12月
・恒例のNCWPタッグトーナメントが開催。話題は野村・鈴木組の新生NCWP叩き上げタッグチームととプロレスリングFの伊武・那須組に集まったが、両者の対決は準決勝で野村組の勝利に終わる。
優勝はその野村組を破った刈馬・佐倉組。佐倉涼介は同大会初優勝を飾った。
・NCWPの創設者であり、旗揚げ以来社長を務めた仁村賢利が社長の座を式島和也に譲ると発表。レスラー生活は引退せず、スポット参戦で現役を続けるとのこと。
・来年一月より式島を新社長に据えた新しいNCWPがスタートする。
11月
・元プロレスリング・フェンリル(以後プロレスリングF)の若手選手、伊武鷹晴(いぶ
たかはる)と那須善春(なす
よしはる)の二名がNCWPデビュー。
NCWPで受け身をあらためて仕込まれたという二名は、上々のファイトで、ファイヤーS組を粉砕しての白星デビュー。坂田と刈馬のチームビシャスに所属となる。
・しかし、その二人以上に注目されていた氷上龍斗の後継者と言われる長身2mの山縣彰人(やまがた
あきと)は、怪我の影響でNCWPデビュー戦は来年にずれ込むとの事。
・荻原光太郎の引退シリーズと題された今ツアー。荻原は全試合出場を果たし、シリーズ最終戦にて、引退試合が行われた。
・引退試合のカードは本人の希望により、荻原&刈馬組
対
式島&内藤組に決定。先月のタイトル戦に続き、荻原は最後の最後まで、トップレスラーとしての過酷な戦いを望んでいた。

・引退試合とはいえ、荻原の試合巧者ぶりは衰える事はなく、試合は互角の攻防が続き、20分過ぎには盟友であり好敵手であった式島に最後のノーザンライトブレイク(リバースノーザンボム)を決めた。しかしニアロープ。

・試合のフィニッシュは、試合の権利のない内藤が放ったサンダーファイヤーボム。最後は式島がフォールし、荻原の19年のレスラー人生の幕がここに下ろされた。

・荻原は満員の会場で最後の挨拶を行い、「みんな、ありがとう。今までの応援に心から感謝しています」と話し出すと、すぐに涙で言葉が続かなくなった。
場内から"オギワラ"コールが巻き起こる中、「今のファンの中には、俺の事をあまり知らないファンも多いと思う」「ここへ帰ってきたとき、90年代のNCWPとは別の団体だと感じていました」「でも、途中でわかりました。NCWPはあれからここにいる刈馬や式島が作り上げてこうなったんだって」「今まで応援、本当にありがとう!
これから先、NCWPはどうなっていくのかわかんないですけど、これからも応援よろしくお願いします!」と団体への愛を引退の言葉とした。
・後日、雑誌の取材の応じた荻原は、これまでのレスラー人生を振り返った。
(ロングインタビュー)
10月
・10月1日に創立26周年記念のさいたま新都心アリーナ大会が開催。
・昨年は半分程度しか埋まらなかった会場も、今年は大入りで、会場には27000人を越す観客が詰め掛けた。
・注目度ナンバーワンの試合はやはりメインイベントの世界王座戦。
・新皇杯優勝の刈馬 対 世界王者
式島の一戦は、新規古参を問わず、全てのNCWPファンが期待するカードであった。

しかし、蓋を開けてみれば、試合は刈馬の圧勝。
刈馬は、恩師、氷上龍斗の為にも負けられない。その気迫は並々ならぬものがあり、王者式島は終始劣勢のまま徐々に追い込まれ、刈馬の凶悪スリーパー、ブラッディウルフホールドの前に敗れ去った。
・試合後、敗れた式島は言葉を濁しつつも、「悔しい。オレと刈馬とでは、試合に臨む集中力が違ったように思う」「刈馬は今までの刈馬とは違って見えた」「言い訳はしたくないが、オレは鈴木に振り回されて、刈馬がどれだけ真剣にこの試合にかけていたかまで気がまわっていなかった」「氷上さんが亡くなった事で、アイツが初めて、NCWPを背負うつもりになったんだと思う」「試合の結果よりも、タイトルマッチに臨む姿勢で負けていた事が一番悔しい」と刈馬を讃え、自身への反省を口にした。
・一方、勝利を収めた刈馬は、「勝てた事が素直に嬉しいよな」「この試合は新皇杯と同じぐらいのプレッシャーがあった。まだ緊張が解けねえよ」「これだけ苦しんだのは初めてだ」と、氷上龍斗の弟子としての重圧が大きかった事を強調。「最高の内容にはならなかった?
それだけ俺の方が強かったって事だろ?」「このベルトが俺に戻ってきたのは、氷上さんが天国からくれた贈り物かもな」と最期はガラにもない言葉で締めくくった。
・刈馬は、翌日にあらためて会見を開き、「まずは式島のベルトってイメージをぶっ壊す」「式島と内藤はこれでぶっ倒した」「防衛戦は、国内じゃ弾と野村だろうな。他はガイジン相手に防衛して、最後に内藤だ」「内藤まで防衛して、もう一回式島とやる頃には、俺も氷上さんに近づいているんじゃないかって期待してる」と防衛ロードへの展望を口にした。
どの言葉にも、刈馬からの師匠氷上龍斗への熱い思いが感じられ、師弟の絆の深さを物語っていた。
・その他の試合では、WWC世界タッグ王者桧山&石和組は、ビート&スチーム組に破れわずか一ヶ月で王座から転落。世界タッグのベルトは海外へ流出した。
・統一クルーザー級王座は佐藤が鈴軒を破り、二年ぶりに王座を奪回。
・NCWP東洋王座戦は、来月に引退を控えた荻原を挑戦者に迎え、チャンピオン坂田が得意のサムソンクラッチで王座を防衛。荻原は最後の夢であったNCWP王座の獲得に届かなかった。
9月
・NWC時代から数えて26年、NCWPと社名を変えてからは11周年に当たる記念のシリーズが開幕。最終戦の創立26年大会は、月をまたいで10月1日に行われる。
・今シリーズで話題をさらったのが、鈴木タカシと式島の因縁。鈴木は事ある毎に、式島に食って掛かり、記念大会を前に、式島の周囲は荒れた雰囲気になった。

