晃零スケッチ
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■なんじゃって
父の日の翌週の金曜日は“犬を連れて仕事に行こうデー”イギリス発祥の素敵な習慣 #takeyourdogtoworkday - Togetter https://togetter.com/li/1240579
「……なんじゃって」
「じゃあ俺様も#takeyourvampiretoworkdayだからな」
「…………」
「嫌なこと人にすんなよ」
「いやその、所有格がのう」
「は? …………!」
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■バレンタイン書きかけ
「そういえば、次の休みはバレンタインじゃったか」
零は脚の先まで俺に洗わせながら、俺に持ってこさせた手帳を開いて言った。
「あぁ……気持ち良いのう。湯は苦手じゃがマッサージは格別じゃ。ほれ晃牙、左脚もよろしくな」
「なんで俺様が……」
「おぬしがシャワーを浴びろと言ったんじゃろう。はぁぁ……極楽極楽……♪」
ユニットバスの狭いバスタブに男2人、三角座りで入ると動けない。だから零の長い脚を片方ずつ俺の肩に乗せて泡まみれにし、胸や肩に適当にシャワーを掛け合って暖を取る。そんな訳わかんね〜ことしてるせいで俺も零もびしょ濡れ泡まみれだが、零は喉を鳴らしてご機嫌だ。
……それにしても、爪の形まで惚れ惚れするほどカッケ〜な。
「変わったところを撫でるのう?」
「ううううっせ~! バレンタインがなんだって!?」
「おぉ、そうじゃな。バレンタインじゃけども、学院に顔でも出さんか?」
ふくらはぎを揉まされつつ聞くところによるとこうだ。ふたり揃っての次のオフ日が2月14日、つまりバレンタインデーなので、後輩兼来年度のライバルの様子を見にショコラフェスに行きたい。チケットはOB用のがあるし、後輩の信頼の厚い俺が行けばきっと喜ばれるだろう。怪物ユニットの2winkは午前の部の大トリを務めるらしい……。
「……行くか」
「不服そうじゃのう」
「別に。卒業して業界入ったら先輩後輩関係ね〜し、敵情視察しろっつ~のはもっともだろ」
零の胸にシャワーをおもいきり浴びせた。真っ白な泡が流れてさらに白い肌が現れる。
「くく……顔に出ておる。ふたりきりでないバレンタインは嫌かえ」
零は脚で俺を引き寄せると右手で俺のペニスを擦りだした。大きな手。男らしく節くれだっているのに、肌は女よりもなめらかで色気がある。
機嫌を取られるのが悔しい。けど気持ちいい。
「ぁ、う……く、」
「本当にういやつじゃ……飼い主冥利に尽きるのう」
可愛がってやらねば、と囁いた唇でペニスを飲み込まれ、かろうじて射精を堪えた。俺が唸る間も零の唇に扱きたてられる。 弾ける直前に引き抜いたせいで、精液が零のまぶたにどろりとぶち撒けられた。 零が深いため息を吐く。
「飲ませてくれんのかや……」
「させるかよ。ぜって〜クソ不味いだろ」
「おいしいぞい?」人差し指で精液を掬って舐める零。綺麗なツラに男のものを垂らすのも、擦れて赤い唇もエロいのに、同じくらいギリシャ彫刻みたいに神々しい。 この人を前にすると、自分のイライラが小さなものに思えてくる。
……零とふたりきりのバレンタイン、を、期待してなかったと言えば嘘になる。時期的に外に出られないならどっちかの部屋に行って、楽器触ったり録画見たり……1日中だらだらするのもいいかと思ってたから。最近忙しいし、忙しくなくても零の傍にいるのは恋人なら当然だし。……チョコも、貰えるかもしれね〜し……。 けど、零の1番はいつだって俺がいいから。大神晃牙を欲しがられたいから、俺のじゃなくて後輩のライブを観たいと言われたら、なんかこう、ムカついたのだ。
「……チョコ」
「んむ?」
「俺様にぴったりの、最高にロックなチョコを用意するなら、ショコラフェスでもどこでも行ってやる」
零は猫のように笑うと、俺の首筋に擦り寄った。
■炭酸飲料のCM
