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ユーザー「mitsahne108」の検索結果は以下のとおりです。
中学校の教室の日焼けしたカーテンにくるまって感じた日差しのような、やわらかい光を瞼に感じる。
自然と目を開けると、白い天井が広がっていて、南向きの窓の外には金色に近い水色の空。
朝だ。
「んん~……おっす、レオン」
伸びをした腕を愛犬の頭に下ろしてひと撫ですると、レオンの飼い主――晃牙は躊躇うことなく布団から出た。梅雨には珍しい快晴の朝、学校に行く前にたくさん散歩してレオンのストレスを晴らしてやろうと思ったのだ。
パジャマを脱いで制服に着替える。夏用スラックスを穿いてから半袖シャツに腕を通し、お気に入りのネクタイを締めるのを忘れない。と、顔を洗うのを忘れていた。律儀に玄関からお散歩セットを咥えてきたレオンをマテさせて、洗面台に向かう。
「……なんだ?」
なんで頬が濡れてんだ。急にヒリヒリしだした頬と充血した目に首をかしげつつ、水洗顔を終えると晃牙は初夏の住宅街に繰り出した。
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※
朝から続いていた曇り空はここにきて大きく崩れ、生温い水の粒を住宅街に落とし始めた。
井戸端会議の主婦がパラパラと散ってゆく。庭のスズメみたいだと思っていたら、塀の上で日向ぼっこしていた猫まで身を起こした。俺達も帰路を急ぐことにした。
住宅街の、緩やかなカーブを描く道を小走りで行く。
「ツイてないのう」
朔間先輩がぶるぶる首を振ると、黒髪があちこちへ跳ね、死神の鎌のような毛先がコンクリート塀の灰色を切り取る。
その手には日傘はない。ちょっとそこまでだからと玄関の隅に置いたときは、ひと駅近く歩くつもりはなかったのだ。
俺だってなかった。ただ、何となく、たまのデートだったから、散策するだけじゃつまらなかったから、住んでる町を探検とかしたかったからだ。
発見は沢山あった。たとえば耄碌してるじ~ちゃんの、プラモとか並んだ駄菓子屋。よく吼える犬のいる屋敷。児童公園。置物かと思ったら店員だった古本屋。八百屋の隣に肉屋があって、コロッケがうまそうだったから2つ買って食べた。八百屋は毎週水曜日が安いらしい。
喉が渇いたから100円自販機でサイダー買って飲んでるときに雨がぽつぽつ降ってきて、さあおうちに帰りましょ。……って、小学生かよと思わなくもない。
でも、楽しかったからいいか。
「あ! 雨宿りできるぞい!」
俯いて雨に耐えていた先輩がそう叫んだのは、児童公園を通り抜けているときだった。
点在する遊具の奥、色あせたゾウの向こうを指差すと、
「鳥居じゃ!」
と俺を振り返る。そして鳥居にダッシュ。
「あ! おい、転ぶなよ!」
「平気じゃよ、これで止むまでここにいられ………いられない……?」
軽い足取りが赤い塊に近づくにつれて遅くなる。
先は読めていたが、朔間先輩と小さな鳥居に駆け寄ると、濡れた頭めがけて脱ぎたてのライダースを投げた。
先輩はスカスカの鳥居を見て呆然としていた。
「雨宿りできんのう……」
ま、そりゃそうだよな。間隔を空けて並ぶ鳥居の、細い赤を眺める。
頬に雨が流れた。頭上と背後で雨が本降りになっていた。鳥居を囲む雑木林も役に立たず、根元の落ち葉が濡れ始めている。
鳥居の奥の社を見る。社? 祠? とにかく人ふたり分くらいの神様の部屋は格子で締め切られ、罰当たりなのを抜きにしても雨宿りできそうになかった。
神様はいいよな。
だからというか、まあちょっと、一瞬、邪魔するぜ。先輩の腕を掴むと、鳥居をくぐって社の前まで連れていく。
「ばっ、罰当たりじゃ……」
「大丈夫だろ。これくらい近所のガキもしてる」
ジャケットごと抱きすくめた先輩は、体は冷え切り、頬もしっとり濡れて震えていた。
目を逸らされる。
青ざめた唇は薄く開いて、熱い息を吐き出す合間に結ばれる。もの言いたげな紅い瞳が俺を見る。伏せられる。力を抜く。唇がほどける。
呼吸を奪う。
雨粒の隙間を縫って、朔間先輩の声が耳に染みる。
「罰当たりじゃよ……」
もう当たったから大丈夫。大丈夫じゃなかったが、雨はじきに止みそうだ。
耳を澄ませる。悪寒が背中と肩を撫でる音、100円自販機のサイダーの音。
中学生だったな、と探検の成果を振り返りながら、腕の中のぬくもりに浸る。
ふたりで買い出しに出て、ハンズの商品棚をうろうろしていると、
「あ」
と短く鳴いて、晃牙は黙り込んだ。
自然と歩くのが遅くなったので、合わせてやりつつ顔を覗き込む。ゆるく跳ねた髪のかかる、柔らかそうな頬がゆっくり赤く染まっていく。
「どうした?」
「あ、ええと……」
晃牙の視線の偏る方にカートを誘導する。蛇みたいに歩くうちに、輸入雑貨コーナーに差し掛かった。視線をたどる。英国旗柄のクッション。俺がきのうまでいた国だ。よくわからないことが起きてよくわからないうちにみんなの仲が悪くなって、よくわからないから助けてほしい。そう言われて飛んだのだった。1週間。俺は俺様だからすぐに片付けて帰ってきた。晃牙に留守を守るよう言いつけておいた(そうすると喜ぶから)けど、これくらいなら現地に行かなくてよかったかなとも思いつつ、労をねぎらうのも飼い主の役目だと思ってこいつの好きそうな新譜をお土産に買ったのだった。
お土産?
