IndexMainNovelKarenusu フォントサイズ変更   L M D S
◇◆ 彼が盗んだもの 猪突猛進 ◇◆
 携帯を睨みつけながら、ルパンからのメールを読む。
 ルパンを無視することに決めてからと言うもの、日に日に姑息な内容に変化するメール。

『こうして、文子のご機嫌は直ったのでした。めでたしめでたし♪ つづく』
 つ、つづくのかよ?
『そういえば昨日、みちば』
 ろ、六三郎?
『らしいんだ』
 えぇ? 完結?

 もはや、意地よりも勝る親指が、ヒクヒクと動き出す。
 ツ、ツッコミたい……

 妙な私の意地は、球技大会の応援に出向いた先の体育館から始まる。
 男女混合のバレーボールの試合に熱中するルパンが、ちょっとカッコイイだなんて思った私が馬鹿だった。
 とっても息ぴったりに、トスとアタックを繰り広げるルパンとリアルフジコ。
 前衛のリアルフジコが手を後ろに回し、指で何やらサインを作ると、コクンと頷いたルパンが時間差攻撃?
 フジコの指から赤い糸が見えちゃったのは、私だけじゃないはずだ。

 何やら胃の痛みが治まらない。
 キリキリと痛む胃を押さえながら、歪んだ顔でルパンを見れば
「フビコ〜っ! お前のために俺は戦い、そして勝〜っつ!」
 私を見ながら、両手を掲げて吼えるルパン。
 けれどそこにリアルフジコがやってきて
「いやだルパン、嬉しいけど、恥ずかしいよ……」
 めちゃくちゃ真っ赤になってはにかみ俯き、ルパンのジャージをちょこっと掴んだ。
 その瞬間、胃の痛みが限界を超える。
 そして気付けば、右足のうわばきがなくなっていた――

 それからと言うもの、やたらとルパンに腹が立ち、同じ空気を吸いたくない病に侵される。
 メールも電話も一切無視。
 目を見たら、またうわばきがなくなるに違いない。(ほぼ確実)
 こうして、納得のいかない苛々に襲われる日々を過ごし、今日もまた、悶々としながら女子トイレへと移動する。

 ピンク色の、スケルトンブラシを振り回しながら物思いに耽る。
 最近の下校は、なぜかいつも次元と一緒だ。(暇なんだなきっと)
 次元は、とにかく良く気の回るやつだと思う。(さすがマメ男)
 噴出しちゃうほど、面白い冗談も言う。(ツッコミ系)
 でもなんだか、歯車が噛み合わない。(ボケが欲しい)
 そしてなんだか背中が痛い。(突き刺さる感じ?)
 この痛みには、どこかで出逢ったことがある……(それは呪い)
 ようやくここまで思考回路が追いついて、ふと鏡を見れば、後ろ手の個室上から見つめる人影。

 ぬおっ! おっ、おっ、おっ(奥田さま)

 私に気付かれたことを悟ると、そそくさと個室から出てくる奥田さま。
 極限まで内股につま先を合わせ、ペコちゃん風に舌をチロっと出してから、可愛らしい声で言った。
「いやん、見つかっちゃったぁ」
 み、見つけたくなかったけどね……
 けれど、そんなことはおかまいなしに、瞳をギラギラ輝かせて奥田さまは続ける。
「いやだぁ、ふみりん♪ あんなクソフジコなんかに負けたら呪うわよ……」
 語尾が小さく、そして太く、掠れていくのはなぜだろう。(多分、呪文)
 ところがそこに由香が現れると、妙に落ち着かなくなった奥田さまが、いそいそと出口に向かう。
「悪魔は無理!」
 妙な捨て台詞を、残したまま――

 混乱しながらも気を取り直し、両手を擦り揉みながら、極めて腰を低く由香に挨拶する。
「これはこれは、ほうほう山のカラスさんではないですか!」
 けれど梳かしたばかりの髪をかきあげて、由香が静かに放つ言葉は
「ほぉ?」
 や、やっぱり怖くて無理っぽい……
 なんとなく、奥田さまの言った意味を理解した、文子16歳――

 トイレのドアを開きながら、由香がいきなり言い出した。
「そういえばこの間、魔女がおかしなことを言ってたねぇ?」
 魔女なんだから、それは当然だ。
 でも怖いから逆らうことは止め、にこやかな笑みを貼り付けて聞き返す。
「おかしなことなんて言ってたっけ?」
「魔女なんだから、いつもおかしなことを言うだろぉ?」
 解ってるならやめてよ……
 でも怖いから逆らうことは止め、とぼけた笑みを浮かべて問いかける。
「で、何がすごくおかしかったの?」
 首を傾げる私に向かって、とても男らしく顎を手のひらで擦りながら、由香が考え深げにつぶやいた。
「リアルフジコが、ルパンに振られたと言わなかった?」

