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・・・・・・。


それから一体どれだけの月日が流れただろうか。

世界は無限の広がりを持ち、魔王の軍勢は潰えるどころか勢力を増していた。

地平をさえぎる魔物の壁。降り注ぐ星々。いやらしく見下ろす月。

休まるヒマなどまるでなかった。

世界の全てが、ミスラ達の敵となった。



――あまりにも静かな夜。

その日ミスラは、まっさらなベットの中でまんじりともせず寝返りを繰返していた。
違和感に気づいたのは、誕生日にアルから貰った魔法の時刻盤が、まったく機能していないことを知った時だ。

いつもなら夜によく響く、7層遺跡城の駆動音もしなかった。洗いたてのシーツの白さが、空間ににじみでたようだった。

「ミスラ様でございますね?」
「ん…?」

まさしく白いモヤが、思ったとおりに染みだして人の形をつくる。その姿、いわゆる一つの巫女装束。

「我が主がお待ちでございますわ。お仕度をなすってくださいまし」
「ん、わかった……」

ミスラはもぞもぞとベットから這いだして布地に袖を通していく。その間ちんこが丸出しなのは仕方がない、勝手に部屋に忍び込んでくるほうが悪いのだ。

「場所はどの辺になるの?」
「旧ルルカナン。あなたの故郷ですわミスラ様」

そうして伸ばされた白い手に触れると景色は一転、ミスラは夜空の下にたたずんでいた。



このルルカナンの地を、魔物たちから開放したのはいつの話になるだろうか。ミスラはもう、正確な年月を忘れていた。その時はまだ、ザクロ団という呼称を使っていたはずだ。

「一緒にこないの?」
「わたくしはここまでで失礼いたしますわ。……我が主を、よろしくお願いいたします」

三貴神グルボロスはそのまま、夜の闇に溶けいるように姿を消した。ミスラは歩きだす。

丁度ミスラがこの町を放りだされた日も、町中には人っ子一人いなかった。死にゆく人間に触れることは縁起が悪いとされていたからだ。だがミスラはこうして生きている。では彼女等は、一体何を怖れていたのか。川べりの木々だけが、その頃と変わらず枝を垂らしていた。

城門を越え、玉座の間へ。女王の畏敬を示すための巨大な門は、コケがむしていた。

この先に魔王がいるのだ。さびついた扉が軋む。

吹き込んだ風が、黄金の髪を揺らした。



「オーゥ!やっときたのダ、アラセ!」
「……、……?」
「どうしたのダ?ちこうよるのダ、ホレホレ」
「……う、ウーテ!?」

近藤ウーテ。天才プログラマー。
プログラマー?それはいったいはたしていったい……

「どうだったのだミスラ?デスブリンガー2は。楽しかったカ?」
「…な、…な、…なんでウーテがここに…?」
「やっぱり寝ぼけてるのダ。いいからこっちにきてサッサと座るのダ」
「いて…こ、コラ、ひっぱるなウーテ…ウーテ?…お前ホントに……」
「マッタク困ったアラセなのダ。死んだじーちゃんより手間がかかるのダ」
「説明しろ…ウーテ!オレはもう、なにがなんだか……」

天才少女はため息と共に一言だけ告げてのける。それはミスラにとって死の宣告に等しいものだった。



「しっかりするのだアラセ。いい加減、ゲームのお試し期間は終わったのダ」


・・・・・・。


「なんてジョーダンは置いといて、なのダ」
「………ビックリした」

当然である。ミスラのヒザの上にちょこりと座るこの娘、ミスラが混乱しているのをいいことに、実はこの世界は自分の造ったゲームの世界なのダなどと弁舌さわやかに語るものだからミスラは発狂しかけた。

「んで、アラセ結局どこまでわかってるのダ?」
「半分くらい…なんか頭がモヤがかってる」
「ンー、マオの毒気が抜け切ってないのダ」
「うーんうーん…」
「シャーナイ、アラセはバカだからウーテ先生がイチから教えてやるのダ」
「うん、お願い…」
「アラセ、ガム食うか?」
「…もらう」

ミスラは玉座にぐったりともたれながら、改めて少女を見る。

長い金髪に巻き毛。つりあがった眼の色は茶色がかった黒色で、それと同色のワンピースからはピンクのぱんつが覗いている。
バタバタ暴れるから丸出しになるのだ。指摘したところで隠す気なんぞないらしく、メンドくせーのダ、の一言ですまされる。

みかんを抱き潰したような体臭のなかに、甘味の甘ったるいにおいがまざった。
もにゅもにゅとガムを噛むほどに、ミスラがアラセであり、アラセがミスラであるという事実が、疑いなく自らに浸透する。

不思議な感覚。

「”竜の卵”は覚えてるかアラセ?」
「うん、みんなでひきこもった時のやつだろ、精神と時の部屋みたいな……」
「仕組みは覚えてるカ?」
「ゼンゼン……」

「あれはこういうことナノダ、宇宙をミクロの方向に拡大していくと、我々の宇宙と同等の物理定数を備えた領域に突入する。そこで我々の宇宙の、例えばアラセならアラセを構成する素粒子と同等の振る舞いをする、素粒子と同等の性質を備えた物質を卵の世界でかき集めてやれば、アラセはアラセにとって素粒子以下であるところの卵の中にワープできるのダ」

「うんうん」
「つまりこの世界は竜の卵のでっかいバージョンなのダ。あっちはせいぜいが教員棟くらいのシロモノ、こっちは星どころか宇宙まで備わってるのダ。ンデ、ウーテが責任者だから、昔つくったゲームからとって”デスブリンガー”って呼んでるのダ」
「なるほどなあ…」
「あ、コイツなんもわかってネーのダ」

ウーテが、糖分でべっとべとの口で、二の腕に噛みつく。やはりその周辺はべっとべとになった。

「んにゃー…どっから説明してやったらいいノダ…」
「あれじゃない?竜の卵をでた後から順番に…」
「そうなのダ!そういや全部リラが悪いのダ」

ウーテの憤りはそのままミスラに。もといアラセに。
いわゆる対面座位の格好で、少女はぎゅーぎゅーとアラセを抱きしめる。傍から見たらはいっていると思われてもおかしくない。

「アラセアラセ」
「ん?」
「困ったことにウーテは天才なのダ」
「うんうん」

「だから竜の卵を見ただけで大体の仕組みがわかってしまったのダ。んで、それをネタにゲーム作ってやろうと思ったのダ」
「ふんふん」
「コッソリやりたかったからモリアにお願いしたのダ。そんで施設とスタッフだけ借りて2週間くらいでこの世界のプロトタイプを作ったのダ。したら当局が踏み込んできてなんだか知らない内に逮捕されちまったのダ」
「んな…」

「すったもんだの挙句に、最終的には総統閣下にお説教されてしまったのダ。いわくキミの使っている技術は国家機密がどうとか、そんなモンしらねーのダ、リラがよくてなんでウーテがダメなのダ」

