いけない遊び
0721の日に合わせて書いたやつ
二人分の焼肉弁当と淡い期待を抱えてドアを開けても、リビングには誰もいなかった。
「あー、やっぱりか……」
遅くなるって言ってたもんな、と自分を納得させて、ソファにリュックを放り投げる。わかってたけどよと呟く語気と、頭を掻く手は荒々しい。年上の恋人は初舞台の稽古に大忙しで、ここ2週間は晃牙の起床中に顔一つ合わせていない。増える洗い物と溜まる「すまんのう」のメモ、それに上がり框で位置の変わるスリッパだけが零の帰宅の痕跡を晃牙に示す。
他方晃牙はソロ曲の作詞作曲で家に篭るばかり。デビュー2年目の新米アイドルによくある閑散期とはいえ、夢ノ咲みたいにアクションを起こせないからフラストレーションもたまる一方だ。今日こそは吸血鬼ヤロ~も帰ってくるかと願ってむしゃくしゃを弁当屋との一往復に費やしても、零の気配は増えない。
「クソヤロ~め、いつまでやってんだよう」
せっかく大盛りにしてもらった弁当も、ひとりじゃ食べる気にもなれない。
捨て鉢な気分でローテーブルに弁当の袋を置き、零愛用のソファーではなくその手前のフローリングに座り込む。拗ねきった飼い犬みたいな振る舞いに晃牙は無自覚だ。そのまま何の気なしに両腕をソファーにもたせ掛ければ、孤独を持て余した指先が触り慣れない物を引っかけた。
「なんだこ……アイツのじゃね~か」
見覚えのある色形は、零が稽古期間の直前に嬉々として買って帰ったカーディガンだった。帰宅してすぐ晃牙に見せびらかしてきた笑顔がかわいかったから、よく覚えている。念のために嗅いだニオイも零のものだ。おおかた昨晩にでも脱ぎっぱなしにして着て行き忘れたのだろう。
「……」
また脱ぎ散らかしやがって、と怒る気持ちは官能的な匂いの前に溶けていった。
……零のにおい。あの人のニオイ。
ただでさえ朝も夜も汗ばむ季節、汗だくになる稽古から着て帰ったからだろうか、羽織り物に鼻をうずめると、いつもより濃い匂いが晃牙の鼻の奥に広がった。すん、すん、と15日ぶりの体臭を嗅ぐごとに、晃牙の腰がずくんと重くなる。甘くて少し癖があって、晃牙の頭の芯を麻痺させるニオイ。晃牙の恋人だけの、晃牙を夢中にさせる魅惑の香り。
気が付くと、体をくの字に曲げて零の抜け殻を抱きしめていた。
このニオイをかげるのは、朔間さんに抱き付かれているときか、朔間さんを抱いているときだけ。
あの人をメチャクチャに暴いて、噛み付いて、気持ちよくなるときだけ……。
「……っん、ぅ」
スキニーの前がキツかった。だから寛げて、腫れたところを慰撫することにした。匂いをオカズにしているワケじゃない。たまたま、これが落ち着くから。
言い訳が脳内を巡るスピードも遅い。恋人の匂いに侵されて、零のことしか考えられなかった。
こんなに会えないのは初めてだったのだ。本当は留年したんじゃないかと思わせるくらい、卒業したての零は頻繁に夢ノ咲に出没したし、晃牙が卒業したらふたりで同じ部屋に住んだ。それを同棲だと晃牙が認めなくても、家事分担も夜の営みもたくさんして、オンでも新進気鋭のアイドルグループ・UNDEADで一緒だった。だからこんなに離れ離れになった今、誰かと触れ合う時間の長さに慣れきった狼は……飼い主の肌が恋しくてたまらなかった。
「んん、は……」
右手でつくった細い筒を零の後孔に見立てて、すっかり固くなったモノで押し入る。小指の腹を突いて解して、薬指まで時間をかけて挿入すれば、かわいた皮膚が亀頭を擦ってきもちいい。零の中には遠く及ばないけれど、ここにはいない恋人を抱いているみたいで興奮する。カリ首が飲み込まれるまで息を詰めるのが零の癖だから、亀頭を挿れた直後に浅く抜けば、
『あ!』
きもちよさで零の体の力がすっかり抜ける。括約筋にカリ首のあたりを引っかけるのは晃牙も零もお気に入りの突き方だ。
そのままぐっと体重をかけて、きつい体内を侵襲する。
「く、ぅ……はぁっ、はっ」
『んン……はふう、ふふ、入ったのう……あ、あっ!』
晃牙のものが根元まで埋め込まれた喜びに零をひたらせず、矢継ぎ早に抽挿する。腰を大きく引いて勢いよく打ち付ければ、引きつれた声とともに入口が締まった。抜かないでおくれ、とでも言うようにきゅうきゅう締め付けて強請られる。
……みたいにはいかない。所詮はセルフ手コキだ。乾いた手の平は、熱くうねる零のナカには遠く及ばない。けれど止まらなかった。たとえ妄想の中でも、恋人との生々しい触れ合いがしたかったから。……というのもあったが何より、飼い主の『まて』と『ノー』に怯えずに抱ける機会は他にない。
