神さまのいうとおり(晃→零)
あけましておめでとうございます~! 本年もよろしくお願いします!
先輩の柔らかそうな唇から、真っ白な吐息が夜空にのぼった。
「さむいのう」
白い手を擦り合わせて、また口元にかざす先輩。守りたくなるような横顔に、こっちを向いてくれと祈った瞬間、目が合う。
晃牙が仏頂面を作って「前進んでるぜ」と言うと、忍び笑いを返された。
「年末年始は格別じゃのう。大切な人と年を越したいと思うのじゃろう、みな夜明けまで賑やかじゃ。おかげで我輩も寂しくない」
人混みの先でがらんがらんと鈴が鳴っている。夜更けの湿った空気が砂埃を吸い、晃牙の肺もいつもより重い。
「俺様も、そういうつもりであんたを誘ったよ」
両手のひらに息を吐く。あたたかい。
「あっくんの手冷たぁい」
「すぐにあったかくなるよ」
晃牙の後ろに並んだカップルが、お互いの手で暖をとっている。
「わんこ」
あぁ、空けてある。あんたのために。
腕を下ろすとゆっくりと手を開く。湿気はジーンズの尻で拭う。気持ち悪く思わせたくないから。
そうして、先輩の手にさり気なく指を伸ばして……。
「おぬしも、来年は好きな子と来られるとよいのう」
「……そうだな」
晃牙は右手をポケットにねじ込み、肺の中の空気を吐き切ると、足元の砂利を爪先ですくった。
神さまのいうとおり
スタジオ近くの小さな神社は日没をだいぶ過ぎても大賑わいで、参拝の列は社務所を越えて鳥居の傍の屋台群に届くほどである。
ゆえにじっと並んでいると、焼きそばやたい焼きの匂いが晃牙の胃を絶え間なく直撃する。
羽風先輩おすすめの神社らしいが、新春特番でくたびれた身には少し辛い。
「お賽銭は準備したかや? 五円玉たくさん持っておるぞ」
「いらね~よ」
「ひとつの御縁を大切にする訳じゃな。感心感心」
先輩は晃牙の頭をがしがしと撫で、晃牙の左隣の参拝客に手を伸ばして五円玉を握らせた。「嬢ちゃんにも御縁がありますように」
驚いて声も出ない彼女にほほ笑むと、今度は自分の右隣の男に五円玉を渡す。
「コートのカッコいいおぬしにも。せっかく縁結びの神社に来たんじゃもの、御縁はしっかりお願いせねばのう?」
「そうそう……って、縁結びの神社!?」
「知らずに来たのかえ?」
先輩がそこかしこに置かれた「恋愛成就」の看板を指差した。言われてみれば社務所の破魔矢もハート形。境内には妙に女が多く、男も多少はいるが大部分が彼女連れだ。
晃牙は呆然と先輩を見た。朔間先輩――晃牙の想い人を、知らないうちに縁結びの場に連れて来たことになる。
「ここを詣でた者は半年以内に良縁に恵まれるとか、恋人同士で詣でても比翼連理が約束されるとか……アイドルが詣でるとはずいぶん大胆じゃのうと」
「……羽風先輩、図りやがったな」
「なんじゃって? まあ日本の神様じゃし、普通のお参りも目先が変わって喜ばれるじゃろうて。ほれ、そろそろじゃよ」
人が捌けて晃牙達の順番が来た。
先輩がおもむろにお辞儀をしたので、晃牙も見よう見まねで作法に則る。
鈴を鳴らし、お賽銭を入れる。そして二礼二拍手一礼が続くかと思えば飛ばしてお願い事を始めた。真剣に神に祈る先輩もかっこいい。
晃牙も合掌して、念じる。
――見てろよカミサマ。今年こそクソ鈍い先輩に俺の気持ちを伝えてやる。
本堂脇の社務所を覗くと、これまたハート形の恋みくじの隣に普通のおみくじも置かれていた。
とうぜん普通のを引いた晃牙は籤を開いてのけぞった。まさかの『凶』、しかも恋愛:欲かかぬが良し。
「おぉ……気を落とすでないぞ、来年がある」
