湯たんぽいぬの憂鬱
「今日は、するのは、いい……」
胸に手を這わせてきた恋人を、零は小声でたしなめた。
「このまま、ぎゅってして……?」
晃牙の右手は零の背中に誘導されて、同じく背中に回した左手と再会する。
いや俺様が会いたいのは手じゃね~し。
するのはいいじゃね~よ、して~んだよ。
だってベッドで抱き合うとか、することはひとつだろ。
「…………」
そう訴えるのをやめにして、晃牙は零のうなじをぼんやり見つめた。
肩口に顔を埋めて抱き着く恋人のあたたかさ。これでは湯たんぽいぬではなく抱き枕だ、と勤続4年目・恋人2年目の晃牙は思う。
「くっついたまま……ねよ~ぜ……」
すでに零は夢うつつで、逆に晃牙の目は冴えている。いい匂いにやわらかい肌、耳元の吐息。なやましくさせる三神器。
「……おやすみ」
昨日も一昨日もこんな感じだったのに、明日も抱き着くだけで夜を終えるのかーーそう思うと殊の外憤った声が出た。
そうして更に3日続いたところで湯たんぽいぬも我慢の限界だったから、友人に労働相談することにした。
「朔間さんはさあ、今までの分もくっつきたいんじゃないかな」
としたり顔で言うのはスバルだ。
おかわり、と持ち上げたビールジョッキに居酒屋の照明があたってキラキラしている。
「朔間さんってスキンシップ多めだし、その割に学院時代はガミさんにすら遠慮して抱きついてこなかったし。人肌恋しいんじゃないかなあ」
「そうか……?」
遠慮してたかアイツ?
腑に落ちなくて手に取った枝豆を見つめると、スバルは通りがかった店員を捕まえた。
チーじゃが、唐揚げ、トマトサラダ。
次々と運ばれてくる料理を見ながら、晃牙はこの前ここに零と来た時のことを思い出す。トマトサラダを2つも頼んだ恋人は、4人席だというのにしきりに隣に座りたがった。そのときはコイツ酔ってんなとあしらうばかりだったが、そういうことだったのかもしれない。帰りは服の背中を掴んできたし。住宅街の路地裏に引っ張り込まれて、キスもねだられたし……。
メニューをぱたんと閉じて、スバルが声を潜めて笑う。にっひっひ、なんて時代錯誤のくせして底意地が悪そうだ。
「突っぱねてると、よそに行っちゃうかもよ? 『三奇人』の人とか、この前共演してたし」
慌てて帰宅すると、零の長い腕の中にはレオンがいた。
「おかえり。……なに膝ついてんだ?」
「……ただいま……」
レオンを抱いて入り口まで来た零を、レオンごと抱き締める。
「な、なんじゃ、なんじゃ」
「うっせ~」
「レオンも我輩もくるしいんじゃけども……」
「我慢しろ」
零は照れ隠しで昔の口調に戻る。それがわかっているから抱く力を強めると、うなじが赤く染まった。
「抱き締め返せないんじゃけども」
「…………」
それもそうだとレオンを逃してやれば、晃牙はすかさず抱き締められて文字通り締め上げられた。ぎゅうぎゅう、もう離さないと言わんばかりの強さだ。
「俺様とレオンだけにしとけよ」
キスの雨を降らしながらのお願いに、零は両目をにっこりさせた。「大好きだぜ、晃牙」
それを見つめて弾き出した最適解、『2倍抱き締める』。冬も終わりだけどまあいいだろ、と自分を納得させて、晃牙は湯たんぽいぬの務めに励んだ。