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同棲ちゅうの晃零

会話集


■零くんよくカッコつける
 零は晃牙を制止すると、食器棚の引き出しからテーブルライナーを取り出した。
 吸血鬼好みの真紅色。小春日和の光のヴェールの中で、それは儀式用の旗めいて零の手の中にあった。
 転がるように離れる。音もなく舞い、2人用の食卓にしめやかに横たわる。
 零がゆっくりと振り返る。
 ふたりはしばし見つめ合った。
「朔間先輩かっけ~! ……とは言わんのか?」
「冷めるだろ」
 晃牙は大盛りのチャーハンを真ん中に置いた。
「……むう」
「ほら、さっさと食って収録行くぞ」
 しぶしぶ席に着くと、晃牙がトマトジュースをワイングラスに注いでくれたのだった。


■朝早く
「眠い。しかし勿体ない」
「寝ろ」
「そしたらおぬし、すぐ仕事じゃろ」
「じゃあ夜更かしすんなよ」
「吸血鬼に真夜中(まっぴるま)から寝ろと言うのか。血も涙もないわんこじゃ」
「あ〜〜じゃあ起きてろよ。俺はレオンの散歩行くけどな」
 それでも10分早く帰ってくると、零はベッドから落ちた姿勢で行き倒れている。
「どんだけ俺といたいんだよ……レオン、先輩起こしてくれね〜か。俺は……ちょっとニヤケ面なおすから……」

 ■ ■ ■ ■ ■ 

■晃牙くん、風邪を引く
 
 風邪を引いたのだ。
「思いのほか重症じゃのう~。我輩が指を何本立てておるかわかるか?」
「指バラバラに動かすの止めろよ……」
 俺が部屋で死体のように横たわっていると、朔間先輩は自分の鞄を漁り始めた。馬鹿なヤロ~だ。人がせっかく「風邪引いて寝てるから今日は羽風先輩んちに泊まれ」と死力を尽くしてLINEしたのに、のこのこと帰宅して氷枕も作ってくれやがった。それで俺の枕元にしゃがんで、俺の頭とか頬を妙に優しい手つきで撫でやがって……。いつもの俺様なら噛み殺す勢いで抵抗するのに、先輩のひんやりした手が気持ちいい。風邪で脳までやられちまったかな。
 次はなんだ、と期待する気持ちすらあった。まったく牙を抜かれてやがる。ベタだが桃缶でも食わせてくれんのか?
 ……どうせなら、お袋みて~にリンゴ摩り下ろしてくれね~かな……。
「リンゴ、摩り下ろしたら食べるかや?」
「…………」
「良い子じゃのう、たっぷり摩り下ろそうぞ♪」
 先輩がリンゴを3つも下ろし金にかけたおかげで、部屋の中が爽やかな香りで満ちた。俺の足元から離れなかったレオンが先輩にリンゴをねだりに行っている。
「ご主人様の後じゃよ、レオン。わんこや、体を起こせるかえ? ……うむ♪」
 よろよろと起き上がった俺に、スプーンの先が突き出される。
「あ~ん……♪」
「あ~……」
 ふと、『孤高の一匹狼』という単語が俺の脳裏に浮かんだ。
「…………ん」
 高熱なので深く考えるのをやめた。
「もっとかえ? あ~ん♪」
 こうして食べてみると、瑞々しい果肉が腫れた喉に気持ち良く、また甘く爽やかな香りが病床の憂鬱さをいくらか晴らしてくれるのが予想外に嬉しい。
 なにより朔間先輩が俺ひとりのために慣れない手つきで擦り下ろしてくれたのが、涙が出るほど嬉しかった。
「おぉ……心細かったんじゃな。よしよし」
 ちげ~よ、汗かいたんだよ。別に泣いてなんかね~よ。
 そう言って顔を拭く俺を、先輩がぎゅううと抱き締める。間近に先輩の体臭。汗の匂いは、きっと急いで帰ってきてくれたからだろう。
 意地を張るのも違う気がして、俺は少しだけ肩の力を抜いた。
「お薬はこれで合っておるかや? たくさん出たのう~」
 涙腺が落ち着いてから……、擦り下ろしリンゴを完食すると、先輩はキッチンから今日の処方薬を持ってきてくれた。
 ひいふうみい、と、ひとつひとつ説明書を読みながら俺の手に錠剤を置く。水を貰ってひと飲みすれば、思い込みだろうが昼の分より早く効きはじめた気がした。
「お薬ちゃんと飲めたのう、偉いのう~」
「ガキじゃね~し当然だろ」
「そうかえ? ご褒美もいらんかや?」
 なんでもひとつ聞いてやろうぞ♪ と無邪気に笑う先輩に食器を片付けてもらい、もう一度枕元に呼ぶ。
「晩飯食ったか?」
「ふむ? 適当にすませたぞい。レオンの散歩なら……」
 さんぽと先輩が言った瞬間立ち上がるレオンと、同じく腰を浮かせる先輩とを手で制し、無防備な先輩の手をそっと握る。
 ひんやりして、なめらかで、大きな手。俺の熱が伝ってなじむのを、手のひらに感じる。
「散歩も頼みて~けど、……俺が寝るまで、手ぇ繋いでてくれよ」
「…………」
「嫌か?」
 先輩は無言で微笑んだ。
 俺が枕に頭を預けて目を閉じると、すぐに手の甲が冷たい感触に覆われた。同時に、汗の甘い匂いが近づいて、額にやわらかな口づけを残して遠ざかる。
 これでぐっすり眠れそうだ。寝て起きたら朝で、風邪なんか吹っ飛んでるだろう。冬の早朝は暗いから、先輩とレオンの散歩に行けるかもしれない。
 薄暗がりの中、ひんやりした先輩の手を俺のポケットに入れて歩こう……熱に浮かされた頭はロクな妄想をせず、2人と1匹で世界中を散歩する夢に俺をいざなうのだった。