・シリーズ中盤で、両者のシングルマッチが実現。「創立記念大会に出られなくしてやる」と息巻く鈴木に対し、式島は「よくある売名行為だろう」と切り捨てた。

・試合では、鈴木の思惑は空回りし、ベテラン式島の独壇場に。最後はイングラムプラントに入ると見せかけてのフロントネックロックで決着。式島にしてみれば、この技はフェイントの繋ぎ技のようなもので、中堅レスラーと世界王者の実力の差を見せ付けた格好となった。

・創立記念大会のセミファイナルの座を賭け、WWC世界タッグ戦が行われた。

・内藤・塚間組は、まさの王座転落。昨年創立記念大会のメインを務めた内藤は、今年はセミファイナルの出場権も逃した。
・また、先月まで二冠を保持していた塚間は、ここにきて無冠に転落。昨年末からの快進撃も失速し、体調面での不安から、記念大会の参戦すらも見送られる事となった。
8月
・夏季休業を挟み、8月の海外遠征シーズンが到来。
今年は、NCWPのアメリカ遠征が雑誌で取り上げられた欧州への遠征が行われる。
・地元団体の興行の一角を借りるという形であったが、全ての試合がファンに支持され、期待がもてる興行となった。
・中でも最も評価されたのが、メインイベント。内藤と式島が組み、刈馬とアメリカの超有名レスラーであるケリィ・ロジャースとのタッグ戦では、ほぼ全ての観客が大熱狂。式島組が勝ったが、試合後は全選手がスタンディングオベーションでの大拍手を受け、"N・C・W・P!!"コールに加え、"ニッポン"コールまでもが巻き起こった。

・一方で、地元ヨーロッパの英雄的存在でありながら、欧州遠征でメイン戦からはずされたマーキス・ウェリントンは、不満を爆発させて『NCWPから距離を置く』と、契約解除をたたきつけた。
仁村社長は事実上の退団劇にも、彼の評価を変える事はなく、「彼の実力は高く評価している。出来ることならいつかまたフリーとして参戦してもらいたい」と非常に冷静な対応で問題を締めくくった。

7月
・夏の九州・沖縄大会では、昨年末に怪我で欠場した坂田が復帰。
いきなり30分を超える死闘を繰り広げ、ファンの度肝を抜いた。坂田は氷上よりひとつ上の49歳だが、まだまだ現役であり続けるつもりのようだ。
・一方、統一クルーザー級選手権試合では、王者塚間がNCWP最小のレスラー鈴軒に破れ王座転落。
5月の井上戦に続き、若手に苦戦する塚間の姿は、時代の流れを感じさせる。

・この鈴軒の勝利は、鈴軒の実力よりも、塚間の衰えによる所が大きいというのが、ファンやマスコミの見方だ。鈴軒のファイト自体は好感されてはいるものの、王者としての真価は防衛戦で試される事になるだろう。
6月
・NCWPの象徴とも言うべき、WWC世界王者式島和也が怪我から復帰。徐々に試合数を増やし、体調を整えた後、秋のNCWP11周年大会で新皇杯優勝の刈馬雅史との世界王座戦が決定。新生NCWPの最高のカードと言われるこの対決に、早くも関心が集まった。

