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忠犬シンドローム

また添い寝する話書いてる……
・前半のテンションのまま書けば小奇麗なラブコメとしてまとまったのにという気持ちと、後半は1年前から書きたくてタイミングをはかってた話だしという気持ち

「だから、吸血鬼ヤロ~は抱き枕の撮影に行ってんだよ」
と晃牙が言うと、アドニスはようやく頷いた。
 1度目は小さくて聞こえなかった。晃牙が恥ずかしがってぼそぼそ言ったのだ。
「購買部主催の人気投票で上位に入ったとかで、吸血鬼ヤロ~の寝てる姿を抱き枕にして売るらし~ぜ。等身大で、1万円で。わざわざ一般販売もしてさ。抱き枕なんざ、誰が欲しがるんだよ。誰が」
「……あぁ、焼きそばパンやスポーツドリンクに投票券が付いていたな。なるほど。大神が休み時間ごとに焼きそばパンに埋もれていたのは、朔間先輩に投票し」
「ちちちげ~よ! ただのブームだよ!」
 首を左右に激しく振ると、晃牙の短い癖毛がぴょんぴょん跳ねる。
「わかってんだろ~な!? 俺様がっ、この大神晃牙様が、吸血鬼ヤロ~の順位を気にする訳がね~んだよっ!」
「あぁ、わかっている」
 アドニスはもう一度おおきく頷く。晃牙の教室のゴミ箱がパンの空袋だらけになっていたのを、晃牙の赤い顔を見て思い出したのだった。
「吸血鬼ヤロ~になんざ投票してね~からな! ……う、いや、ちょっとは入れたけど……」


 忠犬シンドローム


 どうして俺様、あの人に投票しちまったんだ。
 すべてを悟った眼差しのアドニスに見つめられながら、晃牙は弱々しく唸った。
 ――抱き枕カバー権争奪キャラ投票。たった2枠の権利をめぐった、アイドル科全生徒の人気投票。
 晃牙が心配せずとも朔間零が上位に入るのは間違いなかった。あの人はすげ~から。人望があるから、俺様が毎日何本も焼きそばパンを食べる必要はないのだ。
 なのにどうして、不安を紛らわすように張り切ったのだろう? 投票券何枚集めたかわからないくらい、頑張ったんだろう?
 冬だからかな、と晃牙は思った。冬は嫌な季節だ。さみ~し2楽期も終わるし、クリスマスだなんだとチャラチャラした男女が浮かれて街を練り歩く。まったくもって嫌な季節だ。
「寝姿を撮るのか……昼前に寝られるだろうか?」
 アドニスは窓の外を見て、ふと首をかしげた。
 グラウンドにうっすら積もった雪が、冬の太陽に軒並み溶かされた午前11時。冬らしくここ何日か吹雪が続いたのに、今日になって快晴とは。どこかの天邪鬼みたいな天気に恐れ入る。
 でも軽音部室は空調完備で暖かい。吸血鬼ヤロ~特注の棺桶の中ならなおさら。今朝もすやすや寝息を立てていた。
「吸血鬼ヤロ~は吸血鬼だろ。昼に寝なくていつ寝るんだよ」
 ま、その割には帰ってくるのがおせ~けど……。パッと撮ってパッと帰って練習に参加するから、と競争倍率の高いレッスン室を予約させられたことを思い出し、晃牙は青ジャージ姿で口を尖らせる。
 スタフェスまであとちょっとだ。だから今日はユニット練習をすることになっていた。
時間を惜しんで昼間にレッスンを入れたくせに、当のリーダーが帰ってこないと話にならない。ちなみに羽風先輩は家の用事とかで不在。
 なんかあったのか。大丈夫か、飛んでった方がよくね~か。忠犬の心に不安が芽生えた瞬間スマホが鳴り、口から心臓が飛び出る。
「び、びっくりさせんなよっ!  …………は?」
「どうした、大神」
 晃牙はメール画面を睨みつけたまま固まった。
 アドニスが肩を叩いたので、肩越しに画面を見せた。
「腕が震えていてよく読めない」
 晃牙はキャパシティを超えると、子犬のようにぷるぷる震えるのだった。
「ふむ……わがはいに?」
「……おう……」
「『我輩に添い寝しておくれ』……?」
 部屋を一目散に飛び出した。


