忍者自慢の腹中時計が地上時間にしておおよそ三日の経過を告げた後、いよいよ気球の組み立てが完了した。巨大なエンベロープは、限られたスペースに広げるため、仮の骨組み・支骨を入れることで所要面積を削っている。戦車のエンジンと排気筒改造した即席巨大扇風機が唸りを上げ、猛烈な風を包球に吹き込む。徐々に膨らんでいく気球。ドワーフたちは自らの作り上げた未知の道具の完成図に興味津々といった様子だ。 
「これで空が飛べるラリー?」 
「すごいラリー!」 
 また一つ仮骨を除かれた包球の表面が漣打つ。 
「地上の人たちは空を飛ぶ方法をいろいろ知ってるのね!」 
ローザから貰った人形を抱いたルカちゃん 
「でも私はやっぱりお船がいいなぁ。」 
「船の方が快適だしなー。」 
 愛想よく応じるエッジの顔はしかし、未知のモービルによる未知の旅路への大きな期待を窺わせる。 
 いよいよ巨大な風船が地面を離れる頃、午前の仕事を済ませたジオット王が様子を見に来た。 
「ふむ、上出来なようじゃの!」 
 満足げに頷くジオット王に、一行揃って頭を下げる。 
「ところで――」 
 カインはジオット王に向き直った。人々の噂にも聞かないことと、ある一つの仮説から答えの見当は付いているが、念のため聞いておく。 
「ステュクスによる事件の話は出ていませんか?」 
「何じゃそれは?」 
 カインは掻い摘んで説明をする。話を聞き終えたジオット王は、改めて知らないと言を重ねた。地底にはまだステュクスの感染が及んでいないようだ。これは朗報だ。 
「奴さんらも如何せん地面潜っちゃ来ねぇわな。」 
「ああ。それに、例え到達したとしても溶岩に囲まれたこの地形だ。感染を広げることはできないだろう。」 
ステュクスは熱に弱い 
 いよいよ気球が満杯に膨らんだ。出発の時。 
「……ステュクスとやらは聞かぬが、変わったことと言えば、封印の洞窟で幻獣を見たという話があるのじゃ。まさかとは思うが、用心を怠らんようにの。」 
「幻獣か……。」 
 思いがけぬ脅威を示唆され、カインは喉を鳴らす。しかしいまさら出発を遅らせるわけにはいかない。 
 
 気球でわずかな時間の空の旅。最後に積み込まれた幻獣の話題によって塞がれていた一行の気分も、安定した飛行によって徐々に晴れてくる。 
砲塔バスケットなかなか居心地いい パロム火力調整 ポロム風調整 強い自然風(突風の類)は無いから制御はそう難しくない 
「飛ぶモンだなぁ~。」 
簡素な作りながら快適な空の旅にエッジ素直に感動 バスケットから顔を出し、代わり映えのないオレンジ一色の景色を飽きずに眺める。 
「巧くいくものだな。」 
カインも感心。包球の下に吊られた火鉢の上で踊る陽炎を眺める。カインの口ぶりに、エッジはバスケット内に顔を戻し、頭を掠めた推測を言葉にする。 
「……もしかして、こいつで飛んだのァ――」 
「俺達が世界初、だ。」 
カインは重々しく頷く。エッジひぇー。 
「お前、案外思い切った博打しやがんのな……。」 
「世界初だって、すっげー!」 
バスケット内備え付けのチャイルドシートで会話を聞いていた世界初の補助火力調節係がはしゃいだ声を上げる。 
「この気球の名前、天才パロム号に決まりね!」 
「ああ、別に構わんが……」 
「天才パロム号、ぜんそくぜんしーん!」 
パロム調子乗ってファイアを放ち火力アップ 
