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祝日ダイヤ

 小野陵は今日が初デートだ。相手は高校の頃の同級生で陵の元親友。元がついているのは先週末に恋人になったからだ。
「心臓が破裂しそうや」
 陵は部屋をぐるぐる回りながら現状を把握した。待ち合わせまであと30分。待ち合わせ場所は烏丸御池駅改札前。デートコースはパン屋巡りとヨドバシと御所散策。財布OK、iPhone充電OK、予備バッテリーOK、ICOCA……は一日乗車券を買ってある、ハンカチティッシュもOK。全部いつものカバンに入れた。腕時計はもう着けてある。
 服は? とうぜん着替えてる。といってもいつもの紫色のカーディガンに白シャツ黒ズボン。白シャツは昨日着たのを夜中に洗って干したばかりだ。干した?
 あっ!
「シャツしわしわやん」
 陵は両親の出払ったリビングに下りると慌ててアイロン台を出した。
「キャラやない……キャラやない……」
 アイロンが熱くなる間がもどかしい。
 そもそも合理主義者の自分が昨日着たシャツをわざわざ今日着ようとしたのがおかしかったのだ。なぜ手洗い手干しの手間をかけたか? 緊張で寝られなかったからだ。キャラ崩壊!
 熱くなった。脱いだシャツの襟や袖をきっちり折り直し、糊をきかせたところをアイロンで撫でていく。
 心が凪ぐのを感じる。
「あ~……落ち着く」
 そこへ妹が部屋から下りてきた。
「あ、アイロンかけとる。デートや」
「!!!」

 アイロンをすごい勢いでかけ終えると陵はそのまま小野駅に向かった。
 改札に一日乗車券を通して階段を駆け上がる。息を整える前に太秦天神川行の電車が来たので、ヘロヘロと2両目に乗り込んだ。
 祝日の朝はすいている。陵は臙脂色の座席に向かわず、あえて出入口の傍に立った。外の風景を眺めるフリだ。
 京都市営地下鉄東西線はずっと地下を走っている。
 ガタン、ガタン。
「まあ大丈夫や……アイツはいつも遅刻してくるし、ギリギリ来てもこっちは55分着、改札出て素数数えるだけの時間はある……」
 陵はカバンの肩紐を力強く握った。
 気を紛らわそうと窓に映った自分を見る。最後の身だしなみチェックだ。寝癖なし、シャツの皺なし、顔色ちょっと赤め。その割に手は青白く、爪の根元なんて青紫だ。緊張している。
 タケルも……陵の恋人も、緊張しているだろうか。
 細くて女みたいな自分の手に比べると、タケルの手はパン職人見習いだけあってゴツくて男らしい。イースト菌をここに住まわせんねん、と見せびらかされた手の平で、この間のタケルは陵の手をぎゅっと握り締めた。そうして震える声で「好きやねん、付き合ってくれ」と告白してきたのだ……。
「…………っ!」
 ぼぼっ、と顔に血が集まった。

 三条京阪、京都市役所前、ときて電車は烏丸御池駅の1番ホームに入った。
 陵は通勤客の波を避けると殊更ゆっくり階段を上る。
 もうすぐ連絡通路に差し掛かるというとき、
「よお!」
 脇からタケル。
 転げ落ちそうになった。
「!? な、なん、なんで」
「遅刻したらアカン思て待っててん!」
 偉いやろ!
 いやぜんぜん偉ないやろ、とツッこむところだが余裕がなかった。陵の心臓は破裂寸前、祇園祭のぼんぼりレベルでパンパンだ。突いたら破ける繊細さも一緒。
 棒立ちの陵の後ろを残りの客が通り過ぎてゆく。邪魔になったらいけないと階段を上りきり、タケルを探すと彼は隅でカバンを漁っていた。ピンクのパーカーに迷彩柄のショルダー。いつも通りなのに、妙にかっこよく見えてくやしい。
「あんな、カルネ食う? 朝メシまだやったから食っててんけど、調子乗って買いすぎてん」
「全部はよう食わんわ……」
 じゃん、とひしゃげた丸パンを取り出された。こういうところもタケルらしい。
「というか、昼は北大路のベーグル食べに行くちゃうんか。入んの?」
「あ! じゃあ半分こ……」
 タケルが急に口をつぐんだ。
「なんや」
 下から覗き込むと、精悍な顔を真っ赤にしている。
「恋人同士、みたいやな……」
 恋人やんか、と言えない陵の顔も、秋の京都の色だった。

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