ライブハウスを音と光の暴力が支配する。ステージの上で禍々しい出で立ちの晃牙が叫んでいる。口元に血の色の紅を差し、手錠を繋がれた腕でギターをかき鳴らす姿はまさに地獄の番犬。晃牙との確かな繋がりを求め、少女達が両手をかかげて踊り狂う。
サバトのような光景を、しかし壁際の零は冷めた目で見ていた。零にとってそれは変わり映えしない風景。
虚飾の衣装を纏い、美しい女を侍らせても、虚ろな心は満たされない。
晃牙と目が合う。勝ち誇った目。片頬を吊り上げ、お前に興味はないとばかりに視線を逸らされる。
零は足元のペットボトルを拾う。中身を煽る。
腕で唇を乱暴に拭うと、ひとっ飛びに少女の群れを掻き分けステージに上がる。
晃牙の不意を突かれた顔。紅い唇。その血の気配に誘われるように、胸ぐらを掴むと、唇に己のそれを重ねーー
ーー炭酸飲料の見本写真が、ふたりの接合を隠す。
『刺激がほしい? ーーINAZUMA GINGER、誕生』
販売元のロゴの後ろで晃牙が零に殴りかかっている。零は笑っている。唇にうっすらと紅をつけて。心底愉快そうに。
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■推しを砂糖漬けにして食べたい(概念)
目を覚ますと全身が砂糖に漬かっていた。比喩ではなく事実だ。
じゃりじゃりする砂糖の海を掻き分けると、ときどき紫色の湿った布のような塊にぶつかる。
真っ白な視界で紫のそれを避けたり退けたりしながら泳ぎ続け、3枚目の布を顔から剥がしたとき、晃牙の目の前には微笑を浮かべる朔間先輩がいた。
「夢か? これ」
「さて……」
いつの間にか先輩は水面の白い波に腰掛け、爪先で優雅に砂糖しぶきを蹴っている。晃牙も真似してみたが、無情にも尻から白い海に沈み、砂糖をたらふく飲んでしまった。
しかし、と海面から顔を出した晃牙は思った。
先輩と会えてよかった。果てのない砂糖海原、先輩とふたりなら怖いものはない。
「むぐ」
先を行こうとした晃牙を、先輩が後ろから抱きしめる。
振り向くと首筋を舐められた。
「ひゃあ! て、テメ〜! 何すんだよ!?」
先輩は答えずに晃牙の首筋に歯を立てた。皮膚を覆っていた砂糖が唾液で溶け、べたべたになったところを舌で綺麗に舐め取られる。
砂糖の波がふたりに押し寄せた。濡れた首筋にたっぷりと砂糖がまぶされて落ちない。
「うが〜! 舐めんな!」
「甘いのう〜。すっかりわんこの砂糖漬けじゃのう」
わんこの砂糖漬けってなんだよ、と言おうとした唇も先輩に食べられたので、晃牙は目の前の肩を掴んで先輩を引き剥がした。
「俺様は甘いのは嫌いなんだよ!」
「では我輩も嫌いかえ?」
俯いた零を白い波が攫いそうになる。
晃牙は零の体に両腕を伸ばして引き寄せると、噛み付くように口付けた。
砂糖の麻薬めいた甘さが舌先から脳天を突き抜ける。花のような瑞々しい香りはバッドトリップの見せる幻覚だろうか。先輩の舌の濡れた柔らかさが妙に鮮明で、甘いのはもういいと思うのに唇と舌を隙間なくくっつけたくなる。
「うう〜、頭イかれちまいそう」
泳ぐ気力がなくなった。別にいいか。先輩とふたりなら、どうとでもなる。
先輩が近くにあった紫色の布を自分の体に巻きつけた。紫がよく似合う。先輩が晃牙の肩にも掛けたので、晃牙も紫色になった。
「そろそろ頃合いかのう?」
先輩がにっこり笑って晃牙の唇を舐めると甘い。
やり返す晃牙の舌も甘い。
砂糖が体じゅうに染みて、もう真っ白だ。
こうして砂糖漬けができたのだった。
■■■
■出オチエロ(起承転結がない)
世間は異常事態だ。『メスお兄さん』が朔間先輩の代名詞として広まり、彼女にしたい芸能人は1位:朔間零。先輩のセミヌード表紙のヤン〇ガは飛ぶように売れ、朔間零メイクの女が表参道を闊歩している。昨日NHKの教育番組に出たと思えば今日は老健施設のじ~さんば~さんが談話室でサイリウムを振っていて、日本どころか世界中が先輩の虜になっている。
端的に言えば魔性の男。すれ違う老若男女を魅了するせいでおちおち外も歩けない。
……『朔間零がエロすぎるのが悪い』?
いやいや、朔間先輩は悪かね~よ。たしかに妙にエロいけど、それは朔間先輩がカッケ~からだし。
悪いのは俺達……俺か? 俺が先輩にムラムラするのは、自然の摂理じゃね~のか?