急激な加熱に気球は上昇し、天井の岩にぼうん包球ぶつかり ポロムきゃあっ悲鳴上げ 固定していなかった軽い荷物がふわり浮きバスケットの外へ カインが咄嗟に手を伸ばすが、間一髪間に合わない。エッジがカインの腕をはっしと捕まえカインの体をバスケットに引き戻す。 
「あーっっっ! オイラのおやつ……」 
パロムのおやつは溶岩にあっという間に平らげられた 
「自業自得ですわ!」 
揺れる椅子にしがみついたポロムぷんすか パロムしゅーん 
「そうしょげるな、また買ってやるから……だが、悪ふざけはもう無しだぞ。」 
「うう、ごめんなさい……。」 
しおらしく瀞火を燃やすパロム 溶岩と天井の中間温度層をゆったりと流れる気球は、やがて洞窟を眼下に据える盆地の平野上空で停止した。高度を落とし、頃合いを計って碇を岩山斜面にフックする。 
 エッジが先に降り 途中まで籠上げ下ろし、途中から岩直接投げ上げてバスケットに積み、高度を落とす 
頭上すれすれまでバスケットが降りたところで、予備のフックを下ろして完全に固定したことを確かめる。うへー疲れた。重労働を終えたエッジカインは元より、双子の魔力消費も激しい。 
「少し休もう。」 
洞窟傍らで休憩。 
「前回来てから時間経ってるが、内部はどうだろう?」 
長年封印によって外界から隔てられていた洞窟内の生態系 封印無き今とて、結局は溶岩海によって隔てられている場所であることに変わりはなく、内部の様子が激変するとは考えづらい。 
「問題は――」 
「幻獣だな……。」 
かつて、セシルと二人・今より劣る戦力で幻獣を討伐したことはあるが、それは事前に特性など敵の情報を得ていたから成せたことだ。今回、詳しい事前情報を望むべくもない以上――目撃者は、一目見るなり一目散に逃げたそうだ。むべなるかな、賢明な判断といえる――勝敗可能性に関わらず、正面対決は是非とも避けたい。幽霊の正体が枯れ尾花であることを願うばかりだ。 
双子飲み終えたエーテル瓶しまい さて体力魔力共にかなり回復したし封印の洞窟突入だ。王女から借りた首飾りで扉の封印を解く。首飾りのヘッド部分を、全体が組石錠となっている扉の欠けに合わせるため、手を伸ばす。 
瞬間、直感が警鐘を鳴らした。何かおかしい。カイン咄嗟に手引っ込めもう片方の手で槍抜き。扉の模様ぐにょり動き中からずぼっとキメラの首現れ牙向き。 
「アサルトドア!?」 
驚愕と警告を同時に済ませたカインは、鋭く迫ったキメラの牙を穂先で弾いた。 
 アサルトドア――地底独自の洞窟棲生物だ。地表でも見られるスライム類から独自の進化を遂げた亜種だといわれている。空中を漂う塵ほどのスライムが、ごく初期の鍾乳洞柱・小突起を基礎・下地として取り付いて芽を作り、鍾乳洞の水を吸収して成長し壁様の成体となる。成体となったスライムは食性が変わり、餌として動物性蛋白を必要とするようになる。土中から吸収した動物の死骸の匂いか何かで肉食の獣を引き寄せ、餌兼護衛として内部に取り込む。内部に取り込まれた動物は麻酔のようなものをされて半仮死状態となり、利用される。※内部に取り込まれた獣は麻酔により半仮死状態となり、蛋白質?を分解して何らかを生み出す装置として利用される。(消化器官を外部装置として利用される)岩が取り込んだなんかの栄養素を獣に供給→獣が分解吸収→岩が栄養回収、のサイクル 
 この生物が人間にとって脅威なのは、殺人扉という名の通り、遠目にあたかも装飾扉のように見えることだ。スライムによって体表をコーティングされ同化した獣が、図らずも擬態として機能する。それは、薄暗い洞窟に不釣り合いなほど緻密で精巧な彫刻の施された扉のように見える――あたかも、その奥には財宝が眠っているのだと言わんばかりの。 
