橋を焼く
大神晃牙は平均的な家庭で育ったと朔間零は思っている。平均的な、平凡でそれなりに行き渡り満ち足りた愛情と教養。
たとえば大神晃牙は月に二度夜の9時頃かかってきた電話を受けていくつか話す。飯食ってる掃除してる、鍵なくしてない、野菜はラーメンのもやしとか。先輩に迷惑?かけてね~よ。
そうすると仕送りに野菜と先輩の好きなトマトジュースの紙パックが増える。みっしり詰まった大型の段ボール箱を前に大神家の息子は途方に暮れて、鍋でもするかと俺に言う。困り果てたように言って、出汁のとり方を電話する。母親に。そして鍋で野菜をあらかた食い尽くしたら晃牙は俺を大切に抱いて俺は晃牙に愛情を充填される。
「豆ごはん」
その日も晃牙は宅配便を受け取って、蓋のガムテープをバリバリ剥がしながら背後の俺に問いかけた。「豆ごはんでもいいか?」悪くなるから今日中に炊けってうるさくてよとひっつかんだ袋に剥いた豆がずっしり詰まっている。
「炊けるのかや?」
「親が炊いてるとこ見た」
「それは……」
「わぁってるよ! ググりゃいいんだろ!」
面倒くさそうに携帯端末を取り出したのはただのポーズで、晃牙は鼻歌混じりに米を研いで豆を流し入れた。そうして俺は食事当番じゃないので食卓について待っていると、豆ごはんと昨日の残りのからあげと豆腐の味噌汁と買ってきたコロッケと一昨日のほうれん草のおひたしが並んだ。一汁三菜。箸の束を持ってきた晃牙が変な顔をする。
「言いたいことあるなら言えよ」
「豆ごはんイヤじゃ」
「そっち!」
「食べたくないんじゃもん」
「別にいいけど」
「けど?」
「俺様がこれ食いすぎて腹ん中で発芽して食い破られて死んでも文句言うなよ」
「……冗談キツイのう」
「食うのかよ」
「…………」
「豆ごはん食っててもかっこいいんだな」
「…………」
「ふたりとも発芽したら庭に埋まろうな。朔間先輩」
晃牙は豆の死体を、白米の上で潰れて黄緑を広げる豆の死体を見て、向き直って笑った。甘やかな笑い方だった。電球色の灯りが食卓を照らしていた。俺と晃牙が豆ごはんを囲むその部屋には当たり前だが俺と晃牙しかおらず、中央にはトースターで焦がしたコロッケとから揚げがひとつの皿に、ほうれん草には醤油とカツオ、味噌汁の味噌の匂いがぷんと香り、部屋中に炊き立てのご飯の匂いと豆の青臭さが充満している。
凄惨だ。
そう、であることは俺の中では明らかだったのに晃牙は発芽しそうなほど豆ごはんを食べて食いすぎたと笑ってベッドにもぐりこんだ。すぐに寝息が聞こえてきて、俺はひとり残された。最初から残されているのもわかりきったことだった。
玄関を出て階段を下りてアパートを出た。住宅街の真ん中の公園まで歩いて行った。ベンチに座って、座り続けて、夜が明ける前に家に戻った。晃牙は身じろぎもせずに丸まっていた。
「なあ晃牙、朝だぜ」
朔間零はそれ以外の言葉を持たない。「なあ、起きろよ」