「あ、あぅっ、うぅ……っ!」
悩む晃牙の上で白い喉が反らされた。
晃牙は咄嗟に意識を戻した。先輩が晃牙の上にしゃがんで跨り、苦しそうに体を揺すっている。あ、う、と声を漏らしてはぶるぶる震え、感じ入るように喉を反らす。切なく寄せた眉、きつく閉じた目蓋。快楽に耐えるような表情とは裏腹に、先輩の大きな尻が晃牙自身を貪欲に扱き上げる。
「先輩、イきそうか?」
「ンっ、ぁ、いっ、いくっ、んぅっ」
こんなにエロい先輩を放っておくのはただの馬鹿だ。咄嗟の判断で太股を掴み、よろめいた先輩に腰を打ち付けた。
ひぃ、とすすり泣くような喘ぎ声。先輩の全身が強張り、晃牙の精を搾り取るように痙攣する。
「はぁっ、あ! あ、ぁ、ア……っ」
きゅうきゅうと吸い付く秘奥を優しく突き上げて、わざと感じるところを外してやると、先輩が泣きながら頭を振った。絶頂が近い。
焦らされて悶える尻を、望みどおりに貫く。
「い……ッ!」
ぴん、と先輩の背中が反る。内股が張り詰め、快感が弾けるのを耐える。窄まりが晃牙に縋り付く。
白濁を噴き出しながら痙攣する先輩の中で、晃牙も遅れて精を放った。それで先輩もまたイッた。
真っ白なうなじをさらして晃牙の胸に倒れ伏す中、晃牙の無数の分身が先輩の奥へと流れてゆく。
ゴムは着けなかった。
先輩が「生がいい」と言ったから。
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■朔間先輩は遅刻しかけても急がない派なのでは?と気づいて没にした文
「遅刻じゃ~~!!」
どたどたがたたたどたどたばた、ばったん!
冬の午後の日差しで屋敷じゅうがあたたかい16時、ちいさな『嵐』が上の階の部屋を飛び出したので、朔間家のお手伝いさんはみんな手を止めて天井を仰いだ。
お手伝いさんは働き者だ。ひとりは床の拭き掃除を終え、階段を箒で掃除ちゅう。そこへ来た嵐は闇そっくりの黒色で、不思議と甘い匂いを漂わせながら、コートをひらりと翻らせ、赤絨毯の踊り場へと裾を広げて降り立った。優雅な嵐は立ち止まっても美青年だ。
「お掃除中すみませんのう~?」
寝ぐせのついた頭を軽く下げて、手すりをひょいと飛び越える。黒いほおずきが宙を舞い、部屋に吸い込まれたあとドライヤーの音がする。
嵐がくるくるの寝ぐせを押さえていると、弟嵐がやってきた。こっちは海色、夢の咲く色。夢心地の紅い目と、髪のさらさら揺れる頭を大きなどあから覗かせて、
「コーギー、駅前で待ってたよ」
「早すぎぬかえ!?」
「兄者が遅すぎるんでしょ」
「うう~~」
優しい目だけ寄越して2階に上がる。
半泣き嵐が鏡を見る。髪よし、服よし、ヨダレなし。いちど跡を見られて笑われたから、注意したってし足りない。
貴重品よし。足踏みしながら『おくれる。ごめん。』とLINEする。待ち合わせ場所も最終確認。
『16時に、いつもの喫茶店でな』
いま何時? 16時。
喫茶店まで飛ばして10分!
「あうう……行ってきます!」
びゅん!
