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雪の夜

1年ぶりくらいにプロット無しで書き始めた
ので起承転結がない


 ※


「我輩と晃牙がバカップル? えへへ、そうかのう、そう見えるんじゃのう……♪」
 零が笑って部屋の灯りをつけると、薫はベッドに向かって上着を放り投げた。厚手のチェスターコートだ。ぱさっと着地するのと、窓の軒から雪が滑って落ちる音が重なる。
 ハイネック1枚になって、ロンドンの寒さに身を震わせる。
「ロケに来てまで見せつけられたら、嫌になるけどね」
「ううむ、すまんのう」
「暖房つけてくれたら許してあげる」
 薫が暖房のリモコンを探す間に、零は湯船にお湯を張る。浴室から顔を覗かせると、零の相棒は暖房直下で温まりながら窓の外を眺めていた。美しい街並みだ。雪が音もなく降り続いて、白い景色をさらに塗りつぶしていく。
 無言の背中に零は優しさを感じた。仕方ないなあ、と呆れ笑いを浮かべられているのだ。相棒に甘えることにする。まだ冷たい湯船の縁に腰掛け、端末を耳に当てる。
「……もしもし」
 がたん、ばたん! どたん!
 折り返しのはずが電話の向こうは妙に騒がしく、何秒間か物音という物音を立て続けてから『……もしもし』と同じ返事が耳に届いた。『もしもし、俺だけど、朔間先輩』
「息切れしておるぞい」
 う、と晃牙が詰まった。
『教室の鍵、閉めてきた。誰か来たら嫌だし』
 照れの滲む声に、零の胸が温かくなる。
「学院におるのかえ?」
『ん……練習してる。スタフェス』
「そうか。頑張っておるのう」
『先輩は?』
「まだロンドンじゃ。明日の夜にはグラスゴーにおる」
『グラスゴー……』
「知ってるかや?」
『イギリス好きなめんな』
「そうじゃのう、グラスゴーくらいはわかるのう」
 ロンドン、グラスゴー、それから晃牙の知らないいくつかの片田舎へ。
 欲しいお土産はあるかえ? レコードショップで見繕うかのう?
 足首までたまったお湯を爪先でかき混ぜながら、零は水面の波をぼうっと眺める。まだ会えない。まだ5日も。日本を発つ3日前に話したきりで、100時間も経たないうちに恋しくなっている。
 晃牙。
『会いたい』
 胸が高鳴った。
『あ、ちげ~っつか、実際に会うんじゃなくて! ホラ、日本が恋しくなってるんじゃね~かなって、なあ?』
「う、うむ、恋しいのう」
 焦る視界に熱い霧が立ちのぼりはじめた。湯煙だ。室温が上がった気がして上着を脱ぐ。
『チャイナタウンとかあるか? サトウのごはんとか送るぜ? あと梅干し』
 零が笑った拍子にお湯が壁に跳ねかかった。湯船の中の脚を蹴り上げたのだった。
「危ない」
『危ね~とこ行ってんのか!?』
「いや……すまぬ、こっちの話」
『俺様に倒される前にケガさせられんなよ』
「なんかライバルの台詞みたいじゃのう」
『ライバルだろ~が』
「おぉ、うぬぼれるのう~?」
『実力不足だろ~がライバルなんだよ! 俺様はあんたを倒すために頑張る、あんたは俺様に倒されね~よう頑張る! そ~いうの!』
「我輩もおぬしのライバル?」
『そ~だよ!』
 屈託のない声。
「けっこう距離、近いのう……」
『嫌かよ』
「ううむ、嫌なはずなかろう。もっと近くてもよいぞ」
『たとえば?』
「へっ? し、親友とか?」
『親友!?』
「嫌かや」
『いや』
「……」
『そっちのイヤじゃね~よ! 大歓迎だよ! むしろもっと近くてもいいぜ!』
「えっ……例えば?」
『例えばって……ど、どこらへんがいいよ、あんたなら』
 意識してなさそうだったり、意識してそうだったりな声音に、零は戸惑う。喜んでいいのだろうか。期待しちゃだめなのだろうか。
 我輩が望む距離? 電話の向こうから、抑え気味の息遣いが聞こえる。晃牙が零との距離を気にしている。期待している?
 我輩は……もちろん……。


