魔王様と知らない子犬
魔王様と子犬のファーストキス
零が飴を舐め終える前に晃牙がトイレから戻ってきた。
「……? 何食ってんだ?」
零は答えず残りを噛み砕く。
手持無沙汰な晃牙はいつもの調子で零の隣に座ったが、我に返ると拳ひとつ分も距離を取った。体をかたくして、犬なのに借りてきた猫のようなぎこちなさだ。
――緊張しておるのう。
零はにんまりと笑い、わざと肩を触れ合わせる。
「ひっ!?」
「覚悟を決めよ、わんこ♪」
「ま、待てよ、こういうのは順序ってもんが」
晃牙の拳が膝の上でぶるぶる震えている。
両手で包んでやった。
びくん、と拳が跳ねた。声なき悲鳴も聞こえた気がする。
あんまりかわいそうな反応だったので、わんこには早かったかのう、と零は思った。
わんこにはまだ早かったかのう。わんこ、子犬じゃから。19歳じゃけど、永劫の時を生きる我輩よりかはずっと子どもじゃし。
「でも、わんこが誘ってきたのじゃよ?」
そう言うと、晃牙がぐっと息を詰まらせて、ようやくオトコの顔になった。
オトコの――雄オオカミの顔だ。凛々しい顔立ちに吊り上がった眦が色気を感じさせ、真っ直ぐ通った鼻筋、引き結んだ唇の奥に獰猛な牙が潜んでいる。獲物を狩ろうとする表情だ。
「……っ、そうじゃ。来るがよかろう」
獲物である零は、動揺を悟られないよう挑発的な仕草をする。
自慢の細い指で唇を撫で、雄をいざなう魔性の仕草。
唇の紅に晃牙の金色の瞳が吸い寄せられる。その目つきに、零はまた動揺する。動揺する自分が信じられなくて目をつむる。
――食べられたい。
――本当に? 真祖吸血鬼の我輩が、まだ牙も生えそろわぬ子犬の晃牙に?
――…………。
「…………待て、わんこ。まだ飴を食べ切っておらん」
「はあ!?」
吸血鬼にもキスは早すぎるのだった。
魔王様と知らない子犬
「いや~、すまんのう。噛み砕くのって顎が疲れるじゃろ? おぬしにいたずらする間、少し休憩しておったのじゃ。しかしもう食べ終えたゆえいつでもよいぞ。おぬしの好きなように『ちゅっ』としておくれ」
「雰囲気ぶち壊しじゃね~か……せっかくいい感じだったのによう」
「そうじゃったかのう~? おぬし初心すぎんかや?」
「んだとコラ!」
初夏。
零が晃牙とどったんばったん掴み合いの大騒ぎをしているのは、海風の涼しい都市部某所の大神方シングルベッド上、つまり恋人とのおうちデートの最中である。ベッドと言うと色気のある話に聞こえるが、そのじつ「あ、あああ明日のデートはよう! 俺様んちに来いよ! UNDEADで出たバラエティの録画見るからよう! あとなんかライブ映像とか! 俺様たちの活動を振り返らね~となっ!?」と収録帰りに誘われて、なんとも色気のない話じゃのうと思いつつ誘いに乗って映像観賞をしていたのだった。
型落ちして久しい液晶テレビ(高1の頃に中古屋で値切って買ったらしい)ではUNDEADの○ステ出演映像が流れている。座席順は〇モリさんに近い方から零、薫、アドニス、晃牙。零といちばん離れているからと油断しきった晃牙がじ~っと零の横顔に熱い視線を向けていて、見ているこっちが恥ずかしくなりそうじゃと晃牙を散々からかったのが先刻である。
もちろん、零は色気のない話の裏を読んでいた。
「わんこや。おぬしが我輩にキスすると決めてここに招いたのじゃろう。雰囲気くらい自分で作れねばいかんぞい?」
「ぐっ……」
晃牙が苦虫を噛み潰した顔でリモコンを掴んだ。テレビを消そうとして、画面の向こうの朔間零に見入る。紫の照明が仰け反らせた喉と黒髪の貼りつく首筋を照らし、はだけた黒シャツから胸の谷間が垣間見えた瞬間、晃牙は慌てて電源ボタンを押した。ぶるぶると振った首が赤い。
