♪」
「めちゃくちゃ遊びに行っちゃいますね~♪ 引越し祝いに肉まん持ってきますっ♪」
零は新居の地図を学院グッズのネコミミメモに書きつけると、丁寧に畳んでひなたとゆうたに渡した。ネコミミメモとは猫耳などを生やしてデフォルメされた生徒の姿をかたどった折りたたみ式のメモである。零はこれを可愛い可愛いと特に気に入って、隙あらば誰かに渡そうとする。おかげで晃牙の机はすでに3匹もの零に占拠されて賑やかだ。
4匹目のネコミミメモを渡された晃牙は、ぐい、と突き返した。
零は首を傾げて受け取ると、晃牙の肩を見た。ぶるぶると、痛々しいほど震えている。
「俺んち……こね~のかよ……っ」
「おお……?」
「一緒に住むんじゃね~のかよっ! この、クソ野郎~~~~っ!!」

部室を飛び出して夢中で走るうちに、景色は人の群れから草花の群れへと変わっていた。
どうやら庭園の奥の奥に迷い込んでしまったらしい。草木の生い茂るそこは春の訪れを喜ぶ花で溢れていて、晃牙の歪んだ視界を七色で鮮やかに彩る。
「う、ううぅ……っ」
喘ぎながら走ったから、とっくに膝はがくがくだ。力無くしゃがんだ拍子に涙がひと粒だけ溢れてしまう。
「うっ、うぐっ、くそやろうぅ~……!」
――クソ野郎、クソ先輩、クソ吸血鬼!
ひと粒溢れるともう止まらなくて、晃牙は誤魔化すように声を張り上げた。
「何が新居だよ! 俺んちじゃね~じゃん! せっかく掃除して棺桶置く場所も作ったのに! 食器とか買い足すモンもリストアップしたのに! 食いもんとか飲みもんとか、好きそうなヤツ補充してやったのに! あっ、明日からっ」
ずっと一緒にいられるって、思ったのによう……!
晃牙はとうとう声を詰まらせて泣いた。抱えた膝に顔を伏せるとスラックスが熱く濡れていく。悲しくて悔しくて、ますます悲しい。朔間先輩の卒業も、会えない時間が増えていくことも。スキの大きさがこんなに違っていることも。やっと素直になったのに、こんなことで拗ねて飛び出してきたことも。大好きな朔間先輩を罵って、最後にあんな悲しい顔をさせてしまったことも……。
「……っ……?」
そうやって泣きに泣いて疲れた頃、晃牙の鼻に甘い香りが運ばれてきた。
甘ったるくて瑞々しい、零がたまに纏う匂いだ。ハッと身を起こして辺りを見回すが、物憂げに黒髪を垂らした姿はどこにもない。
代わりに色とりどりの満開の花々が目に飛び込んできて、晃牙は恋しい香りの本当の持ち主を知る。
「なんだ、テメ~かよ……」
こんなときでも想い人の跡を辿っていた自分に呆れる。呆れて、心が穏やかになるのを感じる。
「だいたいよう……」
――だいたい水くさいのだ、付き合っているのに。さんざん飼い主ヅラしてわんことか呼んどいて、一緒に住まないとかどうかしてる。ムカつくから一発殴らせてほしい。
過激なキモチが涙の代わりにどんどん口をついて出てくる。好きなら住むんじゃね~のかよ、ゆうたに痴話喧嘩と言わしめ羽風先輩からはラブラブだと弄られたほど返礼祭で愛を確かめ合ったのに。大好きだと言う代わりに想いのすべてを歌とダンスに乗せてぶつけて、3倍返しどころか10倍返しはしたはずなのに。
「ん?」
『大好きだと言う代わりに』? 告白したんじゃなかったか?
「んん? 」

……!?!?

 

「おかえりなさい~」
「お菓子開けてますよ~」
息を切らして部室に戻ってくると、部長以下3人の部員は追い出し会のお菓子になごやかに手をつけていた。
「早かったのう、わんこ。おしっこかえ?」
「……ゴメン!」
唇をすぼめて棒菓子を食べる零に勢いよく頭を下げる。零も葵兄弟も驚いた様子だったが、晃牙は構わず釈明する。
「俺、すげ~勘違いしてた。……その、あんたと俺の関係を。マジでごめん……」
「いや、我輩こそすまんかったのう。付き合ってすぐに同棲なんてと気を回しすぎた」
「わかってんじゃね~か!」
この後めちゃくちゃ同棲した。