にゃーにゃーと暴れるウーテ。話が脱線し始めていた。

「ただ結果的に、ウーテがデスブリを作る過程で、どうにも他の世界と接触してしまったみたいなのダ。向こうから交信がきてしまったのダ」
「ほ、他の世界?」
「ウーテ達の世界、竜の卵、デスブリンガー、それと同じ振る舞いをする世界がこの世にはいくらでもあって、中にはウーテ達と同じように文明を築いている者達がいるのダ」

「んお…うん。…え?待ってくれ、それ、ドコにあんの?その辺飛んでんの?」
「そうともいえるし、こっちが飛んでるともいえるのダ」
「大きいの?小さいの?」
「どっちともとれるのだ」
「いや…よくわからんけど、ぶつかるんじゃないの?」
「ンニャ、隕石の群れが怒涛の勢いでこの星を飲み込む確立の方が遥かに高いのダ」
「そ…そういうもんか」

「もとい、ところがもって国の上層部は頭デッカチの保守派が多勢を占めているのダ。ヤツラはネブルアシアの権力にアグラをかいて、バカみたいな他国を支配してればそれで満足だったのダ。波などイラン、改革不要、保身全開。自分達と同等の技術をもった連中は好ましくナイというワケ、要するに老害なのダ、処女のクセに」
「うんうん」
「結果的にそいつらを押しのけて車輪は回りだしてしまった。ヨカッタことは大した争いが起きなかったことなのダ。世界は交流を始めた。その一つの結果として、ウーテは総統閣下にデスブリを完成させろと仰せつかったのダ。あの人は良くワカッテるのダ、若いのにナカナカ…」

「ウーテウーテ、脱線してる」
「きゃぅ…!く、くすぐったいのダ…そんで、ナンダッケ。そうダ、つまりこのデスブリの世界でいっちょ、いろんな世界の人間を集めて共同生活してみよう、最初はそういう試みだったのダ」
「ん?ん?つまり…なんぞ、例えばザクロねーちゃんやカリンザは元々別世界の住人で…それを集めた…?」

「そうなのダ」
「え?え?でもだって…みんなこの世界で生まれたり…死んだりしてるよな…オレの…ミスラの生まれたルルカナンは……」
「それは安全装置がかかってるからなのダ」
「え?」

「この世界はテストケース。人死になんて困るのダ。生まれてもらっても今は困る。余計なイザコザはなしにしたい。総統が目をつけたのもソコ、ウーテの作ってたデスブリはまさにうってつけだったのダ。この世界は登録された人間の精神、魂のバックアップを常に外部に保存してイル。もし死んでも、世界の中で必要な肉体が生まれれば、そこに魂を入れ込んで転生の完了。元の世界に戻れば、元通りの肉体に、成長した分の精神の要素を混ぜるだけなのダ。恒常的な肉体は精神の成長を妨げるからこれはまァ、仕方のない措置なのダ」
「……な」

「もうチットわかりやすく言うノダ。まずデスブリという大きな容器があって、その中に生命のスープが満ち満ちていると考えるのダ。一人の人間をデスブリの世界に登録すると、その人間と同じ振る舞いをするスープがかき集められて、肉体と精神を形作るのダ。肉体はあるがまま、一方で精神は常に世界に外付けされた”卵”にマーキングされて、逐一情報をやりとりしているのダ。これがバックアップ。対象の肉体が滅びると”卵”は待機。新しいよりしろが精神を受け入れる段階に達すると、用意していたスープ、つまり精神を混ぜ込んで転生を完了させるのダ。ダモンデ、魂が世界からこぼれてもれるなんてことは絶対にない。なるほど、デスブリを形作る元もとの世界が、魂に干渉することは十分にありえるのだ。っていうか、それこそが精神の成長なのダ。でもその部分は一番気を使った、魂の総量は世界の中で常に一定に収まる…他のスープは余計な振る舞いをしない……そのはずだったのダ」

「まて…まてまてまって…ウーテ!!」
「ン?」
「な…なんかさっきからとんでもないこといってないか…?魂のバックアップとか…そんなんじゃあまるで…」
「なにをいってるのダいまさら」
「い、いやだって…それじゃあまるで人間の尊厳が…」

「アラセ、トピアは好きか?」
「え?トピア?そ、そりゃ…オレの嫁だし…」
「トピアは人間が造ったのダ。人間が造った人間なのダ。つまり人間が人間を造るなんてことはもはや不自然でもなんでもナイ」
「うあ…そ、そんな…でも…」

いいたいことが分からなくなってしまった。これならまだ、ゲームだといってくれたほうがマシだった。

「アラセ、アイーサウルベンは習ってきたか?」
「なんぞそれ…あー、あれ、あの…世界はぐるぐるどうたらこうたら…」

「ウーテのじーちゃんのじーちゃん世代の話なのダ。あるところに神は死んだとのたまった変態がいたのダ。それは神の存在を当然と考えた当時の人々に多大なショックを与えたのダ。オカーチャンにあんたは私の子供じゃないっていわれたくらいショックだったのダ。しかしそれは皮切りに過ぎなかった。すぐに空間の存在が否定された、世界は入れ物ではなかった。時間が死んだ、世界に柱時計はかかっていなかった。物質は確率的にしか捕らえられなくなり、あれほど確かだった死ですら、ふやけた紙にえんぴつで書き込むくらい不確かな輪郭線に、変貌を余儀なくされたのダ。トピアの存在が決定打。この世に確たるわたくしなどというものもなく、人間なんぞ何様でもない。今ではもう、”この世”などというものすら存在があやうい段階…そう、真理を崇めたがるのは人間の悪いクセでしかなかったのダ、どっかのおっさんがいってたのダ」

アラセはぐらぐらしながら聞いていた。なにをいっているのだこの娘、クビでも締めてやろうかなにをバカな……

「それじゃあオレは…オレの存在はなんなんだ……オレの魂が…どっか他にバックアップがとってあるって…?そんな…」
「アラセがこの世界にいる間だけなのダ」
「死んだら生き返るって…そんな…」
「アラセ、苦しいのか?」

「なんか……なんていったらいいのか…」
「イヂめるつもりはなかったのダ…心配スルナ、人間生きてりゃ、1回2回は精神がボロゾーキンになって死ぬのダ」
「うーんうーん…」

「そうなのダ、アラセみたいのがいるから今、世界のムーブメントは死んでいった真理たちを再び作り直す方向に進んでいるのダ」
「ふへ?」
「手始めにみんなで神様を造ることになったのダ。それがアイーサウルベン。世界があまりにもふにゃふにゃだから、とりあえずアラセを中心にまわすことにしたノダ」
「ノダって…ああ…ああそうか…」

単純なアナグラムではないか。

「よろしくなのダ、神サマ」
「…サラエって……オレのことかぁ……」


・・・・・・。


「話を戻すのダ」
「うん」
「ち…ちょっとドコ触ってるのだアラセ…ゃう…」
「ぬははは、オレは神だぞ、かしずけ」
「ゃ…だめ…バカ…」
「もとい、続けるのだウーテ」
「や…ん。だんだん地がでてきたのだコイツ…コホン。……ア、アラセはアホだけど神サマなのダ。ウン。だもんで、とりあえずデスブリにはアラセ以外にヤロウは置いてないのダ」
「え?」

