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2016年06月30日の記事は以下のとおりです。

夜が明るすぎる

アスファルトが湿っていた。梅雨のせいだった。朝から降ったり止んだりを繰り返して、濡れる地面すら今の小雨が何度目の小休止か誰もわかっていないようだった。そんな雨で濡れた表面が信号の明かりに潤んでいた。緑色をしているのに青と呼ばれる信号が黄色く変わり、赤信号がずっと長く点灯しているので、壊れたんじゃないか、ここを通る車はどうなる、と思ううちにまた緑に変わった。車は来なかった。広い世界の小さな日本のさらに小さな街の駅前ロータリーに面した道を、通りがかる運転手などいない。
時刻は午前1時を回ったところで、闇の奥へ奥へとのびる車道を、晃牙は横断歩道の手前から見ていた。
「飲み足りねーな」
「もっとビール入れるか」
「ウソだろ、オレ腹タプタプしてんだけど」
聞き馴染んだ声が3つ、居酒屋の前にたむろするのを背中で聞いていた。この声によく似た、がなり立てるような泣き喚くようなコーラスに混じって何年経つだろう。晃牙が誘われて入ったバンドはヒットチャート常連になり、地元のライブハウスはファーストライブのフライヤーを誇らしげに飾っている。今度地元の公園で野外ライブをすることになったので、その練習帰りにこうして飲みに来ているのだ。
「ラーメン食って宅飲みしよーぜ!」
「いいねぇ」
Dr.が晃牙と肩を並べて顔を覗き込んだ。頷くと、目を細めて「晃牙もいいってよ!」太い腕を振る。眇めたつり目の、濃い紅色だけがよく似ていた。思い出さない。深い痛みが蘇り、晃牙の胸に掻きむしりたくなる違和感を残して消えていく。
思い出さない!
横断歩道を4人で渡る。思い出さない、この3人は晃牙がアイドルをしていたことを忘れている。アイドル量産工場で夢を追い続け、夢と決別した大神晃牙はここにはいない。音楽番組でかつての同期とすれ違う度に、俺達こそが音楽だという顔の仲間の隣で、晃牙だけが同輩を愛し子と呼んだ男の影を見る。歌に、振り付けの癖に、魂を焚きつけるリフの端々に。なのにここにもいない、アイドルにもならなかったのに、どこにいるんだよ朔間先輩。
思い出さない!
「30なったら無茶できねーだろなぁ」
「まだ25だろ」
「一瞬だって。成人式きのうだったろ?」
「やっべーライブ中に老衰で死ぬ!」
「死なねーって」
「肝機能くらいは壊すよな」
「飲みすぎて?」
「最高じゃん」
「そうそう、ライブやって飲んでライブやって……永久機関、なあ、晃牙」
そう笑いかけられたとき、向こうから赤い外国車がやってきた。慌てて身を乗り出した。歩道の晃牙には目もくれず、壊れた信号にも徐行せず、車は一度も止まることなく深い闇の中を奥へ奥へと進んで小さくなった。
もう届かない。

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