 ぜいぜいと肺の内側を冷たい空気に晒しながら、西棟の撮影スタジオに到着する。
「クククッ、はやいのう。犬笛を聴いて飛んできたんじゃな?」
「犬笛っつ~かなんだよあれ! 俺様がテメ~に添い寝!? とうとうイカレちまったかよう!?」
 ベッドにしどけなく横たわった吸血鬼ヤロ~に吠えかかると、当の本人はいつもの人を食ったような笑みで「だって寝付けないんじゃもの」と晃牙を呼びつけた理由を話した。
「ホントに眠ったところを撮るらしいんじゃが、布団が冷たくて寝付けなくてのう~? ほら、我輩体温低いじゃろ? こうも寒いとそのまま冬眠に入っちゃう気がして、おちおち眠れもせんのじゃよ……。幸いにもスタッフの皆さんが『眠りやすいよう人払いをしましょう』というので、逆に子ども体温のわんこを呼び寄せてみたのじゃ♪ して、添い寝してくれるかのう?」
「ヤだ」
 なぜなのじゃ~! と両腕両脚をバタバタさせる吸血鬼ヤロ~。
「おおお俺様がそ、そそそ添い寝とか、孤高の狼がする訳ね~だろ! クソが!」
「でもわんこしか頼めんのじゃけども……凛月には『いっぺん、死んでみる?』って言われたし」
「ば、馬鹿にしてんのか!? 弟に断られたから俺様に声かけてんのかよう!?」
「うん?」
「そ~いうことはまずは俺様に頼みやがれっつってんだよ!」
 言ってから、我に返った。
「あ、ち、違、」
「添い寝してくれるのかや?」
「ちが」
「……添い寝してくれないのかや?」
「ぐううううう」
「そうかそうか、まずはわんこに頼めばよかったんじゃのう~♪ ありがとう♪ こっちおいで~わんこ~♪」
「そんな悲しそうな顔されたら、断るこっちが悪者みて~じゃね~かよう……」
 ……なんだかいいように誘導された気がしながら、晃牙は靴を脱いでベッドに上がった。
 当然シングルベッドだ。布団をめくって中を見ると、吸血鬼ヤロ~の体がマットレスの半分を占拠している。晃牙が入ったら抱き合える距離になる。抱き合わね~けど。
「さみ~んならカーディガンの前くらい閉じろよ」
 関係のない文句をつけて誤魔化す。
「寝苦しくないかえ?」
「わかんね~よ」
 ムカつくから背を向けて寝てやる。別にドキドキするからじゃない。
 晃牙が隣に収まるや否や、今度は吸血鬼ヤロ~が身じろいだ。肩越しに見ていると、自分の右腕を枕にして、体をこっちに傾ける。左手は布団の上から晃牙の体をポンポンと叩いて、いつかどこかで見たポーズだ。
「…………」
 思い出した。子どもを寝かしつける母親だ。
「クククッ、修学旅行の夜みたいじゃのう? 恋バナでもしちゃうかえ?」
「男子校でか」
「我輩は人間に恋しておるから、性別とか関係ないのじゃ♪」
「あっそ……」
 アホらしくなって、いっそ俺様もマジで寝てやろうか、と布団にくるまった。
 布団の中は、というより吸血鬼ヤロ~の隣は、ひんやりしていた。本当に吸血鬼なのだとこういうときに実感する。人ならざるモノ。心は誰よりも人間臭いくせに、体ばかり人間離れしている。