「国の上層部はエデン計画っつってるのダ。センスのカケラもねーバカ共なのダ。デスブリだっつってるのに人のゲームを……」
「まてまてウーテ!…え?いや…男…いたけど…ルルカナン…」
「ん?まだ混ざってるのカ?丁度ホレ、そこに転がってるのダ……」
「な…こ、コレ…」

「わかるかアラセ?ミスラが何を見ていたか覚えてるカ?」
「あ…うえ…コレは…」
「お手伝いロボのロビ太君なのダ。当然生殖能力はナイ。ただ、自分達で自分達を造れるからほっといても常に一定数は稼動するのダ」
「あが…うあ…でも、オレ…オレは…ああ!?…ダメだゼンゼンわからん…オレ…つまりミスラにもかーちゃんがいてだな…他のみんなにも…」
「だからそれ全部アラセがシコんだのダ」
「は?」

「この世界でチ○コがあるのはアラセしかいねーのダ。アラセはサラエ、デスブリンガー世界の良識のあるオトナなら、一般常識として自分達がサラエのために存在すると理解しているのダ。男女平等は子供達だけが信じてる迷信、人間はサラエからのみ生まれる」
「んな……」
「だからミスラは保護されていたはずなのダ。思いだすのダ、自分がこのルルカナンでどういう扱いを受けていたカ……」

それは衝撃的な一撃だった。

「オ…オレ、守られてたのか?セー先生や…ルル姫に…」
「そんで、国中あらかたシコみ終わったから放りだされたのだ。サラエの仕事を束縛するわけにもいかない、サラエを閉じ込めてしまっては、次の世代が生まれなくなる……」
「…うあああ、…なんでいってくれないんだよ…アル…セー先生…」
「そりゃ、性教育を切りだすのはみんな勇気がいるのダ。性の秘匿性がアダになったのダ」

アラセ、ミスラはしばらく放心した。ソウイウモンデショウカ……


「ンデ、通常ならデスブリの世界で誰かが死ねば、アラセのシコんだ女子達の中の誰かに命が宿って、子供が生まれて成長するのダ。成長すると、魂のバックアップが融合して転生が完了スル。さっき話したのダ。デスブリにくる前の精神が、デスブリで過ごした精神、さらにはよりしろに育まれた精神と混ざって、メデタシメデタシなのダ。デスブリから外にでるときも同じことをスル。つまり肉体はデスブリにくる前のまま、精神は場合によっては数千年の経験地を蓄える……」
「う…うん」
「ところがあるときからこれが上手くいかなくなったのダ。アラセ…ミスラの周りにもいたはずなのだ、精神がゴチャゴチャになってるヤツ…アラセ自身もそうじゃなかったカ?」

「うーん、いわれてみれば…テンション高い時はオレだったようなオレじゃなかったような…」
「魔力の高い連中ほどマオの魔力に対抗できるのダ、だからその…」
「まったウーテ、そのマオってなにさ」
「アウ、コイツまだ混ざってねーのダ。いい加減にシロなのダ。なんていったらいいのダ……マオー!」
「ん?」


「ええウーテさん、後はわたくしからお話しますわ…」


一体いつからそこにいたのだろうか。どこかで、ずっと一緒だったような気もする。
清楚なドレスに、月夜のように綺麗な黒髪。赤いリボンが、足りない血の気を補っているのか。

アラセが問う前に、少女は答えた。


「初めましてミスラさん。私はマオ、この世界では大魔王をしております」


・・・・・・。


風の音すらしない。

ウーテが最後に、にゃごにゃごとアラセの胸にほおずりして、ヒザから降りた。


「マ…オ?」
「はい」
「魔王の?」
「はい」
「ああ…そうか…キミが…」

倒したかったヒト。追い求めたヒト。
何度も何度も、アラセのよりしろを殺し、追いやったヒト。

「アラセ、さっきこの世界の魂の総量は一定だといったのダ」
「うん…」
「ところがここに例外が生まれた。それがマオ。デスブリに登録したいかなる魂からも独立した存在。我々と同格の、生まれるはずのない肉体と精神。…いっちゃあ悪いがバグみたいなモンなのダ。マオ、気を悪くしないでほしいのダ…」

「いいえ、事実ですから」

大魔王は薄く笑う。


「私の誕生は突然でした。信じてもらえないかもしれませんが、生まれる少し前のことは覚えていますの。楽しそうな歌が聞こえました、丁度こんな…」

少女はやさしげな音楽を口ずさむ。あまりにもサマになっていて、うろたえてしまった。

「フフ…、気がついたときには私、浜辺で一人、たたずんでいました。ずーっと海を見ていたの。すごく綺麗だったから……。やがてこの世界に移り住んだ人たちが私を見つけてくれたわ。いろいろなことを教わった。まだみんな、お互いがお互いを知らなかったから、私みたいな右も左もわからない子はいっぱいいたの。……友達もできた」
「……。」
「でもすぐにボロがでたわ。私の力は目立ちすぎた。…この世界の属性そのものである魔力を…あまりにも自由に扱いすぎた。私の友人は命の尊さや、友情の大切さを教えてくれはしたけれど、そこに力の使い方はなかったの」
「……。」

「私を迎えにきたネブルアシアの使者は礼節を尽くしてくれました。でも私は勝手に怯えて、彼女等をなぎ払ってしまった。それからは目をそらすだけの日々。その時期の私を、なんと言葉にして良いのかわかりません」

沈黙が訪れた。

ミスラは考える。突然世界に投げだされた少女、そこが神々の用意した茶番の舞台であるなどと知る由もなく、ただ力だけは持っていて、戸惑い、逃げる。
そんな子に、「やあ大丈夫だよ、キミの殺した人間はホラ、死んでも生き返るから」などと、どうしてのたまうことができるのか。

それこそが、そう、その異常な世界こそがまさに……

「…私を追い詰めました。どうやら私は一人らしい。彼女等とは違うらしい。彼女等は生き返る。なぜ?動物も魔物も、この世界のモノはみな、死んだら土に返るか魔力に分解されます。死はそういうものだと理解していました。貴方達が恐ろしかった。…では私はどうだろうか、ひょっとしたら私も生き返るかも……」
「それはしなくて正解だったのダ。ハッキリいって今のマオには未知の領域が多すぎる。再構築なんてゼッテー無理なのダ」
「…やはりウーテさんでも…まだ死は怖い?」
「そりゃそーなのダ。こちとら死の定義が変わっただけで、相変わらずヒヤヒヤさせられてるのダ」
「そう…それならやはり…、私達は本質的には変わらないのね」