 ■ ■ ■ ■ ■

「ふかふかの玄関マットを買おうと思うのじゃけども」
「…………」
「ククク……そう照れずともよい。おぬしに堪え性がないのは今に……」
「呆れてんだよ。誰だよ靴脱ぐ前に舌入れてくるヤツ、どんだけサカってんだ」
「サカってなければ我輩に挿れたまま寝室に行かんじゃろうて。のう?」
「テメ~が俺の上から退かね~んだろ! 玄関で出すかベッドで出すかならベッドだろ~がよう!?」
「……そんなことしたかのう」
「したから言ってんだろ。気持ちよかったけど」
「おぬし大概じゃのう~」
「あんたのおかげでな」
「…………玄関マット買おうかのう。なるべく分厚いの」

 ■ ■ ■ ■ ■

「晩飯ど~する?」
「久しぶりにピザなんてどうじゃ」
「お~いいぜ。チラシあったっけ」
「今の時代は電子チラシじゃよ。我輩これがいい」
「んじゃ俺コレな。え~と……混んでるから1時間後だってよ」
「届くまで録画でも見ようかの」
「何言ってんだ、サイドディッシュ作るんだよ。何にすっかな、レタスとかはね~し……」
「ピザと一緒にサラダでも頼めばよかったのではないか?」
「高け~だろ」
「たまの贅沢じゃろ~」
「ピザ頼む時点でだいぶ贅沢だよ」
「おぬし、良い家庭を築きそうじゃな」
 顔を上げると晃牙が俺を睨んでいた。
 唇に噛み付かれる。
「……なに他人事みて~な顔してんだ、馬鹿」
 俺が赤くなったのを見て、晃牙はニヤリと笑うと「ミネストローネでもつくっかな~」と鼻歌まじりにキッチンに消えた。
「おい、味見すんだろ。来いよ」
 ところで、ミネストローネといえば生ハムに合うよう薄い味付けがいい。
 もちろん未来の旦那は薄味が得意だ。

