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◇◆ 彼が盗んだもの 黙示録 ◇◆
 その預言書は、うわばき事件の数日後に発見された――

 体育館でうわばきを投げつけた後、完全に俺を透明人間扱いする文子。
 そんな文子が、次元と手を繋いで歩いている現場に遭遇し、アルマゲドンを食らったほどのダメージを受けた。
 さらに、その場に居合わせたリアルフジコに、妙な喧嘩を吹っかけられて……
 俺の心は、今まさにダヴィンチ・コード!(解読不能)

 大体、なんで文子は俺が見えないの?(こんなにデカイのに)
 出し続けているメールも、文字が透明になっちゃうとか?(返事なし)
 いや、携帯にそんな機能は有り得ない。(断言)
 なぜなら、俺も同じ機種だからだ!(調査済み)
 やばいぞ。この戦いは、長引くと命に関わるな……(文子禁断症状)
 ほら、もう既に、俺の胸に輝く赤いランプが点滅中!(ジョワッチ!)

「ルパン、そんなことをしてもビームは出ないし、俺はバルタン星人でもない」
 腕をクロスする俺に向かって、当たり前のことを堂々と真剣に言う男。
 いつもなら、快くツッコミを入れてやるところだが、今日の俺にそんな余裕はない。
 ピクピクと片眉を動かしてから腕を解き、ぶすったれた顔で机の上のイチゴオレに手を伸ばした。
「やばいのよ俺。ほら、両手がこんなに……」
 わざとらしく左手を震わせて、ゴエモンの目の前に差し出すけれど
「五百回は聞いたな」
 親指の爪で器用にチョコを弾き、それを口に放り投げるゴエモンが面倒くさそうに答える。
 ところがそんな教室に、慌てたワトソンが飛び込んできて
「き、来ました!」
 それだけ叫ぶと、教室隅の清掃用具を入れるロッカーに入り込んだ――

「き、汚ねーぞ、ワトソン! 自分だけそんなところに隠れやがって!」
「ゴエちゃん、基地よ! 基地に潜り込むのよ!」
 ゴエモンの巨体を押し込みながら、基地という名の机下に隠れれば、血相を変えた次元が廊下から走り込んできた。
 そしてその後を追うように、地の底を這うような世にも恐ろしい声が響く。
「次元くぅ〜ん!」

 何をとち狂ったのか、両手を広げて佇む次元に、魔女の呪文が降りかかる。
「いやだ次元くぅん、ハニワの真似? すごい上手!」
 恐ろしい内股でピョンピョン跳ねながら、魔女が次元の周りを旋回中。
 けれどそんな跳ねる魔女のポケットから、小汚いメモ帳がボトっと落ちた。
「ひぃ〜っ!」
 手榴弾でも落とされたかのように、机から飛び出て後ずされば、机をかぶったまま仁王立ちで固まるゴエモン発見。
 ゴ、ゴエちゃん、それは新しい防災頭巾?

 気を取り直したところで、俺の肘をつつくゴエモンが
「おいルパン、あれは呪文帳だよな?」
 俺よりも震える手で、小汚いメモ帳を指差した。
「あ、あんなものを触れるのは、悪魔しかいませんよ……」
 いつの間にか、ロッカーから脱出していたワトソンが、驚愕の表情で訴える。
 ところがそこに、望まない悪魔の降臨。

「ほぉ?」

 そして、俺たちの全機能が停止した――

 その日の放課後、悪魔もとい、福島に呼び止められた。
「ルパン、例のアレをワトソンに渡しておいたから、頑張れよ!」
「は?」
「ラスカルが妙な妄想してるし、お前、いい加減止めろよ?」
「へ?」
 俺の語尾に付く疑問符を無視して、それだけ言い終えると立ち去る福島。
「姉さん、姉さんの話は、いつも単刀直入すぎて、俺にはサッパリわかりません」
 福島の背中に向かってつぶやけば、一瞬だけ振り返った福島が口を閉じたまま言った。

『ルパン、お前は、なんと哀れで愚かな生き物よ――』
 こ、この声は、どこから聞こえてくるの?(腹話術?)

「いいですか、これが福島さんからいただいた、魔女のメモ帳です」
 ミスドには似つかない、掃除のおばさん風なピンク色のゴム手袋を嵌めたワトソンが、それをテーブルの上に置く。
「ゴムは、呪いを遮断するの?」
 とりあえず、聞きたくてたまらなかった疑問を口にすれば
「深い意味はありません」
 ゴム手袋をしたまま、ワトソンが眼鏡のフレームを持ち上げる。
 浅い意味があるんだな……
「ま、待て! み、見たら、一週間後に死ぬとか言ってなかった?」
 メモ帳を開きかけたワトソンを、ゴエモンが止めて確認する。
「大丈夫です。既に除菌を済ませてありますから」
 そういえば、ファブリーズくさいよね……
「てか、何の意味があって、こんな恐ろしいことをしなきゃならないんだよ?」
 魔女の恐ろしさを痛感している次元が、震え上がりながら問いただせば
「魔女よりも、悪魔のほうが怖いからです」
 手術前の医者のように、手の甲を向けて両腕を立てるワトソンが、キッパリと言い放った。
 そこで、うな垂れる三人組のハーモニー。
「で、ですよね……」

 そして、ワトソンの手により、ついに禁断の書が開かれた――

◇七の月、魅惑的な彗星が現れるであろう。
◇白き丸い物体が宙を行き交うとき、それは突然襲い掛かる。
◇悪しき病魔が伝染し、魔力を持つ者が、更なる混乱を招く。
◇彗星と魔力を持つ者が戦いをはじめたとき、そこに悪魔が降臨する。
◇戦いの終結は、黄金の天使によって治まるであろう。