ほうっと、魔王は息を吐いた。髪が揺れる。

「当時の私は潔癖だったと評することができるかもしれません。あなた達の存在そのものが不快だった。得体が知れなかったのです。同じくらい得体の知れない自分の魔力は棚に上げて…そうだわ、この力は貴方達をやっつけるために神様から授かったのだと、そんな空想にふけった時期もありました。……とにかく、悪いのは貴方達で、貴方達を世界から追いだせば私は幸せになれる。…そう考えていました」

それが1万年以上前の話だという。この娘、何歳だ。

「世界のことを良く知る必要がありました。それが唯一、私にとっては信頼にたる現実だった。貴方達と戦う一方で、私は世界をもっと観察することにした。貴方方の知識を拝借することもあったけれど、魔力体系は自分で編み上げねばならなかった。……その過程でアイーサウルベンも知りました。ミスラさん」
「は、はい」
「正直言うと不快でしたの。地上の生物のどこを見ても、これだけのハーレムを主張するのは死にかけのミジンコくらいのもの。…その頃の私はちょっと強かったです。貴方方を駆逐するのに迷いがありませんでした」
「はあ…」

笑み。綺麗な刃のような。

「そのうち、転生の仕組みをマオに突き止められてしまったのダ。アセッタ時にはモウ手遅れ、要するにスープの中にマオのだし汁が流れでて、融合を邪魔するようになったのダ。ネブルアシアとのゲートも遮断されて援軍もストップ。アーこっちの世界は竜の卵と違って外からいろいろチョッカイかけれるのダ。それが全部おじゃんになって、正直ウーテの首が飛ぶかと思ったのダ」

鉄鋼院天音、クロガネ・テンネが七層文明遺跡にとっかかったのはこの頃だという。アラセはビビった。名字に院がつくのはネブルアシアでは大概貴族であるから。

デスブリンガーにとり残された人々は自分達の力で解決策を探らねばならなかった。その一つが宝剣。これは世界の内側から外部装置にアクセスして、いわゆる”卵”の力でもってして内側の世界に干渉する装置。なるほど神様の力を使おうというのだ、強いに決まってる。

「ところがそうでもないのダ。コッチとしても少しはマオのことを研究シタ。どうも調べれば調べるほど勝てる気がしないのダ。イウなればマオは世界そのもの、デスブリにいるウチはなにやっても無駄なのダ」
「ん〜…でもウーテ、バックアップとってんだろ?この世界からスッパリ手を引いて、全部なかったことにすれば…」
「それは最後の手段なのダ。もしもアラセが帰ってきて、自分とスーパーそっくりなヤツがバカみたいに走り回っていたらどういう気分なのダ」
「なんだ意外にデリケートなんだな」
「それに唯一神アラセを2匹も造ってどうするのダ。せっかく動き始めたのに、マータ最初からになるのダ」
「ははぁ」

国家の威信がかかっているわけだ。

いざゆかん、の掛け声と共に座礁してたら、世界は立ち行かなくなる。


ウーテが寄ってきて、ヒザの上に再びちょこり。変なことを想像してさびしくなったのか、胸に顔を埋めてぎゅーっとする。
この娘にとってのサラエはここにいるアラセであり、この世界で転生を繰り返すミスラなのだ。そう思われていることに、少しだけホッとした。



「……コケ…っ!」
「ん?」
「いえ、その…コホン。話を続けさせていただきますね」
「うん」

「それからしばらくテンネさん達との戦いが続いて…わたくし自身、ようやく自分の立場というものが、客観的にわかるようになりました…そう、ネブルアシアのこと、デスブリンガーのこと、ウーテさんのこと……いろんな知識が繋がっていって…」
「ふんふん」
「そして興味は貴方へと移っていった……実際問題、このサラエというヒトはどういうヒトなのか。この世界にいることだけは分かっていました。わたくし、ずっとアラセさんを探していましたの。ただ探すといってもどうしたらいいのか…その、おとこのひとに関してだけは…どれだけ調べてもピンとこなくて…」
「まぁねぇ…」

「ひとまとめに殺しちゃってた時もあったみたいです。…どれだけ探しても、貴方はいない。いくつも策を講じました。例えばロビタ君を処分してまわったり…ああ、やはり心が痛むので、彼等には魔王城の地下で働いてもらってますが…ザゲドマなどは最たる例…あの国はいわば、貴方でない人をより分けてアンデットとして保存しておく施設だったのです」
「あー」

「……言い方は悪いですが、ああしなければ新たなよりしろが次から次と生まれてしまう、また最初から探さなければなりません。結果的には上手くいきませんでした…貴方は…それでも貴方は、サラエは時代ごとに名を変えて、いつの間にかそうしたよりしろ達の精神を開放してしまうのです。…何千何万という人を孕ませて、自分はまた霧の中、正直イライラしました」
「ははぁ」

「最後の方はムキになっていました。……貴方を気にする自分も嫌い。貴方という存在を完全にこの世から消し去って…アイーサウルベンという価値観を真っ向から否定してやろう…貴方という存在を、試してやろうと思ったんです……貴方はサラエという価値観を主張するに値するのか…ただの肥大化したカルトではないのか…コレはもう、つい最近の話…でもだめでした」
「うん」


「……ヒキ…っ!」
「ん?」
「ケ…ケ…、あ…その、…そのうち私なんかより…貴方と一緒に旅をしているみなさんのほうが…よっぽど魅力的に見えてきました…その…この時はもう…ミスラさんがアラセさんだとわかって…それで」
「うんうん」
「だからその…ああなるほどなっていうか……わかる気がするというか…カコ…カッコ……あの…その…最終的には……本末転倒というか…貴方にアノ…会うのが目的でちょっかいを…ちょっかい?…いえその…決して迷惑をかけようとかそういう……」

なんだか様子がおかしいのである。雲行きが。成行きが。

「あ…あの、ウーテさん!」
「ダーメ、なにいってるのだマオ、自分でいうっていったのダ」
「そんな…アゥ…ケッコ…やだ、どうしよう…」

見るからにまごまごしている。キョドっている。あうあうしている。たじろいている。
歳相応…これはアレじゃないか…そう、この年齢にありがちな…

「ケコ…コ…コケケ……あの!…ミ、み、ミスラさん!!」
「は、はい、なんでしょう」
「……わ、わ、私もう…毎日毎日貴方のこと考えてて……考えてみたら!…人生のほとんどを貴方のことに費やしてて…勝手に嫌いになったり…勝手に殺したり…いっぱい迷惑かけて…そんな私が…な、な、なにをいまさらって貴方はいうかもしれないけれど……」
少女は叫んだ。精一杯叫んだ。



「わ、わ、わ…私の…!……私の勇者様になってください!!」



ミスラはとりあえずなにいってるのかわからなかったので、もっかいいってと頼んだ。
魔王は真っ赤になって応えない。ウーテがいった。

「とりあえず、試しにつきあってみたらいいのダ」


・・・・・・。


事の顛末を短く。

デスブリンガーとネブルアシアとの交流が再会され、全ての人の魂が予定通り融合された。
当初の予定通り、デスブリンガーは異世界住民共有の地として移民が進められ、多くの都市が建設。魔力のよどみとして、自然発生する魔物の類はどうしようもないので、コレは住民が協力し合って撃退している。