「あの~、お風呂入ってもいい~?」


「…………」
「……そんな睨まないでよ。もう沸いてんじゃん」
「睨んでないもん……」
 もうもうと立ち込めた湯けむりが外へ流れるのといっしょくたに、薫は零を風呂場から追い出した。
 携帯は取り上げられ、ドアを閉めた薫が向こうで晃牙と一言二言話している。
「はい、ありがとう」
 薫が上半身だけ浴室から出した。
「なにを話しておったのじゃ」
「何って……彼氏でもないのに初日から国際電話かけてこないで、って」
「はあ!? わんこに!? そんなことを!?」
「お風呂入る時間減るじゃん、俺も朔間さんも。忙しいのに」
「彼氏じゃないって……」
「だってそうでしょ」
 呆然自失の零を放置すると、薫はさっさと風呂に入って寝る支度を整えた。
「あのねぇ、朔間さん」
 そして零をベッドの上に正座させて、『正しいお付き合い』についての説教を始める。つまり、曖昧な付き合い方をしていると次のステップに進めないこと、間違って進めてしまったとしても後々擦れ違いを生んでしまうことを噛んで含めるように言い聞かせた。
「朔間さんと晃牙くんは、まだお友達。厳密には先輩後輩だけど。で、恋人になるには、どっちかが告白しなくちゃいけない」
「はい……」
 ひゅ~、がたがた、と窓枠が揺れる。いつの間にか外は吹雪だった。凍えそうだ、零の心ごと。
「でも、たぶん朔間さんは晃牙くんに告白しない」
「はい……」
「まあそういう性格してるもんね。俺、相棒だからよくわかってる。だから告白を待ちましょう」
「…………」
「『友達以上恋人未満ではいかんのかや』という目をしているね。駄目です」
「なぜじゃ」
 薫ははあ、とため息をついた。
「零くんから線を引くと、晃牙くんは半年以内に告白するからです」
 がたん。
 窓が鳴ったきり、薫は黙り込んだ。
「…………」
 これ以上ない説得の仕方だった。
 吹雪も弱まったので、零は風呂に入る前に散歩に出た。外は誰もいなかった。美しい模様の石畳に音もなく雪が積もり、零の靴底に結晶を白くまぶしていく。
 はらりと腕に舞い降りた。仰向けた手の平にも、胸元にも、雪化粧が施された。
 こんなにどこもかしこも熱いのに、溶けないなんて不思議じゃなぁ?
 遠い日本の方角を向きながら、零は未来の恋人に語り掛けた。

 

贈り物はモミの木の傍

(※12/11改題)
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ししゅんき

「んしょ、んしょ……むぎゅっと♪」
 むちむちの太股はスキニージーンズに押し込まれた。腰回りも丈もちょうどなのに太股だけキツい。
「太ったかのう~? 晃牙、どう?」
「わ、わかんね~よ」
 すげ~エロいのはわかるけど……。
 晃牙が顔を背けると、朔間先輩は小首を傾げてベッドに座る。
 俺様のベッドに先輩が乗ってる。尻が沈んで太股も平べったくなって、晃牙の貸した黒いジーンズをぱつんぱつんに伸ばし切る。胸いっぱいの晃牙に朔間先輩は気が付かない。英国旗柄のクッションを枕元から取り寄せて、膝の上で腕置きにしたりしてる。
「晃牙の部屋は居心地が良いのう、ずっとここにいたいのう……♪」
 太股と腕の間でたわむクッション。先輩のふかふかの太股に、ぎゅっと押し付けられてるクッション。
 俺も押し付けられたい。
「わわわワケね~だろ!」
「ひゃうっ?」
 先輩を驚かせたことに謝りながら、目は太股から離せない。
 大神晃牙は思春期だ。