 五奇人が『倒された』のも、今くらいの時期だった。

「あ」
 あわてて振り向くと、吸血鬼ヤロ~はとっくに夢の中だった。夢を見ていると言っていいのだろうか。妙に整った顔立ちから一切の感情をそぎ落とし、唇すら薄く開けただけで、全然あどけなくなんかない寝顔。
 ――辛い現実を忘れようとするような、寝顔。
「……ッ」
  不意を突かれたように、全身の血の気が引いた。爪先から冷えていった。吸血鬼ヤロ~の寝顔が朔間先輩のそれと重なった瞬間、悲しみと後悔が押し寄せてきた。1年前の感情が、蓋をした想いが溢れてきた。雪の冷たさを思い出した。吹雪。雪の檻。
 思い出す。
 くやしい。かなしい。きらいだ。だいすきなのに。さくませんぱい。
 悲しみの渦に溺れる晃牙に、記憶の欠片が舞い戻る。


 ☆ ☆ ☆


『朔間先輩、ライブ案内が来てるぜ! スターライトフェスだってさ! 非公式なら龍王戦とかいいんじゃね~かっ? 俺と、UNDEADで出ようぜっ! なあ……っ!』
 ちょうど1年前。それくらい昔のこと。
 正確な日付は忘れてしまったけれど、あの頃の晃牙には日付も曜日も無意味だったし、吹雪が途切れないことだけ分かればそれでよかった。朔間先輩を学院に閉じこめる雪の檻。『もう俺にできることは何もない』と決めつけて、自分を必要とする誰かの下へと行ってしまわないように、もっともっと吹雪けばいいと思っていた。そうして俺達に気付けばいいとどうしようもなく願っていた。冷たい、悲しい氷の花びらが、朔間先輩の心を凍てつかせてしまうと気づかずに。
『なあ、朔間先輩よう……っ』
 床一杯にライブのチラシを広げて、ひとつひとつ読み上げて。けれど最後の1枚にも棺桶の蓋が開かなかったから、晃牙はせつない声で呼んだ。
 朔間先輩はすげ~んだよ、それをライブで愚民どもに知らしめて~んだよ。その一心で休み時間はチラシを集めまくった。授業はほとんど寝ていた。先輩の心を動かそうと、夜を徹して朔間先輩の出たがりそうなライブを探していたから。ギターとか、いつでも応えられるよう練習してたから。
 でも無駄。先輩はもうなんにも興味ないって、晃牙はうすうす分かっていた。大好きな人間が吸血鬼には用がないのだと言ったから、朔間先輩は受け入れた。受け入れざるをえなかった。優しいから。それを突いて起こす晃牙は、誰よりも優しくないに違いなかった。
 けど、でも。晃牙は用しかなかったから、晃牙の他にもみんな朔間先輩を待ってるって確信していたから、生徒会に怯えて素知らぬフリを決め込む愚民に教えたかったのだ。
『……ぐすっ……、……っ? う、わっ!?』
 そのとき、棺桶が音を立てて開いた。細い腕が伸びて、傍にしゃがんでいた晃牙を引きずり込んだ。すぐに蓋を閉められたから、中は暗闇に支配された。
『……泣いてんじゃね~よ』
 朔間先輩だ。
 先輩の匂いと気配が満ちていて、晃牙はますます泣きそうになった。ほとんど泣いていた。
『な、泣いてなんかね~よ』
 嘘を吐いた。先輩を、心配させたくなかったから。
『泣いてる』
『泣いてね~し』
『嘘つき。頬が濡れてる』
『……ッ』
 優しい声。こぼれた涙を、冷たい指先に掬われた。氷みたいな指だった。
『なんでおまえが泣くんだ?   おまえらには、輝かしい未来が待ってるだろ?   新体制のアイドル科で、ドリフェスで切磋琢磨してアイドルになる未来……』
そこで朔間先輩が身震いする気配がして、はじめて中が寒いことに気付いた。夏場はあんなにクーラーをきかせていたのに。
 闇に慣れはじめた目が先輩の顔の輪郭を捉えた。最後に見たときよりもやつれて、やせこけていた。
  先輩は笑った。
『罰なんだよ、これは』
『……ッ』
 そんな輪郭で、亡霊みたいに遠い声で言われたら、死刑よりも辛い罰ってなんなんだよと晃牙は思う。
 ――死刑よりも辛い罰を与えられる罪って? 先輩なにか悪いことしたか?
『訳わかんね~よ……っ』 
 聞けずに、涙をこぼす。
『……晃牙は、亡霊のことなんざ忘れて生きてけよ』
 ふと、頬を拭う手が遠ざかった。
 嫌だ。置いてかないで。咄嗟に掴んだ手を、逆に引っぱられる。
 制服越しに、心臓の音が聞こえた。朔間先輩の腕に抱かれていた。冷たい腕で、胸で、晃牙の体を抱き締めていた。