 だがそれ故に、予め存在が知れてしまえば脅威ではない。避けることは容易だ。多くの待ち伏せ罠と同じく、迂闊に近づいた者のみが痛い目を見る。内部の獣の種類にも拠るが、概ねは固定型で近接攻撃のみだ。 
 今回は避けられないが、対峙するのは初めてではない。倒し方を知っているという絶対的な優位性がある。天井の接合部にある芽を潰すとスライムは死に、解放された獣が飛び出してくる。※あるいは、中の獣の方を先にどうにかすれば、エンプティ状態に陥り行動不可、楽に倒せる エンジン(との接合部)を叩くか燃料タンクを叩くかの二択 
「エッジ、ドア本体を任せていいか。キメラの始末は俺がやろう。」 
「おぅ、ちゃちゃっと片付けますか。」 
 エッジは親指ほどの円錐礫を一握り、横一斉投射して天井のスライム芽潰し 珠簾みたいに流れ落ちて崩れるスライム カイン、飛び出してきたキメラの牙に槍噛ませぐるり大車輪で地面に引き倒し 素早く猿ぐつわにした槍踏みつけて動き封じ心臓に補助小剣突き立て あっという間に処理完了 
「前途多難だなこりゃ。」 
「ああ……だが、進むしかあるまい。」 
開かれた入り口くぐり抜けがてら、エッジは腰を折り、投げた礫を拾い上げる。 
 
封印の洞窟。岩に付着した水蒸気が冷やされ地下水脈となり、気の遠くなるほどの時間をかけて穿たれた深い洞窟。封印の洞窟との名の通り、その底はどこまで続いているのか見当も付かない。何かを投げ落とせば永遠に封印してしまえるだろう。 
歩道は十分広いが、下層階へ降りるロープを伝う際には子供をおぶい紐で固定し下る。暗がりから人の気配に眠りを妨げられたコウモリが飛び出してくる 
見覚えのある場所をたどりながら、順調に三層数え、階段窟から降りてきたフロア 前後を扉二枚に挟まれた小部屋 これまで常に正解の扉を当ててきた竜騎士の記憶だが、最も簡単な二択で詰まってしまった エッジを見るが、彼も覚えていないようだ。 
「大分戦力温存できてる 両方掃除しちまおうや」 
五個の礫を片手で器用にお手玉しながらエッジが言う。 
「よし、順に処理しよう。」 
 慎重論で行こうとするカインの裾を小さな手が引く 
「オイラたちの力、もっと信じてよ!」 
 子供たちの申し出にカインふむう考える。内部の獣は弱っている。麻酔によってゾンビ状態であるためだ。万一があってもカバー出来る 
「よし、では分担して当たろう。左を頼む。」 
「「りょうかいっ!」」 
 右担当カイン、左担当双子で 
 エッジ礫を双腕斉射で獣解放 カイン右手から飛び出した獣を入り口と同じ手順で倒し 双子もまた 
「スロウ!」 
ポロムの魔法が突進速度を緩める 
「ブリザド!」 
パロムの魔法が獣を凍り付かせ 
「へへーんっ、どんなもんだい!」 
「おーすげえすげえ」 
 エッジ、パロムの頭ぐりぐり撫でくり褒めてやり 
 双子の開いた扉が正解 くぐったフロアから橋を渡り、輪っか状のフロアの真ん中に垂らされた最長のロープを伝い降り 階段下りて扉抜けぐるっと壁沿いに半周していよいよクリスタルルームのあるフロアへと降りる最後の階段 
 長い階段を降り切った瞬間嫌な雰囲気。 
「前回はクリスタルを手に入れた後だったが――」 
「今回は近付くことすら許さねぇってか。」 
通路が一変に様相を塗り変える。 