アルクシル・テシアに子供が生まれた。誰かのよりしろかと思いきや、現状肉体待ちの魂は存在せず、この子もイレギュラーであるとウーテが結論付けた。すなわち、独立した完全なる新たな生命、アラセの子である。

アラセはヒマを見つけてはデスブリに通う生活を続けた。流れる時間の速度が違うから、アラセが顔をだす度にアルクシルの乳がでてたりでてなかったり。
最初は戸惑ったが、いつの間にか慣れてしまった。

マオはというと――



「お義兄ちゃん」

などといって今日も寝ぼけたアラセを揺すり起こすのである。

「お義兄ちゃん起きてください。…今日は裁判の日です」
「うん…後で起きる」

戸籍上の話、ネブルアシアにおいてアラセは、宝条院弓月という叔母の養子ということになっているのだが、なぜだかマオがその下の欄に記入される運びとなったのである。つまり、アラセにとっては義理の妹。

アラセが下手にくすぐったがるから、マオは喜んで”お義兄ちゃん”という呼称を使うようになった。


「きゃぅー!!」

ナカナカ起きないアラセに、マオがついに最終兵器を投入。白無垢少女のマユーは、なんだか彼女もイレギュラー独立生命らしく、ネブルアシアでひきとることになった。
ほっとくと顔中よだれだらけにされるから、コレにはアラセも起きざるをえない。マユーの手首を掴んで布団の中に引寄せる。ばたばたばたばたする。2分後くらいには、顔を洗っていた。

「マユー、そろそろお箸に挑戦する?」
「あぅー?」

2人は仲がいいのである。お子様スプーンで、ぽろぽろこぼしながらもご飯をほおばるマユー。肉体的には自分より大きな妹に、まるで母親のように箸の使い方を教えるマオ。

「マユー、今日はザクロさんが着てくれます。いい子にお留守番をしていてね」
「きゅあー!!」
「んじゃ、そろそろいこっか」


形だけではあるのだが。

マオはネブルアシアで裁判を受けることになった。
裁判も何も、法整備がまったく行き届いていない分野なので、何をどう裁いたものか誰も分かるものはいなかった。

電車に乗って、指定された役所へ向かう。
途中、知識欲旺盛なマオは、あれやこれやとアラセに尋ねる。
この世界はまだ、彼女にとって驚きに溢れているのだ。

「お義兄ちゃん」
「ん?」
「この自動販売機の中にいる人は、大変ではないかしら」
「マオ、自販機の中には誰も入ってないのだよ。だから自動」
「ふぁ…!」

まるで天啓を受けたかのようにビックリするこの義妹が、アラセは愉快でたまらないのである。これではマユーと一緒だ。


指定された役所につくと、小さな会議室のような所に通された。そんなところでもマオは珍しがる。
大変良い経験になりました。などと頭をさげて見せるのだが、こんな魔王がいったいどこにいるのか。

たしかに彼女の力は、デスブリンガーにいた頃に比べれば小さいものになっていた。
元々物理法則が違う世界なのだから、肉体の完璧な移植は期待できない。世界への依存度が高いマオの身体はなおさら…だそうで、ウーテは世界観移動に伴う力の増減を、通貨に例えていた。

つまり、その力を使える世界があったり、使えない世界があったりするのである。



間もなく現れたのはクロガネ・テンネだった。
この世界では、鉄鋼院天音。正真正銘、司法のトップに君臨するお方である。

「やぁやぁアラセ君マオちゃん、久しぶりですね。お昼は食べた?何か飲む?」
「いや、メシはくったばっかりなんで…マオは?」
「ミルクティー…欲しいです」


話としては、ほとんどが世間話だった。
ザクロ団のメンバーは今何してる、どうしてる。デスブリンガーに残った者、自分の世界に帰った者、ネブルアシアにきている者……。

「それでですね、また今度みんなで会おうっていう話がでてるんですね。ミスラ君、ヒマ?」
「ヒマです、すごいヒマ」
「決まりですね、じゃあ連絡しますから…ふふふ、この世界では私達……してないものね」
「て、ててて、テンネさん!!こんなところで何を…!!」
「私は構いませんお義兄様。それがサラエの義務ですから」

ちなみに、マオは状況に応じて様とちゃんを使い分ける。
うろたえるのはアラセ一人、まったく良くできた義妹である。

「あらあら、もうこんな時間。ごめんねアラセ君、こっちの世界はなんだか時間が流れるのが早いのよね」
「ん?え?テンネさん、今日は大法廷的なとこで裁判的なものがあるって聞いたんですけど」
「ん?ん?終わったよ。マオちゃんいい子だものね。無罪」
「ふへぇ」

それからはなんのかんので昼食まで世話になった。帰り際

「あの……テンネさん」
「はいはい、なーにマオちゃん」
「この度は…多分なご迷惑をおかけいたしまして、お詫びのしようもございません……」
「あらあら、なによう」

「この上にこのようなお願いをいたしますのは…なにを厚顔なとお思いになるやも知れません…ですが、わたくしといたしましては、此度のこと、すべてを皆様の御海恕におすがりするなどという形で済ませてしまっては、心の置き所がないのです。…ですから、…その、ご迷惑をおかけした方々にお詫びの行脚をしようと思うのです。連絡先を…教えていただくことはできないでしょうか」
「あらあらあら。難しい言葉を知ってるのねこの子」

「疑われるのはわかりますが、誓って復讐めいたことをしようというわけではないのです…」
「大丈夫よう、アナタを怨んでる子なんていやしないわ。アナタが怨んでいるとも思わない」
「ですがそれでは…」

「ウーン、どうしようね。そうだわ、別にこっちからいかなくても、どうせ今度みんなであつまるじゃないの。その時に確かめたらいいわ」
「え?」
「あら?私がいってもいいのですか?みたいな顔してるわね」
「…私がいってもいいのですか?」
「当然じゃないの」


それからのマオはなんだか上の空だった。
なにかいおうとするのだが、途中でやめる。開いた口を、あくびでごまかす。
テンネとの別れ際も、深々と頭をさげるに留まった。

駅のホームにて

「…わひゅ…ケホ、ケホ」
「ん?」
「お義兄ちゃん」
「うん」

「私ね…」
「うん」
「こんな風に受け入れられるなんて…思ってませんでした…」
「……。」

「……コヒ…ッ…ケホ。こ、こんな風に私…」
「……。」
「酷いこと…いっぱいしたのに…あの人たちに…私……」
「仕方なかったんだよ」
「でも…でも…」

電車が通り過ぎていった。マオの、小さな頭を抱きとめる。
風圧で舞い上がるサラサラの髪。ほほを伝う涙が、それを受け止めた。

「……こ…こういう時にどうしたらいいのか…わからないです…」
「んじゃ、もっと勉強しないとな…」
「…はぎゅ……、ハイ…お義兄ちゃん…」

乗るはずだった電車を、2本見逃した。
さんざん泣いたマオは、最後にはちゃんと笑った。


・・・・・・。


まったく普通ならそこで終わるのであるが

荒瀬肉彦というのはとどのつまりが変態であるから、かわいい黒髪の義妹などというファンタジックな存在が下腹部に抱きついていると、まあ性欲というものがもたげてくる。

「お義兄ちゃん…今日の夕飯は店屋物でもいい?」
などと、袖口で目元を拭うこの娘の、殺人的な上目遣いを見て、どうして心を正常に保つことなどできるだろうか。

(ははは…バカな…これでは道化だよ)