ダッシュで5秒短縮、玄関突破。
正門前の薔薇の手入れのお手伝いさん、急な嵐に慌てふためき場所を譲った。台風一過、薔薇が枝ごと揺れて魅惑の香りが庭に漂う。
「今のは零お坊ちゃんかしら。あんなに急いで、いつにもまして楽しそうねえ」
そう、『嵐』は朔間家の長男坊、人気者の朔間零お坊ちゃん。
零お坊ちゃんは、後輩コーギーとお茶しに行くのだ。
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■15歳、性の目覚め(11/20追記:エアプめいた部分を修正)
事の起こりは春、夢のようなデッドマンズライブが終わって間もない頃だった。
大神晃牙は音楽の授業を受けていた。真面目になったのではない。相変わらず実のない授業を真面目に受けるヤツは馬鹿だと思っていたし、夢ノ咲には授業すらマトモに受けないアホどもが掃いて出るほどいた。晃牙はそのアホどもと違い放蕩せず、むしろ朔間先輩のゲリラライブの時間(先輩はデッドマンズで晃牙を一人前の男として認めたからか気まぐれにライブを予告してくれた。もちろん時間通りに見に行っても先輩の気が変わってゲリラ中止ということはあったが、神出鬼没のスーパースターをフォローできるのはこれ以上ない喜びだった)まで軽音部室でギターの個人練習に明け暮れるつもりでいたが、4限の音楽理論でロック史をやるというので監督役で顔を出したのだった。
予想通りだった。教師は当たり障りのない歴史を述べ、やれビートルズは社会現象だクイーンとエイズだと幼稚園児でも知ってることをひけらかしてゆく。黒人奴隷の音楽が白人によりエンターテイメント性を備えビートルズの手で社会運動のシンボルにまで洗練された、だが我々にとって馴染み深いのはビートルズのアイドル性です、メロディーや歌詞のキャッチーさだけでなく彼らの活動内容も分析しあなたたちもビートルズのような誰にでも愛されるアイドルを目指しましょう。何をどう学んだらこの説明が出来上がるんだよ糞教師が。ロックの高潔な精神を理解すべくドラムセットに頭突っ込め。
クラスメイトも五月蠅かった。ボンクラ教師に教わる生徒もボンクラという証明だった。静かにマガジンを読みまわすヤツはマシで、ひ○りエッチは陰キャだの駅前の当たり台が変わっただの前の席でぺちゃくちゃと喋りながらLINEの通知音を1秒に5回鳴らすクソヤロ~は頭の病院に行けと思いつつ席を蹴って黙らせた。
――鐘が鳴ったら教室から飛び出してやる。先輩のいるグラウンドまで駆け下りて、先輩の咆哮を最前列で浴びたい。最高にカッケ~音楽に骨の髄まで浸って、俺と先輩の魂を融合させたい。
ステージ上から流し目をくれる先輩を妄想していると、不意に下腹部が熱くなった。晃牙は頬の紅潮を自覚しながらきつく脚を組んだ。恥ずべき事である。高潔な魂を持つ男の中の男に、劣情めいた何かを抱くなどあってはならないと晃牙は己を戒めた。授業時間も40分を過ぎ、気分が糞そのものであることが不純をもたらしたに違いなかった。このままアホどもと同じ空気を吸っていると頭蓋骨に糞が詰まって死ぬだろう。詰まらずともロックンロールに燃える精神にゴミがつく。やはり軽音部室で己の中の音楽と真摯に向き合うべきだ。
「大神は朔間零で抜いてるからな」
とうとう晃牙が席を立とうとしたとき、左のクソからよくわからないことを言われた。
「……誰が誰で抜いてるって?」
糞以下の生命体はドブのような笑顔を硬直させたまま、ぎこちなく視線を逸らした。大神に舌打ちで黙らされたグラビアオタクだった。
一発殴った。
椅子の横転する音が教師の「大神!」に被さる。
「死ね。百万回死ね」
「『逝きそうな快感』とか叫んでた癖に」
咄嗟に晃牙は利き足を引いた。蹴技に怯えた糞以下が倒れ伏したまま体を竦ませ、あまりに滑稽なので蹴るのを躊躇う。
脚に糞が付くなと逡巡したのは一瞬だったが、その一瞬のうちに、散らばって開いたグラビアが目に飛び込んだ。
「――」
癖のある黒髪の女だった。色白の肌がシーツの上でくねり、ベッドサイドの灯りが金粉のような光を肌にまぶしていた。
瞳の色が血の色だった。茂った睫毛の下で涙を湛えて輝いていた。物欲しげに薄く開いた唇から、あぁ、とこぼれそうな溜め息の湿りを、紙の上に感じた。
エロい、ヤりたい、と男が十中八九思う女だった。晃牙もそう思ったはずだった、が、
――これが、先輩なら。
ガン!と下腹部を殴られた気がして、晃牙はおもわず後ずさった。
静まり返った教室の中、勝手に衝撃を受ける晃牙に視線が集中した。教壇で冷や汗をかいて様子見していた教師すら、もの言いたげな目で晃牙を見た。
4限終わりの鐘が鳴った。
晃牙は教室を飛び出ると、校門に向かって走りだした。
■■■
■からかい上手の朔間さん(付き合う前)
「わんこ~、しりとりするぞい。り、り、……りんご」
「ゴリラ」
「動物好きじゃのう~。らっこ」
「コーギー」
「ぎ? ぎんぎつね」
「ネコ。つ~か、なんでしりとり」
「こねこ」
「子猫はネコだろ!?」