橋の両脇の壁にまで腕を広げた呪いの壁が死の眠りより目覚める。 表面を覆う埃が剥がれ、忌まわしき真の姿が露に 前回と比べより生々しい魔物の姿 ところどころ肉が残っている感じ 額に大きな瘤のある鼠に似た巨大な頭蓋骨と剥き出しの乱杭歯、骨の体 禍々しい彫像 
デモンズウォール――アサルトドアの屍が長い年月を経て化石化したものだと言われている。アサルトドアが生物の肉体を取り込むとすれば、デモンズウォールが取り込むものは魂だという。 
クリスタルを目の前に立ちはだかる障害 相当の強敵だが、やはり前回の経験がある。全く無知の状態で戦った前回とは違う。 
敵の攻撃のうち、脅威となるものは二種ある。 
認識した時点から徐々に距離を詰めクラッシュダウン 
次元ホールを開き、魂を吸い込むナインディメンション 
 どちらも一撃でも食ってしまえば一気に状況が悪化する強力な攻撃だが、幸いどちらもディレイが長く、予兆が分かりやすい。 
 エンジンとガソリンタンクの関係 デモンズウォールはドアと違ってエンジン接合部が露出していない また、ガソリンタンク単体(いろんなモンスターの複合体=悪魔)の戦闘力も、ややもすればエンジンより厄介 エンジン=岩に対して前衛陣の得物は相性が悪い 滑らかな固化した壁表面に、斬撃の威力は大幅に削られる。よって、エンジンはそのまま、ガソリンタンクを魔法で叩く 魔法が頼りだ 
「パロム、ポロム。」 
 油断無く壁の様子を警戒しつつ、視界の端に頼みの綱を映す。ざっと簡単に作戦説明 
※「俺たちが攻撃を引き付ける、その間に本体を蒸し焼きにしてやれ。」 
 カインの要請に双子は大きく頷いた。特にパロムは、頼られた喜びを隠さない。へへんとこすり上げる鼻はどこまでも伸びてしまいそうだ。 
「天才魔導師パロム様に任せとけ!」 
「よし。遠慮はいらない、派手に行け!」 
指示を残して前衛へ駆け出る。動きまわって敵の目を引く 
「汝らに守護と雷速を、プロテス、ヘイスト!」 
 二人の背中にポロムの支援魔法が飛び、続けてパロムがキャストに入る。 
「爆ぜろ、フレア!」 
 炎が集い大渦を成す 岩の表面コートを溶かすには十分過ぎる威力 
 パロムに任せきりではバツが悪い 炎渦の後を追い、大きく踏み込む 溶けた岩表面に一撃くれてやろうと、遠慮なしに振りかぶる 
 その瞬間、下頬の両横を鋭い熱気が駆け抜けた。 
 一瞬の出来事に、少女が悲鳴をあげる暇もない。高温と爆風が青年二人の体を易々持ち上げ、それぞれを壁に投げ飛ばす。壁に設えられていた燭台が割れる どんっという重い音が、二人の体に掛かった負荷を表す 
「魔法……反射……!」 
ポロムが愕然と呟く。 
 魔法防護壁もらってなかった上に全く構えていなかったためダメージ軽減行動の一切が取れなかった。高熱に炙られた器官の溶けた細胞が咳と同時に、燭台の破片の上にぼたぼたと滴り落ちる。 
 ぐらぐらと揺れる視界 目を見開く少女の顔が見え、その横に少年の激しい動揺が見えた 立ち尽くしているパロムのほとんど蒼白となった顔色が洞窟の薄闇に浮き出ている 
「平気だ、気にするな……」 
溶けた口内が擦れ、強がりと血の併せ酒を味わう。目論見は外したが、穴に落ちなかったことは幸運だ。 
「へッ、背中の煤けたイイ男ってな……」 
エッジもまた軽口と喀血を吐き捨てる。背中側肋骨の隙間に刺さった燭台抜き捨て 軽装が祟った 
「っな、汝らに癒しを! ケアルラ――」 
 ポロム回復魔法キャスト しかし癒しの代わりに訪れたのは更なる重圧 