 ししゅんき


 隣に座ると、朔間先輩を盗み見た。
(すげ~……むっちりしてる……)
 紙パックのトマトジュースをちゅうちゅう吸いながら、音楽番組の録画を見つめる朔間先輩……の太股。レオンが歓迎の意を涎の量で表したので、先輩のズボンはベランダに干してある。一度この部屋で剥き出しにされた太股に、晃牙は後輩特権の至近距離で見とれてしまった。
 まず肉付きが良い。腕も体もやせているのに、そこだけ狙いすましたように脂肪をつけている。アンバランスさが醜いどころか朔間先輩に人間味を持たせ、より生々しくて魅力的だ。朔間零の生命を感じる。
 やわらかそうなのもすごく良い。重力に従ったもも肉が、横でプニッとたわんでいる。スキニーはもものラインがよく出るのだ。自画自賛。テレビの演奏に興奮した先輩が、体を揺らして太股が弾んだ。その躍動感も拾うスキニー。
 晃牙は太ったコーギーのむちむち具合に感心しないが(腰のくびれた標準体型がかっこいい派)、心惹かれる人の気持ちがようやくわかった。
 言いようのない魔力に捕らわれるのだ。捕らわれた晃牙が断言する。
 触ってみたい。
「晃牙」
「ッ!?」
「トマトジュース、も1本飲ませておくれ?」

 冷蔵庫から紙パックを取って戻ると、朔間先輩は足元のカバンを漁っていた。太股はクッションをどかしてガラ空きだ。
(寝てみて~な……)
 今度は膝枕を思いついた晃牙だった。大神晃牙は思春期だ。世界一大好きな先輩の、むちむちで柔らかそうな太股。枕にするに決まっている。
 けど、カッコわり~だろ。膝枕してくれとか頼むのは、一人の男として見られたい晃牙にはハードルが高い。幻滅されたら嫌だし。ダセ~し。朔間先輩が貴重なオフに録画見るためだけに来てくれたのだ、カッコイイ俺様をアピールして惚れさせたかった。健気な努力。
 ところで朔間先輩は何をするのだろう。その、細くて綿帽子のついた棒で。
「今日はのう、わんこに耳掃除してやりたくてお邪魔したのじゃ♪」
 晃牙はトマトジュースを差し出したまま立ちすくんだ。
 耳掃除?
「カノジョかよ……」
「何か言ったかや? やはり飼い主がお手入れせんと、病気になっちゃうらしいぞい」
「そっちか……」
「おいで、晃牙♪」
 先輩がポンポンと膝を叩いた。袖口から指先だけ出して、かわいらしく手招き。
「…………」
「ふふ……耳掃除は久しぶりかえ?」
 朔間先輩が寝転がった晃牙に話しかけたが、当の晃牙には答える余裕がなかった。
(う、うおおお……!)
 太股だ。太股なのだ。押し付けられたくて触りたくて膝枕されたい朔間先輩の太股に、今、膝枕されてる。
 頭を支えるのは、意外に強いももの弾力。肉厚の太股がむっちりと筋肉を蓄え、晃牙の頭を押し返している。しかし頬の当たった感じは吸い付くようにやわらかい。低反発の枕ともお気に入りのクッションとも違う優しさで、晃牙の横顔をふかふか包み込んで離さないのだ。もちろん朔間先輩の匂いと体温つき。じんわりあたたかいのだ。いつまでも寝ていたくなる最高級枕。
 耳かきが晃牙の耳垢を甘くこそげていく。
「おっきなお耳じゃのう~? よく聞こえるじゃろ?」
「…………」
「晃牙~? 晃牙!」
「ぅわっ!?」
「痛かったら言っておくれ? かわいい晃牙に我慢なぞさせたくないゆえ」
「んだよ……痛くね~よ……」
 せっかくうとうとしていたのに。
 叩き起こされたことにぶつくさ言いつつ、晃牙がもう一度まぶたを閉じると、痛い、と思った。
 痛い?
 どこが?
 痛みの出所に視線をやった。そこは股間だった。勃起している。
「――――」
「左耳はおしまいじゃ♪ 右のお耳を見せておくれ♪」
 晃牙はとっさに体を丸めた。
 大失敗だ。先輩が覗き込んだ。
「晃牙? おなか、痛いのかえ?」
「そ、そ~だな! 冷えたかも!」
「大変じゃ! おなかをお見せ、さすってやろうぞ」
 声にならない悲鳴が上がる。
「治った! 勘違いだった! 俺様こう見えても中にヒート*ック着てんだぜ! 2枚!」
「ヒート*ックってじっとしてると冷たいんじゃろう? 我輩のブランケットを掛けておおき」
 先輩がカバンからブランケットを出そうと余所見している間に、晃牙は先輩のお腹側つまり壁側から、反対側へと体の向きを変える。しかし足の置き場がない! あやうく脚を伸ばして股間を晒け出すところでお腹に布が掛けられた。
「コウモリ柄じゃよ♪ あったかいじゃろ~♪」
 先輩の優しさがあったかい。
 晃牙はこっそり溜め息を吐いた。難所は乗り越えた。あとは萎える何かを考えながら、先輩のふかふか膝枕を堪能しよう。さっきブランケットを探していたとき、太股が動いて顔に押し付けられたのだ。むっちり・プニッの波状攻撃を遅効性で喰らっている。右耳は朔間先輩に掃除され、左耳は左頬と桃源郷。いつもロックの精神で気を張る晃牙も今だけならばと緊張を解いた。リラックスした全身で、先輩の太股枕を近くに感じる……。
 ……ところで。
 ヘソを天井に向けて寝こける犬は飼い犬だけで、野生動物はいつでも立ち上がれるよう体勢を選ぶ。自然のどこから敵がくるかわからないからだ。そう、敵はどこからでもくる。
 少し離れたところにいたレオンが、この瞬間すっくと立ち上がった。彼は飼い主の大好きな人間を涎まみれにしたのを彼なりに反省していたのだ、小屋に入ることで。しかし晃牙が警戒を解いた、解いたということはもう怒っていないということだ。ちょうど人間も晃牙の傍でにこにこしている。来たときから笑っていたが、本当にリラックスして晃牙の頭を撫でていたのだ。つまり僕は、許された。
 許されたから、遊んでほしい。
 近寄って、ブランケットを振り回したのだ。