「こねこはこねこじゃ。別物だからこねこと呼び分けるのじゃろう」
「そ、そうか……? じゃあ、子犬」
「こいぬはいぬじゃろう」
「???」
「からかい甲斐があるのう~」
「? ……あっ! 騙しやがったな!」
「ほれ、『こ』じゃよ」
「ぐぐぐ……こ、こ~、紅茶」
「ちゃんと付き合うおぬしが好きじゃよ」
「はっ!?」
「『よ』。……何をしょぼくれておるのじゃ」
「何もね~し! よく言うぜ! こうだろ!」
「ぜんぜん捻っとらんのう」
「うるせ~!」
「大神さん、お時間でーす」
「うおっ!?」
「ほれわんこ、気張っておいで。今のおぬしなら怖いもの無しじゃ」
「! まさかあんた、俺の緊張を解そうと――」
「わんこをからかうのは楽しいのう♪」
「うが~!」
「しかしまあ、好きなのは本当じゃよ。……なんてのう?」
「!!!!!」
「ふはははは♪」
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「わんこ、そろそろ帰ろうぞ。焼肉でもどうじゃ?」
「悪ぃ。また明日な」
つとめて朗らかな零の誘いを断った晃牙は、いそいそとジャケットを羽織り、一度も振り返ることなく控室を出て行った。
ドアが閉まると、しん……、と部屋が一瞬静かになった。スタッフはすぐに片付けを再開したが、零は立ち上がったまましばらく動けず、化粧筆とメイクポーチの擦れる音を聞いていた。
面白くなかった。
この朔間零を残して行ったのだ。高校の時分は朔間先輩朔間先輩と子犬のように着いて回り、芸能界入り後も朔間零を超えてナンバーワンになると言ってはばからない晃牙が、超えるどころか押し倒して吸血鬼の処女まで奪った大神晃牙が、ディナーの誘いを一蹴し、更には待ち遠しげにどこかに消えたのだった。
なんの間違いだろう。
零は辺りを見回した。
「フられちゃったね~」
傍らの薫が言い放った。とても良い笑顔だった。
「フられとらんぞ! 『また明日』だから明日があるじゃろう」
「体の良い断り文句も知らないの? 昨日も『また明日』だったじゃん」
ぐっと詰まった零の背中を、薫は訳知り顔で叩いて出て行った。
――また明日。悪い。このあと予定入ってて。
ぐらつく頭を晃牙の謝罪が駆け巡る。悪い、そう言って何日も晃牙は夜を断った。夜は零と晃牙の住処だった。誰にも邪魔されず、ふたりで愛を確かめ合う時間。お互いの隣は、息もつかせぬ芸能界で唯一深く呼吸ができる場所だった。だから朔間零より優先する予定など晃牙にはないと思っていたのだ。
そうではなかった。
「薫くん!」
「よかったじゃん、わんちゃんに春が来て」
追いかけた先、裏口に続く廊下で薫が振り返った。
薫はもう笑っていなかった。薫の背後に薄闇が迫っていた。副流煙や埃で煤けた壁に染み出すように夜が溶け、非常灯の真緑が晃牙の逃げた先を教えていた。灯り煌めく夜闇。潤んだ光の洪水を、晃牙はゆうゆうと泳いでいくのだろう。
「言ったよね。離したくないなら頑張りなよ、って」
――報いを受けてるんだよ、朔間さんは。
立ちすくむ零を、薫も振り返らずに立ち去った。
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■セックスしないと出られない部屋
寝て起きたら『セックスしないと出られない部屋』にいた。
「……どうする」
「どうしようかのう」
朔間先輩が起き上がった。
血のように紅い双眸が、真っ白な部屋をゆるりと見回す。
広さは俺の部屋つまり六畳間ほど。見事にドアも窓もなく、あるのは俺たちの乗るパイプベッドと頭上の照明だけだ。いかにもセックスするだけの部屋。
するしかね~だろ。
「まあ、せんでよいじゃろうな」
「マジかよ!」
「セックスしたいのかや?」
「しっ……したくない訳ね~だろ! セックスできるし出られるし一石二鳥じゃね~か!」
「盛りのついた犬じゃな」
「……!!」
先輩は肩をすくめ、流し目を寄越す。
なんだよちくしょう、余裕ぶりやがって。策でもあんのかよ。
「策というか、ここで交わっても無駄なだけじゃからのう。『命題』を思い出すがよかろ」
これは数学の問題じゃ、とシーツに矢印をなぞりながら、先輩。
「仮に『セックスしない』→『出られない』が成り立つとするならば、同様に成り立つと言えるのは『出られる』→『セックスする』なのじゃ」
「はあ?」
「『セックスする』→『出られる』ではないのじゃよ。つまり、セックスしてもこの部屋を出られるとは限らない訳じゃ。我輩の言うこと、わかるかや?」
よくわからなかったので先輩の顔を見つめる。
俺とセックスしたくない先輩の顔は今日も綺麗で真剣な目つきが世界一かっこいい。ふざけやがって。世界一かっけ~朔間先輩を超える俺様は宇宙一かっけ~んだぞ。俺様が先輩のこと抱きたいと思うくらい、先輩はかっこいい俺に抱かれたいと思ってるはずなのに。
「……おぬし、ホントに卒業できたのかえ?」
「うっせ~! わかってるっつの! アレだろ、アレ……」
だいたい命題ってなんだ? セックスすれば出られるとは限らないって、つまり?
