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贈り物はモミの木の傍

(※12/11改題)
似たようなエピソード
を書いたことがありましたね





 スーパーは晃牙たちの家の最寄駅の裏手にあり、11月になるとお店の前にツリーを出した。もちろん偽物だが、紙のオーナメントをたくさん吊り下げている。夏のショッピングモールによくあるような、裏に欲しいものを書くやつ。七夕と間違えてんじゃね~の、と晃牙は思うが、朔間先輩は自分の背より高いツリーを気に入って、帰りに待ち合わせるときなんかはよく傍にいる。
「わりぃ、出んの遅れた」
 午後8時過ぎ、人気の少なくなったスーパーに晃牙が辿り着くと、朔間先輩は星の形のオーナメントをめくっているところだった。
「謝らずともよい。我輩も今出たところじゃ」
 たくさん買ってのう、と買い物袋を掲げた先輩の頬と鼻が赤い。
 体温が低いのにかじかむというのはそれだけ長く外にいたからなので、並んで歩き出しながら、晃牙は買い物袋と自分の手袋を交換させた。
「別に大丈夫じゃよ、手が冷たいのはいつものことじゃし」
「大丈夫じゃね~よ。……おっ、トマト鍋の素買ってんじゃね~か。今日も鍋にするか?」
「むう……」
 しぶしぶといった様子で手に着けるのを、晃牙は横目でしめしめと見る。指まであるヤツを持ってきてよかった。今日は朝から寒かったから。革手袋に残ったぬくもりが先輩の顔をほころばせたので、ますます嬉しくなった。
「つ~か肉類多いな? 鶏モモはトマト鍋に入るけど、生ハムとかローストビーフとかパストラミビーフとか……うおっ、ターキーって七面鳥かよ!」
「食べたくなってのう~」
 そう言う割に多くね~か?と思ったが保存のきくものもあるのでツッコまなかった。朔間先輩が好物を食べてニコニコするのを見るのは楽しい。肉類は晃牙も大好きだし、ただ七面鳥のお肉は珍しかった。茹でてスライスしてあるということは、サラダ用か何かだろうか。ターキー。
「サブウェイ以外でも売ってるもんなんだな」
 他愛ない話をするうちに家に着いた。玄関のドアをきっちり閉めてから、冷えた唇でお帰りのキスをする。
「んっ……我輩がごはんの準備するから、晃牙はお風呂わかして先に入っておくれ? 肩まで浸かってあったまるのじゃよ」
と頬にも口づけられて、今度は晃牙がしぶしぶお風呂に入って上がると、狭いダイニングで真っ赤な鍋が湯気を立てていた。じゃっかん不格好な野菜がトマト出汁の風呂でぐつぐつ煮えている。
「あれ? さっきの鶏肉、入ってね~じゃん」
「明日のお楽しみじゃよ♪」
 明日もトマト鍋すんのか~、とのん気に考えながらお茶を飲む。今日は朔間先輩が鍋奉行だ。綺麗に切れた野菜やお肉だけ晃牙のお椀によそい、なぜか三角になってるのなんかはささっと自分の方に入れる。
「朔間先輩ってけっこうカッコつけるよなぁ」
「? ほれ、たくさんお食べ♪」
 そ~いうとこ、かわいいけど。
 晃牙は朔間先輩の分も待ってから、ハフハフ言ってたくさん食べた。


「これを持っておいき」
 翌朝、早出の仕事で家を出る晃牙に、朔間先輩は大きな包みを差し出した。
 照り焼き系のいい匂いがする。朝からずっと感じていた匂いだ。出所はキッチン。つまり。
「弁当!?」
「ふふん。夕方まで収録じゃろ? これを食べて乗り切るのじゃよ♪」
「うお~サンキュ~! 頑張るぜ!」
 行ってきますのキスをして家を飛び出る。
 身を切るような冬の風に立ち向かいながら、住宅街を進む晃牙の足取りは軽やかだ。弁当! 朝起きてからの出来事を思い出してますます胸が熱くなる。レオンの散歩に行くために目を覚まし、いい匂いにつられてキッチンを覗くと朔間先輩があわてて出てきた。コウモリ柄のエプロンにシュシュで髪をまとめて『朝の間は立ち入り禁止なのじゃ!』。なんで?と聞いたらモジモジされる。
