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恋みたい

ぽかぽかアスレチックに行く道すがらの晃→零(無自覚)

 
 
 
「朔間先輩って呼ばないの?」
 羽風先輩が隣の晃牙に尋ねた。
「おぉ、トマトサイダーなるものが売っておるぞ!」
 左隣の朔間先輩はそう叫ぶやいなや道端の自販機に駆けていった。晃牙はまず目で追いかけた。朝日でぐったりしていた背中が『トマト』の3文字でぴんと伸びている。
「わんこ、薫くん! おぬしらも要るかえ?」と、追いついたふたりに笑顔の先輩。
「ぜって~不味いだろ」
「だよね、朔間さんひとりで飲みなよ。ところで晃牙くん、」
「ええ~? 絶対おいしいと思うんじゃけど……」
 そう言いながらまったく躊躇わずにトマトサイダーの下のボタンを押したので、晃牙は無駄に体力を消耗させね~といいんだがなとハラハラしている。
 がこん!
「おぉ? 何やらボタンがルーレットのごとく点滅しておる……ふむ、おぉ、当たりじゃ♪ すごいのう、幸先良いのう~♪ 今日の撮影は大成功じゃな♪」
「このまま遅刻しなければな。朔間さんと羽風はいいとして、大神はいちおう責任者だろう。先方に来年度のUNDEADは頼りないなどと思われたくなければ、道草を食うな。乙狩とうちの神崎を見ろ。あんなにきびきび歩いて立派じゃないか」
「あれは競歩してんだろ……」
 いつのまにか背後に立った蓮巳先輩が、誇らしげに遥かかなたの背中ふたつを指差した。鬼龍先輩は肩をすくめて蓮巳先輩の親ばかに呆れているが、顔が完全に喜んでいる。
 アドニスと神崎が振り返って足を止めた。3年目の春がきてふたりとも精悍な顔つきになった。けれどまだ幼さの残る頬を、春風に揺れる髪が撫でる。
「卒業前と変わんないなぁ」
 苦笑する羽風先輩も嬉しそうで、「そ~だな」と答えた晃牙も鼻の奥がツンとして、なんだか無性に目が熱かった。花粉症のせいに違いないと晃牙は思った。
「ずっと変わんね~よ。仲間だからな」
 
 ――ふと、風が首筋を撫でていった。
 晃牙はおもわず首をすくめた。まだ冬が残っているから冷たいが、つぼみの甘い匂いがする。4月の花冷えに似た、春の寒さだ。
 春じゃのう、と呟き歩き出した朔間先輩を、晃牙はそっと盗み見る。
 穏やかな横顔。変わらない憧れ。晃牙が手を伸ばしたぶん、少しだけ縮まった距離。
 