「晃牙、おぬし……」
「…………」
 朔間先輩の視線の先に、張りつめた股間があった。
 ぱつんぱつんだ。スキニージーンズを穿いたまま勃つと窮屈で痛い。痛いくらい勃起した晃牙自身を、大好きな朔間先輩に見られている。待つのは死刑だ。元デッドマン(死刑囚)ズらしく、うなだれて先輩の二の句を待つ。
『おまえさ~、恥ずかしいと思わね~の?』
 絶望しすぎて幻聴を感じた。それでも萎えないのがすごい。
「そんなに耳掃除がよかったのかえ?」
「恥ずかし~し情けね~よ。朔間先輩ごめん……ん?」
「うん?」
「耳掃除……耳掃除?」
「うむ、耳掃除じゃ。気持ちよかったようじゃのう♪」
「…………」
 そういうことにした。
 来週もやってもらえることになった。

描写練習・桜

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「先輩! 俺、傘持ちます!」
「よろしく」
 ワンと言うように申し出た後輩に、零はためらわずに日傘を寄越した。
「物好きだな~、おまえ?」
 真っ青な空が黒く遮られる。夜闇の魔王はこうでなくちゃな。満足気に歩き始めると、横を犬がトトトトと追いかける。魔王だけど犬を散歩してる気分だ。悪くない。
「いい天気だなぁ」
「っす」
 晃牙が律儀に返事して、傘の位置を微調整した。靴の先にあたっていた日差しが影に飲まれる。気が利くヤツ。後でご褒美やらね~とな、何がいいかなぁ。考えながら見上げた空は雲ひとつない。吸血鬼殺しの春の昼下がり。
「ほんっと、憎いくらい快晴。早く日が暮れね~かなぁ」
「日ィ暮れたらギター弾いてほしいんすけど」おやつの要求かよ。
「またぁ? まっ、それくらいい~けど? おまえとやるの楽しいし。……おっ」
 中庭を見渡しながら横切る途中、珍しいものを見つけて足を止める。晃牙もつんのめりつつ『マテ』をした。
「八重桜じゃね~か。なんでこっちに生えてんだ?」
 青々と茂る木々に混じって桃色の小木が立っている。桜は校庭限定で、掃除が大変なので中庭には植えないはずだ。なんだかはみだし者という感じで、零はおもわず近づく。
「お~、綺麗だな。敬人とか好きそう……晃牙?」
 見上げる視界に日傘の黒が入らない。みぎひだりと見回して、振り向いたところに日傘を差したままの晃牙がいたので、零は手招きする。「なにしてんだ?」
「……あ、す、すんませんっ。木陰あるし、俺の出番ね~かなって」
 心底申し訳なさそうに走り寄ってくる。隣に並ぶのかと思いきや、斜め後ろで零に日傘を差し掛けた。
 なるほど飼い犬の分際。馬鹿だ。首輪の代わりに腕を引っ掛けて引き寄せると、晃牙は真っ赤な顔で抵抗する。
「ななななにすんだっ! あっ、いや、朔間先輩! なにすんすか!」
「馬鹿だな~おまえ。花見だろ? おまえと見ないと意味ね~じゃん」
「…………」
「ふふん、魔王からは逃げられない♪」
 大人しくなった。
 にっこり笑顔を与えてから、改めて桜を見上げる。憎らしいくらい綺麗な青空。それを縁取る木々の青葉。にょきりとのびた桜の枝が、桃色の塊を空に自慢するようにぶら下げている。
「自慢ねぇ……」
 何となく、本当に何となく腕の中に目をやる。晃牙があわてて桜を見上げた。高校に入って1月たらずのほっぺたが、木陰の下で桜色に染まっていた。