零を手酷く抱いて、乱れさせたい。
「……ッ、く、んん、ふっ……」
『あ、うぁ、これ、加減を知らぬか馬鹿、っあ!』
ぎゅっと目を瞑って零のニオイだけに集中すれば、頭の中の零が切なげな顔で振り向いた。四つん這いになったまま、腕を伸ばして晃牙を制止しようとしている。その長い指に手を絡めて引き寄せて、恋人を御する手綱にする。暴れ馬もとい朔間零は、自分の悪手にショックを受けたらしく、
『あっあ、ばか、あんん!』
かえって深いところで穿たれた楔に締め付けをきつくした。
目の眩むような快楽がふたりを襲っている。
「はっ、は、っくぅ……ッ!」
『あっ! やっ、ア、わんこ、わんこぉ……!』
突き入れては抜くのを繰り返し、突き刺すような快楽に身悶えさせる。背中を弓なりに反らしても、零は与えられる快楽を一向に逃せないようだった。零らしからぬ悲痛な泣き声に背筋が震える。
『わんこぉっ、だめ、そこだめじゃ……っ! は、ひい!?』
悦いところなら全部知っている。だめだと繰り返し哀願させるしこりを抉るように刺激すれば、白い体から立ち昇る臭いが濃くなった。雌に成り切ったニオイだ。
痛いくらい締め付けてくる零の期待に応えようと、有無を言わせず抱え込んで背中に密着する。亀頭の先で前立腺を捏ねるにはうってつけの体勢だから、泣き喚かれても解放しない。鼻頭で襟足を掻き分けて、白いうなじを嗅ぎながら、生意気な恋人を追い立てるのだ。
「ぁ、さくまさ、ああ、はっ」
『あア、あ! あ! だめ、らめ、っ!』
「いいのっ、く、まちがいっだ、ろぉ!」
『ちが、あー……っ!』
外したところをわざと何度か突いてから、望みの場所を突き上げる。しきりに髪をふり乱す恋人は、そうすると満足げに喉を震わせた。がむしゃらな腰つきに翻弄されて、零はすっかり我を忘れている。年上の余裕もユニットリーダーの威厳も無くし、ただの朔間零になって喘いでいる。きゅうきゅう締め付けるナカだけが晃牙相手に刺激を貪欲に強請って、別の生き物みたいだった。
妄想の中で恋人にあられもない格好をさせる晃牙の頭に、変態の文字がよぎる。変態だ。恋人の目を盗んで、妄想とセックスしてる。
『あっ、や、やらぁ、ちがうっ、みられるっ』
「っ、なにがっ、くぅ、」
喘ぎ混じりの発話は要領を得ない。
『あーっ、あっ、そこぉっ』
違う。この腕の中には朔間零がいる。思い切り突かれて感じ入る、晃牙だけの零がいる。暗色のカーディガンなんて知らない。黒髪に顔をうずめている。発情した雌の匂いが晃牙の脳を痺れさせる。
「っ、うぁ、さく」
違う。カウパー腺液に塗れても右手は右手だ。ごりごりと抉る内壁は手の平で、きつい締め付けは二本の指の輪。近付く足音はーー
『っわがはいに、みられるーー』
「ただいま帰ったぞい…………おおぅ?」
見られる。朔間零に。そういうことだった。
☆
「まさか私物をわんこの自慰に使われるとは、飼い主冥利に尽きるというものじゃろうか……?」
晃牙の分まで焼肉弁当を咀嚼しながら、零はわざとらしく小首を傾げた。
「……ッ」
「クク、こんなにおっ勃ておって……犬には羞恥心なぞ皆無かのう……♪」
とぼけた風でも零は零だ。足下で正座する晃牙の屹立を、剥き出しの爪先で気まぐれに突いては撫でさする。晃牙が羞恥に耐えられずに身じろげば、赤黒く腫れた亀頭が容赦なく蹴り上げられた。そうして晃牙にまてをさせて、その先走りで指の腹が濡れているのを見て、整った顔に浮かぶのは悪魔の笑みだ。
「まあ我輩も? 長いことわんこに構わんかったのは駄目じゃったし? わんこをこんなイケナイ遊びに耽らせたのも、飼い主の怠慢じゃし?」
悪戯を思いついたような声音で殊勝なことを述べながら、零の足裏が亀頭をぐりぐり踏んで弄ぶ。
あぁこれは、とてつもなく嫌な予感だ。晃牙の野性の勘が告げている。
「覗き見のお詫びと言っては何じゃけども、我輩もわんこに恥ずかしい姿を晒してやろうかのう……♪ なに、手伝いは無用じゃよ」
空の弁当箱を机に放って、両足はソファに乗せる。スラックス越しでもわかるほど痩せた太ももの間から、嗅ぎ慣れた雌の匂いがした。
そうして膝を抱えた零が、クスクス笑ってこう謳う。
「我輩の一人遊び……そこで指を咥えて見ておれ?」
赤い舌で下唇を舐める恋人を見て、晃牙は夜の長さに気を遠くするのだった。