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呼び捨てで満足

3年晃牙くんの片想い、梅雨
零くんが脈絡もなく透明人間になっている(本当に脈絡がない)
 
「晃ちゃん、今日は友達が来るのかい? オマケするからた~んと食いな!」
「晃ちゃん元気だね~! ししとう安くしとくよ!」
「ひとりで散歩してんの? ヒマ? レオンいね~なら俺らとサッカーしようぜ晃ちゃん!」
「人気者じゃのう」
 晃牙が小学生の群れからほうほうの体で逃げ切ると、零が晃牙にしか聞こえない声で笑った。
「我輩も晃ちゃんって呼ぼうかのう?」
「呼びたきゃ呼べよ、チクショ~」
 鈴の鳴るような笑い声。梅雨でふくらんだ街並みと汗の浮かぶ首筋に涼しく響く。
 住宅街は小雨に覆われて日曜の校舎のように静かだった。休みといってもアイドル科の生徒はちらほら見かける。住宅街も、宅配便のトラックが零の体すれすれを通り過ぎ、晃牙は慌てて先輩の肩を抱いた。
「トウメイニンゲンになってんだからよ、あんたも気をつけろよ。……あ?」
 零のまんまるになった目が、肩に触れた手を見つめている。
「あ! わ、わりぃ」
 馴れ馴れしかったか、けどこの人普段から俺にべたべたしてきてるし、つ~か先輩ちゃんと傘入れよ、今さら遠慮するとかちょっと傷つくだろうが、たしかにちょっとはそういう気持ちもあるけどよ……。
 晃牙が親切と下心の板挟みになっているのに、当の零は素知らぬ顔で「わんこの手大きくなったのう~」と感心しだした。晃牙の手の甲なんか指で撫でながら、顔だけこっちに寄越す。
「晃ちゃん、さっきのお肉屋さんにはよく行くのかえ?」
「はあ? まあ、常連ってほどじゃね~けど、安いし……。つ~か友也のヤロ~が悪ぃんだよ、アイツの親戚が肉屋のおっちゃんで、」
「うむ」
「……俺のガキ時代の逸話が友也経由で商店街全域に伝わってるけど、聞かれても話さね~から絶対聞くなよな」
「義賊のごとく他校生から下級生のカードを取り戻したのじゃろう? 後輩想いの良い子じゃのう」
 頭を抱えた晃牙の腕から傘を抜き取ると、零は空いている手で後輩の頭を撫でる。ほとんど子を褒める親の手つきだ。恋愛対象外だと言われているようで、晃牙は羞恥と悔しさでますます赤くなった。
 俺の一人相撲みたいじゃね~か。あんなこと言うから期待したのに。
 晃牙が悶々としているうちに、学院から商店街を通って下宿先に行くルートは終盤に差し掛かった。十字路をひとつ超えたら晃牙の部屋だ。親の他は朔間先輩しか招かないと決めている。尊敬する先輩でもないとテリトリーに入れないという決意だったが、憧れは恋に変わり、気分は獲物を持ち帰りたい雄オオカミだ。息の根までは今は無理でも、仕留める直前まではいっておきたい。
「なあ、先輩。『自分の知らない晃牙が見たい』ってどういう意味だよ」
 十字路の手前で立ち止まると、半歩遅れて零が振り返った。
「委員会とか、後輩の指導してるところならわかるけどよ、買い物中とか、部屋でだらだらしてるのなんか、見てもつまんね~だろ。暇つぶしでもして~のか?」
 俺は朔間先輩のだらだらしてるところ見て~けど。それも実家みたいな、完全に気を抜く場所のやつ。
 これで暇つぶしと言われたら泣くな。
「わからん」
「は?」
「なにゆえ晃牙の『普段』を見ようと思ったんじゃろうなぁ……」
 零は本当に不思議だと言わんばかりの顔で晃牙の方に傘を傾けた。雨で濡れかけた背中が入り、零の背中が逆に無防備になる。
 腕を伸ばして抱きしめたい、と思うようになって久しい。吸血鬼ヤロ~を見て切なくなる理由は返礼祭で結論が出た。自分がそうであるように、朔間先輩の特別な誰かが自分であってほしいのだ。
 それを恋と呼び始めたのは春が来てから。夏が来る前に相手のいちばんになれるとは思わないけれど、特等席が空いているとは気づいてほしい。あんたが見つけたばかりの特等席を、オオカミの速さで奪いにいくから。
「不思議と……知りたくなったんじゃよ」
 俯く零。先輩のつむじが見えるまであとちょっと。2学期までにはデカくなってやる、と決意する。
「我輩の傍にいない、おぬしのこと。今までも四六時中いた訳ではないというのに、我輩の傍を離れた者は他にも沢山いたのに、おぬしのことだけが気になる」
 決意が頭から吹き飛んだ。
「お、俺様だけ?」
「そうじゃのう……たとえば同輩の××くんなんかは、1年の時分は仲が良かったが、卒業後はてんで消息を聞かんでのう。さいわい悪い知らせは聞かぬから、どこかでまた会うじゃろうと思っておるのじゃけども。おぬしは『わんこまた昼食に逃げられとらんかのう』とか『今何の授業中じゃろうな、アドニスくんと自習中かのう』と、ついメールしてしまう。おぬしのことばかり気になるのじゃよ」
 こんなの、こんなに急展開なら、夏休み前にデカくならね~とまずいんじゃね~か? 告白したあと抱き締めるつもりが先輩に抱きついてるとかダセ~だろ。
 つか、ちょくちょく来てたアレはそういうことかよ。「ごはん」とか「じゆぎよう」とか、訳わかんなくて放置したじゃね~か。
 先輩、めちゃくちゃ俺を特等席に座らせたがってんじゃね~か……。
 はやすぎる特等席発見に晃牙が慌てる中、零がおもむろに顔を上げる。
「これって、もしかして……」
 もしかして。晃牙は零の顔を凝視した。
 頬が薔薇色に上気している。
 目は潤み、恥じらいに視線を彷徨わせ、ようやく晃牙を見据える。
 まさか、もしかして……!
「ペットロスかのう?」
「…………」
「わんこ!? しっかりせい!」
 へたり込みそうになった晃牙を抱え込み、零は危なくないよう道路の端に寄った。
「はは……」
 遠目から見たら俺、操り人形みたいに見えんだろうな。半透明の零の肩に顔を伏せながら晃牙が自嘲する。どっちかっつ~とピエロか。恥ずかしすぎて顔を上げられない。
 ついでに不自然に思われない程度に先輩の匂いを嗅いでいると、零が「晃ちゃん」と晃牙の肩を叩いた。
「あっ、いや、別にくせ~ワケじゃ……」
「晃ちゃん、ってたまに呼んでもいいかのう? 我輩もおぬしと気安い関係になりたいのじゃ」
 晃牙はぐっと息を飲み、迷い、先輩に気付かれないよう溜め息をついた。
 屈託のない笑顔が、晃牙だけに向けられている。恋の訪れを知らない笑顔だが、今はそれでいいのだ。つまり、
「……晃牙でい~じゃん」
 つか晃牙の方が気安いだろ、恋人も呼び捨てだし。
 そう言うのはやめにして、相合傘から仕切り直した晃牙だった。

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