   ■ ■ ■ ■ ■

「帰ったぞい~」
「おうおかえり。……照れんなよ。俺様まで恥ずかしくなるだろ」
 エプロン姿の晃牙が耳を赤くして言った。
「同棲ちゅうなのじゃな、我輩たち」
「言うなって。ほら、メシ出来てるから、手ェ洗ってこいよ」
 洗面所に荒っぽく追い立てられたので、零は手洗いうがいで唇を冷やして出てきた。
 ドアの隣で晃牙に待ち伏せされていた。
 胸倉を掴まれてキスされる。
 呆然とする零に、晃牙は真っ赤な頬を吊り上げて「……おかえり」。
「恥ずかしいことするのう~?」
「同棲ちゅうなんだろ」
 晃牙の気持ちがよくわかった。たしかに言われると恥ずかしい。
 
「ご馳走様でした」
 今夜はビーフシチューだった。
 零は晃牙の力作をぺろりと平らげて、カバンから『デザート』を取り出した。
「なんだそれ?」
「苺の紅茶とバニラ味の〇ッキーじゃ。一緒に食べるとショートケーキ味になるらしいぞい。ほれ、ひと口」
 晃牙は差し出されたスティック菓子を素直に齧った。
 気づかれる前に紅茶を煽る。
 ディープキスする。
「んぐっ、ンッ、……っ……おい!」
「ショートケーキっぽくないのう~? 口内調味失敗じゃな?」
「しらばっくれてんじゃね~よ!」
 唾液と紅茶で濡れた口で晃牙が吠えた。
 ふやけて紅い唇がセクシーだ。それに頬を染めて慌てる様子がかわいくて、零はしてやったりの気分になる。
「貸せ!」
 晃牙がスティック菓子をひったくり、2本まとめて噛み砕いて紅茶で流し込む。そして甘い甘いキス。
 さっきはビーフシチューの後味でわからなかったけれど、バニラチョコの濃い感じと苺の爽やかさが混じり合うとショートケーキだ。まるで晃牙とひとつのケーキを齧り合うような感覚に、腰が重く痺れだす。
「んん……んく」
「んっ……さっきよりショートケーキだろ」
 胸を張る晃牙。
「我輩の真似っこなぞ芸がないのう~?」
「んだとテメ~!」
 煽り合うのに声はふたりとも笑っている。
 もう1本、今度は零が噛んで晃牙の舌に掬わせた。
 それから零はダイニングを出た。押し倒したいから寝室に連れて行ったのだった。晃牙も連れて行かれたし、素直にお腹を跨がせた。
「重くなったな」
「もう駅弁は無理かのう~?」
「狼の力舐めんなよ」
 零がかがんで、晃牙が伸び上がってキス。ショートケーキは置いてきたから、お互いの味ばかりする。
「わんこの力信じておるけど、後で試してもらおうかのう? 我輩、今宵はおぬしに酔いたい気分なのじゃ」
「今夜もだろ」
「言うのう~?」
 たしかに夜ごと酔ってる気がするのう?
 嘯く声ごと晃牙に奪われる。
「ん、んっ」
「……っ、は、んん……」
「はぁ……酔ったのじゃ。終電はいつじゃったかのう?」
 晃牙が首を傾げた。汗ばむ額、上気した頬、蜂蜜色の目の中にはクリームみたいに溶けた零がいる。
 零は壁掛け時計を仰ぎ見ると、にっこり笑って晃牙にキスする。
「同棲ちゅうじゃった」
 
 ■ ■ ■ ■ ■
 
「あんたの好きなやつ」
と大きな箱を差し出されて、開けてみたらホールケーキだった。
 苺がひいふうみい……たくさん乗ったタルト。
「ふたりでも食べきれんぞい?」
「誰か呼べばい~だろ。シーサイドレイの店長とか、あんたの旧い友人ってやつをさ」
 零は首を傾げた。
「嫌でなくなったのかえ? 我輩が知己と会うの」
「ばっ、別に嫌じゃ……まあ嫌だったけど。別にもうい~んだよ」
「何故ーーま、まさか晃牙、我輩を嫌いに」
「ならね~よ!なるかよ、今までも大好きだしこれからも大好きだよ、俺はずっと。……なに顔隠してんだ?」
「わ、わんこが恥ずかしいこと言うから……」
 零は熱い頬から両手を外すと、「では何故平気になったのじゃ?」と聞いた。
 手を腰に当てて嬉しそうに胸を反らした晃牙は、
「同棲ちゅうだからな」
「?」
「わかんね~か? 同棲ちゅうだから、俺様はテメ~の伴侶なんだよ! 伴侶は常に1番なんだぜ」
「……結婚してないぞい」
 晃牙は愕然としてキッチンに行き、ケーキを冷蔵庫に突っ込んでから玄関に戻った。
「届出しに行く。5秒で支度しやがれ」
「冗談じゃよ、かわいい晃牙」
 でも苺タルトはふたり占めしような、と零のキス。