 それから2年。暇だったので母校を訪ねると、中庭で晃牙がギターを弾いていた。
「何をしておるのじゃ?」
「花見」
 そう答えつつ手元を見つめる横顔が赤い。晃牙の向かいに座る後輩も、桜ではなく晃牙を見ている。
 零は近くに腰を下ろして、晃牙と桜を眺め続けた。

お題写真
003.jpg

月を引き留める

 零が目を覚ますと、あたりは濃い闇に包まれていた。
 リビングで寝てしまったらしい。内も外も静まり返っている。ガタンゴトンと、いつもの電車の音も聞こえないということは、終電の時間を過ぎたのだろうか。
 晃牙はどこだろう。そういえば飲み会で遅くなると言っていた。ちょうど車の止まる音。少し待つと、バンと閉まって、発進する。晃牙だ。体を起こし、足元に気を付けながらドアに近づく。
 ドアノブに手を掛けた瞬間、玄関がガチャリと音を立てた。「ただいま、レオン」コーギー1頭分の重さを加えた足音が近づく。出るタイミングを失った。せめておかえりを言おうとドアの傍から離れると、零のいたところにドアが開いた。
「晃……」 
「やべ~やべ~」
 晃牙はいつになく興奮している様子だった。キッチンの冷蔵庫に直行している。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、月明かりの下で見た先輩がマジでかっこよくてよ! ポスターなんだけど」
「お、おぉ……」
 ポスターとはきのう掲出を開始したソロシングルの広告だろう。零がこちら側に手を伸ばして不敵に笑っているやつだ。それとも両手で顔を撫でて悩ましげな表情をしている方だろうか。もう見られたのか。頬に血液が集まるのを感じる。
 晃牙が零に背中を向けながら、ペットボトルの水出し麦茶を取り出して、近くのコップに注ぎ、飲み干す。流し台にコップを置く。レオンは床に置く。麦茶をしまう。冷蔵庫のドアを閉めて、眉間にしわを寄せたまま零を振り向くと、両目を見開いて、
「~~~~~~!!!」
「あ、これ!」
 廊下に飛び出す。
 前にもあったなこういうの、と思いながら追いかける。レオンがついてくる。レオンの飼い主はトイレの向かいの寝室に飛び込み、ひとっ飛びにベッドに乗ると布団をかぶって縮こまった。「忘れろよ!」晃牙が叫ぶ。くぐもっている。聞こえないフリで布団を剥いだ。
「わ、わす……ん、」
 口の中が冷たかった。舌は温かったけれどお酒の味が残っていた。赤ワイン。渋いのにもっと絡めたくなる。
「は、ぁ、せんぱいっ」
「ん、んぅ――あっ」
 くらりと酔ったところを引きずり込まれて押し倒された。手首を縫い止められる。のしかかった晃牙の後ろに満月が見える。カーテンを閉め忘れたと気づいても、晃牙から離れる気になれない。
 離してくれない。
「忘れさせてやる」
 スーパームーンが零を見ている。

 