※デモンズウォールの捕食行動 クラッシュダウン・鍾乳柱を形成し降らせる+追加で石化に似た効果 クラッシュダウンで動き封じ、肉体を鍾乳岩同化・琥珀化して、9ディメンションで魂吸い取る 
※魔法ダメージを残した体が逃げ足を許さなかった 何とか体を捩って致命傷は避けたが、幾つか地面に刺さった鍾乳柱に肉を押し千切られた 刺さったままだから出血も少ないが、これでは動けない 
「ニィちゃん!」 
「エッジさん!」 
双子の悲鳴が聞こえ、エッジカイン共に互いの動きが封じられた絶望的状況を知る 
カイン歯がみ――滅多に遭遇しない希少な敵だ、魔法反射などという特徴的な能力があれば忘れるはずがない こいつは、前回とは異なる亜種か何かか? いずれにせよ、痛恨の判断ミスだ 前回の経験に奢って敵の正体をよく見定めなかった 慢心が生んだ絶体絶命 
※ポロム、恐怖と動揺で小震え 二人の怪我を早く治さなきゃ 早く治さなきゃ 治しきれるだろうか? いや、その前に敵をなんとかしなきゃ 動揺で指が冷たい 全身がくがく震えが治まらない 
「……っこのやろーーー!」 
 パロムの吶喊の叫びが震えを止める 弟、短剣抜いて威勢良く突進 
「パロ――ホールド!」 
少女が放った枷が弟の足を縛る パロムべたーん転び その手から短剣が離れ床を滑る 薄く頼りない刃が洞窟の岩を滑る 
「そんなのじゃ倒せませんわ!」 
「だってこのままじゃ!!」 
「パロム!」 
ポロム半ば悲鳴に近い声で弟の肩がしっ掴み 弟の目の中に迫り来る悪魔の壁が映る 目に映る絶望の壁 迫り来る死の恐怖 はっと閃き 
「大丈夫! 私たちには出来ることがありますわ!!」 
肩を掴んでいた枷が解ける。姉の示す光に、パロムはぱっと表情を明るくした。ポロムはやっぱり頭がいい。 
立ち上がり、姉の手を取る 意志に応じて既に掌に集い始める確かな魔力 そうだ、自分たちには出来ることがある 
「ニィちゃん、隊長、一緒にボウケンできて楽しかったぜ!」 
「お二人なら、きっとステュクスをやっつけられるって、信じてますわ!」 
手を繋いだまま振り返り笑いかける その直後 
「「パロム! ポロム!」」 
どれほど非道を行えば、彼らからこんな怒声を搾り取れるのか。煮え湯を浴びた子供たちは肩を震わせ硬直した。岩に飲まれる体を擡げるために渾身の力で握り締められた拳は、今にも頭めがけて飛んで来そうだ。 
「バカな真似するんじゃねえ!」 
「で、でもっ――」 
「うろたえんな、これも作戦の内よ!」 
エッジが動揺する小舟に素早く舫縄を結びつける。 
「作戦!? 本当に?」 
「なぁ、そうだよな、カイン!」 
エッジが渾身の力で投げ寄越した舫縄。カインは大きく頷いてみせ、舫縄を手繰って引き寄せる。この縄を早く係柱に結びつけなければ――小舟が動揺の波に持ち攫われてしまう前に・子供たちが自らを犠牲にしてしまう前に 
 口の先へ何とか浮かび上がろうとする打開策 しかし凍てつく寒さが水面を氷で閉ざしてしまう 自分たちがこのような状態にある以上、子供たちに起死回生を負わせることはできない 体が冷たくなっていく 
 せめて、子供たちを逃がさなくては―― 
「一度退くんだ!」 
声と共に振り絞る息が白く眼前を閉ざす 曇った向こうに泣きそうな顔で嫌々をする子供たちが見える 
「おら聞こえただろ、早く行け!」 
エッジの吐いた気炎が白く見える  
出血のせいか 寒い 周囲の温度が下がっていくのを感じる 手足が凍り付くようだ もうだめか? 