 あうう、とか言ってエプロンの裾を摘まんだかわいい朔間先輩は、もともと夜型なのだ。それも完全昼夜逆転タイプ。
 俺のために早起きして弁当かぁ。俺様を驚かせたかったんだな。かわいい先輩。
 ほとんどホップステップジャンプの勢いで駅に着いたら発車予定の5分も前だったので、晃牙はホームの端からスーパーのモミの木を眺めた。昨夜の雪が溶けずに残ってきらきらしていて、今の気分にぴったりだ。
「晃牙ちゃん、今日はご機嫌じゃな~い♪」
 30分後、スタジオに着いたら嵐がそう言って晃牙の肩を叩いた。
「あぁ? 別に普通だよ、大神晃牙様は常に飢えた獣で血走ってんだよ」
 浮かれ気分を見破られたらしい。顔をしかめて不機嫌なフリを続ける晃牙に、嵐の隣のみかまで笑う。
「めっちゃわかりやすいもん♪ クンクン……なんやええ匂いするん、お弁当かなんか?」
「ウフフ、ホントにわかりやすいわねぇ。何買ったか見たいわ、よかったらお昼ご一緒しましょ♪」
 ゲッ、ヤだよ。落ち着かね~じゃん。
 ……と言うのをぐっと堪えて晃牙は頷いた。共演者とも仲良くするのがトップアイドルへの道じゃよ、と朔間先輩が言っていたからだ。弁当をいい匂いだと言われて嬉しかったからでもある。
 けど、じっくり味わって食いたかったなぁ。
 3人で楽屋に向かいながら、晃牙は鞄の底のお弁当をそっと撫でた。


 先が待ち遠しいだけ時が経つのはゆっくりになるというもので、午前の収録を終える頃には晃牙は3日は働いていた気分になった。もちろん手は抜いてない。それどころか収録はかつてないほど絶好調らしく、出演者の阿吽の呼吸が作用しているのは明らかだった。
「やっぱり夢ノ咲出身同士だとやりやすいわねぇ、しかも同期だし♪」
「2年のときなんか同クラやもんね♪」
 ラウンジの一角を陣取って、嵐とみかと向かい合って弁当を広げる。
 何気ないふうでふたりの手元を見ると、どちらも手作りのようだった。嵐はおしゃれなワックスペーパーに彩り野菜たっぷりのサンドイッチを包み、みかも野菜と蛋白質のバランスのとれた洋風弁当だ。
「んあ? これなぁ、お師さんのお手製やねん♪ 今日は一緒にごはん食べへんからって、俺の好きなんたくさん入れてもろたんよ~♪ おやつもあるんよ、ホラ、隅っこのキキララチョコ♪」
 みかがふにゃふにゃの笑顔で弁当のおかずを指し示す。
 学院で『お師さん』と2人の世界を作り上げていた同期の嬉しそうな様子を見ると、晃牙もここで朔間先輩の手作り弁当を広げるのは恥ずかしくないような気がしてきた。恥ずかしい、つまり同期相手に惚気るような気分だったのだ。収録現場の横のラウンジで一般社員は利用しないとはいえ、通りがかる業界人がいない訳ではない。だがこのメンツなら同窓会みたいなものだと見逃されるだろう。
「ていうか、はやく見せなさいよォ? アタシそれ楽しみに収録がんばったんだから」
 嵐の催促に、晃牙はようやく鞄から包みを出した。
「アラ、朔間さんのお手製? 素敵じゃない♪」
「ええなぁ♪」
 すぐにバレたのはランチクロスがコウモリ柄だからだ。もちろん晃牙の持ち物ではない。朔間先輩の私物か、もしくはきのう俺様のために買ってきたのかも。お弁当雑貨のコーナーで整った顔をうむむとしかめて悩む朔間先輩を妄想して、晃牙はおもわず破顔した。
 大きな黒無地の弁当箱の、コウモリのシールの貼られた蓋に手を掛ける。
 そっと開けると、晃牙たちは揃って感嘆の息を吐いた。
「すっげぇ……!」
 肉、肉肉肉。分厚い照り焼きチキン。ローストビーフにパストラミビーフ、生ハムにスライスターキーがそれぞれ何重にも重なってひしめいている。お肉の両側には葉もの野菜のみずみずしい緑と玉ねぎと、ふわふわの薄切り食パンの白。驚くほどたくさんお肉の挟まったサンドイッチが、ぎゅっと弁当箱に詰まっていた。