描写練習・朝

 中学校の教室の日焼けしたカーテンにくるまって感じた日差しのような、やわらかい光を瞼に感じる。
 自然と目を開けると、白い天井が広がっていて、南向きの窓の外には金色に近い水色の空。
 朝だ。
「んん~……おっす、レオン」
 伸びをした腕を愛犬の頭に下ろしてひと撫ですると、レオンの飼い主――晃牙は躊躇うことなく布団から出た。梅雨には珍しい快晴の朝、学校に行く前にたくさん散歩してレオンのストレスを晴らしてやろうと思ったのだ。
 パジャマを脱いで制服に着替える。夏用スラックスを穿いてから半袖シャツに腕を通し、お気に入りのネクタイを締めるのを忘れない。と、顔を洗うのを忘れていた。律儀に玄関からお散歩セットを咥えてきたレオンをマテさせて、洗面台に向かう。
「……なんだ?」
 なんで頬が濡れてんだ。急にヒリヒリしだした頬と充血した目に首をかしげつつ、水洗顔を終えると晃牙は初夏の住宅街に繰り出した。

 

描写練習・鳥居

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朝から続いていた曇り空はここにきて大きく崩れ、生温い水の粒を住宅街に落とし始めた。
井戸端会議の主婦がパラパラと散ってゆく。庭のスズメみたいだと思っていたら、塀の上で日向ぼっこしていた猫まで身を起こした。俺達も帰路を急ぐことにした。
住宅街の、緩やかなカーブを描く道を小走りで行く。
「ツイてないのう」
朔間先輩がぶるぶる首を振ると、黒髪があちこちへ跳ね、死神の鎌のような毛先がコンクリート塀の灰色を切り取る。
その手には日傘はない。ちょっとそこまでだからと玄関の隅に置いたときは、ひと駅近く歩くつもりはなかったのだ。
俺だってなかった。ただ、何となく、たまのデートだったから、散策するだけじゃつまらなかったから、住んでる町を探検とかしたかったからだ。
発見は沢山あった。たとえば耄碌してるじ~ちゃんの、プラモとか並んだ駄菓子屋。よく吼える犬のいる屋敷。児童公園。置物かと思ったら店員だった古本屋。八百屋の隣に肉屋があって、コロッケがうまそうだったから2つ買って食べた。八百屋は毎週水曜日が安いらしい。
喉が渇いたから100円自販機でサイダー買って飲んでるときに雨がぽつぽつ降ってきて、さあおうちに帰りましょ。……って、小学生かよと思わなくもない。
でも、楽しかったからいいか。
「あ! 雨宿りできるぞい!」
俯いて雨に耐えていた先輩がそう叫んだのは、児童公園を通り抜けているときだった。
点在する遊具の奥、色あせたゾウの向こうを指差すと、
「鳥居じゃ!」
と俺を振り返る。そして鳥居にダッシュ。
「あ! おい、転ぶなよ!」
「平気じゃよ、これで止むまでここにいられ………いられない……?」
軽い足取りが赤い塊に近づくにつれて遅くなる。
先は読めていたが、朔間先輩と小さな鳥居に駆け寄ると、濡れた頭めがけて脱ぎたてのライダースを投げた。
先輩はスカスカの鳥居を見て呆然としていた。
「雨宿りできんのう……」  
ま、そりゃそうだよな。間隔を空けて並ぶ鳥居の、細い赤を眺める。
頬に雨が流れた。頭上と背後で雨が本降りになっていた。鳥居を囲む雑木林も役に立たず、根元の落ち葉が濡れ始めている。
鳥居の奥の社を見る。社? 祠? とにかく人ふたり分くらいの神様の部屋は格子で締め切られ、罰当たりなのを抜きにしても雨宿りできそうになかった。
神様はいいよな。
だからというか、まあちょっと、一瞬、邪魔するぜ。先輩の腕を掴むと、鳥居をくぐって社の前まで連れていく。
「ばっ、罰当たりじゃ……」
「大丈夫だろ。これくらい近所のガキもしてる」
ジャケットごと抱きすくめた先輩は、体は冷え切り、頬もしっとり濡れて震えていた。
目を逸らされる。
青ざめた唇は薄く開いて、熱い息を吐き出す合間に結ばれる。もの言いたげな紅い瞳が俺を見る。伏せられる。力を抜く。唇がほどける。
呼吸を奪う。


雨粒の隙間を縫って、朔間先輩の声が耳に染みる。
「罰当たりじゃよ……」
もう当たったから大丈夫。大丈夫じゃなかったが、雨はじきに止みそうだ。
耳を澄ませる。悪寒が背中と肩を撫でる音、100円自販機のサイダーの音。
中学生だったな、と探検の成果を振り返りながら、腕の中のぬくもりに浸る。