「見てんじゃね~よ!」
先輩にくつくつ笑われながら枝に籤を結び、振り返って先輩に手を伸ばす。
「テメ~も見せろよ」
「まだまだ子供じゃのう……ほれ」
小吉。待ち人来る。急がば回れ。ありきたりな言葉が並んでいる。
恋愛運を見た晃牙は、己の目を疑った。
――『身近の者に想われる』。
「我輩の回りに誰ぞおったかのう……?」
先輩の目が辺りを見回し、ゆっくりとこちらに向く。
嘘だろ、正月早々大勝利かよ。返礼祭で一人前の男と認められてからもうすぐ2年、晃牙の告白はスルーされるばかりだ。大好きだとか何とかけっこうストレートに言っているし、付き合ってくれとも2回は言った気がする。なのに先輩は晃牙に自分以外の想い人がいるとまで思い込んだり、馬鹿にされてるのかと怒ってみても本気でわからなかったり、男としての自信がなくなる一方だった。
けれど、これなら。クソ鈍感ヤロ~の朔間先輩も。
「お、俺――」
晃牙の方を向いた真紅の瞳が、驚きを湛えて丸くなり……、
「つむぎじゃね~か! はっは~、運命の相手っておまえかよ♪」
晃牙の頭を超えて、のっぽの青髪青年を見つけた。
「あぁ、零くんじゃないですか。神社に似つかわしくない大声といい、相変わらず目立ちまくりですねぇ」
「おまえも相変わらずグサグサ言うなぁ♪ ていうかなんでここに? おまえも恋愛成就の願掛け?」
「アイドルが彼女作ったらヤバイですよ~。晃牙くん? でしたっけ? あの子先行っちゃってるけどいいんですか?」
「へ? ――あ、お~い!」
全速力で歩いた(さすがに人混みの中は走れない)が、ものの2秒で追いつかれたのが悔しかったので、晃牙はわざとそっぽを向いて隣を歩いた。
「は~~……マジでクソすぎんだろ……」
左右の屋台からソースの濃いにおいが漂ってくる。腹は減ったし朔間先輩はクソ鈍感ヤロ~だし、青葉先輩は最高に間が悪い。青葉先輩があそこにいなくても朔間先輩に無視された可能性はこの際無視だ。というかあそこで名乗り出なかった俺も悪い。
「わんこ? 何を怒っておるのじゃ? そんなに見られたくなかったのかえ?」
晃牙はほとんどやけくそになって考えた。このまま付き合えなければ一生『先輩の一番のお気に入り』ポジションだ。先輩が俺以外の誰かと付き合ってあまつさえ結婚なんかして、披露宴で俺にスピーチさせて俺は帰り道に泣きながらバームクーヘンを貪る結末だ。先輩そっくりのガキなんかこさえて大神おじさんとか呼ばれたらもう、死んでも死にきれない。
「…………」
「わんこ~!」
思えば今まで、好きだ付き合ってくれとは言ってもいくらでも解釈のされようがあった。ラブ以外の意味で解釈する先輩は馬鹿だと思うが。
何かもっと……勘違いされない何かが必要なのか。
鳥居をくぐり、あえて駅とは反対の道を進むと、人通りは一気に少なくなった。
細めの道路に人影がふたつ、遠くに見える。少年少女の背格好で、細い指を遠慮がちに絡め合っている。
「ああ……昔の凛月も手を繋いでくれたのう……」
「……恋人繋ぎは恋人としかしね~だろ」
「ふむ? ……そうか、もう一生してくれんのじゃな……」
「まあ、恋人になりて~くらい好きならするかもな」
「わんこも?」
「あ?」
「わんこもしたい?」
そう聞く先輩の目が夜空のように澄みきっていたから、晃牙は一瞬言葉に詰まり、
「……そりゃ、して~だろ」
「男の子じゃのう~。いつかしてもらえると良いのう♪」
「…………」
