わん!だりんぐどり~む(1月2日未明)
晃牙は太神楽の舞台に立っていた。他の生徒も一緒だが、みな棒立ちになってざわついている。
晃牙もなんとなくソワソワするので何事かと思ったら、
「え~、それでは! 結果発表です!」
と司会が言い出した。
「新春かくし芸大会、みごと一位に輝いたのは――」
腕を取られて掲げられる。
「3年B組、大神晃牙くんです~!!」
ウオオォォォッ!!!
「――へ? 俺様?」
「そうです♪ 大神先輩、コメントをどうぞ!」
訳の分からないまま司会の友也にマイクを向けられる。お偉いさんも総立ちで拍手。
同期は呆れ笑いで、「まあ大神なら」「アレはヤバイよね~」と口々に言い合っている。
何したんだ俺様。と思ったが、ふと思い出した。あれか。
「俺様の『朔間先輩の大好きなところ100個挙げる』が優勝かぁ~! まっ、当然だろ♪ 朔間先輩はカッケ~からな♪」
「90個目に差し掛かっても淀みなく答えていたのが圧巻でしたね! 大神先輩もカッケ~です……☆」
「ふっふ~ん……♪」
「では賞品の授与です!」
舞台袖からやってきた制服姿に目玉が飛び出そうになった。
「朔間先輩!? 卒業したんじゃ!?」
「うむ、おぬしに会うために1日再入学したのじゃ♪ ちなみに賞品は……我輩の口づけじゃよ♪」
「いいいっ!?」
「ほれ、晃牙……ん~~♡」
先輩の顔が近づいてくる。みんな見ていようとお構いなしだ。
「うわああ待て待て待て! ま…………………………あ?」
「な~んて、おぬしの優勝に異議あり!じゃ」
目を開けると先輩が不敵に笑っていた。
「異議って……」
「おぬしはいつも我輩のことを慕っておるじゃろ? 隠し芸なのに隠れておらぬ! じゃからおぬしと我輩で頂上決戦じゃ♪」
ウオオオォォォッッ!!!
「わ、ワケわかんね~」
しかし外野はめちゃくちゃ盛り上がっている。晃牙も勝負は嫌いじゃない。相手が朔間先輩ならなおさら。受けるしかない。
やっぱ対バンだろと思っていると、
「テーマは……『恋人にしかしないこと』じゃな♪ これなら隠さずにはいられまい♪」
「はああ~~??」
「じゃあまずは抱き付き対決!ですね♪」
先攻の先輩が腕を広げた。間合いに入ってる。まずい。
「……ぎゅっ♡」
「うぅ……っ!」
先輩の腕力が、今日に限って優しく――恋人にするように体を包んだ。
あの先輩が。晃牙はそれだけでダメージを受けた。
匂いもヤバイ。花の蜜のような香りが胸の間であたためられ、晃牙の鼻腔をしびれさせる。
おもわず見上げると、とろんとした目で笑いかけられた。
耳元に唇を寄せられて、そうして――
「晃牙ぁ……もっとくっついて? おぬしの熱が恋しいのじゃ……♡」
「…………ッ!」
「嗚呼っ、さすが零! 萌え萌えです……☆」
おもわずしゃがみ込んだ晃牙を特徴のありすぎる笑い声が追撃する。
なんだアレ。なんだアレ! メタルのように高鳴る鼓動が晃牙の胸を荒れ狂う。らしくない。世界一カッケ~朔間先輩らしくない! でも先輩は甘々で、イイ匂いがして、妙に体は柔らけ~し、触れられた部分がひどく熱かった。いつも抱き付かれるときは、もっと強引で縄で縛られるより締め付けられて、なにクソこんちくしょ~め!ブッ殺す!って気持ちにさせてくるのに。こんなにふわふわカッカしたの、先輩らしくね~し俺らしくもね~だろ!
「ふふん、わんこには早かったようじゃな♪」
「なっ、なんだよクソが! 俺様も18だよ、早くね~よ……!」
「その割には耳まで真っ赤じゃが……ほれ、おぬしの番じゃよ~?」
ニコニコ笑顔で真ん前にしゃがみ込まれる。
目が合って死にそうになった。血のように紅い瞳が心なしか潤んでいる。熱っぽく見つめられると、ホントに恋人みたいで落ち着かない。
……先輩、恋人にあ~いうことすんのかな。恋人いんのかな。俺様はいね~けど、女はいいけど、先輩なら、そ~いうのにしてやってもいいけどな……。
「よよよよくね~よ!」
「怖気づいたかえ?」
「んな訳ね~だろっ! ぐぐぐ…………ぎゅっ」
おそるおそる先輩の背中に手を回す。どうだ。
お偉いさんの不満そうな溜め息。
「なんでだよ!」
「う~む、晃牙の不得意分野だったかのう~? 『あ~ん♡』対決ならどうじゃ? ほれ、あ~ん♡」
腕を引かれて立ち上がるや否や、どこからか出したスプーンを口元に差し出された。
「わ~んこっ、あ~んして……♡」
のっているのは苺プリンだ。それよりもっと甘くてトロトロの笑顔が、晃牙の口を待っている。先輩が俺を。
…………!