――いや違う、鼻先を掠める冷気 きらきらと輝きを発する微塵 これは霧だ 寒さによる目の濁りではなく 
 揺らぐ視界の中心に凍てつく翡翠が輝く 肌を刺す冷気に全身を優しく包まれる 
――大丈夫、もう動けるわ! 
聞き覚えのあるりりしい声。青白い冷炎が体を捉えていた呪縛の岩を凍り付かせ砕く 視界が収束し、華奢な肢体を中心に結ぶ 
「リディア!」 
リディアうんって力強く頷き ポロムはっ我に返り二人の回復に 
「来たれ――ドラゴン!」 
 回復に走るポロムの背にリディアが呼び出した白霧竜がたおやかな翼を広げる。優美な外見にそぐわぬ苛烈な冷気が、先と違って今度は牙を向き呪いの壁を凍りつかせる 
 しばしの時間稼ぎ リディア振り向き、同時に回復を受けたカインも顔上げ 
「お願い、手を貸してほしいの!」 
「頼む、手を貸してくれ!」 
言葉同時に カイン、リディアの話促し 
「取り込まれているのは幻獣なの!」 
「あれが……!?」 
「カーバンクル、魔法反射の能力を持つ子よ。」 
リディア振り向き、痛々しい姿に泣きそうに目を歪める 
そうか、目撃証言の幻獣はこれか――まさかこういう形で出てくるとは 
「手を貸そう。どうすればいい?」 
「契約の儀が完了するまでの間、壁を止めていてほしいの!」 
やはりそうきたか。あわよくば召喚獣の援護を期待したが、この事情では望めない。となると、二つ返事で請け負えるほど簡単ではないが、 
「分かった、やってみよう。」 
今は他に術はない。 
「大将、策は?」 
「無論。」 
カイン、自信を持ってエッジに応える。クラッシュダウン食らって寝てる間に既に考えていた 召還魔法の他に魔法反射壁を抜けられる魔法攻撃といえば――温かさを取り戻した血が巡り、先に浮かんでいた策が解凍される バルバリシア配下の女性モンスター姉妹が使っていた技・デルタアタック 
「さすが竜騎士様、転んでもただじゃ起きねえ」 
エッジ感心 カイン、槍を構える 
「汝らに――」 
「いや、待て。」 
すかさず支援に入るポロムを止め 
「ポロム、俺達にリフレクを。」 
続いて、策の要となる攻撃魔法の使い手に目を向ける 彼はショックから立ち直っているだろうか? 悪戯好きだが、心根のとても優しい少年 自慢の魔法で招いた同士討ちの衝撃は、さぞ大きい爪あとを心に残してしまったことだろう 
「……パロム、リフレクで魔法を跳ね返すんだ。出来るか?」 
膝をつき目線を合わせ、肩に手を置いて真っ直ぐ見つめる。パロムはっとした後ぎゅっと眉結び 
「オイラ、やる!」 
力強くこくり頷き 
「よし、頼むぞ!」 
「倍返ししてやれ!」 
エッジカイン、橋挟んで両脇に展開し 魔法の射線通すために跪いた姿勢で武器床に刺して体固定し 
「汝らに防護を、リフレク!」 
ポロム魔法反射陣貼り ややもせず遂に守護の霧が去る。 
「今だ!」 
カインに応えてパロム 
「降れ、コメット!」 
少年の声に応じ、隕石雨降り注ぎ 
「うひょーっ!」 
エッジの呑気な歓声に突っ込みを入れる気にもならない 魔法反射壁が虹色に光り放ちきらきら 炎放つ岩が無数に降り注ぎ虹の天蓋に描かれる流星雨 壮絶な光景 
 パロム、コメットをカーバンクルを避けて上手に壁に当て前進を押し留める そればかりでなく、じりじりと押し返している 凄まじい集中力 
「パロム……!」 
