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この後めちゃくちゃ同棲した

「卒業できてよかったのう、天祥院くん。単位は足りたかえ?」
「そちらこそ留年を免れたみたいで本当によかった」
「ふたりとも無闇に火種をつくるな……」
晃牙が人混みをかき分け会館前に辿り着くと、零はいつもの様子で天祥院と会話していた。会話というと聞こえが良いが嫌味の応酬、言葉のデッドボールの乱発に思える。そんな蛇とマングース2匹を仲裁する蓮巳は心底あきれた顔で、「せっかくのめでたい日に」とため息を吐き、それでも目尻にキラリと光る跡があった。
「ありゃ死ぬまで変わんねぇな」
声を掛けるタイミングを逸した晃牙の傍らに、いつの間にか鬼龍が佇んでいた。
「旦那もよく取り持つぜ。挨拶みたいなもんだからほっときゃいいのによ」
そう笑う鬼龍の鼻頭も赤らんでいる。
「あん? 鬼の目にも涙とか言うなよ」
「……言わね~よ」
「そうか。ま、そうだな」
鬼龍は赤い髪を春風になびかせ静観していたが、ふと蓮巳を呼び付けるとどこかへ連れていってしまった。「朔間さんをよろしくな」連れ立つふたりの胸にはユニット名と揃いの薔薇が咲いている。姫宮を抱きしめる天祥院の胸元にも、思い思いに散らばる卒業生の胸元にも。
そうして彼らに駆け寄る後輩たちの目元も赤い。
「ばっかみて~」
晃牙は独りごちると零の元へと歩いていった。どうせ明日からも毎日会う、自分の家で。実家に帰りたがらない恋人は、後輩兼恋人の下宿に住みたがるだろう。仕事がどうなるかはわからないが朝飯くらい共にとれるだろうし、時間が合わなくとも寝台はひとつだ。おはようまたはおやすみを交わして始まる明日を思うと溢れかけた涙も引っ込むというものだ。
だから泣かない。朔間先輩の学院生活の最後は大好きな後輩の笑顔で飾ってやるのだ。


というつもりで零の手を取って軽音部室に連れて行き、自分のギター、ひなたのベース、ゆうたのキーボードで追い出し会の開会を宣言しようとした晃牙は部室の異変に気付いた。
「なんか……広くね~か?」
部活動に予算の割かれないアイドル科では、とうぜん部室も猫の額だ。いつもぎゅうぎゅう詰めになってセッションする広さが今日に限ってレッスン室並み、春風が人と人との間をびゅんびゅん吹き荒ぶなんて一体どうしてだろう。
まさか吸血鬼には部屋を伸び縮みさせる能力なんてないだろうし、人が急に小さくなったはずもない。ということは「広い」というより「物足りない」が正しいが、一体何が欠け――
「棺桶ないですよね、朔間先輩」
「うむ、新居に送った。……どうした、晃牙?」
ぽかんと間抜け面で立ち竦む晃牙を、零は不思議そうに覗き込んだ。
タイムリープでもしたかえ、例えば1年前に。零の声が遠く聞こえる。ナンセンスな冗談を笑う余裕なんてなかった。
「……しんきょ……?」
「うん? そうじゃ。実家に帰るのもアレじゃしのう。かといって棺桶ごと追い出されてもかなわんから、昨日さっさと決めてきたぞい。ほれ、住所はここじゃ」
「わ~、中華街の近くですねっ? 駅近で良い立地♪」
「めちゃくちゃ遊びに行っちゃいますね~♪ 引越し祝いに肉まん持ってきますっ♪」
零は新居の地図を学院グッズのネコミミメモに書きつけると、丁寧に畳んでひなたとゆうたに渡した。ネコミミメモとは猫耳などを生やしてデフォルメされた生徒の姿をかたどった折りたたみ式のメモである。零はこれを可愛い可愛いと特に気に入って、隙あらば誰かに渡そうとする。おかげで晃牙の机はすでに3匹もの零に占拠されて賑やかだ。
4匹目のネコミミメモを渡された晃牙は、ぐい、と突き返した。
零は首を傾げて受け取ると、晃牙の肩を見た。ぶるぶると、痛々しいほど震えている。
「俺んち……こね~のかよ……っ」
「おお……?」
「一緒に住むんじゃね~のかよっ! この、クソ野郎~~~~っ!!」