「えぇ、確実にそうおっしゃっていましたね」
 隣の男子トイレから姿を現したワトソンが、当然のごとく話に加わった。
 ワ、ワトソン、そのハンカチ素敵だね。(ドドメ色)
「そして松島さんの方も、それを認めたような形だったかと」
 どんな形なんだか、ちょっと知りたいやも。(楕円形?)
「でも、体育館では、イチャイチャしてたじゃない?」
 あ、だから腹が立ったのか!(って、ちょっと待て)
「えぇ、ですから、その後の出来事だと」
 それじゃ、まるで私が妬いてたみたいじゃん!(焼餅)
「ということは、アレだね文子」
 いつの間に、リアルフジコを好きになったの私?(ドキドキ)
「そうですね、久島さん」
 やっぱり、告白したほうがいいのかな?(恥ずかしい〜)
「文子?」
「久島さん?」
 何度も呼んだであろう2人の問いかけに、ようやく気がつき挙手をする。
「はい! 私は、オスカル役ね!」
 けれどそう言い放った後、苦虫を噛み潰したような2人の顔が目に入った。

 あ、穴があったら鍵を掛けて入りたい、文子16歳――

 結局、その後の学校は地獄に変わる。
 声を出すことも忘れ、目を逸らしながら笑い続ける由香とワトソン。
 鼻と目と耳の利く、オゾン系のやつらが、こんなおいしい事件を逃すはずがなく
「ラスカルに逢わせてくれて〜♪」
 代わる代わるやってきては、その歌ばかりを繰り返す。
 ラスカルじゃなくて、オスカルだよ!(でも言えないけど)

 更にパワーアップした苛々モードで家に着き、こんなときはお風呂だと、 父親を無視して一番風呂ゲット。
 指がふやけるほど長々入った後の、すっきり爽快なお風呂上り。
 腰に手を当て、ちょっとでも背が伸びるように祈りを込めて、牛乳を一気飲み。
 そんな粋な自分に陶酔しているところに鳴り響く、ルパンからのメール着信音。
 口元の白髭を、パジャマ代わりのスウェット袖で拭い、携帯を手に取った。
「今日は、どんな卑怯な手を使うんだ、あ?」
 まるで携帯がルパン本人かの如く、偉そうな態度で文句をつけて
「仕方がないから、読んでやるよ」
 どこぞの怖いお兄さん風に、ブツブツ言いながら画面を開く。
 けれどそこに表れた、とても短いメール文字――

『文子……ミーが……』

 ああ見えてもミーは意外とご高齢。(どう見えるかは不明)
 もしかして、まさか……
 そんな不安が押し寄せ、居ても立ってもいられずルパンの携帯に電話をかけた。
「ミーがどうしたの!」
 異常なほど静かな背後音の中、ゴクっと唾を飲み込むルパンが静かに告げる。
「ミーが……」
 信じられないほど暗くそれだけつぶやくと、後は一切押し黙ったまま。
 ルパンらしからぬ言動に、胸を鷲づかみにされたような苦しさがこみ上げる。
「すぐ行く!」
 思わずそう言って、勝手に電話を切った。

「お母さん! ルパンの家に行ってくる!」
「えぇ? こんな時間に?」
「ミーが大変らしいの!」
「ミー? あら、だってミーは今……って文子?」

 私の背中に向かって呼びかける母親の声など、既に聞く耳持たず。
 死に物狂いで自転車をかっ飛ばし、数百メートル先の海東家にひた走る。
 今更ながら思うけど、よかったあたし。(スウェットで)
 ものの数分で目的の場所に辿りつくが、なぜかこんな時間なのに薄暗いままのルパン宅。
 いや! ミー死なないで!

 自転車のスタンドを立てることすら忘れて、チャイムを押すことなく玄関の扉を開ける。
 いつもならすっ飛んでくるはずのミーが、今日は現れないどころが、泣き声さえ聞こえない。
「ルパーン!」
 ご近所中に響き渡るほどの音量で叫んでみるけれど、誰一人として応答なし。
 真っ暗なリビングと、相変わらず点けっ放しの2階の電気。
 とりあえず靴を脱ぎ捨てて、両手を付きながら階段を駆け上がる。
 勢い付いたまま廊下を滑り、ルパンの部屋のドアに手をかけようとした瞬間……
 ものの見事にドアが開き、転がるように薄暗い部屋へと飛び込んだ。

 あれ? なにかがおかしいぞ?

 相変わらず、猪突猛進だけが取り得な、文子16歳――
← BACK NEXT →
IndexMainNovelKarenusu
photo by ©かぼんや