気をとり直して、義妹を失望させないよう、度量の広い兄を演じようと勤める。だがまあ、さっそくボロがでた

「そうだなあ、そこのスーパーで買い物をしてはどうかな、ハハハ、なぁに駅員さんには事情を話せば改札くらい…」
「お義兄ちゃん、それは自販機だわ。中の人などいないといっていたのに…」
「はぅ!…違うんだマオ…これはコミュニケーションを円滑に運ぶための一つのツール…ジョークというヤツなんだよ」
「は…!…そうなのですね。…さすがお義兄ちゃん」

動揺を隠せないから、なぜだか話しかけた自販機でジュースを買おうとする。サイフをまさぐる指が震える。今日という日に限って、たらふく小銭を蓄えたサイフは案の定爆発、四方八方、勝手に転がる硬貨の数々。

とりあえず足で、転がっていく硬貨を優先して狙う冷静なマオに反して、アラセの方は目についたヤツから手を伸ばすから、もう足がもつれてフラッフラ。そのまま……

「きゃぅ!!」

見ず知らずの女学生のスカートの中に頭を突っこんだのである。



「あああ…!!ごごご、ごめんなさい、ごめ…ごへ」
「あ…あ…あぅ……、その…」
「ん?…あれ?…クリス?」

青白い髪。潤んだ瞳。それはまごうことなきクリステスラ。アンドその尻であった。

「お義兄様」
「わぁあ!!ビックリした…」
「これ、小銭です。私は買い物をしてきますので…」
「わ、こら…そんなに的確に空気を読まなくても…まてマオ…ああ、おにいちゃんを一人にしないで…」


そんなこんなで

ポツリととり残されてしまった2人の間には気まずい空気が流れて淀む。

(気まずい?何をバカな、オレとクリスは幾多の困難を乗り越えて共に成長した仲じゃぁないのか!?愛し合うことはあれ、なしていがみあうものがあろうごて)

ハハハーと、まるで気さくなプレイボーイを気どりながらクリスの肩に手を伸ばすのだが、見事にスカってずっこける。
クリスはあぅあぅいいながらしきりにあやまるのだが、そんなもんで折れた心は治らない。

「酷いやクリス…クリスでいいんだよね?」
「はい…、その…こっちでは……橘栗栖(たちばなくりす)っていいます…」

その制服には見覚えがある。
ギルニール国家特選学校。すなわちアラセと同じ学校の、それも腕章を見る限り後輩である。1コ下。

「ち…ち…、ちがうんですあるじあの…その…あぅ」
「違う?一体何が違うというのかね。…ふふ、そうかあんなにもオレ達、身も心も一つになったってーのに…ありゃぁオレの勘違いだったってワケだ…へへん、まさかたかだか数日でこれほど他人行儀になるなんてなァ…次の特急列車が着たらお別れさクリス。肉片は拾ってくれよ…」

クリスは見るからに困っている。泣きそうである。泣いた。

「バカなこといわないであるじ…あるじ…ひぅ…うぅ……」
「ん?」
「この世界じゃ…治してあげれないから…うぇ…」
「むむむ!?…おい待てクリス…お前の性格からして、まさか自分が役立たずのおバカさんだとか思って勝手に自分を追い込んでないだろうな…!!」
「うぇぇ…やっぱりそう思ってるんだぁ…!!」
「アホか!…ああコラ!人が!人がきよる!!やめれ!泣くんじゃない!!」

それからのアラセの努力といったら、いいやそれはミスラのものだったか。
ああでもないこうでもない、なだめたりすかしたり。

とりあえず待合室に引きずり込んで、ポケットに入っていたマユー用のお菓子を与えてみたらようやく一息ついた。

「……あるじ…けほ、けほ」
「ぜぇ…はぁ…ふぅ……ん?なんだ?なに詰まってんだ。ジュース飲むか?」
「……あるじ」
「なんだよ」

「……また…あるじって呼んでもいいの?」
「当たり前だろ」
「私…この世界じゃあるじの役に立てないよ?」
「なにいってんだ、それはコッチで決める話だ」

「……ホントにいいの?」
「なにが」
「あるじって呼んでも……」
「逆に聞きたいね、誰が拒むんだ」

「へへへ……あるじあるじ」
「なんだよもう…」
「あるじ…」
「ん?」


「この身体が、これから何遍生涯を終えても…それでも私は、あるじについていくね」


まーた電車が走っていった。
その間。ミスラはずっと口をふさがれていた。


・・・・・・。


「ごめんなさいお義兄ちゃん…避妊具も買ってこようと思ったのだけれど…店員さんに怒られてしまいました」
「バカモノ…そんなところまで気をまわさんでいいのだ…マユーは寝たか?」
「寝ました…でも、そういうのは大切だと…」
「ぬはははは、大丈夫だ心配イラン、なぜならオレは神なのだから」

薄暗い自室に、マオとクリスを引きずり込む。
全員タオル一枚。歯も磨いた。トイレもいった。やる気満々である。

そう、あのあとクリスはアラセの家に夕飯をよばれにきて、ごちそうさまのあとの気だるい一時に、す…するの…?う…うん…みたいな流れになってもう、食器の水気をペーパータオルで拭っていたマオも引きずり込んで今に至る。

「あああ!!?クリス!お前それ…それ…!!」
「きゃぅ…!あるじ…!!」

隠そうとした手首をとって、陰湿にも問い詰める。なんと無毛だとばかり思っていたクリスの恥丘に、さらさらとしたものがあるのである。

「あ…!やぅ…やめてよあるじ…」
「げははは、なにがやめてだ!こうしてやる、つんつんひっぱってやる…!!」
「お義兄ちゃん、あんまり大声は…」

言いかけたマオをベットに引っ張りこんで、どさくさに紛れて初キッス。くちびるとくちびるが触れただけ。それでも、彼女には驚愕の出来事だったらしい。

「…ヒグ…お、お、オギョ…おにいちゃ…ん」
「キョドるなキョドるな。…ホレ、これからもっと、こんなことやこんなことをするんだぞ…」
「あっ…ん!…ふぁ…あるじ…」

交互に。

キスをして、その濃度を上げていく。

ひたすらに舌をにゅるにゅるさせることもあれば、ちゅーちゅーと遊び感覚でだ液をすすることもあり。待たされているほうは、段々その時間が苦痛になるのか、アラセの首筋を吸ってみたり、歯を立ててみたり。終いには、3人同時に舌を交わすという、暴挙。