「……雰囲気くらいいくらでも作ってやんよ!」
勢いよく振り返った晃牙は、零の深めのVネックからなめらかな素肌が覗いているのに気づいて泣きそうに顔を歪めた。
童貞じゃな。
零は銀髪から覗く耳まで真っ赤にしている晃牙を見ながら、心の中でそう断じた。
「大丈夫かや? 我輩のお膝で休憩する?」
「ししししね~よっ! 馬鹿にすんじゃね~ぞこのヤロ~! ひ、膝枕は別の機会にされてやってもいいけどよ」
「おぬしのそういう素直なところ好きじゃよ。……しかしまあ、もう少しお膳立てしてやってもよかったか」
部屋をぐるりと見渡すと、零は小さく溜め息を吐いた。
――ファーストキスはレモン味。憧れの先輩に大人の色香で誘われて……。
近所のコンビニでレモン味の飴を買ってきたり、色気を強調する服を着てみたり。晃牙の期待しそうなシチュエーションを調べて策を弄してみたが、やることが中途半端だからかキスまでなかなか辿り着けない。玄関をくぐって気づいたのだが、晃牙の部屋は零のカッコいい姿のポスターと好きなバンドのCDと犬グッズに囲まれていて、女の子のグラビアとかAVとか、とにかく年頃の男の子が大切にするだろうお宝が見当たらないのだった。大神晃牙は男子小学生なのかもしれない。19歳じゃけども。
つまりファーストキスをお膳立てするなら、1日かけて手を繋いだり抱きついたりしてエッチな気分を高めてやるべきだったんじゃのう。
「まあ、我輩が拒めば泡と帰すがのう……」
どうしてキスしなかったんじゃろう、と零は自分のしたことに首を傾げた。
飴なんか舐めたままでもよかったし、キス用の飴でキスが出来なければ本末転倒だ。というか、ディープキスでもしない限り口の中のものは邪魔にならないはず。ディープキス、自分の舌と晃牙の舌を入れ合うキス……。
「……っ」
後頭部が熱を持つのを感じた。胸が、そわそわと落ち着かない。
急に部屋が静かになった気がして顔を上げると、真剣な表情の晃牙と目が合った。燃え盛る眼差しに、ずっと見つめられていたと気づいた。
「こ、」
「先輩」
先手を打たれる。
「キス、して~んだけど」
「だ、駄目じゃ」
慌てて拒絶した。晃牙の顔は相変わらずトマトのように赤く、けれど先刻見せた雄オオカミの顔つきで零を狙っている。
「する」
晃牙の喉が上下した。
ごつごつした喉仏で、自分とキスすることを考えて出た唾液を飲み込まれた。舌なめずりをされた。肉厚の舌で湿らされた唇が、今から自分に触れる唇が、薄く開いて零を待ち構えている。
――どこが子犬じゃ。
零は数分前の自分に毒づいた。
どこが子犬じゃ。目はギラギラと血走り牙は研ぎ澄まされ、乳歯などとうに生え変わったと言わんばかりの成犬ぶりではないか。
こんな風に、すっかり骨太になった前足で我輩の両肩を掴む様などオオカミも斯くやじゃ。肉球の代わりに硬くなった指先が零の肩の骨をそっとなぞった。甘い摩擦が零の肌を震わせた。
顔が近づいてきていることに気付き、零は咄嗟に目をつむる。つむって「しまった、晃牙との距離が読めぬ」と後悔する。いつも棺桶の中でそうしていたように、相手の気配で位置を探ればいいはずだったが、晃牙の気配がそこら中にあるのだった。包まれているのだった。全身を晃牙に抱き締められるように。
――捕らわれている。