 ■ ■ ■ ■ ■
 
「洗濯物をさあ」
「うむ?」
「畳んだら、なんか、同棲ちゅうって感じするな」
「そうじゃな」
「自分の着てない服とかあるし、あぁこれ昨日見た、あんたがスタジオに着て行ってたなって思い出してさ。帰ってきたらソファーの上にくしゃくしゃに脱ぎ散らかしてて、おいマジかよこれくらい入れろよって思いながら拾ったけどよ」
「す、すまぬ」
「今日は入れろよ。それでよう、当たり前だけど、洗ったから洗剤と太陽の匂いしてんだよな。俺様が脱がしたりあんたが自分で脱いだりした服じゃなくて、『着る前の服』なんだよ。何日か後にはまた着られるけど。これからそうやって、何度も俺の服とあんたの服が一緒の洗濯機で洗われて干されて俺とあんたで畳んで、また着られるの……なんか……照れちまうよ」
「そうじゃなあ……」
 
「……という話をしたのじゃ」
「それでお互いの服着てくるってもっと照れる場面じゃない? なんで素面なワケ?」

 ■ ■ ■ ■ ■
 
「あ、雨」
「あん? ……うおっ、マジか。予報じゃ夜まで降らね~っつってたのにな」
「言ってた言ってた。お天気お姉さんかわいくなかった? コーラルのツインニットが似合っててさ~、今度あの局で仕事もらえないかな~?」
「テメ~は女のことばっかだな。……もしもし? おう、起こしちまって悪かったな。そっち雨降ってるか? あ~、うん、頼む。ベランダに干してるぶん、乾燥機回してくれると助かる。……ん。わり~な、キツかったら途中で置いとけよ。濡れね~ようにな。あんた昔、眼鏡探してずぶ濡れになっただろ。あれマジで弱ってて-ーはぁ!? 興奮してね~よ! 元気なあんたがいいに決まってんだろ!? ちゃんと着替えてメシ食って、風邪引かね~ように俺様の帰りを待っとけよ! ……バ~カ。早く帰るから。な? ……じゃあな」
「…………」
「……んだよ」
「さっきの声で100万人くらいファン増やせると思うんだけど、晃牙くんは『朔間先輩以外に聞かせる訳ね~だろ!』って言うのかなってーーあっごめんウソウソ! 怒らないで! でも今のちょっと似てない?」
 
 ■ ■ ■ ■ ■

 玄関で犬が行き倒れている。
「力尽きたようじゃの……よっこいせ」
 零は晃牙を抱き上げた。
 脱力した犬こと大神晃牙はヨダレを垂らして熟睡していたが、零がベッドに運び、口元を拭いてやっていると寝ぼけ眼を半分開けた。
「…………」
「おはよう」
「……もう食えね~けど」
 どんな夢を見ていたのだろう。
「昨日の仕事はフードファイトかえ? 実は我輩も今帰ったばかりでのう、朝餉がまだゆえ共にとらんか? 昨日のカレーを残しておるのじゃ」
「カレー……」
 重い体を無理やり起こした晃牙に、零は忍び笑いで背中を押す。
「食う………」
「顔を洗っておいで」
「…………」
 胸元に倒れ込まれた。
「もうひと眠りするかえ?」
「ん~……食う……」
「ふふ、寝ておっては食えぬぞ? いっそ『あ~ん』してやろうか?」
「…………」
「て、照れるのう……」
 晃牙が無防備に口を開けたので、零は真っ赤な顔で黙り込んだ。

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