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2013年12月29日の記事は以下のとおりです。

恋のかたち

兄のようなココの横顔に恋の予感を感じたのは、いつからだったか。
つんととがった唇はいつもトリコ達に有用な助言を授け、長い睫に縁どられた瞳は腕白な弟分の体調をすぐに見抜いた。ターバンで隠された額は昔々にトリコが廊下でぶつかり、泣きそうなくらい痛がらせたところだった。烏の濡れ羽のように黒々と美しい髪は、庭にやってきたときから短かった。少年の儚さを象徴する長い手足も、夜眠れないトリコの背中をやさしく撫でてくれる。
そうして子供のころの愛しい思い出が積み重なって、庭を発つ前日の長い長い夜、その重みでトリコに教えてくれたのだった。
「お前はココが誰よりも好きなのだ」……と。

月明かりだけが頼りの真夜中に、トリコの隣でココが寝ている。
ココの隣にサニー、サニーの隣にゼブラ。4人で円陣を組むように頭を寄せ合って寝転んでいる。喜びに溢れた庭時代の最後を皆で過ごそうと、誰からともなくこの部屋に集まったのだった。

(俺はココが好きだ)

だからどうなのだ、とトリコの冷静な部分が自問する。トリコはココが好きだ、兄貴分としてではなく、一人の人間として。だからどうなのだ。
夜を共にしたいのか? 違う。性的なつながりを求めるには、この想いは漠然としすぎていた。
恋人になりたいのか? 違う。違うとは言い切れないが、ありきたりの関係にココをおさめて満足するとは思えなかった。
ただ……そう、きっと、自分はココに一言伝えたいのだ。トリコがココを一人の人間として好いているのだという事実を。伝えたその先のことは考えていない。それを考えるのが、「恋」なのだろうか。トリコは恋に疎い。きっとここで寝る4人の誰もが恋というものを知らないはずだ。世の中に散らばる様々なことを知るのが「庭」の外に出る目的で、恋を知るということはその中に含まれているのかもしれない。
けれどトリコはそんなことどうだってよかった。
トリコはココに「好きだ」と伝えたいが伝えられない。
ココが寝ているからだった。 

(たった一言なのに、な)

一度伝えられないと知ると、トリコはますます伝えたくなるだけだった。身の内を暴れる衝動に、トリコの手足がむずむずと膨れ上がるようにすら感じられた。居ても立っても居られない、とはこういうことだろうか、とトリコはココの寝顔に視線を落として考える。
額に眉毛に睫に瞼、鼻筋に小鼻に唇に口角。どこを見ても、ココへの恋しさが募る。いつもたくさん空気を吸い込むトリコの胸が、呼吸を忘れたように詰まってしまう。言いようのない不安と焦燥が、全身を駆り立てる。
きっと俺は朝までこうしてココの横顔を眺め、朝になったら最後の朝食を食べるのだ、とトリコは思う。食べ終わったら歯を磨いて身支度して、あわただしく皆で庭を去るのだ。そこにトリコの「好きだ」の挟まる余地はない。たった一言なのにココを起こせない自分が、あわただしい朝に想いを告げられるとは思えなかった。とすると告白は庭を去ってからになるが、庭を去ったココはどうするのだろう? 他の2人もどうするのだろう。何よりトリコはどうするのだろう。庭を出た後のことなど考えたこともなかった。トリコは慌てる。告白するには庭を出てもココの傍にいる必要がある。だけどそんな約束はココとしたことがない。
これからどうすればいいのだろう。
これからのこと。これまでのこと。……ココの隣にいたい自分の、これからのこと。
考えあぐねて窓の外に目をやれば、満天の星空が庭にヴェールのように広がっていた。粒も輝きも揃わない星が、深い藍色の海に散らばって、口々に囁き合うように瞬いている。ココと何度も見た夜空を隅から隅まで目でなぞると、愛しい兄貴分が少し得意げに教えてくれた星の名前が頭に浮かぶ。ベガ、アルタイル、北極星……。
トリコは鼻はきいても目はきかない。トリコが人の匂いに圧倒されて何も考えられなくなるように、ココもこの綺麗な夜空がまぶしくて仕方なかったのだろうか。目が潰れるほどまぶしくて、見ていられないはずなのに。そっと目を眇めたココは、あの日トリコの手を取って、オレの指先で星座をなぞらせた。
トリコは寝転がったまま、右手を窓に向かって掲げる。人差し指をまっすぐ伸ばせば、はるか遠くにあるはずなのに、指先に星々の熱さが灯るようだ。なぞればさらに熱くなるだろうか。あの夜、ココの柔らかい掌につつまれた手が驚くほど熱かったように。トリコがおそるおそる指を動かして、教えられた星座を探し出す。あれがカストル、あれがポルックス。ふたつをつないで、他の星々とつないでいけば、そう…… 

「そう……あれが、双子座だよ」
「!」 

聞き慣れた声に飛び起きれば、隣で寝ていたはずのココが、うっすらと目を開けてほほえんでいた。
いつから見ていたのだろう。一人きりで星座をなぞっていたなんて知られたら、大人びたココに呆れられるだろうか。……そう考えながらまじまじと見たココの顔は、薄闇の中で月の光に照らされて美しい。なめらかでやわらかそうな肌はいっそう白く透き通って見えるし、短い髪の先もつややかに光って、夜露に濡れたようだった。どんどんココは美しく、大人っぽくなっていく。いつしか気恥ずかしくて見つめられなくなった顔が今、トリコの前にあって…… 

「なぁトリコ、これからのことを話したい。ボクと……もしオマエさえよければ、オマエとのこと」

トリコのことを待っているとしたら、どうするだろう。

外は満天の星空に包まれて、そこに浮かぶ星々が思い思いに輝いている。こんな美しい夜空を、トリコはココとずっとずっと見ていたい。寄り添い合って、お互いの肌の触れあう部分が熱を持ったようにあたたかくなるくらい、長い時間をココの隣で過ごしたい。
きらきら輝く銀色の星。それがトリコの他ならぬ「恋」の形だと、トリコはその夜はじめて知った。

 

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