「出られるまでセックスすりゃいいっつ~ことだな!」
「なぜそうなるのじゃ……」
先輩はがっくり肩を落とすと、頭をぶるぶる振ってベッドから下りた。
「こういうのはのう、まずはお願いしてみるものじゃよ。……そうじゃろ、オーナーさん?」
部屋のある一点を見つめて言う。
「聡いおぬしならわかっておるはずじゃ。ここで我輩と晃牙の閨事を見せたところで、それは我輩たちの弱味にはならん。全力で迎え撃つゆえ、おぬしの実力で正々堂々と立ち向かってきておくれ」
余裕のある立ち姿に迷いのない口ぶりで諭す先輩は控えめに言って最高にかっこよかった。さすが俺が惚れただけある。アーサー王のように洗練された佇まいは、先輩の神がかった容姿と相まって侵しがたい気品を感じさせる。この気品が夜になると娼婦もかくやの色香となり、俺を飽くことなく溺れさせるのだった。
と、そこで、俺は俺たちを部屋に閉じこめたヤツがいることを思い出した。いるのだ。つまり、ここで先輩を抱くとそいつに見られる。許しがたい。
先輩とセックスできないのは残念だが、俺の下で喘ぐ先輩を見せびらかす訳にはいかなかった。
「伝わっておるとよいのじゃが……およ?」
紙が落ちてきた。
「どこから出てきたのじゃ?」
先輩が不思議がりつつ拾い上げて、固まった。
覗き込む。
「『セックスすれば、必ず出られます』……」
「…………」
「…………」
「……しようかの」
先輩は服を脱ぎ始めた。
「いやいやいや!? いいのかよ!?」
「なんじゃ、さっきさんざんヤりたいと喚いておったくせに。知らない人の前で裸になるのは恥ずかしいかえ?」
「小学生かよ! そうじゃね~っつか、脱ぐなって!」
「着たままの方が興奮するんじゃったっけ?」
「ちげ~、ってなに脚開いてんだよ!」
「見やすいようにと。オーナーさんや~、バッチリかえ~?」
「見せんじゃね~~~~!!!!」
結局、先輩の交渉術でセックスせずに出られたのだった。
■■■
■朔間先輩も×ナニーすんのか!
――俺と朔間先輩はなあ、もっと崇高な関係なんだよ。
――魂で繋がってんだよ。共鳴し合ってんだ。もはや来世まで続く運命共同体なんだよ。
――はあ? ×ナニー? するワケね~だろ! 俗っぽいこと考えんじゃね~よ!
