この世はわからないことばかり


 


 静かな静かな暗闇にいた。
 熱くもなく、寒くもなく。ただ安らぎだけがあり。
 憎しみも。喜びも。悲しみも。愛おしさも。何もない。
 周囲との境界線さえも曖昧に。混ざり合う。
 眠るように穏やかに。とけていく。

 その背を乱雑に誰かが乱雑に掴んだ。安寧からその身を引っ張り上げる。

 やめろ、やめてくれ。

 眩しい金色が目を焼く。ぎゃっと身をくねらせる。

 必死の懇願も虚しく、どこぞへと投げ出される感覚。

 懐かしい匂いがする。

 嗚呼、戻ってきてしまった。



「へェ、この学校てロード強いのかァ」
 福富が書類を書く隣で荒北がぱらぱらと本をめくる。荒北が見ているのは箱根学園の自転車競技部が設立何十年の時に、記念に作成された活動史だ。ほとんど優勝で埋め尽くされている戦績に目を丸くしている。
「昔のから、インハイはこの青と白ジャージなんだな」
 噛み締めるように頷く荒北。
「ちなみにこの部を作ったのは寿一の親父さんだぜ」
 福富の向かい。同僚である石垣の机でパンを口に押し込みながら、新開は言った。パンは荒北の差し入れだ。
「マジかよ」
 感心したように荒北が頷く。今日は福富が戸締まり当番で職員室には福富たちしかいない。それをいいことに二人は好き勝手やっている。
「靖友、このパンうめェよ」
「アア、どれだよ」
「チョコとバナナが入ってるやつ」
 アァ、あの甘ェやつ。本から目を逸らさず荒北は投げやりに言った。
「新開、パンくずを落とすなよ」
 いつも机を綺麗にしている石垣を思い出して福富は忠告する。この前亀の飼育本を貸してもらったこともあって、迷惑をかけたくない。
「了解」
 言うなり新開は長細いフランスパンにかぶりつく。
「これ福ちゃんの代も載ってるのォ?」
「載っている」
 ペン先が引っかかって字が潰れた。福富は仕方なく二重線を引っ張る。
「へェー」
 荒北のページをめくる動きが速くなる。そんなに見たいものなのだろうか。特に面白いことはないのだが。
「そういえば、オレも寿一の高校時代知らないな」
「おい、言っておくが。オレは高一の福ちゃんなら知ってっから」
 おめェより早く出会ってっから。対抗するように荒北が言った。
「高一ね」
 その言葉を新開は舌先で転がす。
「どうした? 新開」
 意味深な言い方が気になった。だが、福富が訊いても新開は曖昧に笑うだけだった。
 更に問いただそうと口を開く前に、荒北が声を上げた。
「あった」
 荒北は嬉しそう口の端を上げると、インターハイのメンバーが映る写真を指でなぞる。
「今とほとんど変わってねェな」
「靖友、オレにも見せてくれ」
 新開が席を立つ。飛び上がって、荒北の背後に降り立つ。
「しょうがねェなァ」
 荒北が横にずれる。
「本当だ。寿一、変わってないな」
 本をのぞき込んだ新開の顔が綻ぶ。
「そうだろ。ほら、インハイも優勝して……」
 不自然に荒北の声が消えていった。眉間に皺が寄る。荒北が指を置いていた箇所を見て新開も表情が止まった。
「どうした」
 何に二人が引掛っているのか予想がついた。おそらく、二人が見ているページは福富が高校二年生だった代だろう。一年の頃はインハイに出場していないし、三年時は優勝を逃した。
「福ちゃん、棄権って」
 やはりそうか。福富は内心、苦笑する。
「二年の時、二日目に落車した。それで三日目は棄権したんだ」
「大怪我だったのか」
 新開の問いに福富は書類に視線を落とす。
「自転車に乗れる状態ではなかった」
 嘘ではない。
「ついてねェなァ」
 荒北の心底残念だという声に心臓が重くなる。福富が棄権することになったのは、自業自得だ。
 福富は無心でペンを滑らせる。こんな時、右手が熱く感じる。あり得ないはずなのだが。
 その時、教員室の扉が開く音がした。新開と荒北が慌てて机の下に潜る。
「福富先生、終わりました」
 部活動の為に残っていた女子学生が入ってきた。
「わかった」
 彼女たちで最後のはずだったから、これで帰れる。
 ふと福富は彼女の視線が自分の手に釘付けになっていることに気付いた。正確には右手があるはずの場所。そこには今、万年筆だけが宙に浮いている。
 そういえばと机に置かれた手袋に視線を落とす。新開の封印を解くために外していた。
 福富の右手はこの世のものでは既にない。