 こんなにも寒いのに、晃牙の心は春が来た。……みたいに、胸の奥がそわそわしている。
 
 
 恋みたい
 
 
 今日は紅月とUNDEADの合同撮影だ。依頼主は例のキャンプ施設、に併設されたアスレチック施設。なので、学院前駅に集合した後は電車を乗り継ぎ、最寄り駅から撮影会場まで徒歩で移動する。
 会場に続く道のりはいかにも田舎の歩道という感じで、民家と田んぼがどこまでも並んでいる。たまに自販機が置いてあるが、よくわからないジュースのラベルが日焼けしていてだいたい100円。その足元でアスファルトを割る雑草なんか伸び放題だ。ここに1年……たとえばアドニスの後輩なんかを連れてきたら、やれ草笛だぺんぺん草だとうるさいことだろう。遠足気分というやつだ。
 だが1年も2年も、卒業生すら変わらないかもしれない。現に晃牙の数歩先にはアドニスと神崎が雑草を指さしては盛り上がり、鬼龍先輩と蓮巳先輩は遠山を眺めながら着いてきている。隣の羽風先輩も、春の陽気に目を細める姿がサファリパークのキツネによく似ていた。
 朔間先輩は……
「よっこいせ……♪」
 歩きながらプルタブを開けた。ぷしゅ、と爽やかな音にトマトの青臭い匂いが混じる。
「相変わらずジジくせ~な……やっぱ飲まね~方がいいんじゃね~か? 無駄に体力削られそうだし」
 朔間先輩は晃牙のツッコミを意に介さないままトマトサイダーの缶をひと息に煽った。
 そしてむせた。
「お、おいっ」
 晃牙はサイダーまみれの先輩に慌ててポケットを探り始めた。
 先輩がおもわず立ち止まったせいで、後ろの蓮巳先輩がつんのめる。
「うむむ、いまいちじゃのう……なんじゃ蓮巳くん妙な顔をして。おぬしも味見せんか?」
「だが断る。というか、あんたのものなら何でも引き受けてくれる奴が傍にいるだろう」
 蓮巳先輩が視線を寄越す。俺かよ。
「ふむ、いたかのう?」
 朔間先輩はボケではなく本当にわからないらしい。どこからともなく取り出したハンカチで口元を拭い、今度はちびちびとサイダーを飲み始める。
「相変わらず鈍いな、朔間さん……」
「? 日の出ているうちはのんびりしておるよ?」
「そうじゃなくてだな……」
「――あの、晃牙くん?」
 取り出したハンカチを持て余しながら、複雑な気持ちでふたりのやり取りを見ていると、キツネ――羽風先輩に覗き込まれた。
「あぁん? 吸血鬼ヤロ~がどうしたよ」
「やっぱ聞いてたんじゃん……ほら、朔間先輩呼びに戻すんじゃなかったっけ? 返礼祭の後『いろいろ』言ってたじゃん?」
 覚えてやがったのか……。
 顔中に血が集まるのを感じた晃牙は、なるべく平静を装って「言ったかもな」と返す。
「言ったかもしんね~けど、羽風先輩にゃ関係ね~だろ」
「まあ俺は朔間さんじゃないし? 『朔間先輩……っ! 俺、ぜって~あんたのこと倒すから! 死ぬ気で、全速力で追いつくから! それまで俺様以外に負けんじゃね~ぞっ! 絶対だかんな……っ』みたいに来られても困るけど~?」
 晃牙は逃げ出した。
 早歩きでアドニスと神崎のグループを追い越し、目を丸くするふたりの後ろに羽風先輩が迫るのを見て駆け足に変える。しかし間の悪いことに交差点の赤信号に足止めされた。
 追い縋った先輩がニヤニヤ笑って一言、
「俺達に遠慮しなくていいからさ?」
「してね~よ別に!」
「遠慮しているのか? 大神」
「してね~って!」
 妙に焦るアドニスをなだめたあと、晃牙はこっそり振り向いた。
「……間抜け面しやがって」
 先輩3人組はずいぶん後ろにいた。揃いもそろって頬をモゴモゴ膨らませている。朔間先輩に至ってはリスだ。そのまま蓮巳先輩と鬼龍先輩に笑いかけ、やれやれと肩をすくめられていた。
 ――朔間先輩。心の中だけで呼んでみて、みぞおちのあたりを痒くする。
 ……晃牙も、朔間先輩って呼ぶのはやぶさかじゃなかった。恥ずかしいけど。照れくさいけど。昔みたいに「朔間先輩」「晃牙」と呼び合えたら、みぞおちが痒くなってもすげ~いいじゃん、と思うのだ。
 気づいた先輩たちが、早歩きで晃牙に追いついた。イチゴシロップの匂いがする。飴か。遠足かよ。
「おい、さ……」
「うむ?」
 イチゴのように紅い瞳が晃牙を映している。
 晃牙は視線を逸らすと、
「さ、さ、ーーさっさと、行こ~ぜ」
「うむ」
 朔間先輩の笑顔に見惚れてから、言い間違えたことに気づいた。
「あ~、違う。さっさと行くんだけどよ、そうじゃなくてだな」
「ふむ?」
「さ……さく、サクサク進まね?と、向こうも待ってるだろ?」
「そうじゃな」
「…………」
 よ、呼べね~……。
 晃牙はようやく事態を把握した。由々しき事態だ。なぜか『朔間先輩』の7音が言えない。
 良い心がけだなと頷く蓮巳先輩、いぶかしげな表情の鬼龍先輩、そして小首を傾げる朔間先輩の隣で、羽風先輩がニヤニヤしている。
 楽しんでやがるな。きっとこれを見越してけしかけたのだ。俺様が朔間先輩相手に焦るところを冥途の土産にするつもりだろう。冥途、と芸能界入りを評するのもどうかと思うけれど。
 見てろよ、と晃牙は羽風先輩を睨みつける。
 晃牙も男なのだ。決めるときは決めるのだ。
 信号が変わった。晃牙は先輩たちと一緒に歩き出しながら、全身に力をみなぎらせる。
 すう、はあ。深呼吸した時点で、晃牙はぎょっとした。急に胸が詰まったのだった。緊張してる。朔間先輩、なんて昔は死ぬほど呼んでたのに。
 呼んでたはずなのに、今は1音1音を思い浮かべただけで、呼吸ができなくなる。
「大神?」
「お、おう」
 アドニスが不安げな顔で先輩達を振り仰ぐのを、手で制する。
 足が重い。なんだか、流氷の上に立ったような怖さが晃牙を揺さぶった。
 ――無視されたらどうしよう。自分らしくない思考が頭を駆け抜け、よくわからないまま恐れを振り切る。
「さく……」
 晃牙が顔を上げるのと、先輩が振り向いたのは同時だった。
「うん?」
「……っ」
 もういちど紅い瞳に見つめられて、晃牙は息をするのを忘れてしまった。血のように紅いのに、宝石のように澄んできらきらと光る、吸い込まれそうに美しい瞳。
 ドキ、と胸が高鳴って、きゅうう、と切なくなった。呼吸が乱れて全身が痺れた。
 ――なんだこれ!?
 落ち着こうと道の両脇の常緑樹を見渡して、口を開くと、
「桜、咲かね~な」
 また違う言葉が出た。