ポロム喘ぎじりり パロムが全魔力掛けてる リフレク維持が大変 もし魔法反射壁が破れでもすれば、この魔力が全て二人に襲いかかる 
 そうなれば、二人は無論、パロムも大きく傷つく――あるいは再起不能になってしまうかもしれない 自分が皆を守りきらなければ 
「出で来たれ、カーバンクル!」 
リディアの声が契約完了を告げる 壁の剥がれた部分から緑の光溢れ 解き放たれた獣が光の百矢となりリディアへと一直線に向かう 
 風圧に弾かれエッジとカイン姿勢崩し 慌てて屈んだ双子の手前で急激に上へ歪曲する光 リディアの口から緑の光る煙立ち上り幻獣を捉える 幻獣完全に壁から分離し、壁の亀裂広がり分断された部分それぞれがさらさら玉簾のように崩れ 
 幻獣が抜けた穴塞ごうとウォールぼこぼこ カイン、手の槍を姿勢低く大きく振りかぶり投擲 穴が塞がるのを阻止 エッジがすかさず姿勢を立て直す動きから投擲を繋いで断面に火薬玉投げ付け 連続炸裂した発破が再生しかけの破片を微塵の砂礫に変える 
 勝利の静寂 それを破ったのはエッジの声 くるっと振り向き鼻高々子供たちに向き直る 
「――ほーらな! どうよ、この作戦! 完璧だろ?」 
リディア、はてな顔 
「作戦って?」 
エッジ胸張りドヤ顔 
「オレ様はなにせ色男だかんな! ピンチとありゃあ、こうして必ず、誰かさんが駆けつけるって寸法よ!」 
「ちょっ……!? もうっ、調子いいの!」 
 まるで自分が招いた手柄かのようなエッジの言い様に、緊張の解けたリディアが朗らかに笑う 
カイン、双子に向き直り 
「よく頑張ってくれた。お前たちのおかげで勝てた。」 
双子、俯いてやけに神妙に聞いている いつもならこれだけ褒められれば有頂天モード絶好調のはずなのに エッジ、常になくおとなしいパロムの頭をぐりぐり撫でながら顔覗きこむ。 
「おーい? どうした――」 
「うぅうぇぇえぇええぇ……」 
パロム、ぐちゃぐちゃの顔上げ 
「おいおいおい!?」 
パロムミサイルぼすっエッジに着弾 わんわん大泣きの声がこだまする 
「だ、たいぢょ、ど、にぃぢゃ、んが、しんじゃうが、ど、おぼっ、で、おい、オイラ、の、まほの、せ、で……う゛ぇぇぇ……――」 
 ポロムも大きな涙を目一杯に浮かべる 杖に大粒の涙ぽとぽと落としながらも 
「パッ、パロムっ! なっ、泣くっ、んじゃ、ないの!」 
「ボっ、ポっ、ボロムこそぉっ……!」 
エッジ肩竦め、大泣きパロムよしよし カイン、溢れる涙を盛んに拭いながら強がる少女抱き寄せよしよし リディア貰い泣きぐすっ 
「り、っリディ姉ちゃん、助けてくれてありがと!」 
「リディア様が、来てくださらなかったら、きっと、私たち……」 
「俺からも礼を言わせてくれ。本当に助かった。」 
「今回ばかりは素直に言わせてもらうぜ、ありがとよ。」 
 口々に感謝 突然改まった謝辞を受け召喚士の娘真っ赤になって照れ 両手しぱしぱ忙しなく振り 
「み、みんな、そんなっ、違うのよ! 助けてもらったのは、あたしもなの……みんながここに来てくれなければ、カーバンクルを助けられなかったんだよ?」 
照れ過ぎリディア、遂には蹲る 
「しかし、本当に良いタイミングで来てくれた。」 
「あの子を助けたくて……アスラ様に無理を言って、ここに来ることを許してもらったの。……ファブールの子は助けられなかったから……」 