 箱根学園は創立の経緯もあって生徒自身の自主性を重んじる傾向にある。実際に入学してくる生徒も経験者が多くそれぞれプライドが高い。小野田のような例外もいるが、そんな中で福富の学生時代の実績はある程度役に立つ。
「今泉、ちょっといいか」
 今泉もそんな生徒の独りだ。真面目だが、ロードに対しても人一倍プライドが高い。
「話がある」
 ローラーを回していた今泉は一瞬不満そうな顔をしたが首を縦に振った。
「わかりました」
「先に言っているからな」
 そう言って福富は部室へと向かった。

 部室へとやってきた今泉に最近の自己タイムを並べた表を見せると苦い顔をした。
「何が言いたいんですか」
 自分でもわかっているのだろう。声が掠れている。
「何があった」
 慎重に福富は訊く。ここ最近、今泉の成績がおかしかった。明らかにタイムが落ちていた。今泉はエース候補として期待されている選手だ。このまま潰れてしまっては困る。
「何もないです」
 今泉は首を振る。この調子では鳴子はもちろんのこと、小野田にも相談していないに違いない。何もなくて、これほどタイムが落ちるわけがない。
「本当か」
 目に力が入る。明らかに今泉は嘘を言っている。何故なら。
「お前から妖気を感じる」
「やめてくださいっ」
 今泉が両耳を覆う。
「そんな非科学的な事。あるわけがない」
 荒北の一件があったにも関わらず、今泉は未だに幽霊の類には否定的だった。
「あんなのただの夢に決まっている」
「夢?」
 今泉は応えない。真っ青な顔で頭を抱えている。
「今泉」
 夢とは何だ。根気強く問いかけると、のろのろと今泉の口が動く。
「……白い蛇が、」
「蛇?」
 福富の呟きに今泉は口を抑える。
「オレ、練習に戻りますっ」
 いつにもない早口でそう告げると。今泉は猛然と部室を出ていく。叩きつけるような激しくドアを閉める音が部室に響いた。
残された福富は独りごちる。
――蛇、か」