「こ、これは黙示録ではないですか!」
 妙にテンションの上がったワトソンが、ゴム手袋を脱ぎ捨てながら叫ぶ。
「もくしろくぅ?」
 安全だと解ったゴエモンが、ドーナツに手を伸ばしながら適当に聞き返せば
「そ、そうですよ! ヨハネが書いた預言書がですね?」
 鼻息荒く、ワトソンが言い返す。
「道端でナンダゴリャを買う魔女が、そんなものを持ってるわけないだろ?」
「石川くん、ナンダゴリャじゃなくて、マンドラゴラです!」

「いや、待て、妙だぞこれ……」
 突然、メモ帳を読みふけっていた次元が、おかしなことを言い出した。
「ほら、彗星はリアルフジコ。魔力を持つ者は、当然魔女って考えれば」
 そう言って四行目を指差し、震え上がる。
 確かに、悪魔は降臨したな……
「し、白き物体は、バレーボールじゃないですか?」
「そうだ! お前、球技大会の日に、うわばきに襲われたじゃねーか!」
「じゃ、じゃあ、黄金の天使って誰だよ?」
 さぁ? 黄金色の犬なら飼ってるけど……って、あれ?

「ミーだ! ミーを使えばよかったのかっ!」

 姑息なメール内容を思いつき、満面の笑みを浮かべて立ち上がる。
「俺としたことが、迂闊だった。その手があったか……」
 こうしちゃいられない。急いで作戦を立てなければ。
 訝しげに俺を見上げる三人に、翔也も真っ青なスマイルを見せ
「案ずるな、もはや完璧だ。ということで、俺は帰る!」
 それだけ言い残し、足早にミスドを後にした――

「絶対に、ろくでもないことを考えてますよね……」
「でもなぜか、文子はそれにひっかかる」
「てかさ、このメモ帳、本当に魔女のもの?」
「グフ♪」
「グフってお前……」

 そんな後に残ったやつらの会話を知らない俺は、意気揚々と家に戻り、作戦を実行に移す。
 メールで文子を誘い出し、迫真の演技で呼び寄せた。
「救世主殿、どうか力を貸してくれ」
 廊下の壁に飾られた、ミーの特大パネルに向かって手を合わせる。

 そう、肝心の救世主は、昨日より両親とともに旅行中。(草津にね)
 今頃、温泉にでも浸かって、恍惚の表情を浮かべていることだろう。(猿っぽく)
 だが賢い俺は、そんな状況を利用する。(さすが首席)
 いや、期末は首席じゃなかったけど……(過去の栄光)
 そうこうしている間に、文子の登場!(カウントダウン開始!)
 あと23秒経ったら、このドアを開けよう。(フミだけに)

「ぬおぉっ〜!」

 転がり込んできた文子を後ろからすくい上げ、そのままベッドに放り投げた。
「ル、ル、ルパン?」
 驚きながら俺を探す文子の上に、覆いかぶさるように乗り上げる。
 風呂上りの湿った文子の長い髪に指を差し込み、頭を固定して
「ル、ルパン、ミーは? ミーがどうしたの?」
 そう言う文子の質問になど答えることなく、その口を塞いだ。
 シャンプーの甘い香りに酔いしれながら、飢えた獣のように文子の唇をむさぼり続ければ、 俺のシャツの片袖を握り締めていた文子の手が離れ、屈したようにベッドへと下ろされた。

「何が気に入らなかったんだよ」
 息継ぎの合間に、唇を掠めながら文子に囁けば
「だ、だってルパンが……」
「俺が?」
「ルパンがフジコと仲良くしてた!」
 大きな瞳に涙を溜めて、拳で何度も弱々しく俺の腕を叩く文子。
 そんな文子の怒りの原因がヤキモチだったと悟り、病的な程の愛しさがこみ上げる。

「馬鹿じゃないのお前……どれだけ俺が……」
「馬鹿とはなんだ!」
 両手で拳を握り、泣きながら俺を叩こうとする文子の腕を捕まえて
「いい加減、気付けよ」
 そう言いながら、文子の腕を頭上に押さえ込む。
 頬に流れる涙を吸い取って、濡れた唇を文子の首筋にあてがい、きつく吸い上げれば
「……んっ」
 声にならない声を漏らしながら、文子が仰け反った。

 左手は文子の両手を押さえつけたまま、右の親指で赤く染まった印をなぞる。
「と、とっくに気付いてたもん……」
 トロンとした瞳でつぶやく文子の唇をまた塞ぎ、舌を滑り込ませた。
 そこでようやく文子の腕を解放し、うなじに指を這わせれば、 我慢のできなくなった文子の腕が俺の首に巻きついて
「あたし、フジコのことを好きになっちゃったみたいなの……」
 途切れがちな息のまま、俺の耳元で囁いた――

 って、ちょっと待てっ!(空耳?)
 明らかに、固有名詞を間違えたよね?(助詞かも)

「ふ、文子ちゃん? 何をまた訳のわからんことを……」
「だって、ルパンとフジコが仲良くしてると腹が立つんだもん!」
「えぇ、だからそれは、俺のことが好きだからでしょ?」
「それは有り得ない」
 なぜか失笑を漏らしながら、ババ臭く目の前で手を振る文子。
 こ、こいつだけは……

 ま、いっか……
 16年間こうだったんだし、気長にやるよ俺。(妙に寛大)
 俺のものだって印は、しっかりつけたしね♪(既に偉大)
 でも、頼むからキスだけは、日課にしてね!(欲は無限大)


 〜その後の二人〜
「で、ミーがどうしたの? ねぇルパン、ミーは?」
「黙示録によると、ミーがメシアなんだ」
「えぇ? ミーがロシアに行っちゃったの?」
「ま、まぁ、そんな感じだ……」



END
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photo by ©かぼんや