お題写真
002.jpg

ぶんぶん

ふたりで買い出しに出て、ハンズの商品棚をうろうろしていると、
「あ」
と短く鳴いて、晃牙は黙り込んだ。
自然と歩くのが遅くなったので、合わせてやりつつ顔を覗き込む。ゆるく跳ねた髪のかかる、柔らかそうな頬がゆっくり赤く染まっていく。
「どうした?」
「あ、ええと……」
晃牙の視線の偏る方にカートを誘導する。蛇みたいに歩くうちに、輸入雑貨コーナーに差し掛かった。視線をたどる。英国旗柄のクッション。俺がきのうまでいた国だ。よくわからないことが起きてよくわからないうちにみんなの仲が悪くなって、よくわからないから助けてほしい。そう言われて飛んだのだった。1週間。俺は俺様だからすぐに片付けて帰ってきた。晃牙に留守を守るよう言いつけておいた(そうすると喜ぶから)けど、これくらいなら現地に行かなくてよかったかなとも思いつつ、労をねぎらうのも飼い主の役目だと思ってこいつの好きそうな新譜をお土産に買ったのだった。
お土産?
「これ? ほしいの? 買ってやろうか」
「いいいいえ!」
手を伸ばして目の前まで持ってきてやったら、両手をぶんぶん振られた。
「そ、そ~いうのじゃ、ね~っす……」
足りなかった訳ではないらしい。
そのくせ、晃牙はコーナーから離れてもチラチラ後ろを向いた。明らかに後ろ髪を引かれている。
欲しいなら言って? いいいいいやいいっす!
「ん~? 変なヤツ」
イギリスならなんでも好きって訳じゃね~のかな。
後輩の好みをふんわり考えながら、棚の間に突っ込んでいく。

マーカーとか模造紙とか適当に突っ込んでレジに並んだ頃、ようやく晃牙が答えた。
「……その、朔間先輩の匂いがしたっす」
「ふ~ん? ……そうか?」
なるほど、と思って自分の腕を嗅いでみる。クッションの匂いはしない。
俺の匂いというよりイギリスの匂い?
聞くと、あ!と晃牙。
「そっすね! 朔間先輩の匂いじゃなくて、……先輩の、匂い……」
それきり黙りこくった晃牙の横で会計を済ませると、輸入雑貨コーナーに戻ってクッションを持たせる。買ってやるけど? わかったんでいいっす。
そう言うのに離れがたいらしい。
「お前、マジで犬みて~だな」
犬のくせに遠慮深いけど。
慌てて追いかけてくるので買い物袋を投げつける。ボール遊び。
俺が放り投げた袋を両手でキャッチして、大事そうに抱え込んで。そうして着いてくる晃牙の後ろで、見間違いじゃなければ銀の尻尾が揺れていた。


羽田空港の長い廊下を歩きながら、そんなことを思い出していた。
何年前の話だろう? 記憶が混濁しているから学院時代を思い出すのだ。俺は我輩で、我輩はスマートフォンを使いこなせるようになって久しい。でもロケ地の空気に頭まで浸かりすぎたから、日本に帰ってきた気になれないのだ。そういうところは年をとっても変わらない。
ふわふわした気分で踏んだ廊下が固い音を立てる。
帰りのゲートに辿り着くと、晃牙が仁王立ちして待っていた。
「おかえり」
しぜんなふうに抱き合う。挨拶のハグ。
「ただいま……うむ?」
我輩は固まる。しぜんなふうに離れようとする晃牙を引き留めて、確かめる。
「日本の匂い」
「あ?」
「これかぁ~……」
肩にしっかり鼻をうずめる。晃牙が跳ねる。
我輩の髪にも、晃牙の鼻が近づく。
晃牙お気に入りのフードの向こうで、ふさふさの尻尾が持ち上がる。

描写練習・川

文章書きに送る50枚の写真お題(http://petit.hotcom-web.com/50photo/)