「ぁ、あ~ん……」
先輩の手が引っこむ。
「どうじゃ、恋人らしいじゃろう♪」
「…………」
あまりのことに絶句した。
なんて酷いヤツだろう。ちょっと照れながら口開けた俺様がマヌケみたいじゃね~か。
「自覚あるんじゃな?」
「ううううが~~! 口開けやがれっ!?」
スプーンを奪って突きつけたら首を振られる。
「ヤじゃ~、晃牙のはちと乱暴じゃよ~?」
「つ~かなんでそんなにやり慣れてんだよ!? だだだ誰かにあ~んしてんのかよう……!」
「さぁて、のう……♪」
「うが~~~~!!」
同期とお偉いさんに笑われながら先輩を追い回していると、変態仮面が先輩の腕をスッと取った。そのまま掲げる。
「では零が優勝ということで」
「3本勝負だよ! まだ俺様は負けてね~よ……!」
「ならばキス対決で〆ようぞ♪」
おぉっ!? と無責任な外野がどよめいた。
「おやぁ~? 照れてますねぇ~?」
「動揺しておるのかのう、うぶなねんねでもあるまいに。それとも……おぬしは『まだ』かえ?」
「う、うう、……っ」
愉快そうに上下する先輩の両肩を、勢いよく掴む。
紅い目が瞬いた。晃牙の顔を見て、躊躇った後、ついと逸らす。なめらかで触ると柔らかそうな頬に、ほんのり赤みが差す。
顔は背けたまま……。窺うように視線を寄越した先輩は、拗ねたみたいな顔をした。いつものどこか大人びた微笑がなくなると、戸惑いが先輩を幼くする。
唇がツンと尖って晃牙を待つ。少しほどけてきゅっと結ばれる。弓張月……嬉しそうな形。
「……するのかえ?」
「うぐ……ッ!」
す、するに決まってんだろ! 華麗にキスして、俺様が勝つんだよ!
キキキキキスしてよう!
覚悟を決めた様子でまぶたを下ろした先輩の、切なく寄せた眉間が見てられなかった。ン、と捧げられた唇は晃牙が屈まなければ届かない。そこで初めて、背を追い抜いていたと気付く。
先輩、キスしてい~のかな。い~んだよな。待ってるし。でも、恋人じゃね~けど、と晃牙は思った。でも、認められてるし。隠し芸。隠し芸で先輩に認められたし。あれ? 認められてね~っけ? でもすげ~先輩かわい~し、恋人にして~し。ここでキスしたら先輩恋人にできるかもだし。
順番が違うだろ、とツッコまれても止まらず、先輩の唇を塞ぐ。
「…………ん…………」
――やわらかい。
まず感じたのが、唇のやわらかさだった。
――モフモフする。
モフモフ具合も感じた。
先輩の唇は柔らかくてモフモフしてて、なんだか妙にかぐわしい。花の蜜じゃなくて、なんかこう、香ばしい。獣のニオイ。そうケモノだ。さらに言うなら犬。わんこ。
先輩の後頭部も撫でた。フサフサした。艶のある癖っ毛とは違う感触。直毛。短い。えっ先輩いつの間にショートにしてんだよ、聞いてね~ぞ。見てね~し。先輩の出てる雑誌も番組もコンプしてんのに。慌ててまさぐるとくねられた。くねる? うなじに手を這わす。長い。太い。
先輩めちゃくちゃ違わね~か? いや俺様どんな先輩も朔間零だって思うようになったけど、意地張らなくなったけど、ぜんぜん違わね~か?
晃牙は薄目を開けた。キスする前に閉じるのがマナーだったからだ。
キツネ色が飛び込んできた。こんがり、食パン色をしている。
――なんだよ、先輩じゃなくて食パンかよ。
晃牙はため息をついて食パンを抱え込んだ。安物なのにむちむち身が詰まっていた。あ~やっちまった。腹減りすぎて台所から持ってきたのかも。いやしすぎだろ。食いしん坊かよ。
クゥ~ン……と鳴いた。食パンが。物悲しげに、そうして震えた。
「…………」
体を離す。
「……クゥ~ン……」
「……マジかよ」
レオンのお尻が、晃牙の目の前で震えていた。