良いコト尽くしの小籠包
レオンの妻の実家は駅を挟んで向こうにあった。おかげで2人と1匹は中華街を通り抜ける間じゅう中国4000年の歴史の誘惑と戦わなければならなかった。
「レオンもすっかりパパの顔じゃな」
肉まん、青椒肉絲、桃まんじゅうときて最後は小籠包。蒸し器の蒸気で汗ばむ路地を抜けてしまっても、匂いは纏わり付いたままだ。出口から追い縋ってくる角煮ダレの香ばしい匂いに、零は涎を持て余しながら話を振る。
「男の覚悟が決まった顔だな」
「お赤飯でも炊こうかのう」
「それより肉食おうぜ肉。なっ、レオン」
ワン! と応えたレオンの顔はきりりと勇ましい。どちらかというと肉食への期待で引き締まっているようだったが、同意を得られた晃牙は満足げに手綱を持ち直した。「やっぱ小籠包買お~ぜ! レオンにはシチュー肉焼いてさ」
「晃牙も子ども欲しいか」
思わず足を止めると、零は行き交う人の流れに飲まれるように俯いていた。
安い背広の男が晃牙と零の間をすり抜けてゆく。家族への土産を提げて、疲れた顔に微かな笑みを浮かべている。5個入りの肉まんの箱も、青椒肉絲を大盛り詰めた容器もふたりの手には無かった。
「『俺』、は、産めないけど」
「『女なら産めるからそっち行けよ』ってか? 行ってほしくね~くせに」
手綱を取っていない方の手で零の肩を引き寄せると、濡れた瞳が赤提灯に照らされ輝いた。
晃牙と零の間に割り込んできたのは先の男だけだった。他の通行人は、急に立ち止まった晃牙達を気にすることなく各々の目的地へ去ってゆく。甘い桃まんじゅうを食べながら、あるいは手ぶらで。
レオンが鼻を零のふくらはぎに押し付ける。
「『よくないこと探し』はさ、そろそろ飽きろよ。俺様あんたといて良いコトばっかだぜ」
「…………」
「馬鹿ヤロ~だな、あんたは」
「……馬鹿じゃね~もん」
「タコスヤロ~か? どっちでもい~けど。『人の心がわからない』とか『生活時間が合わない』とか『家庭環境が複雑』とかよう、そんなの惚れた時から知ってるし。知ってて大好きだし。俺様のこと舐めてんじゃね~か?」
「舐めてね~もん……」
「なら小籠包奢ってくれよ、『朔間先輩』?」
わざと茶化して言うと、晃牙は零の背を押して今来た道を引き返し始めた。有無を言わせない強さだ。零はおもわず目を見張り、そして笑みを零す。
「……おぬしも『朔間先輩』のくせに」
蒸し器の蒸気で汗ばむ路地に入り込み、右手の2軒目。あっという間に財布の紐を解かせた晃牙は2人分の小籠包を左手で熱そうに抱え、湯気で濡れる薬指に銀の指輪が煌めいている。
「死んでも死にきれなくても大好きだぜ!」
中国4000年の街並みに負けない笑顔の眩しさに、零は声を詰まらせて頷いた。