恋は(2018.6.17書きかけを発掘)
休止前に「吸血鬼の嘘は夏の匂い」というタイトルの晃→←零本を作ろうと考えていて、内容は返礼後のふたりが夏休み中だけ恋人同士のふりをする(嘘をつく)話だったと思うのですが、うまくプロットが切れず、冒頭(と結末)だけ書いて筆を置いていました。
以下はその冒頭部分です。冒頭なのに何も伏線がない……。
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狼がカレー食っていいのかと聞かれることがある。
愚問だ。俺の魂と在り方は狼だが、体は人間以外の何物でもない。中辛が好きだ。
ニンジンとジャガイモは中くらいに切る。玉ねぎも適当に切って適当に炒める。飴色になるまで炒めろとかお袋はうるさいが、味は変わらないし最悪食えりゃいい。まあ半生は好きじゃないから、玉ねぎはそこそこ炒めるし、ニンジンジャガイモはレンジでチンする。
安い牛肉に鍋でまんべんなく焼き目をつけ、野菜と水を入れて一煮立ち。一度火を消して、ルーを溶かすと、カレーの匂いがキッチンに充満する。
あとは中火で馴染ませるだけ、というところで玄関から物音がする。先輩だ。
「おかえり」
「ただいま。夏はカレーじゃな。お土産たくさん買ってきたぞい」
先輩はダイニングの入り口にしゃがみこみ、でかすぎるキャリーケースをゴソゴソやりだした。
珍しく大荷物で行ったと思えば。だが菓子やらキーホルダーやらに混じって、俺が追ってるアーティストの本国限定盤が出てくる。それにショートブレッドとかクランペットとかは嫌いじゃない。
俺も中腰になった。手あたり次第詰められたそれらを、ありがたく頂戴してドアの横に置く。
「晃牙」
振り返ると、抱きしめられてキスされた。
「……疲れてんじゃね~の」
その先を感じさせる口づけ。夜は獣の時間じゃよ、と先輩が鋭い八重歯を見せて笑う。
でも、俺は一ヶ月先輩に飢えてたけど、先輩はロケだったのに。
「好きな子の傍を離れるのは、夜ごと身を裂かれる思いじゃった。……晃牙」
甘い声が鼓膜に沁みたら、我慢できるはずがなかった。
先輩の腕を掴んで寝室に行く。ドアを開けた瞬間の暖気に先輩が笑う。そうだよ、すぐヤりたかったんだよ。
無言で抱きつかれる。
求められるままに肌に触れた。飛行機で少し寝たのか、先輩の鎖骨は汗の匂いがした。
先輩の腕が俺の首に絡みつく。自分の中でだんだん遠慮がなくなるのを感じる。海外ロケの休みは長い。どうせ消えるだろうから、先輩の色んなところを噛んでやった。
歯を立てるたびに、先輩の奥はきゅうと締まって、喉がせつなく仰け反った。
先輩と一緒にイった。
「んで、どうだった」
「一月ぶりの閨かや?」
「ロケだよ馬鹿。脚本押してるとか言ってただろ」
ダイニングに戻り、シャワーを浴びる間にイチャついて一度焦がしたカレーを好きなだけ大盛りにしながら、先輩は「面白かったぞ」と明るい声で答えた。
「だいぶ演技指導をしてもらえてのう、本場の吸血鬼に近づけたんじゃなかろうか」
大盛りの皿は俺へ。自分のは普通盛りにして席に着く。
「けど異端?鬼子?役なんだろ」
「まあ吸血鬼には変わらんしな。いただきます」
「いただきます」
だが俺が先輩を見ていると、先輩は二口目を掬って俺の鼻の先に突き出した。
「たんと食べねばベッドで飢え死にするぞ。それとも食わせてやろうか?」
どんだけヤるんだよ。
だけど誘われてるのが嬉しかったから、先輩の挑発を一口で食べて目の前の大盛りを掻き込んだ。うまい。苦しい。うまいけど腰振る前に食う量じゃねぇ。
先輩は俺の分も食器を流しに置いて戻り、俺の膨らんだ腹を見て笑うと、食卓の下にもぐって俺の脚の間に座り込んだ。
「腹ごなししておいで」