「我輩はするぞい」
トイレから帰ってきた先輩が言ったので、晃牙はビールでむせて死にそうになった。
「すっ、すんのか!?」
「おぬしはせぬのか? 若者らしくない……」
いや俺もああ言ったけどするし昨日も先輩で抜いたけど、あんたがするとは思わなかった。だって淡泊そうな顔してるし。
朔間先輩はキッチンに寄ってトマトジュースを取って来ると、普通の顔で晃牙の隣に腰を下ろした。ほっそりと長い指で、ぷしゅ、とプルタブを起こし、座卓の小皿の上から生ハムを摘まみ上げる。室内灯に透けて薄紅色の生ハムが、口元ではなく晃牙の前に運ばれ、ひらひらと揺れる。
「わんこ、あ~ん」
「あ~……」
「×ナニーするところ、見たいかえ?」
生ハムで窒息しそうになった。
咳き込みすぎて呼吸の出来ない晃牙が辛うじて目だけで頷くと、先輩はにんまり笑ってスラックスを脱ぎ始めた。晃牙の目の前に下着に包まれた股間と真っ白な太ももが現れる。ボクサーパンツの柄はオオカミで色は黒、晃牙が自分のモノだと主張したくて先輩に贈った俗っぽいパンツ。少し膨らんでいる。見られたくて興奮してんのか、と気づいた瞬間、体が爪先まで熱くなった。
先輩との関係がどうとか×ナニーがどうとか、すべて夢ノ咲の同期飲みで聞かれたことの答えだった。その場で答えられず、家で飲み直しながら独りぐちぐち言っていたが、こんな幸運に恵まれるとは。
晃牙はビールの缶を置いて、熱い体を先輩に向ける。先輩はソファーの上で挿れられる直前のように脚を広げていた。脚ピン派じゃね~のか。変なところに感心しながら、いつの間にか正座になって×ナニーを待つ。見逃したくないから瞬きひとつできない。
先輩がふと、晃牙と目を合わせて言う。
「……どうも、我輩を神聖視するきらいがあるからな。丸裸の朔間零を見せる必要もあるじゃろうて」
「あ? 俺様はあんたを神聖視しね~よ。さっきのも同期相手の建前だぜ」
「ホントかのう、我輩は×ナニーしないと思っておった癖に。……まあ」
言葉を切った先輩は、 そのままパンツに手を掛ける。
パンツ?
パンツの穿き口に指を差し入れ、太ももの付け根から膝までゆっくり滑らせる。重力に従い落ちるパンツは右足首に引っ掛け、空いた手はソファーの下から『あるもの』を取り出す。
ローションだった。
「おぬしに抱かれるまで、弄りもせんかったが」
先輩の声が低くなる。甘く擦れて、瞳の紅が濃くなる。
ーーおぬしのせいじゃよ。
先輩はローションの瓶に頬ずりすると、指先を股間ーーの奥に、そろりと伸ばした。
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■家の近くで打ち上げ花火
家の近くで打ち上げ花火があるというので、朔間先輩を部屋に呼んだ。
「アイス買ってきたぞい♪ ガリガリくんとスイカバー、どっち食べたい?」
「ガリガリくんだけど……見てる間に溶けね~か?」
まあ拭けばいいか、と笑顔の先輩からガリガリくんを貰う。
封を開けていると外が光る。始まったのだ。俺は窓の真ん前に先輩を座らせ、レオンを挟んで隣にしゃがむ。
どぉん、どおぉん……。
花火はいろんな色に輝きながら、雲ひとつない夜空に咲いた。
「こんぺいとうの花火がよいのう」
スイカのてっぺんをシャクッと食べて、先輩。
「こんぺいとう?」
「あれじゃ。七色の火花がこんぺいとうみたいに弾け飛んでおるじゃろう?」
なるほどなぁ。先輩たまにかわいいこと言うな。
「あれじゃ。七色の火花がこんぺいとうみたいに弾け飛んでおるじゃろう?」
なるほどなぁ。先輩たまにかわいいこと言うな。
「晃牙は?」
「ん~……あ、あれ」
ちょうど咲いた赤と紫を指差すと、先輩が俺に顔を寄せる。
「えっなん――おい! ガリガリくん減ったじゃね~かよ!」
「キスされると思ったかや?……んくく♪」思ったっつ~か、思ったけど!