 ※

橋の上、先輩が先を歩く。俺が着いていく。先輩の日傘の影が俺の行く先を塞いでいるような気がした。勘違いだと思いたかったが、それでもう2歩分あいている。
告白なんてしなけりゃよかった。
俺が溜め息をつくのと、朔間先輩が欄干に寄りかかったのとは同時だった。
「晃牙、ごらん」
先輩は日傘の下から、欄干の向こう側――橋の下を通り、遠くに延びてゆく川の流れを指さしていた。
横に立って同じ景色を見た。横にといっても、1人分の距離を置くのは忘れないけれど。
そうして、なんてことない川だな、と思った。
西日が土手に遮られ、川に大きな影を落としていた。仄暗いその中で、小さくて浅い川が土手の間を緩やかに流れている。川底の小石で水面を波打たせながら、さみしげな音を立てて、どこか知らない場所へと。緩やかに弧を描き、終端は見えない。
小川に寄り添うように、右の土手で並木が生い茂っていた。そうして静かな水面に頭を垂れていた。あの木の陰で遊んだらたくさん魚がとれるだろうな。似たようなことをしたと思い出して、懐かしくなる。朔間先輩も俺も高校生で、俺が意地を張っていた頃の夏の思い出。
水しぶきの鮮やかさも肌を焼く太陽の激しさもここにはない。もう何年か経った、穏やかな秋の午後。
まだ俺は意地を張っているのだろうか。先輩に断られても泣いて縋って、朔間零の傍にいたいと言えないなんて。
「それでいいんじゃよ」
そう声がして、振り向いたときにはいなかった。
それが最後だった。
川のせせらぎと風が並木を揺らす音とが、鼓膜を甘く撫でていた。

 

お題写真
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隠される

髪のびたな。そうじゃな。いつもどこで切ってんだ。なんか、適当なところで。じゃあ俺の通ってるとこ来いよ。

「髪お綺麗ですね~」
事前診断の台で手櫛を通されながら、朔間先輩は控えめに微笑んだ。
「ありがとうございます、いちおう夜闇の魔王なので」
朔間零の笑顔にサロンの空気が1℃上がる。
なんとなく前髪を直した。後ろで俺の担当が笑った。俺は前髪を切りに来て、朔間先輩が先にシャンプー台に連れていかれた。

いつもの感じでお願いします。そう言ってから、やっぱり後ろも切ってもらうよう頼んだ。理由は言わなくても伝わったらしい。
心置きなく視線を左にやった。左、つまりひとつ隣の席で黒髪が断たれていく。
「この前のツアコン最高でした。ドラマで大変なのに、本当にすごいです」
「あはは、ありがとうございます。実はけっこうあっぷあっぷしてました」
「ええ~見えなかったですよ!」
スタイリストの熱い視線が注がれている。アシスタントのもだ。
やっぱりかっこいいっすね、とは俺の担当の談。そうだろそうだろ!
「髪って男の人にとっても命ですよね。朔間さんの髪、照明にあたって輝いてました。すごく綺麗……」
「食事に気を付けた甲斐がありましたね」
「やっぱり気を遣われてるんですね~」
刃の擦れ合う音をBGMに、先輩の回りを黒い花びらが舞う。
朔間先輩の髪は切られても綺麗だった。はらはらと、墨染の桜のような美しさ。
見とれていると、先輩の担当が俺の方を見た。
「……大神さんも気になります?」
「へっ?」
「気になるんだろ、晃牙」
朔間先輩が鈴の鳴るような声で笑って俺を見る。

俺は整えるだけなので早く済んだ。
ワックスつけます?お願いします。手慣れた指先が白いクリームを掬い、毛束を摘まんで立たせる。掬って摘まむ。無造作ヘアは、作られる。
「乾かしてから前髪切りますね~」
温風が朔間先輩の頭を襲う。指でかき混ぜて、根元から乾かす。
先輩の髪がつややかに舞う。白いうなじの上で死神の鎌のような毛先が跳ねている。ショートヘア。
えっ。
朔間先輩が俺を見た。はっとして、俺に笑いかけてから鏡に向き直った。
「前髪、やっぱり長めでお願いしていいですか?」
「大丈夫ですよ~」


帰り道。河川敷を、なんとなく一列になって歩く。
川は静かだ。空の薄藍色を溶かしたような色が、枯れかけた野草の間を億劫そうに流れていく。
「晃牙、晩はピザとろう」
先輩が振り向く。眉の下で揺れる前髪。
夕焼け色の瞳は笑ったままだ。
「スペシャルマルゲリータとダブルミートのコンボじゃ」
剥き出しのうなじはこちらから見えない。
風が冷えている。

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