ふと、学院時代のユニットソングが脳裏に浮かぶ。我輩達に囚われたくて呼んだのだろうと歌ったそれが、今の自分に妙に重なる。わざと晃牙をからかって、キスしたくなるように仕向けてやった。触れ合いに飢える若犬を導いていたつもりだったが、本当は自分も飢えていたのか。そのくせいざ食べられそうになったら恐ろしがって拒んだのか。真祖吸血鬼が情けない。
キスくらい。
ファーストキスくらい……。
こわくない、と目を開けた瞬間、キスされた。
「…………」
「…………」
やわらかかった。
「……へへっ」
零が唇の感触を思い返している向かいで晃牙は勇ましいオオカミ顔をへにゃりと崩した。目尻も頬も赤い。首まで真っ赤だが、照れより喜びの方が強いようで零を見てニカリと笑った。
「もっかいやろ~ぜ! 朔間先輩!」
「……しない」
平静を装ったのに拗ねた声が出た。
犬らしく耳の良い晃牙がぴくりと体を揺らし、じわじわと悪魔的な笑みを浮かべて零を見る。零はこの顔を何というか知っている。ドヤ顔だ。
「気持ちよかっただろ~? 俺様の超絶テクのお陰だな!」
「ふ、ふん、唇を触れ合わせただけじゃろう? 自惚れるでない」
「口では何とでも言えるもんな~♪」
「なっ……」
いつもの余裕を忘れてしまった零は、晃牙のわざとらしい煽りに言い返せない。
だってこんなにきもちいいと思わなかったのだ。やわらかくてあたたかくて、脳髄をしびれさせる口づけ。晃牙がいつも歌っている、笑ったり零の後ろで「朔間先輩かっけ~……!」と呟いたりしている唇に、自分の唇を重ねたのだから……。
ふと手を握られた。汗ばんで冷たい晃牙の手の平。ぎゅっと指を握りしめる様は、零のアプローチに飛び跳ねた子犬と同じ男とは思えなかった。
一抹の不安に襲われる。
「おぬし……本当に晃牙かや? 我輩の胸元を見て泣きそうだった男と同一人物とは思えんのじゃけど……」
問われた晃牙は一瞬気まずそうな顔をした後うつむいた。
やはり別人じゃったか。キスする直前、UFOに連れ去られて宇宙人と入れ替えられちゃったんじゃろか。晃牙、無事かのう? ドッグフードもない宇宙で生活できぬのでは……?
けれど晃牙は、零の胸元から視線を戻して、
「キスしたらそのままあんたを襲っちまうんじゃね~か、って怖かったんだよ。けど、我慢できるってわかったから」
とまじめくさった。
「…………晃牙じゃな」
間違いなく。
「んだよ。俺様じゃわり~かよ、朔間零の隣にいるのは大神晃牙以外ありえ――うわっ!?」
「わんこはかわいいのう、ういやつじゃのう……♪ 我輩惚れ直してしまったわい♪」
「うが~! 離せ~~!」
ヘンな妄想をした自分を忘れた零が勢いよく抱きつくと、晃牙は今度こそ童貞丸出しで逃げようとした。思いきり顔を背け、零の胸に1ミリたりとも体が触れないよう仰け反ったおかげでうなじが覗く。色づいたそこに零が息を吹きかけてやれば、ぞぞぞと背筋を震わせて振り向いた。涙目がかわいい。
「ひっ……我慢にも限界あんだよ! 俺様はオオカミだろ~が! 喰われたくなきゃ離れろバカヤロ~……!」
「や~じゃよっ♪ ぎゅうぎゅう……♪」
「うう~っ!」
「見事ファーストキスを成し遂げたわんこに、真祖吸血鬼が大人のキスを授けてやろうかのう~?」
もちろん冗談だ。かわいい子犬には刺激が強すぎるから、慌てて拒んでくるに違いない。それにキスを『授ける』だなんてプライドの高い晃牙には許せないだろう。
ところが。
「……っ、いいぜ」
「……?」
「なに不思議そうな顔してんだよ。あんたが俺様に教えてみろよ、その、大人のキス……」
ほ、本気かや?
思わず覗き込んだ瞳は本気のそれだった。
零の仕草に何を勘違いしたのか、晃牙が覚悟を決めたように瞼を下ろす。
「あわわ……」
大人のキス?