「これ? ほしいの? 買ってやろうか」
「いいいいえ!」
手を伸ばして目の前まで持ってきてやったら、両手をぶんぶん振られた。
「そ、そ~いうのじゃ、ね~っす……」
足りなかった訳ではないらしい。
そのくせ、晃牙はコーナーから離れてもチラチラ後ろを向いた。明らかに後ろ髪を引かれている。
欲しいなら言って? いいいいいやいいっす!
「ん~? 変なヤツ」
イギリスならなんでも好きって訳じゃね~のかな。
後輩の好みをふんわり考えながら、棚の間に突っ込んでいく。
マーカーとか模造紙とか適当に突っ込んでレジに並んだ頃、ようやく晃牙が答えた。
「……その、朔間先輩の匂いがしたっす」
「ふ~ん? ……そうか?」
なるほど、と思って自分の腕を嗅いでみる。クッションの匂いはしない。
俺の匂いというよりイギリスの匂い?
聞くと、あ!と晃牙。
「そっすね! 朔間先輩の匂いじゃなくて、……先輩の、匂い……」
それきり黙りこくった晃牙の横で会計を済ませると、輸入雑貨コーナーに戻ってクッションを持たせる。買ってやるけど? わかったんでいいっす。
そう言うのに離れがたいらしい。
「お前、マジで犬みて~だな」
犬のくせに遠慮深いけど。
慌てて追いかけてくるので買い物袋を投げつける。ボール遊び。
俺が放り投げた袋を両手でキャッチして、大事そうに抱え込んで。そうして着いてくる晃牙の後ろで、見間違いじゃなければ銀の尻尾が揺れていた。
羽田空港の長い廊下を歩きながら、そんなことを思い出していた。
何年前の話だろう? 記憶が混濁しているから学院時代を思い出すのだ。俺は我輩で、我輩はスマートフォンを使いこなせるようになって久しい。でもロケ地の空気に頭まで浸かりすぎたから、日本に帰ってきた気になれないのだ。そういうところは年をとっても変わらない。
ふわふわした気分で踏んだ廊下が固い音を立てる。
帰りのゲートに辿り着くと、晃牙が仁王立ちして待っていた。
「おかえり」
しぜんなふうに抱き合う。挨拶のハグ。
「ただいま……うむ?」
我輩は固まる。しぜんなふうに離れようとする晃牙を引き留めて、確かめる。
「日本の匂い」
「あ?」
「これかぁ~……」
肩にしっかり鼻をうずめる。晃牙が跳ねる。
我輩の髪にも、晃牙の鼻が近づく。
晃牙お気に入りのフードの向こうで、ふさふさの尻尾が持ち上がる。
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※
橋の上、先輩が先を歩く。俺が着いていく。先輩の日傘の影が俺の行く先を塞いでいるような気がした。勘違いだと思いたかったが、それでもう2歩分あいている。
告白なんてしなけりゃよかった。
俺が溜め息をつくのと、朔間先輩が欄干に寄りかかったのとは同時だった。
「晃牙、ごらん」
先輩は日傘の下から、欄干の向こう側――橋の下を通り、遠くに延びてゆく川の流れを指さしていた。
横に立って同じ景色を見た。横にといっても、1人分の距離を置くのは忘れないけれど。
そうして、なんてことない川だな、と思った。
西日が土手に遮られ、川に大きな影を落としていた。仄暗いその中で、小さくて浅い川が土手の間を緩やかに流れている。川底の小石で水面を波打たせながら、さみしげな音を立てて、どこか知らない場所へと。緩やかに弧を描き、終端は見えない。
小川に寄り添うように、右の土手で並木が生い茂っていた。そうして静かな水面に頭を垂れていた。あの木の陰で遊んだらたくさん魚がとれるだろうな。似たようなことをしたと思い出して、懐かしくなる。朔間先輩も俺も高校生で、俺が意地を張っていた頃の夏の思い出。
水しぶきの鮮やかさも肌を焼く太陽の激しさもここにはない。もう何年か経った、穏やかな秋の午後。
まだ俺は意地を張っているのだろうか。先輩に断られても泣いて縋って、朔間零の傍にいたいと言えないなんて。
「それでいいんじゃよ」
そう声がして、振り向いたときにはいなかった。
それが最後だった。
川のせせらぎと風が並木を揺らす音とが、鼓膜を甘く撫でていた。
小野陵は今日が初デートだ。相手は高校の頃の同級生で陵の元親友。元がついているのは先週末に恋人になったからだ。
「心臓が破裂しそうや」
陵は部屋をぐるぐる回りながら現状を把握した。待ち合わせまであと30分。待ち合わせ場所は烏丸御池駅改札前。デートコースはパン屋巡りとヨドバシと御所散策。財布OK、iPhone充電OK、予備バッテリーOK、ICOCA……は一日乗車券を買ってある、ハンカチティッシュもOK。全部いつものカバンに入れた。腕時計はもう着けてある。
服は? とうぜん着替えてる。といってもいつもの紫色のカーディガンに白シャツ黒ズボン。白シャツは昨日着たのを夜中に洗って干したばかりだ。干した?
