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月を引き留める

 零が目を覚ますと、あたりは濃い闇に包まれていた。
 リビングで寝てしまったらしい。内も外も静まり返っている。ガタンゴトンと、いつもの電車の音も聞こえないということは、終電の時間を過ぎたのだろうか。
 晃牙はどこだろう。そういえば飲み会で遅くなると言っていた。ちょうど車の止まる音。少し待つと、バンと閉まって、発進する。晃牙だ。体を起こし、足元に気を付けながらドアに近づく。
 ドアノブに手を掛けた瞬間、玄関がガチャリと音を立てた。「ただいま、レオン」コーギー1頭分の重さを加えた足音が近づく。出るタイミングを失った。せめておかえりを言おうとドアの傍から離れると、零のいたところにドアが開いた。
「晃……」 
「やべ~やべ~」
 晃牙はいつになく興奮している様子だった。キッチンの冷蔵庫に直行している。
「どうした?」
「どうしたもこうしたも、月明かりの下で見た先輩がマジでかっこよくてよ! ポスターなんだけど」
「お、おぉ……」
 ポスターとはきのう掲出を開始したソロシングルの広告だろう。零がこちら側に手を伸ばして不敵に笑っているやつだ。それとも両手で顔を撫でて悩ましげな表情をしている方だろうか。もう見られたのか。頬に血液が集まるのを感じる。
 晃牙が零に背中を向けながら、ペットボトルの水出し麦茶を取り出して、近くのコップに注ぎ、飲み干す。流し台にコップを置く。レオンは床に置く。麦茶をしまう。冷蔵庫のドアを閉めて、眉間にしわを寄せたまま零を振り向くと、両目を見開いて、
「~~~~~~!!!」
「あ、これ!」
 廊下に飛び出す。
 前にもあったなこういうの、と思いながら追いかける。レオンがついてくる。レオンの飼い主はトイレの向かいの寝室に飛び込み、ひとっ飛びにベッドに乗ると布団をかぶって縮こまった。「忘れろよ!」晃牙が叫ぶ。くぐもっている。聞こえないフリで布団を剥いだ。
「わ、わす……ん、」
 口の中が冷たかった。舌は温かったけれどお酒の味が残っていた。赤ワイン。渋いのにもっと絡めたくなる。
「は、ぁ、せんぱいっ」
「ん、んぅ――あっ」
 くらりと酔ったところを引きずり込まれて押し倒された。手首を縫い止められる。のしかかった晃牙の後ろに満月が見える。カーテンを閉め忘れたと気づいても、晃牙から離れる気になれない。
 離してくれない。
「忘れさせてやる」
 スーパームーンが零を見ている。

 

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