薄暗がりに先輩の白い指が踊った。赤い唇の、内側の柔らかく濡れたところが、ペニスを根本から咥えて啜り上げた。俺の知らない筋や皺の隅々まで舌先でなぞられ、ねぶられる。俺のペニスなのに先輩の方が詳しいのはおかしな話だった。
ぷは、と先輩が口を離す。亀頭から唇が剥がされるときの刺激でイきそうになった。
先輩の形の良い鼻がペニスに寄せられ、我慢汁を垂らす鈴口をくんくん嗅ぐ。
「……カレーの匂いになるかと思ったが」
「なんね~よ!」
「では。動けそうかや」
もちろん。椅子を引いて先輩を抱きかかえた。膝に乗せたから、先輩は俺の頭にしがみつく。
「ん、」
ほぐれた尻を右手で揉みしだき、左手はTシャツの裾に潜り込ませると、先輩の腹筋がびくびくと震えた。まだ指すら入れてないのに。
挿れたら、さっきはゴムに出したけど、この奥に出したい。俺の精液の匂いを先輩のいちばん奥につけたい。
どう頼もうか迷いながら顔を上げると、先輩の真っ赤な瞳が俺を見ていた。
ねだるような血の色。
いけるかな、いけるよな。尋ねる前にズボンを脱がせてボクサーの隙間にねじ込んでいた。
一度イった体はやわらかく、ずぶずぶと俺を根本まで飲み込む。
「あっ! ぁ、あぁ……」
ばか……、とこぼす吐息が甘い。
「ゴムあったじゃろ……行儀のわる、っ、あ!」
揺らしてごまかしたら、とろとろの目尻が少し吊り上がってかわいい。じゃなくて。
「わりぃ。傷とかつけたらアレだけど、なんか、したくて」
「はっ、ぁ、そう、じゃなくてっ、出したらっ、あぁ……できんじゃろ……っ」
できない? あぁ、中で出したら腹痛くなるもんな。そっか。
じゃあつけるか、と先輩の腰を持ち上げると、先輩が絶妙な動きで元の位置に戻った。絶妙すぎて説明できない。
「は?」
「……煽るだけ煽って焦らすのかや……」
「訳わかんね~し!」
あとかわいいし! 吸血鬼ヤロ~の癖に!
混乱しすぎて懐かしい名で呼んでしまった。心の中でだけど。
でも、先輩は俺の心が読めるらしく、躾と称して首筋をがぶりとやられた。
「悪いわんこにはお仕置きじゃよ……んっ、んぁ、」
「っ、無駄口、叩く暇あんならっ、もっと激しく犯してやる……ッ」
「 く、はぁっ、は、はは、してみせよ……っ」
ムカつくヤロ~だぜという顔を作りながら、必死に腰を動かすのは普通に馬鹿だ。それにノる先輩も馬鹿だ。
結局、なんとなく昔の先輩を思い出してシたからか、いつもより俺の射精は早かった。
イカ臭い部屋の窓を開けたら、ぬるい風がカーテンを揺らした。
藍色の闇にぼんやりと滲む街明かり。何かの虫の鳴き声。クーラーの送風板が動く音。電灯のまたたく音。自販機。
肌に張り付く湿気と、祭りの次の日の夜みたいな匂い。
夏だ。
「一月見ない間に、ずいぶんと背中が大きくなったのう」
ベッドから降りない先輩がそう呼ぶから、俺は水だけ持って先輩の横に戻った。
「おくれ」
目を閉じて澄まし顔を向ける先輩の唇に、ペットボトルの口を押し当てる。綺麗な喉仏が上下する。
ボトルの栓を閉めると、手を取られてベッドに乗り上げた。
「共寝しようぞ」
「いつも寝てんじゃね~か」
「うむ、そうじゃけども、改めてというか」
改まるようなことでもあったか。
……と聞く代わりに、唇にキスする。
「ん……」
「おやすみ」
なんとなく先輩の頭に右腕を敷いてやった。タオルケットなんかも掛けてやった。
それだけで先輩の目蓋が開かなくなる。完全夜型でも、さすがに今夜は限界らしかった。
寝息だけの部屋を見回して、ようやく窓の鍵のことを思い出したが、まあいい。先輩が寝返りを打ちたくなるときにでも、こっそり抜ければいい。
それに、今夜は思い出すことがたくさんある。そのための時間もたくさんある。
俺は遠い昔の記憶を辿った。
記憶の部屋のドアは、嘘の色をしている。