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やんちゃな子犬2018

 
 ふてぇ野郎だ、と晃牙は思った。
 まったくふてぇ野郎だ。UNDEADの冠番組の特別ゲスト。朔間先輩に抱えられ、うやうやしく足を拭かれて、かわゆいのうと頬ずりされたコイツら。
 先輩手ずから墨を塗られて足型をとった恩を忘れ、墨汁のついたままの足でそこらじゅうを走り回った。
 集団で来やがったせいで連れ戻すのも一苦労だ。猛ダッシュでスタジオを駆け回られたら、俺様たちも本気で追わなくちゃなんね~だろ。
 ……まあ、『子犬』なら、しかたね~けど。
「子どもは元気がいちばんじゃのう~、っと」
 先輩が柴犬の子どもを抱き上げた次の瞬間、前足のパンチを頬に喰らった。
 カメラスタッフが破顔する。ニキビひとつない肌に肉球スタンプ。クールな美貌が親しみやすくなった。
「ぷにぷにじゃのう、もひとつおくれ?」
 切れ長の目を愛おしそうに細めて笑う先輩と、くぅんと鼻をくっつける子犬。晃牙が子犬を受け取ってサークルに入れていると、今度はコーギーの子どもを抱き上げていた。
 まだ短い胴をひねって抵抗するコーギー。先輩の白Tシャツに足を踏ん張ったせいで、ちいさなスタンプがふたつ並んだ。その下にはラブラドールの足型とかチワワのとか、大小いろんな犬の肉球拓が押されている。
「先輩、おっかなびっくり持つなら貸せよ」
「おぉ、助かったわい。腕白ぶりはおぬしとそっくりじゃのう~」
「だから俺様は狼だって!」
 ふとカメラのズームアップに気づいた先輩が、子犬をサークルに戻す。Tシャツの裾をつかんで伸ばし、ニッコリ笑って一言。
「足跡まみれじゃ」 
 ……わざわざ白Tシャツにホワイトデニムを着させた新春特別企画『肉球拓で年賀状作り』。高視聴率獲得間違いなしだ。
「朔間さんずるい、めちゃくちゃ盛れてる!」
 そういう羽風先輩も白Tシャツが肉球スタンプまみれで画面映えする。
 動物の扱いに慣れたアドニスと晃牙はほとんど汚れていない。もったいないが、子犬とのふれあいで撮れ高は稼げているから問題ないだろう。
 だが。
 問題はそこじゃないのだ。
「…………」
 晃牙が先輩を目で追っていると、気づいた先輩が、
「わんこも肉球拓とる?」
 晃牙は考え込み、
「……おう」
自分の欲望に素直になった。
 欲望とは先輩の白いTシャツだった。白い、白かったTシャツ。
 先輩に似合わない(それを言うならUNDEAD全員似合っていないのだが)白Tシャツは先輩に捕らえられた子犬の足跡まみれで、足跡とは生物にとって己の歩んできた道を表す大切な印だ。晃牙の歩んできた道は朔間零そのものであるが、朔間先輩は晃牙に道を刻ませてくれたことがない。たしかに何度も抱かせてくれるし機嫌の良いときは太股の内側にキスマークやら歯形をつけても許してくれるが、それはたいていすぐに消えた。
 つまり、先輩の体に足跡を残すふてぇ野郎(犬)め、羨ましいぞ、と思ったのだ。
 晃牙は先輩の気が変わらないうちに両手に墨を塗った。
「おぬしも子供じゃのう、半紙はこれを使うが……えぇ……?」
 振り返りざまに紙を渡そうとした先輩が、胸の前に突き出された手を見て固まった。
 肉球拓をつけた先輩の頬。白かったのが、じんわり赤くなっている。晃牙はこれを同意とみなした。
「あっ、ま、」
 べたっ!
 ……と言いそうな勢いで、晃牙が右手を張り付けたのは、先輩の左胸。心臓の真上である。指紋の1本まで鮮明に残るよう、ぎゅうううううと手のひらをTシャツに押し付け、指の先から手首まで布地に覚えさせた。ここで気づいたのだが、心臓の位置に手を置くと乳首で凹凸ができて拓を取りづらい。何の対策もせずに取り始めてしまったので、晃牙は仕方なく乳首を押し潰すように力を込めた。
「ぁ、」
 まあ大丈夫だろう。セックス中に噛んだりしてるし。
 慎重に手のひらを剥がす。……成功だ。晃牙は感嘆のため息を吐いた。親指の付け根のあたりに犬の肉球が被っているが、それ以外は驚くほど綺麗に晃牙の手形が写っていた。まぎれもなく、晃牙が先輩のシャツのここに手のひらを置いた証ができていた。
「あの、わんこ……」
「静かにしろよ」
 右手は一番良いところに置いた。左手はどこにする? 晃牙はすばやくTシャツを精査した。腹も肩も腕も、先輩が何匹も子犬を回収したおかげで肉球で荒らされている。背中はしゃがんでいるところを飛び掛かられた腰のあたり以外まだ白い。だが先輩が背を向けない限り隠れる位置でインパクトが小さい。袖も同じだ。俺の存在を見せつけられるところがいい。
 と、晃牙は自分の天才に恐れをなした。ホワイトデニムだ。先輩は子犬を床から担ぎ上げるので膝から上に足跡がない。そして先輩の太股は肉付きが良い。晃牙がいつも割開きキスを落とすときのように、執拗に手のひらを押し付け己を刻む余裕がそこにあった。
 晃牙が先輩の足元に跪くと、頭上から小さな悲鳴が聞こえた。
「こ……っ!」
 たたらを踏まれても困るな、と思った晃牙は、先輩の右脚を右腕で抱きかかえたのち左手を押し付けた。やわらかい。うまく取れない可能性があるかもしれない。筋肉がついているはずだが、先輩の怪力は筋肉に由来しないのか、単に鍛えていないからか。しっとりと手のひらを受け止める太股に、晃牙は全神経を集中させた。ほとんど鷲掴みだが、仕方ない。
 しばらく無心で先輩の太股を抱える。
 そして、指を1本ずつ剥がしてゆくと、味のある手形が現れた。
「……天才だな、俺」
 ブレの少なさや鮮やかさは右手に劣るが、力の加減が濃淡に現れ、5つの指の腹の濃厚なシルエットが躍動感を感じさせる。己の存在どころか恋人としての地位すら象徴する様は見事としか言いようがない。大神晃牙は朔間零の恋人であり、ほかの犬どもと違って太股を鷲掴みにすることを許されている。この上なく説得力のある手形だ。
 我ながら良い仕事をした。先輩は晃牙をそこらへんの子犬と同じだと思って肉球拓を取らせたようだが、人間であり狼である晃牙は格が違うのだ。
 朔間零が誰のものか思い知らせてやった、どうだ子犬ども思い知っただろ!
 
 ……と、顔を上げた晃牙の目に、かすかに膨らんだ下腹部と、恐ろしく綺麗な笑顔が映った。
「天才のごとき愚かさじゃのう……晃牙。ここがどこか弁えておるかえ?」
 全身の血の気が急降下した。ここはスタジオ。UNDEADの冠番組を撮影している最中の。
 目だけで周囲を窺った。ドン引きする羽風先輩、困り顔のアドニス、苦笑いのような表情を浮かべるスタッフ達。
「晃牙」
 ――あとでお灸を据えねばな。
「……すんませんっした……」
 続く地獄に青ざめ、土下座した子犬だった。
 

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