・復帰戦で式島は仁村社長と組み、桧山・石和の正規軍タッグと対戦。復帰戦を白星で飾り、秋の決戦に向けてはずみをつけた。

・一方、式島の復帰を前に、メインイベンターとしての地位を固めつつある内藤は、アメリカ遠征でシングルベルトを奪取。

新皇杯で刈馬に敗れた事が良い方向に進み、復帰後の内藤を快く思っていなかったファンの心理も、落ち着きを見せはじめてきた。
さらに内藤は、その類稀なる向上心で、昔の内藤を知らないファンの心までも掴みつつある。
内藤の人気が再燃するのは、時間の問題なのかも知れない。
5月
・仁村社長が、NCWPのアメリカ進出を宣言。内藤の復帰もあり、国内での団体人気が落ち着いてきたため、プロレスの本場アメリカにケンカを売ると宣言。アメリカでの日本ブームにいち早く便乗し、ファンの拡大に努める構えを見せた。

・五月の第一弾アメリカ遠征で、最大の衝撃を与えたのが、若手の井上。統一クルーザー級王者塚間のベルトに挑戦し、フルタイムドローの大健闘。その必死のファイトは、アメリカの観客を感動させた。
4月
・2006年新皇杯が開催される。
世界王者式島が怪我で欠場するため、今大会はm世界タッグ王者内藤隆広が本命視されているが、その対抗馬として名前が挙がるのが刈馬だった。
1月に急死した、氷上龍斗の一番弟子である刈馬は、この大会を絶対に負けられない戦いだといい、レスラー人生を賭けて望むと公言している。
・初戦で野村との対決を制した刈馬は、準決勝で宿敵清水を凄惨なまでに叩きのめして、病院送りにし、その勢いのまま決勝へ駒を進める。

・一方の内藤も、初戦の一草に続き準決勝で瀬田を相手に完勝し、氷上龍斗の後を継ぐのは自分だと強さをアピール。
刈馬を10年に一人の優れたレスラーと認めつつ、自分はその上を行く、20年に一人の天才だと言い切った。
・内藤対刈馬の決勝戦は、優勝に向け鬼気迫る刈馬と、それに屈しない内藤の壮絶な試合となった。



・この激戦を制したのは刈馬。6度にわたる高角度パワーボムで内藤を粉砕。パワーボム合戦の末に内藤のサンダーファイヤーに打ち勝ち、優勝トロフィーを天国の氷上龍斗に捧げた。
3月
・王者組の都合で1月に開催されなかったWWC世界無差別級タッグの防衛戦が今月行われる。挑戦者は2005年NCWPタッグトーナメント優勝の式島・塚間組のはずであった。
・しかし、荻原に引き続いて式島もケガで欠場。今シリーズのみならず、来月の新皇杯も絶望的となった。

・式島の代役として、塚間のパートナーに内藤隆広が抜擢される。これしかないという人選ではあったが、昨年二度にわたって式島と大舞台で対戦した内藤が代役になるというのもなんとも皮肉な話である。

・内藤・塚間組は、4年ものあいだ王座に君臨し続けたビート・スチーム組を撃破。
最近の塚間の活躍は目を見張るものがあり、NCWPジュニアの生ける伝説は、その伝説に新たなページを加え続けている。
2月
・アメリカ遠征で、坂田の持つNCWP東洋王座に前々王者の野村が挑戦。
時代の針を進めるためにも野村は勝たなければならない試合であった。

野村はアルゼンチンバックブリーカーで坂田の腰を粉砕するも、坂田はギブアップせず、最後はスクールボーイで防衛に成功。
・坂田は次の防衛戦の相手に仁村社長を指名。早ければ五月にもタイトルマッチが行われる事になる。
2006年 1月
・正月明けの1月8日。氷上龍斗が腎不全のため死去。享年48歳の若さであった。
・氷上の死後、プロレスリング・フェンリルは内紛が起こり、解散する。いくつかの新団体が生まれ、小規模ではあるがプロレス界も様変わりし始めた。
・氷上が存命中の3日に、NCWPでは新年初興行と共に2006年のキャッチコピーが掲げられ、今年は『プロレスSAIKO』が1年間のキャッチコピーとなった。
"SAIKO"には、再興や最高、再考と言った幅広い意味が込められており、NCWPには珍しい若者らしいフレーズが例年にない特徴である。
・年末タッグの激闘もあり、荻原が古傷を痛め入院。完治が難しい事から、荻原は引退を決意した。

・氷上に続いて荻原もプロレス界から去る事になる。毎年の事だがNCWPの新年は暗いニュースで始まる事が多い。
・追い討ちをかけるかのように、ロシア人のシャビコフが乱闘事件を引き起こす。

・しかし、一方で、荻原の引退が決まった事もあってか、2005年の年末タッグトーナメントのDVDは過去最高の売り上げとなる。

・1月の目玉大会として、スポンサー主催のオープン大会が開幕。今年はルチャ系の国内団体とNCWPのジュニア選手が主体となり、優勝カップを目指して戦った。
(ファイナルファイプロ)