恋宿り
下駄箱を出たときは薄曇りだった空はみるみるうちに崩れ、坂を下りきる頃には辺り一面土砂降りだった。おかげでタイガとカヅキは中央線の高架下から寮へと行き先を変えなければならなかった。
「夕立かあ」
2歩先に玄関をくぐったカヅキが頭を拭きながらのん気な声を上げる。
つづくタイガも寮長からタオルを投げ渡されて、ふかふかのパイル地の間から外を振り仰いだ。「夕立っつか、ふつうに雨だと思うんすけど」前庭を彩る新緑が豪雨に打たれて頭を垂れている。東北の夏の午後を思わせる、つややかな景色だ。
「午後から明後日までずっと雨だってさ。天気予報、見なかったかぁ?」
「……」
じわり、とカヅキの頬が染まった。寮長の垂れ目がふたりの寮生とその手元を交互に見て「ははーん」「……んだよ」笑いかけたまま多くは語らなった。おかげでタイガはカヅキの顔を窺えない。
「別に?」
寮長は寮生の外泊状況を知っている。香賀美タイガ、6月×日外泊。久しぶりの外泊先は、寮から少し離れた仁科家。連れ立って帰ってきたふたりのどことないよそよそしさが、口ほどにものを言ったのだろう。
「別にじゃねーだろ! こ、……ッ」
「まっ、仁科も泊まってけば? 部屋ならいくらでも空いてるし、空いてなくても香賀美の部屋あるし」
「すんません」
「いいよいいよ。じゃ、風呂沸いてるからなー」
寮長が手をひらひらと振って去るのを、タイガは歯噛みして見送った。「……離してくださいよ」幼いトラは今にも飛び出さんばかりに身を乗り出して、噛み付こうと思っていたのに……繋がれた手に止められているから。
「……何もしねーっすから」
「いやだ」
「なんでっすか」
「俺が繋ぎたいから繋いでるんだ。いいだろ?」
「つな、」
「風呂、入ろうぜ」
地面を叩く雨の音が、タイガとカヅキの世界を囲んでいる。
身体は爪先まですっかり冷えて、けれどカヅキの右手とタイガの左手にだけ熱が灯っている。天気予報を見る余裕もないくらいなのに、いつもよりふたりの距離は離れているのに、カヅキはタイガの手を離さない。
「……カヅキさん」
離したくない、なんて思われていたい。
「――そうだ!」
「はっ?」
タイガの恋人は、急に振り返ってタイガの右手に手を伸ばしてきた。
慌てて手を引っ込めたタイガに、笑いかける。幼い手の中のものを……傘を、指して。
「傘、ここで乾かしとくから……開いてくれねーか?」
――肩がぶつかるのすら恥ずかしくて、腕しか入れなかった折り畳み傘。
緑色をして、男子中学生ひとりにも小さなその傘は、タイガの右手とカヅキの左手でまっすぐ広げられた。
やっぱふたりじゃ開けにくいな、なんてカヅキが笑う。タイガは当然っすよとそっぽを向く。
折り畳み傘を玄関のすぐ横に置くと、ふたりは脱衣所へとゆっくり歩いていった。
お互いの手を握って、あたためて、相合傘ができるくらい、肩を寄せ合って。