 それからしばらく立っても今泉の調子が元に戻ることはなかった。
 むしろ、状況は悪化している。今泉の目の下には隈が常にできていた。小野田も、鳴子も心配して福富に相談しにくるが本人は頑なに認めようとはしない。
 福富も怪しい妖気を探ってはいるが、それらしいものは見つけられない。今泉本人からは微弱な妖気を感じるのだが。
「で、オレの出番ってわけェ?」
「あぁ。荒北、今泉の妖気を辿ってみてくれないだろうか」
 嗅覚が人の何倍も優れている人狼ならば、微かな妖気を追うこともできるだろう。そう考えて放課後に荒北を呼び出した。二人は屋上へと続く扉の前で話している。ここは放課後、滅多に人が来ない。
「ったく。……新開にやらせりゃいいだろォ」
 頭を掻いて、荒北がそっぽを向く。
「あいつはこういう細かい事には向いていない」
 お前にしか頼めない。と言えば、荒北がこちらを睨んだ。眉が釣り上がりきっている。
「言ってくれるじゃなナァイ」
 やはり人間の為に動くのは嫌なのだろうか。と考えていると荒北がそばに寄ってきた。反射的に後ろに下がると壁に背が当たった。
「どうした」
怪訝とする福富の顔のすぐ隣の壁に荒北は手を置く。そして、そのまま退路を断つように顔を寄せた。
「当然、“ご褒美”はもらえんだろうな」
 荒北の息が顔に当たる。福富は腕を組んだまま、目の前の顔を眺めた。荒北の下睫毛が長い事に初めて気が付く。
「ご褒美?」
 福富は首を傾げる。
「オレは腹ペコなんだヨ。福ちゃん」
 ぎらぎらと荒北の目が輝く。野獣の本能が剥きだした。大人ぶってもこういう所は変わらない。福富は口元を僅かに緩ませた。
「ペプシと唐揚げ、どちらだ」
「ハァ?」
 的確に荒北の好物を言ったはずだが、当の荒北は素っ頓狂な声を上げた。
「だから、どちらが良いんだ。ご褒美」
 福富の言に、一拍子置いて荒北が俯く。そして深い深い溜息をついた。
「どうした、荒北」
「いや、大丈夫。こっちの話だからァ」
 脱力したようにずるずると壁に置いた手を下げると、荒北は福富から離れた。
「おい、荒北」
「両方」
 ぶすっとした顔で荒北が指を突きつける。
「ペプシと唐揚げ、百個用意しとけよっ。福ちゃん」
 言うなり荒北は駆け出す。止める間もなく、荒北は姿はあっという間に見えなくなった。
 福富は眉間に皺に寄せる。
 百個はいくらなんでも無理だ。荒北。

 同僚の石垣が驚いた声を上げた時、福富はペプシを箱買いすべく職員室でインターネットの海を彷徨っていた。
 ディスプレイから視線を石垣に移すと、彼は必死に窓の外を指さしている。とうに日は暮れ、薄闇が辺りを覆っていた。
 福富は席を立つと、石垣が走り寄ってきた。窓の外で何かが空から落ちてきたと主張する彼を宥めて、仕事に戻らせる。福富の説得に石垣は不満な顔をしつつも席に座った。
 それを見届けて福富は窓へと近づく。思い切りよく開いて、下を覗きこんだ。
「荒北」
 隠れるように人狼は窓の下に座り込んでいた。
「犯人、見つけたぜ」
 普段はない獣の耳を立てて荒北が言う。
「よくやった」
 福富は頷いて、手を差し出す。荒北はその手を一瞬だけ見て、目を逸らした。
「まだ早ェよ、福ちゃん」
「どういう事だ」
 福富は荒北を見る。職員室から漏れる灯りに照らされたその肌には擦り傷がいくつもついていた。
「アイツ、並の妖怪じゃねェ。手を出さない方がいい」
「そうか。だが、オレの生徒に手を出す奴を許すわけにはいかない」
 今泉が苦しんでいるのを放っておけるわけがない。
 福富は更に詳しく話を聞こうと身を乗り出す。しかし、肝心の荒北は顎に手を置いて何やら考えている。
「荒北」
 促すように名を呼べば、荒北が福富を見る。何かを決心した顔だ。
「福ちゃん、オレが戻るまでアイツとは戦うなヨ」
「何を言っている」
 荒北が立ち上がる。興奮しているのか、尻尾がピンと張っている。
「いいからっ。あの蛇野郎とはまだ戦うんじゃねェ、絶対」
 やはり、蛇の妖怪なのか。福富の内側に冷たい風が吹く。
「待ってろよ、福ちゃん」
 背を向けたままの荒北は福富の様子には気付かない。狼に姿を変えて、月に向かって走っていく。その大きさはすぐの米粒大になった。こうなると追いつきようがない。仕方なく福富は窓を閉めて席に戻った。
「なぁ今、大きな犬がおらんかったか?」
 こわごわとした石垣の眼差しに福富は首を振った。