カーバンクルが助かった理由 デモンズウォールが取り込んでいたことで、奇しくもデモンズウォールが仮の依代として機能したため、ファブールの幻獣の二の轍を踏まず(溶けきらずに)こちらの世界に辛うじて留まることができたらしい。正規の依代であるリディアが契約して(依代替えで)救おうと思ったが、一人ではデモンズウォールから引き離すことができなかった 
「みんな、ほんとにありがとう。」 
リディアぺこり改めてお辞儀。 
リディアは幻獣救出成功、こちらはクリスタルまでの障害排除成功でウィンウィン、結果オーライってことで早速クリスタルルームへ入ろうとすると、足音が一つ欠ける 
「リディア……?」 
振り向くとリディアの姿徐々に薄れ ミストの村で別れたあの時のように 彼女との別れの時が来た 
 明るく朗らかな少女の顔に翳る悲しみの影 
「そんな暗ぇ顔しなさんな、どうせまた会えんだろ。」 
リディア俯き 
「クリスタル戦役によって、眠り星は今目覚めを迎えようとしている……。目覚めてしまった世界では、幻獣は存在できないって……」 
リディアがカーバンクル救出に焦ったのはそのため 依代があってさえ現世に存在できないほどの状態にもうすぐなってしまうらしいとのこと 
「……ステュクスと幻獣の異変はやはり関係があるんだな?」 
カインの問に、リディアこっくり頷き 
「アスラ様が言うには、※幻獣は古から続く夢の結晶 眠り星が目覚めてしまうから、夢は溶けて消えてしまう 目覚めは暗い淵の向こうから、異なる眠りをもたらした者によってもたらされる」 
カイン、いつものお仕事考え事 リディアの言葉の解釈はとりあえず後回し、全文頭に暗記メモしとく リディア顔を上げ笑う 
「……あのね! エッジ、カイン、パロム君、ポロムちゃん……みんなに会えて、嬉しかった!」 
「ああ、こちらもだ――」 
元気な姿を見て安心した、と答えようとしたら リディアの肩と唇震え 最後まで笑顔を繕おうとした緑の瞳から涙一粒ぽろり リディア、頬を濡らした雫をごしごし拭る 
「行かなきゃ……協力できなくてごめんなさい。」 
「そいつを言うなら、俺らも同じさ。」 
エッジが言う 
「またな!」 
エッジに向かい笑う少女の姿が揺らいで消える パロム、エッジの袖引き 
「リディア姉ちゃんが幻獣界に行っちゃって、寂しい?」 
「なに、同じ星の上だ、お月さんよか遠かねぇ。」 
 軽く笑って応じるエッジ 
 さていざクリスタルルームへ カイン台座のクリスタルに手を伸ばすと指先が微かに震える 意識の奥底から沸き上がった躊躇 皆をちらり振り返り 
「どうしました?」 
みんなはてな顔 
「……いや。」 
カイン苦笑 薄々感じていたが、今確信した――自分をこの世で最も信用していないのは他の誰でもない自分自身なのかもしれない 
 手を伸ばし、がっちりとクリスタルを掴む 
掌からあの時の記憶が強烈に蘇る クリスタルから聞こえてきた囁き――裏切り者の汚名を着たままで良いのか? これが最後のクリスタルだ、もう後が無い。このクリスタルを手渡す時を逃せば、ゴルベーザにこの手で引導を渡し、汚名返上するチャンスは永遠に失われる…… 
 そんな囁きは、褪せた過去として、瞬き一つで簡単に消せる。 
 目に映る掌中のクリスタル。全く同じ物なのに、魅入られるような輝きはもはや感じない。ただ美しいと心から素直に思える。慎重に布巻いて大事に懐にしまいこみ 




LastModify : October/14/2022.