「あぁっ、おいしそう……♪ 男のコのお弁当って感じね……♪」
 嵐が色とりどりの断面図をうっとり見つめる。照り焼きチキンはタレがじゅわっと染み出し、ローストビーフサンドも醤油マヨソースが肉と絡まっておいしそうだ。味の想像がつく分3人の唾液腺が刺激される。
 これかぁ、と晃牙は買い物袋の中身を思い出した。自分が食いたいとか言って嘘じゃね~か。晃牙のお弁当のためだけに袋いっぱい買い込む先輩。愛おしくて胸が苦しい。
「「「いただきますっ!」」」
 まずは照り焼きチキンサンドに手を伸ばした。鶏モモ肉の身の弾力が食パン越しに指に伝わる。国産のめちゃくちゃ高け~ヤツだ。しかもこのカットだけ食パンをトーストして、スライス玉ねぎは抜いてある。具材にもこだわった先輩お手製サンドイッチ。
 かぶりつく。
「~~~~ッ」
 瞬間、香ばしく焦がした皮と脂の乗ったモモ肉が、晃牙の歯に食いちぎられて舌の上で踊った。そこに醤油ダレが絡む。噛みしめるほどに肉のうまみが引き出され、ぷりぷりの身が濃厚なタレとともに味覚を喜ばせる。サンチュも肉の甘みを際立たせる名脇役だ。葉脈の太い部分がシャクリと擦りつぶされるのも噛んでいて楽しい。晃牙は本当にもったいないと思いながら、大きなひとくち目を飲み込んだ。
 相好を崩す晃牙を嵐とみかは嬉しそうに見つめた。友人がおいしそうだとこっちも嬉しい。こっちの手作りもスゴイわよ! 自分の弁当を晃牙みたいに口を大きく開けて食べ、やっぱりアタシ/お師さんって天才、と舌鼓を打つ。
「あ~……うまかったぜ」
 次は生ハムサンドだ。柔らかなレタスとスライス玉ねぎと、たっぷりの生ハムがレモンドレッシングをまとって口の中に絶妙なハーモニーを届ける。これ朔間先輩なら泣いて喜ぶんだろうな、と考えて、自分の大好きなものを詰めてくれた素朴な好意に泣きたくなった。先輩は人の心がわからないとか言われているけど、他人を喜ばすことにかけてはこんなに真っ直ぐだ。
 端まで食べ終えても生ハムの存在感とレモンの爽やかさが舌に残った。有無を言わせない感じが朔間先輩みて~だな。あっさりしたものの後にはこってりしたものが欲しい。ローストビーフとパストラミビーフのコンビを口に運ぶと、牛赤身の野性的な旨味と醤油マヨの風味が口いっぱいに広がり、それから胡椒が控えめに顔を覗かせた。肉といえばミディアムレアだ。歯ごたえ、舌触り、肉と血の味、匂い、どれをとっても狼の本能を刺激するが、食パンという乾いた物には似合わない。それをパストラミと醤油マヨがカジュアルにまとめ上げ、野菜を入れても牛肉の自己主張で単調になりがちな味に、胡椒がパンチをきかせている。歯も舌も満足させる組み合わせを、晃牙は獣のように貪った。
「……ふぅ」
「あらヤダ、賢者タイムには早いんじゃない?」
「ちげ~よ!」
 ミネラルウォーターで口の中をリセットして、最後の1個に備える。
 と、嵐とみかが自分を見つめていることに気付いた。
「んだよ、やんね~からなっ? 最後の1切れまで俺様のモンだ、がるるるっ」
「自分の分があるし、取らへんよ~? 大切な人の作ったん横取りするとか野暮やもん」
「よね~。……なんか、朔間さんってすごいんだなぁ、って」
 紫キャベツとニンジンのサンドイッチを両手に抱えると、嵐は品のある微笑を口元に浮かべた。聖母マリア像のような慈しみのこもった笑い方だ。
「ちょうど今ハマってるからわかるんだけど、サンドイッチって見目良く作るのが難しいのよ。具材は水分多いのにソースの塩分でべちゃべちゃになるし、断面の色のバランスなんて切ってみるまでホントのところはわからないし。切り口がギザギザにならないようにパンごと押さえると、指の形がついちゃうし。そもそも具材の組み合わせが難しいのよね~。見た目優先して味はウサギのエサみたい、なんてこともあるもの。それをここまで綺麗でおいしそうに仕上げるのは、やっぱりすごいのよ」