 荒北はそれから数日、学校に来なかった。バイト先のパン屋にも行ってみたが、「ちょっと休む」と書き置きを残して行方をくらましているらしい。
『靖友の奴、どこに行っちまったんだろうな』
『わからない』
 保健室へと続く廊下を歩きながら、福富は新開と会話する。
『まったく、寿一もオレを呼べが良かったのにな』
『すまない』
 確かに新開ならば荒北に追いつけただろう。
『まぁ過ぎちまったもんは仕方ないさ』
 心配なのは今泉くんだ。新開は続ける。
『今、体調悪くて保健室で休んでいるんだろう』
『あぁ。六限目に具合が悪くなったらしい』
 福富は手に持った鞄を見る。無駄な装飾が一切付けていないのが今泉らしい。
『早く手を打たなければ』
 鞄を握る手に力が入る。新開はそんな福富を見つめて呟く。
『それにしても、一体どんな妖怪なんだろうな』
――白い蛇が。
――蛇野郎と戦うんじゃねェ。
 青ざめた今泉の顔と顔をしかめた荒北が交互に浮かぶ。また右手が熱くなった気がして福富は自嘲した。
 蛇の妖怪とはまったく何の因果なのだろうか。
 その瞬間、強大な重力がかかった様に身体が重くなった。
『寿一っ』
 新開が叫ぶ。
「わかっている」
 鼓舞するように応える福富を歩いていた生徒がぎょっとした目で見る。彼らにはわからないのだろう。この恐ろしいほどに強い妖力が。
 鞄を放り投げて福富は走りだす。妖力の源は保健室だった。