部室を飛び出して夢中で走るうちに、景色は人の群れから草花の群れへと変わっていた。
どうやら庭園の奥の奥に迷い込んでしまったらしい。草木の生い茂るそこは春の訪れを喜ぶ花で溢れていて、晃牙の歪んだ視界を七色で鮮やかに彩る。
「う、ううぅ……っ」
喘ぎながら走ったから、とっくに膝はがくがくだ。力無くしゃがんだ拍子に涙がひと粒だけ溢れてしまう。
「うっ、うぐっ、くそやろうぅ~……!」
――クソ野郎、クソ先輩、クソ吸血鬼!
ひと粒溢れるともう止まらなくて、晃牙は誤魔化すように声を張り上げた。
「何が新居だよ! 俺んちじゃね~じゃん! せっかく掃除して棺桶置く場所も作ったのに! 食器とか買い足すモンもリストアップしたのに! 食いもんとか飲みもんとか、好きそうなヤツ補充してやったのに! あっ、明日からっ」
ずっと一緒にいられるって、思ったのによう……!
晃牙はとうとう声を詰まらせて泣いた。抱えた膝に顔を伏せるとスラックスが熱く濡れていく。悲しくて悔しくて、ますます悲しい。朔間先輩の卒業も、会えない時間が増えていくことも。スキの大きさがこんなに違っていることも。やっと素直になったのに、こんなことで拗ねて飛び出してきたことも。大好きな朔間先輩を罵って、最後にあんな悲しい顔をさせてしまったことも……。
「……っ……?」
そうやって泣きに泣いて疲れた頃、晃牙の鼻に甘い香りが運ばれてきた。
甘ったるくて瑞々しい、零がたまに纏う匂いだ。ハッと身を起こして辺りを見回すが、物憂げに黒髪を垂らした姿はどこにもない。
代わりに色とりどりの満開の花々が目に飛び込んできて、晃牙は恋しい香りの本当の持ち主を知る。
「なんだ、テメ~かよ……」
こんなときでも想い人の跡を辿っていた自分に呆れる。呆れて、心が穏やかになるのを感じる。
「だいたいよう……」
――だいたい水くさいのだ、付き合っているのに。さんざん飼い主ヅラしてわんことか呼んどいて、一緒に住まないとかどうかしてる。ムカつくから一発殴らせてほしい。
過激なキモチが涙の代わりにどんどん口をついて出てくる。好きなら住むんじゃね~のかよ、ゆうたに痴話喧嘩と言わしめ羽風先輩からはラブラブだと弄られたほど返礼祭で愛を確かめ合ったのに。大好きだと言う代わりに想いのすべてを歌とダンスに乗せてぶつけて、3倍返しどころか10倍返しはしたはずなのに。
「ん?」
『大好きだと言う代わりに』? 告白したんじゃなかったか?
「んん? 」

……!?!?

 

「おかえりなさい~」
「お菓子開けてますよ~」
息を切らして部室に戻ってくると、部長以下3人の部員は追い出し会のお菓子になごやかに手をつけていた。
「早かったのう、わんこ。おしっこかえ?」
「……ゴメン!」
唇をすぼめて棒菓子を食べる零に勢いよく頭を下げる。零も葵兄弟も驚いた様子だったが、晃牙は構わず釈明する。
「俺、すげ~勘違いしてた。……その、あんたと俺の関係を。マジでごめん……」
「いや、我輩こそすまんかったのう。付き合ってすぐに同棲なんてと気を回しすぎた」
「わかってんじゃね~か!」
この後めちゃくちゃ同棲した。

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