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- 2015/01/17 19:55
- カテゴリー:その他
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聞き分けの良い子だった、とココは己の過去を振り返って言う。
聞き分けが良く、欲しがりもせず、何物にも満足してみせた。四天王の中ではいちばん育てやすかったんじゃないかな。
そんな独り言には大きすぎる呟きを、タイランは相づちひとつ打たずに聞いている。多くを語らぬ優男が、己の掌の下で身の上話をするなんて、これが初めてだったからだ。
ジダル郊外のタイラン宅が、タイラン主催の「デトックスマッサージ」の会場だった。どんな毒が出てくるのかよく見ておきたいとの主催者の意向で、頭上の明かりは白色灯。念のための空気清浄機が大げさな音を立てるほかは、施術は静粛に行われる。たまにぽつりぽつりと交わされる会話も、最近のグルメニュースや毒関連の話題ばかりだ。ひたすらタイランはありとあらゆる毒抜きのつぼを指圧し、ココは施術台代わりのベッドにうつぶせになってそれを受ける。それが常だった。
だからどんな顔で「聞き分けの良い子だった」などと言っているのか、タイランからは窺えない。けれど息を吐くついでのような小さな声は、妙にふわふわとして聞こえる。デトックスが進んで何か違うものでも回ったのかもしれない。四獣討伐祝賀会で「ボクの毒も抜いてみるかい?」などと安い挑発をしたときも、この男は酒精に負けて赤ら顔だった。あれから一年、不定期のデトックスマッサージは芳しい効果を見せなかったが、ココの心の壁は少しずつ壊していったのだろうか。
タイランが続きを促すように指圧をかけると、じわり、と暗色の液が滲み出る。タイランはカウンセラーではない。しかし独白だけでデトックスが進むならば、耳を傾けないはずがなかった。
「みんなわがままだったなあ……」
遠い目ならぬ遠い声で、ココが昔を振り返る。
みんな我が強かったから、おいしいものは取り合いになった。あんまりこういうのよくないよなあ、なんて子どもなりに気を利かせておとなしくしていたら、3人はそのまま喧嘩してたっけ。取り合いか三等分が基本で、たまに四等分。だからトリコがボクを気遣って「オイ、ココに食べさせようぜ。いつもエンリョさせてるし」って言い出したときは、コイツ大きくなったなあ、ってビックリしたな。遠慮しすぎてもみんなに悪いとわかってからは、ボクも取り合いに参加して、会長にゲンコツ食らうことが多くなったけど。トリコのたんこぶが一番大きかったなあ。あんまり痛そうにするから、いたいのいたいのとんでけーって冗談で言ったら、「オマエのたんこぶと交換してくれ!」って言われてさ、交換してどうするんだって。トリコは馬鹿ばっかり言ってたなあ……。
軽やかな声色に誘われたように、タイランの脳裏に四天王の姿が浮かぶ。子どもの頃が想像できないような面子ではない。頭身を縮めればジダルにもいそうな喧しいガキが目の前で取っ組み合いの喧嘩を始める。ゼブラがサニーの長い髪を引っ張り、サニーは泣きながらトリコの腹を蹴る。トリコは大きな犬歯でゼブラの腕に噛みついたに違いない。そしてココはそれを子どもらしからぬ落ち着きで眺めていたのだろうか。特に、……あの青い髪の美食家を、熱い眼差しで。
指圧に酔ったらしいココは、施術台の上にとろとろと毒素を垂らしながら、自分の我慢エピソードをいくつも並べ立て始めた。朝食のハムステーキをトリコに譲ったこと。寝ているトリコの枕元に欲しがっていたライチーズの実をたくさん置いたこと。メガギガロースの切り身の大きい方をトリコに渡したこと。トリコトリコトリコ……ココは自分がひとりのことしか話していないとは気づかない。舌先で大好きな飴玉を転がしているみたいに、甘く、優しく、楽しそうに。たった3文字の音に、愛しさが溶けている。
ふと、タイランの指先が毒で滑った。適度な圧をかけられていた肌は、いつの間にか汗よりも粘度の高い毒で覆われている。爪先から頭まで黒々とした膜に包み込まれて、ココはまるで何かから己を庇うように、毒の中に閉じこもった。
低くかすれた声も、夢心地のそれから追いつめられた獣の鳴き声に近づいていく。
「だから、欲しがるのは形だけだったし。
大人になって、欲しい物ができても、ボクは欲しがらなかったし。
手に入らないと分かったら、聞き分け良く従ったし。
だから」
『トリコの幼馴染』で満足しようと思ったのに、できないんだ。
※
ココはいつものように水を飲むと、何も言わずに帰った。
マントに覆われた背中が小さく小さくなっていくのを、タイランも何も言わずに見送る。
毒色の抜けない指先を擦り合わせながら、タイランの心は上の空だった。
どうしてかなあ。
そんなだからかなあ。
昔欲しがっていれば、駄々のひとつでも捏ねていれば、手に入ったのかなあ。
そう笑ってひとりごちたココのもの悲しい声が、タイランの耳にこびりついている。
寝転び微睡んだ男のうわ言だと思えと、ココの震える背中が語っていた。
施術台に広がる毒は、涙模様だった。
タイランは思う。
未だココの指から欲しいものは零れ落ちていない。
駄々を捏ねるまでもなく、ココが少しでも両手を握れば、いちばん待ち望んだものを得られるだろう。
トリコはココを諦めていない。ココがそれを信じられずにいるだけで。
だが、誰がそんなことを教えるだろうか?
獲物に親切をするほど、タイランは優しくも聞き分けが良くもない。
毒料理人は丹念に丹念に仕込みをした。料理大会で臨時コンビを組むのも嫌がるほどの相手を、たった十本の指で身も心もほぐそうとした。今まで指圧は芳しい効果を見せなかったが、これからは転がり落ちるようにココを絆せるだろう。
青髪の美食屋の掌にいた獲物、今やタイランの紫色の指先にかかりつつある。
掴んだ獲物は拳を固く固く握り締めて、逃がさない。
タイランもまた、聞き分けの悪い大人なのだ。
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