「まだ3月じゃからのう~? 去年は随分と遅かったゆえ、今年の開花日もーーわんこ? 何をしゃがんでおるのじゃ? 花粉かえ?」
「…………」
「お~い……?」
「朔間さん、ちょっと」
 嫌な予感に晃牙が顔を上げると、楽しくて仕方ない様子の羽風先輩が朔間先輩に何事かを耳打ちしていた。なんだなんだと後ろを通り過ぎる紅月3人を背に、朔間先輩の顔から戸惑いが消え、無邪気な喜びが広がっていく。
 あぁ、バレた。
「う、うう……」
 先輩のキラキラの視線から逃げようと、晃牙は道路の端を見た。アスファルトの切れ目からタンポポが咲いている。ふわふわで黄色くてのんきなもんだ、まるで朔間先輩みて~だと無意識のうちに考えて、返礼祭の先輩の泣き笑いを思い出して胸を締め付けられる。
「大神」
 アドニスに呼ばれた。
「任せろ」
「……!」
「羽風先輩、俺達で先に手続を済ませてこよう。朔間先輩は大神と後で来てくれ」
「そっちかよっ!?」
 晃牙が利き手でツッコミを入れるとアドニスが声を潜めて言った。「俺達は仲間だ。だからこそ、仲間の期待には応えたい。羽風先輩もお前達が仲良くなることを望んでいる」
「いや、今以上はいいかな~……?」
「朔間先輩もだろう」
 ハッ、と晃牙は先輩を見た。
「なんじゃ?」
 先輩は穏やかな笑みを浮かべて晃牙と目を合わせる。紅い目。初めて会った時から変わらない、真摯な瞳。
「そっか……そ~だよな、先輩」
 朔間先輩が晃牙に向けるキラキラは……まだ晃牙に期待してくれている視線だった。
 勝手に失望して腹を立てた晃牙。朔間先輩にスーパースターの役割を押し付けて、理想とちがったからと不貞腐れて、変わらない先輩に八つ当たりしていた未熟な自分。
 そんな俺に……先輩は失望しなかった。
「……っ」
 いっぱいいっぱいになって前を向いたら、会場の建物が見えた。仕事まであとちょっとだ。今日の撮影が終わったら、卒業するまで先輩と活動できない。
 学院で名前を呼べても、アイドルの仕事場で変わらなかったら意味がない。4人で仕事はできるけれど、昔みたいに先輩に頼りきりで苦しいことも知らんぷりで、先輩に守られてばかりだとすら気づけなくなる。我儘放題の子犬生活は終わりだ。朔間先輩の隣に立つと決めたから。先輩に認められる、先輩が頼ってもいいと思えるくらいすごいアイドルを目指すと決めたから。
 だから、もう二度と間違えない。
「……健闘を祈る」
 アドニスと羽風先輩の足音を聞きながら、息を吸う。
 先輩が紅い目を見張る。
「さくまーー」
  