卒業式の日

「卒業できてよかったのう、天祥院くん。単位は足りたかえ?」
「そちらこそ留年を免れたみたいで本当によかった」
「ふたりとも無闇に火種をつくるな……」
晃牙が人混みをかき分け会館前に辿り着くと、零はいつもの様子で天祥院と会話していた。会話というと聞こえが良いが嫌味の応酬、言葉のデッドボールの乱発に思える。そんな蛇とマングース2匹を仲裁する蓮巳は心底あきれた顔で、「せっかくのめでたい日に」とため息を吐き、それでも目尻にキラリと光る跡があった。
「ありゃ死ぬまで変わんねぇな」
声を掛けるタイミングを逸した晃牙の傍らに、いつの間にか鬼龍が佇んでいた。
「旦那もよく取り持つぜ。挨拶みたいなもんだからほっときゃいいのによ」
そう笑う鬼龍の鼻頭も赤らんでいる。
「あん? 鬼の目にも涙とか言うなよ」
「……言わね~よ」
「そうか。ま、そうだな」
鬼龍は赤い髪を春風になびかせ静観していたが、ふと蓮巳を呼び付けるとどこかへ連れていってしまった。「元気でな」連れ立つふたりの胸にはユニット名と揃いの薔薇が咲いている。姫宮を抱きしめる天祥院の胸元にも、思い思いに散らばる卒業生の胸元にも。
そうして彼らに駆け寄る後輩たちの目元も赤い。
「ばっかみて~」
晃牙は独りごちると零の元へと歩いていった。どうせ明日からも毎日会う、自分の家で。実家に帰りたがらない恋人は、後輩兼恋人の下宿に住みたがるだろう。仕事がどうなるかはわからないが朝飯くらい共にとれるだろうし、時間が合わなくとも寝台はひとつだ。レオン以外の体温を感じて寝るのは久しい、久しいけれど心が躍る。なのに何故か、この広い校舎に彼の匂いがしなくなるとは思いたくなかった。紅月の度肝を抜いて1年越しの痴話喧嘩もしたライブ会館、水曜日の生ハムサラダを食べに通った庭園、よく貧血で倒れていたグラウンドの隅の植込、文化祭の準備で連れ立って歩いた廊下、バイオリンの音を夕闇に紛れてこっそり聴いた屋上、歌い踊り演奏し続け喧嘩もした聖域の部室、どこを探しても零の甘い匂いは見つからないのだ、明日になれば。卒業式の日が終わってしまえば。
「晃牙、泣かないでおくれ」
今生の別れじゃあるまいし、と見上げた零の胸元にも赤い薔薇が咲き誇っていて、造花だというのに枯れちまえと願う。

 

湯たんぽいぬの憂鬱

「今日は、するのは、いい……」
胸に手を這わせてきた恋人を、零は小声でたしなめた。
「このまま、ぎゅってして……?」
晃牙の右手は零の背中に誘導されて、同じく背中に回した左手と再会する。
いや俺様が会いたいのは手じゃね~し。
するのはいいじゃね~よ、して~んだよ。
だってベッドで抱き合うとか、することはひとつだろ。
「…………」
そう訴えるのをやめにして、晃牙は零のうなじをぼんやり見つめた。
肩口に顔を埋めて抱き着く恋人のあたたかさ。これでは湯たんぽいぬではなく抱き枕だ、と勤続4年目・恋人2年目の晃牙は思う。
「くっついたまま……ねよ~ぜ……」
すでに零は夢うつつで、逆に晃牙の目は冴えている。いい匂いにやわらかい肌、耳元の吐息。なやましくさせる三神器。
「……おやすみ」
昨日も一昨日もこんな感じだったのに、明日も抱き着くだけで夜を終えるのかーーそう思うと殊の外憤った声が出た。 

そうして更に3日続いたところで湯たんぽいぬも我慢の限界だったから、友人に労働相談することにした。
「朔間さんはさあ、今までの分もくっつきたいんじゃないかな」
としたり顔で言うのはスバルだ。
おかわり、と持ち上げたビールジョッキに居酒屋の照明があたってキラキラしている。
「朔間さんってスキンシップ多めだし、その割に学院時代はガミさんにすら遠慮して抱きついてこなかったし。人肌恋しいんじゃないかなあ」
「そうか……?」
遠慮してたかアイツ?
腑に落ちなくて手に取った枝豆を見つめると、スバルは通りがかった店員を捕まえた。
チーじゃが、唐揚げ、トマトサラダ。
次々と運ばれてくる料理を見ながら、晃牙はこの前ここに零と来た時のことを思い出す。トマトサラダを2つも頼んだ恋人は、4人席だというのにしきりに隣に座りたがった。そのときはコイツ酔ってんなとあしらうばかりだったが、そういうことだったのかもしれない。帰りは服の背中を掴んできたし。住宅街の路地裏に引っ張り込まれて、キスもねだられたし……。
メニューをぱたんと閉じて、スバルが声を潜めて笑う。にっひっひ、なんて時代錯誤のくせして底意地が悪そうだ。
「突っぱねてると、よそに行っちゃうかもよ? 『三奇人』の人とか、この前共演してたし」

慌てて帰宅すると、零の長い腕の中にはレオンがいた。
「おかえり。……なに膝ついてんだ?」
「……ただいま……」
レオンを抱いて入り口まで来た零を、レオンごと抱き締める。
「な、なんじゃ、なんじゃ」
「うっせ~」
「レオンも我輩もくるしいんじゃけども……」
「我慢しろ」
零は照れ隠しで昔の口調に戻る。それがわかっているから抱く力を強めると、うなじが赤く染まった。
「抱き締め返せないんじゃけども」
「…………」
それもそうだとレオンを逃してやれば、晃牙はすかさず抱き締められて文字通り締め上げられた。ぎゅうぎゅう、もう離さないと言わんばかりの強さだ。
「俺様とレオンだけにしとけよ」
キスの雨を降らしながらのお願いに、零は両目をにっこりさせた。「大好きだぜ、晃牙」
それを見つめて弾き出した最適解、『2倍抱き締める』。冬も終わりだけどまあいいだろ、と自分を納得させて、晃牙は湯たんぽいぬの務めに励んだ。

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