『だけど今だけは……ぬくもりを、俺に分けて』

 ぎゅっと、縋るように。
『せんぱい……せんぱい……っ』
   晃牙も、むずかる赤子みたいに縋り返した。
 ――忘れられるワケね~じゃん、こんなことされたら。
 朔間先輩は意地悪だ、と想いながら、先輩の肩に頭を擦りつけた。ブレザーに晃牙の体温が移った。すぐにどこかに消えた。先輩は死体のように冷たい腕を、晃牙の背中から退かそうとした。意地でも離してやるもんかとしがみつけば、呆れたような、安心したような、泣きたくなるような溜め息を吐かれた。
 先輩は意地悪だ。
 意地悪で、ホントに人間くさかった。本音を言わない先輩はキライだ。ぜんぶ頼ってくれたら、晃牙は死ぬほど頑張るのに。頑張りすぎて死んでもいいくらい、朔間先輩が大好きなのに。
 こんなに寂しくないフリをされて、ぬくもりだけ求められたら、それ以外差し出せない。
 くやしくて、先輩の冷たさがせつなかった。


 ☆ ☆ ☆


「だからさあ……こんなになる前に、怒ればよかったんだよ」
 ぐすっ、と。鼻を鳴らしながら、袖で大粒の涙を拭く。
 拭いても拭いても後からこぼれた。だってこれは吸血鬼ヤロ~の分の涙だ。あの人が泣けない分、晃牙が代わりに悔し泣きしているのだった。
 キライだ。悔しいとも悲しいとも思わず、ただ恋しい人間のすることだからと受け入れてしまった吸血鬼ヤロ~。いくら大好きでも限度があるだろ、と晃牙は思う。青春を奪われて名声を地に落とされて、居場所を潰されて、それでも自分が悪かったのだとヘラヘラ笑っている。ただの馬鹿で間抜けヤロ~だ。
「う~~っ」
 俺様だったら居場所、つくるのに。見敵必殺で天祥院率いるfineをブッ潰してやるのに。好機を窺って半年以上待つとか、その間殺され続けても文句ひとつ言えないんだぜ。わかってんのかよ、吸血鬼のクソヤロ~……。
 ここで目覚めた吸血鬼ヤロ~に泣き顔を見られたくなくて、晃牙はもう一度寝返りを打った。頬がやわらかいシーツに触れた瞬間、頭が冴えた。晃牙が吸血鬼ヤロ~に投票しまくった理由。あの人の居場所を示したかったから。
 また泣けて、袖がびしょびしょになったから、ぬぐうのをやめて流れるままにした。目尻からこめかみを伝った涙が、透明なままシーツに染みた。それも悲しかった。吸血鬼ヤロ~の分なんだから、血の涙くらい流せばいいのに。でもあの人、血が苦手だから見たらぶっ倒れちまうかも。
 吸血鬼ヤロ~。
「俺様だけは傍にいてやるからな、絶対」
 あんたが遠ざけても、離れようとしても。
 吸血鬼ヤロ~が聞いたら忠犬具合を悲しみそうな遠吠えを、子守歌代わりに晃牙は囁いた。

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