先輩は俺のガリガリくんソーダ約3分の1を咀嚼し、自分のスイカバーも半分ほど食べ終えると、焦って食う俺から残りを取り上げペロリと舐めた。
鬼かよ。どぉん! 窓の外で「その通り」と言わんばかりに花火が咲く。
「わんこのおいしいのう♪ もうひと口良いかえ?」
ちろり、と真っ赤な舌が覗いている。
「……ひとの食いかけを食うなよ」
ちょっと言い淀んだのは「間接キス」と言いかけたからだ。付き合っといて間接キスもクソもない。直接キスを何万回もしているくせに。
何万回は盛りすぎたかな、と日和って花火に視線を戻したら、ちょうどこんぺいとうが満開だった。
「けっこう綺麗じゃね~か、なあ――」
「では、おぬしの望む通りに」
どぉん、パラパラ……。
視界の隅で、火花がまたたき、こぼれ落ちていく。
「我輩しか食わぬのなら、よいじゃろう」
先輩の片頬が七色に染まった。アイスのように青白い頬、花火が消えても吸い寄せられる。
「食うの、俺の方だろ~が……」
カッコわり~な、俺。先輩みたいに気の利いたことが言えない。
カッコわり~な、俺。先輩みたいに気の利いたことが言えない。
「喰ろうておくれ」
差し出されたアイス2本に、俺は、そういうことじゃね~よな、と首を傾げ、気づいた。
とろけたアイスが先輩の指を伝っていく。
「早く、晃牙」
俺の花火が笑っている。
舐められる前に、噛み付いた。
俺の花火が笑っている。
舐められる前に、噛み付いた。
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■利き手を骨折した晃牙くん
零は愛しい男に口づけるとその腹の上に跨った。かわいそうな晃牙。俺をかばって骨折して、手の指ひとつ動かせない。かわいい看護師さんがまわりにいるのに。良い香りをさせながら優しく看病してくれるのに、それをオカズに慰めることすらできない。
「かわいそうな晃牙……ココでよければ使っておくれ。女の子よりは良くないけれども、慰め程度にはなるじゃろう?」
尻の間に挟み込んだ昂ぶりが、『女の子』と言った瞬間硬度を増した。素直なヤツは好きだ。好きで好きで愛おしい男は幸せになるべきだから、零はなるべく女の子を思い起こさせる仕草で腰を揺らした。しなをつくり、恥じらいを込めて、晃牙を惑わすよう。
尻の下で、晃牙が確かな形を持つ。
「……っ、せんぱ」
「目を閉じよ。大丈夫、悪いようには決してせぬ……」
あぁ、きっと声も抑えた方がいい。なるべく朔間零を消して、晃牙の好きになる子を想像させよう。人間で、優しくて、晃牙の心がよくわかる、自分以外のかわいい誰か。
誰かが晃牙のズボンを下ろし、晃牙自身を咥えて腰を揺する。あぁ、と声にならない吐息を漏らして幸せそうな顔をする。
晃牙の甘く擦れた唸り声。
……それを聞くのは俺じゃない。感じて啜り泣くのも、気だるく晃牙の体に被さるのも、俺以外の誰かだから。朔間零ではないのだから。
「晃牙。俺の物にはならない晃牙……どうして泣いてる?」
あんたのせいだ。口だけを動かし、瞬間、晃牙が射精した。長い長い吐精だった。
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「おいしいかえ?」
と朔間先輩。
晃牙は先輩を見つめてみた。乳を吸われた先輩は、慈愛の眉をふにゃりと下げた。もっと困らせたくて吸い付いたら、ミルクの代わりに「あぅ」が出た。
「あ……今のは、無しじゃよ?」
我輩、お乳あげてるだけじゃもの……。
年下彼氏も子犬の気分だ。
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朔間先輩の実家は小学生にビビられる。
お化け屋敷。
「不夜城じゃよ」
朔間先輩の甘くかすれて低い声。三日月の目がルビーのように妖しいので、ビビった男児が夢中になる。
「人間?」
「生きてはおるよ」
「こっちはシモベ?」
「どうじゃろなあ」
回された腕を抱く吸血鬼。
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「朔間さん天才救命医役だって。カッコいいね〜」
「カッコいいけど困っちまうよ」
だって鎖骨で二の腕なのだ。晃牙は唸った。噛みたい鎖骨がたまらない。青ざめた術衣から伸びる喉元の白さ、半袖の翻る二の腕のライン。オペ中の汗は喉仏を伝い胸の谷間に吸い込まれ、広い背中をしっとり濡らす。
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百均のハロウィンコーナーに来た。
「かわいらしいコウモリ飾りじゃのう♪ 我輩この子らとお話できるんじゃよ」
「ふ〜ん」
「…………」
「何照れてんだよ」
「……この前ここで、晃牙が『ハロウィン挙式って喜ばれっかな』と言っておったと……」
「!!!」
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「ピーラー」「おう」「じゃがいも」「おう」
玉ねぎ、人参、カレールー。晃牙は阿吽の呼吸で先輩に応えた。天才救命医役の先輩の自主練に付き合ううちに、助手役で出られるくらいに上達したのだった。
先輩もちょうどのタイミングで受け取って切ったり剥いたりする。晃牙がミスしたり遅れたりするなんて考えもしないらしい。
俺様の実力、信頼されてんだな。晃牙は誇らしくて照れくさい。さすが俺様。やっぱ朔間零に並び立つのは俺様だけだな、と自惚れもする。けど天才助手役よりライバル医役で出て~よな。イギリス帰りの天才救命医。ドクターヘリ飛ばしたりする。
「ま、アイドルが一番だけどな」
「? そうじゃな?」
咄嗟に人参をマイク持ちした先輩を見て、晃牙はしたり顔で頷いた。