「お前等…何をはしたないことを…処女の癖に」
「ウン…だって…」

クリスはマオを見る。マオは目を伏せた。顔が赤い。

「お義兄ちゃん…そ、そういうのは…イジワルです」

そのまま

3人で寝そべりながら、気だるげに愛撫にふける。ちぐちぐと、たまにさすってやる性器はしとどに濡れて、アラセは何気なくに、指についたマオの蜜のにおいをかぐ。

「ふぁうぁ…お、おお、おにいちゃん…やめて」
「ぬぅん?ぬぁにが恥ずかしいのだ、なぁクリス?」
「うん……はむ」

つゅぽ…つぷ…ちゅぽん。
くちゅ…くちゅ…くぷ。
――れる…ん、るろ…んっん、きゅぷ。……んは…ぁ…ん
ちゅる…つぽ…つぽ…

蜜のついたアラセの指を、まあこれでもかというくらいいやらしく舐めるクリス。これぞ魂の経験地。いくら世界を跳躍しようとも、クリスがクリスである証明である。

「さあマオ、コレと同じことをダナ…ホレ、おちんちんにダナ」
「…お、お、…おぎゅ、おち、お○んちん…に?」

それはどこかとたずねるわけにもいかない。明らかにヒクヒクいってるヤツがヤツなのは自明の理。なんだったらクリスが、それをするにはあまりにも白い指で、先端からアホみたく溢れる我慢汁をぬるぬるさせているのだから疑えない。

「どうしたマオ?やめるか?…うんそうだな、お前にはまだはやい…」
「せ…キョギョ…」
「ん?」
「せ…せ……先達のご教鞭を賜りたく」

深々と頭をさげる、マオ。
クリスがうなずいて、ゆっくりとちんこに舌を伸ばした。位置格好から、性器が丸見えである。

「ん…こうだよ……ん、…ふ…。…マオ…ひゃん…ちゅむ」

じゅぼぼぼぼっと、多分わかっててやってるのだろうが、ひゅぼぎゅぼちゅぼぢゅぼ、淫らという形容詞が一番しっくりくるやり方でちんこをすすり上げるクリス。たじろぐマオをにやにや見つめ、これは一体何のプレイだどうなのか。

やりすぎだ、と、性器を指でなぞったら、ピクンとなって速度が上がった。

――んっんっんは。…あも…ん、ちゅぶ…ぶぽっぶぽ…きゅぷぷ。
つぷ、じゅぶぷ…じゅぷ…ぅ。ちゅぽ……ちぅ、ちゅっぽちゅっぽぢゅぽ…
――んふ…れろ…ん、ふ。…あっ…むぁ…ん、ん、プぶ。…チュ…ぅぅぅ…きゅぽん。

「ん、…ふふ…あるじ…きもちい?」
「お前…アホタレ、…ぬぉぉ、どこでそんな技を…」
「だって…久しぶり……なんだもん……んっ…んふ」

ビュッと。漏れてしまった先発隊がクリスのほほにかかり、その指が、根元と亀頭を同時に押さえる。射精は強制的に止められて、舌が、尿道を割りやって進入する。
舌はそのまま。生暖かい口腔が亀頭陰茎根元の辺りと包み込むと、いつの間にか離された指が睾丸と肛門をいじくっていて、アラセはなんだかわからないうちに精液をぶちまけていた。

「ん…ふ。……ふんん…もご」

見ると、マオが泣いていた。理由は簡単である。まばたきしなかったから眼が痛いのだコイツ。

「このように…だ」

アラセが達してもなおまたぐらから頭を離さないクリスをなだめ、失墜した威厳を取り繕おうとするアラセ。クリスってこんなにエロかったかしらん。思いつつ性器に手をやると、今度は微妙に避ける。そう、この世界では処女なのだもの。刺激が強いのだもの。

「できるかマオ?…なぁにある意味できればできるほど恥ずかしい妙技…あせらずとも……」
「が…がが…ガキュ…がんばります」

眼が、酔っ払ったトンボみたいになっている。ああコイツ、下手したら噛むなと、思ってたら歯を軋りだしたので直前で止める。
クリスよゆくのだ。テンパったマオを組伏せさせ、さっきまでちんこを舐めていたその舌を流し込むのだ。

そうしたらなるほど、上手い具合に欲情したクリスの処女性器が開いて、ちんこもぐもぐしたいと喘いでいるではないか。
ここにいれたらぐちょぐちょもごもご、神経が人間に生まれたご褒美に、報酬系をパンクさせて脳みそをドーパミンのしみこんだスポンジみたいにするのだ。もううはうは。

「あ…あるじ…ちょっと下品」
「んお?しゃべってたか?」

ちゅぷん。と。

ちんこがクリスの膣壷へと飲み込まれていく。もうミスラは自分のことしか考えてない。アラセか。どっちでもいいがどっちもどっちで頭が悪い。

「あ…あぅ…あるじ…痛い…よ」
「ウソをつけクリス。お前はオレのためなら痛いくらいがいいかもとか思ってるのだ。なぜならそれは長い年月の末に勝ち得た強固な信頼関係が、決してオレがお前を裏切らないと保障しているからだ。だから一周してお前は気持ちいいのだ」
「うぇ…ぇえ?…ぁ、そ、そうなの?」

後ろからクリスを突きまわし、マオとのキスをサボったお仕置きに肩口をちょっと噛む。そして留めにくちびる耳元寄せて

「愛してるぞクリス」

などと気持ちの悪いことを声のトーンを落としていうものだから、マオが鼻血を噴いた。

「ん?どうしたマオ」
「あぅ…あの…そんな…はぎゅ」
「いいたいことはハッキリといわないと、うやむやのまま処女だけを奪われることになるぞ」
「あの…その……へ…へは」
「へは?…ほうれ、このクリスの破瓜汁を舐めとった舌でお前の鼻血を舐めてやろうか…」
「へ…へほ…………変態!!!」

それはまったく真実である。アラセミスラ、冷静に傷つき、傷ついた後新たな性癖が開眼。
クリスの膣をほじくりながら、その肌越しに、にゃーにゃーと嫌がるマオにキスの雨を降らす。

射精して

ちょっと落ち着いたら急激に鬱になった。



「うう……すまんマオ…おにいちゃんは…おにいちゃんはたまに自分で自分を止められなくなるのだ」
「……よく、わかりました」

クリスは腫れ物みたいな主を察して、汚れたタオルを洗濯機に放り込みにいく。いつの間に敷いていたのか、どこまで気が回るのか。
そのまま水差しとコップを持ってきて、ぐびっと飲んだら元気になった。

「マオ、いいんだな?ここから先は未来人が見たら眉をひそめるような、人間の醜い欲望の極地なのだ」
「…はい。それは一万年間十分に考えました」

そういう小さなくちびるにくちびるを合わせて、ゆっくりとベッドに導く。
先ほどとはうってかわったマジメなテンション。ちょっと汗をかいた首筋、鎖骨を舐めとって、幼い乳房を舌で押す。

