Entry

雪の夜

1年ぶりくらいにプロット無しで書き始めた
ので起承転結がない


 ※


「我輩と晃牙がバカップル? えへへ、そうかのう、そう見えるんじゃのう……♪」
 零が笑って部屋の灯りをつけると、薫はベッドに向かって上着を放り投げた。厚手のチェスターコートだ。ぱさっと着地するのと、窓の軒から雪が滑って落ちる音が重なる。
 ハイネック1枚になって、ロンドンの寒さに身を震わせる。
「ロケに来てまで見せつけられたら、嫌になるけどね」
「ううむ、すまんのう」
「暖房つけてくれたら許してあげる」
 薫が暖房のリモコンを探す間に、零は湯船にお湯を張る。浴室から顔を覗かせると、零の相棒は暖房直下で温まりながら窓の外を眺めていた。美しい街並みだ。雪が音もなく降り続いて、白い景色をさらに塗りつぶしていく。
 無言の背中に零は優しさを感じた。仕方ないなあ、と呆れ笑いを浮かべられているのだ。相棒に甘えることにする。まだ冷たい湯船の縁に腰掛け、端末を耳に当てる。
「……もしもし」
 がたん、ばたん! どたん!
 折り返しのはずが電話の向こうは妙に騒がしく、何秒間か物音という物音を立て続けてから『……もしもし』と同じ返事が耳に届いた。『もしもし、俺だけど、朔間先輩』
「息切れしておるぞい」
 う、と晃牙が詰まった。
『教室の鍵、閉めてきた。誰か来たら嫌だし』
 照れの滲む声に、零の胸が温かくなる。
「学院におるのかえ?」
『ん……練習してる。スタフェス』
「そうか。頑張っておるのう」
『先輩は?』
「まだロンドンじゃ。明日の夜にはグラスゴーにおる」
『グラスゴー……』
「知ってるかや?」
『イギリス好きなめんな』
「そうじゃのう、グラスゴーくらいはわかるのう」
 ロンドン、グラスゴー、それから晃牙の知らないいくつかの片田舎へ。
 欲しいお土産はあるかえ? レコードショップで見繕うかのう?
 足首までたまったお湯を爪先でかき混ぜながら、零は水面の波をぼうっと眺める。まだ会えない。まだ5日も。日本を発つ3日前に話したきりで、100時間も経たないうちに恋しくなっている。
 晃牙。
『会いたい』
 胸が高鳴った。
『あ、ちげ~っつか、実際に会うんじゃなくて! ホラ、日本が恋しくなってるんじゃね~かなって、なあ?』
「う、うむ、恋しいのう」
 焦る視界に熱い霧が立ちのぼりはじめた。湯煙だ。室温が上がった気がして上着を脱ぐ。
『チャイナタウンとかあるか? サトウのごはんとか送るぜ? あと梅干し』
 零が笑った拍子にお湯が壁に跳ねかかった。湯船の中の脚を蹴り上げたのだった。
「危ない」
『危ね~とこ行ってんのか!?』
「いや……すまぬ、こっちの話」
『俺様に倒される前にケガさせられんなよ』
「なんかライバルの台詞みたいじゃのう」
『ライバルだろ~が』
「おぉ、うぬぼれるのう~?」
『実力不足だろ~がライバルなんだよ! 俺様はあんたを倒すために頑張る、あんたは俺様に倒されね~よう頑張る! そ~いうの!』
「我輩もおぬしのライバル?」
『そ~だよ!』
 屈託のない声。
「けっこう距離、近いのう……」
『嫌かよ』
「ううむ、嫌なはずなかろう。もっと近くてもよいぞ」
『たとえば?』
「へっ? し、親友とか?」
『親友!?』
「嫌かや」
『いや』
「……」
『そっちのイヤじゃね~よ! 大歓迎だよ! むしろもっと近くてもいいぜ!』
「えっ……例えば?」
『例えばって……ど、どこらへんがいいよ、あんたなら』
 意識してなさそうだったり、意識してそうだったりな声音に、零は戸惑う。喜んでいいのだろうか。期待しちゃだめなのだろうか。
 我輩が望む距離? 電話の向こうから、抑え気味の息遣いが聞こえる。晃牙が零との距離を気にしている。期待している?
 我輩は……もちろん……。


「あの~、お風呂入ってもいい~?」


「…………」
「……そんな睨まないでよ。もう沸いてんじゃん」
「睨んでないもん……」
 もうもうと立ち込めた湯けむりが外へ流れるのといっしょくたに、薫は零を風呂場から追い出した。
 携帯は取り上げられ、ドアを閉めた薫が向こうで晃牙と一言二言話している。
「はい、ありがとう」
 薫が上半身だけ浴室から出した。
「なにを話しておったのじゃ」
「何って……彼氏でもないのに初日から国際電話かけてこないで、って」
「はあ!? わんこに!? そんなことを!?」
「お風呂入る時間減るじゃん、俺も朔間さんも。忙しいのに」
「彼氏じゃないって……」
「だってそうでしょ」
 呆然自失の零を放置すると、薫はさっさと風呂に入って寝る支度を整えた。
「あのねぇ、朔間さん」
 そして零をベッドの上に正座させて、『正しいお付き合い』についての説教を始める。つまり、曖昧な付き合い方をしていると次のステップに進めないこと、間違って進めてしまったとしても後々擦れ違いを生んでしまうことを噛んで含めるように言い聞かせた。
「朔間さんと晃牙くんは、まだお友達。厳密には先輩後輩だけど。で、恋人になるには、どっちかが告白しなくちゃいけない」
「はい……」
 ひゅ~、がたがた、と窓枠が揺れる。いつの間にか外は吹雪だった。凍えそうだ、零の心ごと。
「でも、たぶん朔間さんは晃牙くんに告白しない」
「はい……」
「まあそういう性格してるもんね。俺、相棒だからよくわかってる。だから告白を待ちましょう」
「…………」
「『友達以上恋人未満ではいかんのかや』という目をしているね。駄目です」
「なぜじゃ」
 薫ははあ、とため息をついた。
「零くんから線を引くと、晃牙くんは半年以内に告白するからです」
 がたん。
 窓が鳴ったきり、薫は黙り込んだ。
「…………」
 これ以上ない説得の仕方だった。
 吹雪も弱まったので、零は風呂に入る前に散歩に出た。外は誰もいなかった。美しい模様の石畳に音もなく雪が積もり、零の靴底に結晶を白くまぶしていく。
 はらりと腕に舞い降りた。仰向けた手の平にも、胸元にも、雪化粧が施された。
 こんなにどこもかしこも熱いのに、溶けないなんて不思議じゃなぁ?
 遠い日本の方角を向きながら、零は未来の恋人に語り掛けた。

 

Pagination

Utility

Calendar

03 2026.04 05
S M T W T F S
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -

About

【お知らせ】現在サイトデザインの一部が崩れております。ご不便をおかけし申し訳ございません。

Entry Search

Page

  • ページが登録されていません。