「それにしても、わんこの想い人はどんな子じゃろうな~? わんこにこれだけ思われて気づかんとは、相当鈍いというか、のんびりしておるのう? 男の子として見られてないのかえ? おぬしもしっかりアピールするがよか……え?」
先輩が立ち止まった。
「あの……」
「…………」
「その……手……えぇ……?」
「わかれよ」
指に力を込めると、おもしろいくらい先輩の手が跳ねた。
じんわり、手のひらが湿ってくる。
先輩の手も、晃牙のも。
「え……あ、そうじゃ! 練習かえ?」
暗がりに連れ込むと、驚く先輩に唇を寄せる。
噛み付く。
幻みたいに柔らかい。勢いをつけすぎたのか、一瞬舌先が先輩の下唇に触れてしまった。下腹にずんとくる感触だった。
「これも、練習だと思うか」
先輩の青白い頬がゆっくりと上気してゆくのを、晃牙は息も忘れて見入った。
あぁ。
あぁ……そうだ。
やっとわかったんだな、先輩……。
「…………わんこ」
先輩は両手で顔を覆うと、指の間からこちらをそっと窺った。
頬が、真っ白だった首筋が赤い。
「おう」
「あの……なんじゃ、その~……」
「ゆっくり話せよ。俺の2年間よりは短け~からな」
「あうう……すまぬ。ごめん。悪かった……」
頭を垂れる先輩を、ここぞとばかりにぎゅっと抱きしめる。
そうして、がちがちに強張った肩に軽く頭突きを入れると、遠慮がちに抱き返された。
「ホントに……? おまえの好きな子って、俺……? 嘘だろ~……?」
「この期に及んでまだ寝言言いやがるか。俺様の目を見りゃわかるだろ。見ろよ」
素直に見つめてきたので口づけて、後頭部を抱えて貪る。
先輩も晃牙に唇を委ねる。
言葉はいらない。
唇の温度が、お互いの想いを伝えていた……。
「……な~んて、ありえね~けどな」
「何がじゃ?」
「こっちのハナシ」
晃牙は深~~~~~いため息を吐くと、ポケットから両手を出した。
信号を渡れば駅は目の前だ。いつの間にか1駅分も歩いていたらしい。ここから晃牙の部屋までは4駅、先輩は反対方面へ5駅。駅前には大衆居酒屋の看板がいくつも並んで光っているが、いい時間なので満席だろう。
というか。
「文〇のいそうな界隈でキスとか言い逃れできね~だろ……」
「さっきの子らかえ? 確かにいささか無防備じゃったのう~」
晃牙はもう一度ため息を吐いた。晃牙と先輩の前を歩いていた少年少女、晃牙の記憶違いでなければライバル事務所の若手俳優とアイドルだ。どちらもけっこう人気があり、浮いた噂もあるので文〇の格好の餌食になってもおかしくない。
文〇。冷静に考えると、これがあるから『勘違いされない何か』なんてできっこないのだ。少なくとも屋外では。
「我輩たちも何も見とらんじゃろう? ところでわんこ、何か食べていくかえ?」
「ぜって~混んでるから余所いこうぜ」
横断歩道を渡って駅前へ。ICカードで改札を抜け、時刻案内の下で立ち止まった。家に帰るならホームは別だ。
「わんこ」
呼ばれて振り向いた。
「うち来るかえ?」
先輩の笑顔。身近な誰かに想われているとは考えもしない、無防備な表情。
「……おう」
欲かかぬが良し。
つまり獲物は確実に仕留めよということで、それには不安要素を取り除くのがいちばんだ。たとえば文〇とか、先輩の勘違いとか。
――カミサマも良いこと言うじゃね~か。
万難を排して先輩を落とすべく、晃牙は意気揚々とホームに上がった。
つまり獲物は確実に仕留めよということで、それには不安要素を取り除くのがいちばんだ。たとえば文〇とか、先輩の勘違いとか。
――カミサマも良いこと言うじゃね~か。
万難を排して先輩を落とすべく、晃牙は意気揚々とホームに上がった。