先端を先端でつつき、乳首のフチを歯でこする。浮いた肋骨にキスをして、ヘソ、わき腹、ゆるゆるとくすぐったそうなところを指でつつく。

「―――ンンッ!!」
「くすぐったい?」
「ん…ふぁ……ンーん!!」

ふとももの肉を、もごもごとくちびるで味わったところでクリスを呼ぶ。彼女には足の指をまかせた。

「…やぅ!!」

あむあむと。あるじにする時よりもむしろ楽しげで、その瞳にはマオのツボを見つけるたびに喜びが宿る。


少し話したのだが。
クリスにとって、マオが魔王であることなどどうでもよく、その辺に確執など覚えていないらしい。

そんなことよりまずはあるじ。そりゃぁ、デスブリンガーでは増殖し続けるハーレムを、あるじの側で眺め続けてきた娘なのだから、そこに一人、いまさら魔王が加わったところでどうってこともないのか。


「いれるよマオ」
「――ンン!!…うァ…!」

クリスが、マオの両足両親指をまとめてしゃぶる。それに合わせて、横を向いたマオの性器に、そそくさと挿入。
ふくらはぎが跳ねようとしたが、クリスが押さえていた。

「ふぁ…!!…ゥゥ゛……アッ!!…った…ぅぅ」

突き入れられた肉の衝動で、もがくように跳ねた腰は、マオの鋼鉄の意志で静かになる。
うつぶせって、己の中で痛みを押さえ込もうとする少女に、ゆすゆすと振動だけを送り込む。


ちゅっ…チュッ。…ちゅぐ…
「んん!…ぅあ゛…あ゛う!!」
ヂュ…ヂュプ…くじゅ……っ

「ぁっ…あぅ゛!!」


あぶれたクリスが、さびしげに舌をだしてねだった。
アラセは眼で指示。マオノミミノウラッカワアタリヲナメヨ。クリスはそうすることにする。

ふんふんと、マオは枕に顔を埋めてぐぜりなく。
腰の動きをさらに緩めて、張り詰めた筋肉をマッサージするようにさすっていたら、ようやく落ち着きだした。

「ん…んぁ……ふぎゅ…おにい…ちゃ…ん」
「マオ、そっちはクリスだ」
「ふぁぁぁ…ぅぅ。クリス…さぁん」
「あ、こらクリス、オレのマオをテゴメにする気か」

そんなことしてたらマオがギブアップして、一旦抜肉。


・・・・・・。


「ゆっくりやったらいいよマオ」
「はい…あの…お義兄ちゃん?」
「ん?」
「コレは…その…。…最終的にどうなったら…成功なのでしょうか」
「んお?どうとはどういう…」

嫌な予感がした。

「マオ…お前……ひょっとして、雰囲気で合わせてるけどなんもわかってないな」
「……はぐ」

ずばり。葬式で前の人の動作に合わせるのと同じことだ。
少し、性教育の時間をとった。ここがおちんちん。ここがおまんまん。足して2で割ると……

「クリス、もっかい実技」
「ウン」

ぼっさりと、背中を壁にもたれさせるアラセに、クリスがゆっくりとまたがる。
なんだか扇情的に。汗の垂れた乳を、アラセのほっぺたにくっつけたりくっつけなかったり。

「マオのここ、こうなってる所にだな、さっきまでこのおちんちんが入ってたわけだ」
「は…はぁ…」
「ホレここ、触って」

「え…?は、はい…あの、…くりすさん…」
「ン?…いいよ、」

クリスの膣に、何も知らないマオの指が入っていく。
アラセにされるより恥ずかしいのか、クリスの困ったような顔がツボに入り、マオを誘導して好き勝手いぢくらせたら、さすがに怒られた。

「で、だ。敏感なところと敏感なところを擦って擦って一緒に幸せになれば、どんな聖職者も認めざるをえない、甘美で尊い行いになるわけだ。これぞ聖なる麻薬。よしクリス、やってしまえ」
「……ン…ぁ」


ぷぢゅぢゅぢゅぢゅ…っっぽぷ


やらしい音が響いた。

マオがじろじろ見ている。日常、どんなに清楚に振舞う女性にもしっかりとついている、変態的な肉汁襞地獄に元気なちんこが呑まれていく。

「あ…あるじ……ヘンなこといわないで…ぅぁ」
「いいかマオ。クリスだって痛いのだ。敏感すぎて痛いのだ。だが見ろ。えっちな穴をじゅぼじゅぼさせるとオレが喜ぶのを知っているから、痛いのを我慢して、むしろそれに耐える己を誇りに思っているのだ。自分はあるじのためにここまで変態になれるのだと、あれ?さっきもいったか?まあいい、なあクリス」
「……ン……ふふ、そだよ」

「よし復唱」
「ふぇ?」
「クリスよ。そろそろお前は自分の意思で淫語を発するべきだ。ホレホレ」
「あ……ン!……えっちぃこと…いうの?」

膣が、きゅっとなる。
アラセはアラセで、どさくさにまぎれてみたらうまくいきそうなので、胸がキュンっとなった。

「わたしの……ね、お○んこ…ね。…いつもいつも…あるじのこと考えてネトネトしてるから……んん!…ふぁ…あのね…あるじのお○んちんがこすってく度に……痛いの…痛いケド……んぁ…すごく気持ちよくて……どんどんお汁が漏れちゃうの……ぁ…ん!…お○んこ…きゅぅってすると…ね……あるじのお○んちんのさきっちょから…あるじのお汁がぴゅぅってでて…私のえっちな汁と混ざって…ふぁ…くぽくぽって……ん!……やだあるじ!もうムリだよ!!」

「いや十分だ、お釣りがくる…ふぅ」

なんだかいっぱいでた精子をマオに見せる。マオもマオでボーっとしていた。

「もっかいくらい試してみるかマオ?」
「は、はぎゅ、はぎょ。…うぁぁ…お願いしますお義兄様…ふぁぁ」

そういう義妹を抱きとめて、窮屈な入口にちんこをあてがう。
やはり痛がったが、今度の彼女は、痛みの中に積極的に快楽を探そうとしていた。



・・・・・・。


あと何度こういうことをするのだろうか、アラセはふと思う。

休むヒマなどあるまい、アラセとねんごろな女性は、時空を越えて存在するのだ。
しかもなんだ。その女性達は、アラセとえっちらおっちらすることを喜んだりはすれど、やっかんだり、不満を漏らしたりすることはまずない。

どいつもこいつも、美人美女。


人はそれをハーレムと呼ぶのだ。


マユーが、騒ぎを聞きつけて起きてきた。ザクロねーちゃんがヒマだヒマだと遊びにきた。
同級生の咲宮鳴花から電話がかかってきて、アラセおめーそろそろセックスしよーぜーとかなんとか。
電話口から摩季さんやら七色やらの声が聞こえてきて、めんどくせーから全員こい、と、勢いでいってしまった。


……。


これはまだハーレムの始まり。

荒瀬肉彦、後の唯一絶対神。これがその、最初の一歩である。



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