いちご限定初恋記念日
「じゃあ今日は初恋記念日ですね」
とテメ~は言って、ビールジョッキを逆さまに飲み干した。
居酒屋の個室にいた。プロデューサーらしいクソ疲れたみたいな顔をしていたからだった。いつもヘラヘラして仕事が恋人ですみたいな顔をしているのに今日は恋人にDVされてそれで逃げたいみたいな表情だったから、優しい俺様は撮影終わりに行きつけの居酒屋に引っ張っていった。
小さい指で枝豆を押し出しながらプロデューサーは「朔間さんに悪いです」と言う。別にアイツと飲まね~しアイツはアイツで今頃いいモン食ってるんだろう。そういうことはテメ~も承知してるからふたりとも心置きなく追加オーダーする。
「俺様も立食パーティー行きて~」
「お仕事探しておきますね」
「おう頼むぜ暇な時に、つっても向こう10年なさそうだけどよ」
「はい」
「ってそうじゃね~よさっき何つった」
「?」
ツッコミと同時に押し出した枝豆はテメ~の肩を越えて黒い壁にぶつかった。監獄バーだから黒い。「あっ、もったいない……」と間抜け面を晒すテメ~が素面で俺様が案外酔っているのはおかしかったが、まあそれはいい。
「なんで初恋記念日なんだよ」
「……?」
「俺様が、アイツにぃ、はじめて恋したってぇ……」
ジョッキを支える手首が心許ないどころかもうフラフラで、そういえば肩と背中にも力が入らないと気づいた俺様の視界がどんどんどんどん下がって耐えきれず机にぶつかる頃にようやく俺様は酔いが回りきったことを自覚した。
ヤケ酒するから、というニュアンスの「大神くん……」が上から降ってきた。上? 右かもしれない。平衡感覚も酒に飲まれた。
突っ伏すしかないので突っ伏しつづけた。
頬をべったり付けたテーブルはひんやりしていた。酔いが覚めるほどではなかったが、心が冷やされてきゅっとなった。絡み酒の次は泣き上戸かよクソが、のクソの発音が鼻に来た。
「恋ならよぉ……ずっとしてるっつ~の……ぐすっ」
「大神くん……」
「赤い月見たら先輩思い出すし、外でコウモリ飛んでても思い出すし……っなのに先輩は……せんぱいはっ、いつまでたってもおれのこと、ぐすっ、犬っころ扱いしやがって……っ」
「…………」
「おれもあんたもイイ年なのに……『かわいい晃牙、幼いおぬしの思い違いじゃよ』とかよぉ……ひぐっ……おれさまのキモチが5年も、ずっとかんちがいなワケね~だろ……っうぅう」
「わんこ……」
「ほら見ろまたわんこって………っ」
「…………」
「……わんこって……わん………………!?!?」
「その……すまんのう、晃牙?」
枝豆をぶつけた壁は右に引かれて、素面のプロデューサーの後ろに真っ赤な顔の朔間先輩がいる。
テメ~も俺様たちもめいめいの理由で酔っていたから、帰りにケーキ屋に寄った。
「いちごショートを3つばかし下され。箱は2個と1個で分けておくれ」
「記念日のケーキですね」
素面みたいどころかそのものの顔でテメ~は言った。完全に策士だった。
「ありがとう、嬢ちゃん。晃牙は……その、ごめん」
「別に怒ってね~し……」
怒ってるっつ~か、照れてるっつ~か。
ショートケーキばかり並ぶショーケースの陰で、先輩が俺様の手を握っている。