それくらい、もちろん我輩も知っておるぞ?
ほれ、『ちゅっ』とするだけではないのじゃろう? 何度も角度を変えて、深く交わるやつじゃろう?
確か……舌とか入れるのじゃったな?
舌を入れて、それで、……どうするんじゃろう。
「……からかってんだろ」
気が付くと、晃牙が目を開けていた。
してくれるというから大人しく待っていたのに……というジト目だった。子ども扱いされたことへの悔しさが、うっすら染まった頬に表れている。
「からかってはおらぬよ。ただ」
我輩もよく知らんのじゃ。冷や汗を浮かべながら声には出さずに呟くと、晃牙はフンと鼻を鳴らして零の腕から抜け出した。
一転、世界が回る。
「へ?」
なぜか天井が見えた。天井。朔間零――今より幼い自分がステージ上で絶唱するポスターがでかでかと貼られている。見覚えがあるようで無い恰好、つまり数年は前のイベントだろう。衣装のあらゆるところに十字架とハートのモチーフを散りばめて、前髪はちょろんと垂らして、若くなければできない恰好だ。珍しいが、どうして我輩こんなものを見ておるのじゃろう?
見ているだけで恥ずかしい黒歴史は、晃牙の体に遮られた。
ベッドが軋む。
両手首が重い。
晃牙の金色の瞳がぎらぎらと滾っている。
「喰わね~なら、こっちからいくぜ」
形勢逆転。
「こっ、晃――」
零は晃牙を舐めすぎていたことに気付いた。色気のない部屋、うぶなネンネのような態度、それに子犬らしい従順さを備えていてもオオカミはオオカミなのだ。殺るか殺られるかの世界で気を抜けば、飼い主といえども喉笛を掻っ切られてしまうのだ。恋人がそんな殺伐とした関係だったかはともかくとして。
「んぅ、」
零が『待て』を言うより早く、オオカミの唇が零の口に押し付けられた。甘い衝撃が零の体から力を奪う。
侵入されまいとなんとか引き結んだ唇は舌先で突かれ、
「ひ――!?」
零が目を白黒させているのをよそに、晃牙の舌は歯列をくぐって口の中に辿り着いた。
退くことを考えない強引さで、舌先を押し付けられる。
どこに? ――零の舌に。
繋がった場所から痺れが広がる。
「ぁ……っ」
切ない感覚に零は悶えた。はじめての感覚だった。触れるだけのキスのように甘いのに、湧き出る情動はずっと激しくて生々しかった。
「……っ、ふっ……」
晃牙が熱い吐息を漏らす。
舌先が離れ、もう一度押し当てられると体のすべてが晃牙を求めだした。
晃牙も無言で零の舌を貪りはじめた。晃牙の舌、ざらざらで湿って生温い感触は『零の知らない晃牙』だった。晃牙の家族も友達も知らないそこはやわらかく、零の舌の形を確かめるようにぬるぬると動く。
「は、んぅ、ふぅ……っ」
否応なしに高まる体とは裏腹に、零の心は恐怖の色に染まっていく。
ぎらぎらと血走った目で、獣のような息を吐いて、零に覆い被さる晃牙――子犬だった晃牙。本当に晃牙だろうか。
快楽に我を忘れて浅ましく晃牙を求める自分だって、この体のどこに眠っていたのだろう。
晃牙の舌が口いっぱいに捩じ込まれる。全部暴かれてしまう。
暴かれたいと思ってしまう。
「……ッ」
――怖い。
「んだよ、今さら止められるかよ……馬鹿」
胸を押された晃牙は、そう言いつつも体を起こした。わざわざベッドではなく床に座り、濡れた唇を手の甲で拭う。零が起き上がって見下ろすと、膨らんだ晃牙の股間が目に入った。
「すまぬ……おぬしが嫌いな訳ではないのじゃ。キスも……」
唇の感触が名残惜しい。体が爪先まで晃牙を求めている。なのに拒んでしまうなんて、零は自分の気持ちがわからなくなった。
が、
「ま、わかってたけどよ。あんた主導権握られんの嫌いだろ」
「……うむ?」
「煽ってくる割に逃げ腰っつ~か、邪魔してくるからな。じゃれ合うときはそうじゃね~けど、それは力で俺様に勝てるからだろ。その……キスは、あんたも慣れてね~から、とりあえずリードしなきゃ嫌なんだよな」
主導権?