 晃牙は手元のターキーサンドを見た。ぷりぷりのスライスターキーがパンと野菜の間で折り重なってたわんでいる。みずみずしく、両端の端まで詰まった具材に、なめらかな断面。
 朔間先輩の愛情を感じて今さら気恥ずかしくなった。照れ隠しに最後の1切れにかぶりつく。ふわふわの食パン、張りのあるレタスと玉ねぎ、身の引き締まった茹で七面鳥の層の中から、ハニーマスタードがとろりと舌に触れた。そんなに辛くない。あっさり味の具にちょうどいい具合に絡まって、晃牙の舌を幸せの味で満たした。朔間先輩の気高さとかっこよさが詰まった味だ。
 朔間先輩って、やっぱすげ~よ……。
 ひとくちひとくち堪能して、忘れないよう五感をフル活用して、先輩の愛情サンドイッチを味わいながら、晃牙は改めて思うのだった。朔間先輩はすごい。そして俺様はすげ~愛されてる。仕事が終わったら、先輩のところに飛んでってお礼言わね~と。先輩どこで仕事してんだっけ? 午後から事務所にいるとか言ってたっけ。早く収録終えね~となぁ。頑張れ、俺様。頑張る。すげ~頑張る。
「ただ、不思議なのが、試作品はどこにいったのかってことなのよねぇ……」


「朔間先輩っ! すげ~うまかった…………ん?」
 速攻で仕事を終わらせて事務所内のレッスン室に飛び込むと、朔間先輩が借りているはずのそこは誰も見当たらなかった。
 いや、奥の方に先輩の鞄が置かれている。鍵も開いていたし、飲み物でも取りに行ったのだろうか? 隣でレッスン着に着替えるつもりで近寄った晃牙は、ふと真横に冷蔵庫が備え付けられているのに気づいた。
「ほとんど残ってね~けど冷やしとくか」
 長時間の練習に水分補給は欠かせない。鞄の中には昼の残りのミネラルウォーターがあった。とりあえずの気持ちで冷蔵庫のドアを開く。
「うおっ!?」
 ばららららららららっ!
 中から飛び出した無数の銀の包みに飛びすさる。何か知らないが、雪崩を起こしたらしい。
「あぶね~なぁ……朔間先輩のかぁ?」
 出るときにカラにするのが規則だから、朔間先輩のだよなぁ……。
 ひとつ手に取ってみる。ずっしりと重い。アルミホイルで覆われた長方体に、晃牙はなんとなく見覚えがあった。嗅いでみるとマスタードの匂いがツンと鼻にきた。アルミを剥がす。野菜とローストビーフの切れ端が不揃いなパンに挟まっていた。
 ひい、ふう、みい、……銀の包みは20個はあった。醤油マヨソースでべちゃべちゃなやつ、レタスが妙に多いやつ、指の形がパンにくっきりついたやつ。レモンドレッシングがかかってない生ハムサンドに、断面のぐちゃぐちゃなローストビーフサンド。間違えて生ハムと照り焼きチキンを一緒に挟んだのもあった。
 寝ぼけてやっちまったんだろうか。試作品の数々をじっくり眺めていると、後ろで大きな音がした。朔間先輩がよろけてドアにぶつかった音だった。
「こ、こ、晃牙!」
「朔間先輩ってすげ~カッコつけるよなぁ」
 先輩が駆け寄ってくるのを牽制するために、晃牙は包みをひとつ掲げ持った。世界でいちばん大好きな朔間先輩は、耳まで真っ赤にして立ち止まった。
「大好きな子の前でカッコつけちゃダメなのかや……」
 か細い、頼りない声が問う。震えている。
 かっこいい先輩も大好きだけど、かわいい先輩も大好きだ。全部ぜんぶ愛おしい。
 だから晃牙は、いいや、と言う。
 言って、アルミホイルの包みを剥いて、かぶりついた。
 塗りすぎたハニーマスタードで、鼻がツーンとする。 
「……ッ、どんなところも、俺様に見せろよな!」
 すげ~うめ~し!
 頷いた先輩はふにゃふにゃの笑顔で、世界でいちばん晃牙の大好きな朔間先輩だ。

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