あっ!
「シャツしわしわやん」
陵は両親の出払ったリビングに下りると慌ててアイロン台を出した。
「キャラやない……キャラやない……」
アイロンが熱くなる間がもどかしい。
そもそも合理主義者の自分が昨日着たシャツをわざわざ今日着ようとしたのがおかしかったのだ。なぜ手洗い手干しの手間をかけたか? 緊張で寝られなかったからだ。キャラ崩壊!
熱くなった。脱いだシャツの襟や袖をきっちり折り直し、糊をきかせたところをアイロンで撫でていく。
心が凪ぐのを感じる。
「あ~……落ち着く」
そこへ妹が部屋から下りてきた。
「あ、アイロンかけとる。デートや」
「!!!」
アイロンをすごい勢いでかけ終えると陵はそのまま小野駅に向かった。
改札に一日乗車券を通して階段を駆け上がる。息を整える前に太秦天神川行の電車が来たので、ヘロヘロと2両目に乗り込んだ。
祝日の朝はすいている。陵は臙脂色の座席に向かわず、あえて出入口の傍に立った。外の風景を眺めるフリだ。
京都市営地下鉄東西線はずっと地下を走っている。
ガタン、ガタン。
「まあ大丈夫や……アイツはいつも遅刻してくるし、ギリギリ来てもこっちは55分着、改札出て素数数えるだけの時間はある……」
陵はカバンの肩紐を力強く握った。
気を紛らわそうと窓に映った自分を見る。最後の身だしなみチェックだ。寝癖なし、シャツの皺なし、顔色ちょっと赤め。その割に手は青白く、爪の根元なんて青紫だ。緊張している。
タケルも……陵の恋人も、緊張しているだろうか。
細くて女みたいな自分の手に比べると、タケルの手はパン職人見習いだけあってゴツくて男らしい。イースト菌をここに住まわせんねん、と見せびらかされた手の平で、この間のタケルは陵の手をぎゅっと握り締めた。そうして震える声で「好きやねん、付き合ってくれ」と告白してきたのだ……。
「…………っ!」
ぼぼっ、と顔に血が集まった。
三条京阪、京都市役所前、ときて電車は烏丸御池駅の1番ホームに入った。
陵は通勤客の波を避けると殊更ゆっくり階段を上る。
もうすぐ連絡通路に差し掛かるというとき、
「よお!」
脇からタケル。
転げ落ちそうになった。
「!? な、なん、なんで」
「遅刻したらアカン思て待っててん!」
偉いやろ!
いやぜんぜん偉ないやろ、とツッこむところだが余裕がなかった。陵の心臓は破裂寸前、祇園祭のぼんぼりレベルでパンパンだ。突いたら破ける繊細さも一緒。
棒立ちの陵の後ろを残りの客が通り過ぎてゆく。邪魔になったらいけないと階段を上りきり、タケルを探すと彼は隅でカバンを漁っていた。ピンクのパーカーに迷彩柄のショルダー。いつも通りなのに、妙にかっこよく見えてくやしい。
「あんな、カルネ食う? 朝メシまだやったから食っててんけど、調子乗って買いすぎてん」
「全部はよう食わんわ……」
じゃん、とひしゃげた丸パンを取り出された。こういうところもタケルらしい。
「というか、昼は北大路のベーグル食べに行くちゃうんか。入んの?」
「あ! じゃあ半分こ……」
タケルが急に口をつぐんだ。
「なんや」
下から覗き込むと、精悍な顔を真っ赤にしている。
「恋人同士、みたいやな……」
恋人やんか、と言えない陵の顔も、秋の京都の色だった。
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