 保健室の扉を開けると、女性の養護教諭が気を失っていた。強い妖力に当てられたのだろう。
 福富は慎重に中へと踏み込む。
 保健室の様子は普段と変わりがない。清潔ないつもの保険室だ。だが、部屋に満ちた禍々しい気に福富は息を詰まらせる。
――今泉っ」
 福富は今泉が寝ているベッドのカーテンに手をかける。一気に開けようとした時、背後から声がした。
「余計な手出しはしないでもらいたい」
 朗々とした低い声が響いた。福富は振り返る。さっきまで誰も居なかった椅子に男が座っていた。
 白を基調とした法衣を身に纏い、手には錫杖を携えている。その姿はどこぞの寺の僧そのものだが、溢れんばかりの妖気が不釣合いだ。
「何者だ」
 福富はいつでも新開を呼び出せるように左手を右手にに添える。
「オレは金城という。福富寿一」
 爽やかに男は言った。
「オレを知っているのか」
「箱根学園の霊能教師の名は有名だ」
 なんでも鬼を使役するらしいな。金城は興味深いと福富の右手を見つめる。薄いレンズ越しのその視線はぞっとするくらい冷たい。
「それならば話は早い。鬼と戦いたくなければ立ち去れ、金城」
「残念だが、それはできない」
 静かに金城は告げる。
「オレの目的の為にその少年が必要なんだ」
「目的?」
 訝しがる福富に金城は頷く。
「人化の術を知っているか」
 福富は首を縦に振る。その名の通り妖怪が人間になる術だ。ただ化けるのとは違い内臓からなにまで全てが人間のそれに変わる。人化の術を成し遂げた者は莫大な力を得るらしい。ただ材料が難しい。その妖怪とぴったり一致する人間の頭蓋骨が必要なのだ。
 そこまで思い至って福富は歯を食いしばる。
「まさか今泉の頭蓋骨を使うつもりか」
 そうはさせない。福富は手袋に手をかける。
「新開」
 名を叫んで解き放つ。
「待ちくたびれたぜ、寿一」
 突風が吹き荒れ、保健室のカーテンを揺らす。その渦の中心に棍棒を担いだ鬼が現れた。不敵な笑みを浮かべて。
「二対一。ちょっと卑怯かもしれないが、悪く思わないでくれよ」
 新開が片目を瞑る。福富も札を構える。
 そんな二人に対して、金城はやれやれと立ち上がった。
 金城は懐を探ると細長い透明な黄色を帯びた瓶を取り出した。そして、おもむろに栓を外す。
「なんだ、あれ」
 無邪気に首を捻る新開の横で福富は目を細める。あの瓶、どこかで見覚えがある。
 確か、福富家に置いてある蔵書で見たような気がする。といことはただの瓶であるはずがない。
「油断するなよ、新開」
「大丈夫だって」
 新開は棍棒を構える。ぎらぎらとした強大な妖気が溢れる。しかし、それに晒されたながらも金城は落ち着き払っているように見えた。胸騒ぎがした。
「新開隼人」
 唐突に金城は力強く新開の名を呼んだ。
 その瞬間、福富の身体に電流が走る。そうか。あの瓶は。
 新開、返事をしてはダメだ。福富がそう叫ぶよりも早く。新開は応えてしまった。
「ん? なんだ」
「すまない」
 金城が瓶の口を新開へと向ける。抵抗する間もなかった。一瞬で、瓶は新開を吸い込む。まるで手品のようにその場から鬼の姿が消える。
 金城は瓶を水平に戻ると再び栓をした。その様子を福富は凝視する。
「何故、そんな物を持っている」
 琥珀浄瓶。西遊記で金角と銀角が用いていたとされる。返事した相手を吸い込んでしまう宝具。
「もちろん、本物じゃないさ」
 金城は困ったように微笑って瓶を揺らす。じゃぷんと音がする。
「だが、レプリカだろうとも鬼一匹くらいは捕らえる事ができる」
 さぁ、どうすると金城は錫杖を福富に突き出す。
「切り札はオレの手の内だ。大人しくしてくれないか」
「断る」
 できるはずがない。
 福富は経を唱えながら御札を投げる。それはたちまち燃え、金城へと降り注ぐ。
 金城が横に避ける。そこへ更に呪符を仕掛ける。福富があと一言を唱えれば強力な電撃が出現するはずだった。
 絹を裂くような悲鳴が上がらなければ。
「た、助けてぇっ」
 気絶していた養護教諭が目を覚ましたらしい。その声に福富の集中が僅かに乱れた。その隙を見逃すような敵ではない。
 軽やかに金城は呪符の間を駆け抜け、福富の背後に回った。
 しまった。そう思った時には、首筋に針で刺されたような痛みを感じる。
 急速に力が抜けていく。耐え切れず福富は床に膝を着く。
「オレは元々は毒を持っていなかったのだがな」
 後ろで金城が独り言のように呟く。
「妖怪になってから色々できるようになってしまった」
 そう言う金城の声色は自慢するような感じではなかった。悲しむような嘆くような淋しさを抱えた響きだった。
 必死に倒れるのを堪えて福富は金城を振り返る。
 緑の瞳と目が合った。ふっと金城が笑う。
「今泉がこの高校の生徒だったのは必然だったのかもしれないな」
「どういう事だ」
「オレは昔、ここの生徒のせいで死にかけた」
 福富は息を詰めた。右手が燃えるように熱い。
「あの白と青のジャージは忘れられない」
 まさか。福富は愕然とする。
 箱根学園で白と青のジャージを使っているのは自転車競技部だけだ。そして、この男は蛇だと言う。
「轢かれたのか」
 無意識に口走っていた。金城が怪訝な顔をする。その顔を見て、福富はもう一度口を開いた。
「ロードバイクに轢かれたのか」
 金城の目に明らかな動揺が現れる。戸惑うように揺れる視線に福富はあぁと息を吐く。
 やはり彼はあの時の――
 思うと同時に福富は崩れ落ちた。完全に毒が回ったようだ。身体が弛緩して動かない。
 遠くなる意識のどこかで声が聴こえる。
「安心しろ。この毒はすぐに治る」
「だが、再びオレの邪魔をするならば次は容赦はしない」
 待ってくれ。行かないでくれ。
 去っていく妖気に呼びかけながら、福富は静かに瞼を閉じた。


2015/02/07