零はしばらく晃牙の言葉を頭の中で反芻していたが、だんだん顔に血が集まるのを感じた。
晃牙曰く、キスは慣れてないから最初から主導権を握りたいんだよな。
「それって我輩のこと負けず嫌いだと言っとらんか?」
晃牙はニヤニヤしている。
「お、おぬしなぁ……! このっ!」
ベッドの上から晃牙に飛び掛かると、晃牙はそれすら分かっていたように零を抱き留めた。そのまま勢いを殺さず寝転がられるから、しぜんと零は晃牙を組み伏せる体勢になる。
形勢再逆転、あるいは零の望んだポジション。
晃牙は……笑いながら、愛しい目をして零を見上げている。
見つめ合う。――唇が惹かれ合う。
「んっ……」
儚いやわらかさを感じながら、今度は零が晃牙の口にお邪魔した。薄く開いた唇から舌を差し入れ、歯列をやさしく割って、晃牙にされたように舌先に触れる。ひどく甘い。頭も腰も、晃牙の『知らない場所』にずくずくになる。
もっと知りたい。晃牙が欲しい。そう浅ましく体が唸るのを聞いても、もう怖くなかった。晃牙の言う通りだった。
何となく癪で、わざと舌を強く吸ったら仕返しされた。
「先輩、好きだぜ」
唇の触れ合う距離で囁かれる。
そのまま零の唇をついばむ晃牙に、零は自分の気持ちを教えたくなって舌を入れる。色んなところを舐めたり擦ったり、しゃぶったりもする。晃牙がたじろいでいるが気にしない。
「ん、んぅ、はぁっ、んむ……っ」
「んん、は……っ先輩……!」
「ぁ、ん! んぁ、」
息継ぎすら忘れるキス。晃牙の手が零の腰を撫でて、手の平の熱で肌の下を蕩かす。零が腰を揺らしてねだる。キスがおろそかになった隙を舌で突かれる。
――俺だって好きだ、晃牙。
舌でセッションしながら、零は心の中で愛を囁く。
好きだ。まっすぐ俺に向けられる瞳の黄金色、薔薇色の頬、本物の言葉を紡ぐ唇、信念を貫いてなお傷つかない魂……全部俺にはもったいない。もったいないのに、独り占めさせようとしてくる。吸血鬼の腕に抱かれても壊れないから安心しろ、と笑ってる。
壊したくないから遠ざかる。独り占めしたいから誘ってみる。子どもみたいなことして、これじゃどっちが子犬かわからない……。
「……笑う余裕あんなら集中しやがれ」
晃牙が零の頬に口づけながら言った。腰をくすぐっていた手は背中に回り、零の服の裾を遠慮なくたくし上げようとしている。
我慢できると言ったのに、と零は笑って、でも、と思った。
キスする前の初心なネンネはどこに行ったのじゃろう?
「ん……その前に深呼吸の休憩じゃ」
「まあ酸欠でぶっ倒れんのも恥ずかしいしな」
笑いながら体を起こした晃牙は、ひっくり返って零を驚かせた。
「あ~……? クラクラしやがる……?」
慌てておでこに手をやる。お湯が沸かせそうなくらい熱かった。よく見ると顔も照れ顔のレベルを超えて赤い。つまり興奮しすぎて熱を出し、ネンネな晃牙も勢いづいてしまったということだろう。FEVERタイム。
「う~む、さんざん煽って寸止めした身として申し訳ないやら。まあ大人しくしておれ、すぐに濡れタオルを作ってこようぞ……おや?」
頭を撫でて立ち上がろうとした零の、無防備な手を晃牙が捕まえていた。
「熱下がったら……続き、やるからな」
「……うむ」
こっちも覚悟決めねばならんのう。
零は甘く焦がれる体を持て余しながら、子犬の看病に勤しむのだった。