 ――朔間先輩が、おやつの時間を待つ子どもみたいな笑顔で、晃牙はかわいいと思った。
 切れ長の目尻が甘くとろけ、薄い唇は三日月のかたちに持ち上がる。なめらかな?にできたえくぼが子犬の奮闘に向けられる。
 ……そう思うと、晃牙の胸はざわざわした。ドキドキして、ズキズキして、ハラハラして、最後にきゅんきゅんした。俺に向けられてる、って思ったからだった。
 朔間先輩の笑顔、俺に向けられてる。
「ーーッ」
 晃牙は気づいた。『さくませんぱい』の7文字に色んな気持ちが詰まっているから、口に出すには胸が苦しくて、最後まで呼べないのだと。
 どんな気持ち? 甘いキモチ。苦いキモチ。さみしさが、懐かしさに変わるキモチ。晃牙の傷つけた朔間先輩が、これからもずっと近くにいてくれる。同じ世界にいてくれて、嬉しいキモチ。
 嬉しいけど、物足りないキモチ。もっと近づきたいキモチ。傍に行きたい、傍に呼びたい、
 ーー……のキモチ?
「さーー」
 先輩が俺を見ている。
 俺も先輩を見つめている。
 視線が、熱でとけそうなくらい……、想いを込めて、晃牙は呼んだ。
 
 
「サクマドロップス」
 
 
「…………」
「…………」
 朔間先輩が噴き出した。
「うが~~~~!!! 俺は、俺様は~~~~~~~!!!」
「うむうむ、薫くんが『わんちゃん、話があるみたいだよ』などと言うから気にしてみれば……飴を舐めたかったのじゃな♪ ほれ、おいで♪」
「ちげ~~~~~~~!!!」
 先輩がポケットからドロップ缶を取り出してガチャガチャ振る。晃牙は首を振るが人の話を聞かないのが朔間先輩なので、腕を引かれて近寄ってしまう。
「何が出るかのう~?」
 先輩の冷たくてすべすべの手が晃牙の手を掴むと、そっと広げさせたそこに飴玉を2つこぼした。どちらもイチゴの赤色、砂糖の粉をまとっておいしそうだ。
「おいしそうじゃのう~♪ ……わんこや」
 あまりの情けなさにうつむく晃牙を、朔間先輩は覗き込んだ。
 ふわりと笑う。
「……ゆっくりで良いのじゃよ。気持ちの整理をつけてから、おぬしの呼びやすいように呼んでおくれ。隣でおぬしの声が聞ける……それだけで嬉しいから」
 いつの間にか、先輩の手があたたかくなっていた。晃牙の体温がうつったからだ。先輩の体温も、晃牙の胸に忍び込んで心をくすぐる。
 飴玉みたいに甘い何かが広がった。じんわり、けれど燃えるような熱さで。胸の奥から始まって、どんどんこみ上げてくる。
 
「……っ、さく、ま先輩」
 
 俺の大好きな、朔間先輩――
 
「――って、呼ぶからな! 俺入場手続してくる! じゃあな!」
 晃牙はダッシュで先輩の横を通り抜けた。
 すぐにアドニスと羽風先輩を越えた。紅月3人も追い抜き、青信号の点滅する交差点目掛けて全力疾走。
 風を切る体が熱かった。鼓膜まで心臓のバクバクが伝わっていた。うるさすぎて青信号を逃す。晃牙は足踏みしながら赤信号を睨みつける。先輩の瞳みたいに綺麗じゃないが赤い色に、先輩の笑顔を思い出す。
 嬉しそうな顔すんなよ!
 名前呼んだだけだろ!
 これから何十年も一緒にやってくのに、ずっと呼ぶのに喜ぶのかよ! 気の抜けた面で、『幸せです』ってわかりやすい顔して! ライブ中に俺様が呼んだらどうすんだよ!
 客席にまで――嬉しそうな顔、見せんのかよ。
「……ッ」
 手の違和感に気付いて見たら、飴玉を握ったままだった。溶けてべとべとしたから2つとも口に放り込み、奥歯で噛み潰す。
 舌の上にイチゴの欠片が踊る。ちくちく、ズキズキと晃牙を悩ませて甘い。そんなところに先輩たちが追いついた。
 すごく甘い。
「甘すぎだろ! サクマセンパイ!」
 八つ当たりで振り向くと、先輩の瞳の中に信号が見える。
 とろける赤は青になり、まぶたの間で細くなった。

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