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◇◆ Cocoa castle ◇◆
「い、いやだなぁ、そういう訳なのだよアルファードくん」
「ほぅ? では、全て俺の勘違いだと?」
「そ、そういうことになるかな? ねぇ、ベル?」
「えぇ? あ、や、おぉ?」

 電車ゴッコならぬ、馬に成りきる『馬ゴッコ』をしていたんだと、明らかに怪しい言い訳をするエースに、 アルの眉毛が髪の生え際くらいまで上がる。
 そんな言い訳を私に振られたところで、それを認める方が恥ずかしく感じるのはなぜだろう。
 けれど剣をエースの喉下に突きつけている割に、アルはそこまで怒っていないらしい。
 だからその後は、『もっと良識を持った節度あるお付き合いをしなければならない』などと、校長先生みたいな講義を続け、 そしてエースはそれを、なぜか正座で聴いていた。

 更に講義を終えたアルが腹筋三百回をエースに命じ、鬼監督の如く床に剣を突き立てながらそれを監視して
「それが終わったら、腕立て伏せ三百回だ」
 心から嬉しそうに、満面の笑みを浮かべてそう告げた。
 あれだけ私を抱いた後のそれは、さぞかし辛いだろうと思っていたけれど、当のエースはどこ吹く風で、 キュラキュラ笑顔を飛ばしながら、アルに向って投げキッス。
 そんなエースに嫌悪感を露にしたアルは、私の背中にそっと手を添えて、捨て台詞を残して私共々その場を去った。
「じゃ、ベルはココアに連れて帰るからな。次はスクワットね?」

 バタンと扉が閉まると同時にエースの罵り声が聴こえたけれど、相変わらず私を優雅にエスコートしながら、 カプチーノ城の回廊をにこやかに歩くアル。
 そしてまた、例の鏡の部屋までやってくると、青い布を鏡から外して言い放つ。
「これで暫くは安心だな。何日もぶっ続けでこんなことをされては、お前の身体がもたないからね」

 そんなアルの言葉で、私たちの関係を最初から知っていたことに気がついた。
「ア、アルは、知ってたの?」
 とりあえず、恥ずかしさも忘れてそう聞けば、合わせ鏡の真ん中に私を促しながらアルがサラリと言い返す。
「あいつは自分で自分に呪文をかけたんだ。それを知っていただけに、こうなることは最初から解っていたよ」
「呪文って……」
「心配することはない、もう解けかかっているからね。直に全てがお前にも解るさ」
 こうしてまた、グニャグニャ世界が私を襲い、乗り物酔いを起こした気分に満たされた――

               ◆◇◆◇◆◇◆

「す、すっごい印象的な部屋だね……」
 ピカソも口を開けちゃうほどの、芸術が爆発しちゃっている壁画で埋め尽くされた部屋の中。
 一体どこの誰が、こんなものを壁中に描いたんだと言いたかったけれど、なにやら嫌な予感がして、 とりあえず当たり障りのない言葉を放ってみる。
 すると、なぜかバールに居るマッチャンが、鼻で笑い飛ばしながらつぶやいた。
「私は何度も、お止めになった方がと申し上げましたから」

 アルに連れられて、やってきちゃったココア城。
 自分の実家なんだと言われても、どうもこの城に対する記憶がないから戸惑いっぱなしだ。
 更に自室だと案内された場所には、相変わらずのメイド服を着たマッチャンが居て、そしてこの壁画だ。
 どうやらベルさんは、芸術家肌だったらしい。
 勢いはあるんだけれど、どうにも理解できない絵画を、自ら壁に描いちゃったんだからそうに決まっている。
 けれどそこで、自分の台詞に自分で納得したマッチャンが、小さな肯きを何度も見せながら付け加えた。
「今だから言いますけど、何かに取り憑かれてるとしか思えなかったですね」
「へ、へぇ……」

 部屋の凄さに、驚いたのもつかの間。
 袖口、襟、裾の縁取りにケミカルレースの施された、真っ黒なベロア仕立てのドレスを手にしたマッチャンが、 もう片方の手でベージュ色のコルセットを突き出して、私を見ながらニヤリと笑う。
 あの靴紐らしき紐がついた物体はもしや、お姫様養成ギブス……
 けれど固まる私をよそに、マッチャンがテキパキとそれを私に取り付けて、メインイベントとばかりに声を上げた。
「よろしいですか、いきますよ!」
「や、ま、待って……グエッ!」

 案の定、マッチャンが全身全霊を込めて背中側の紐を引っ張っるから、その苦しさに思わず汚い言葉を漏らす。
 それでも自分は苦しくなんかないマッチャンが、悠然としながら囁いた。
「そうそう、こちらでは、ベル姫さまと呼ばせていただきますね」
「マ、マッチャン、苦しい……」
「何のこれしきです」
「これしきじゃなくて、風呂敷って感じなんですが……」

 マッチャンと共に、象牙色の柱が立ち並ぶ回廊を、今にも呼吸困難で倒れそうな按配で歩く。
 カプチーノ城には何度か訪れたことがあるし、マキアート城やエスプレッソ城にも訪れたことがある。
 けれど生まれた国だというはずなのに、ココア城には一度も訪れていない。
 とにかく南の楽園というイメージがあったから、やしの木万歳な風景が広がっているのだと期待していたけれど、 なんかこう、どこもかしこもとっても乙女チックだ。
 高い天井は、可愛らしい天使の絵で埋め尽くされて、象牙の欄干が、ハート型だったりするこのお城。
 一体、どこのどなたの構想なのだろうと失笑を漏らしたところで、そのどなたが現れた。

「べ、ベルちゃん!」
 一瞬、アルがフリルのドレスを身に纏い、女装したのかと思ったけれど、あれはどう見ても、正真正銘の偽アルだ。
 両腕を広げて近づいてきた彼女はとても小さくて、アルとの背丈の違いが、その思想を確実なものにする。
 それでも、このめちゃくちゃ可愛い女性が、誰なのかが分からない。
 だから呆然としたまま立ち尽くせば、私の首に腕を回して抱きついた彼女が、私にぶら下がりながらつぶやいた。
「まさか、ママの顔を忘れたなんて言わないわよね?」

 思いっきり泣きそうな顔で、相変わらずぶら下がり続ける女性の言葉に、心の底から驚いた。
 けれどそこで、深く重みのある声が、乙女チックな回廊に響き渡る。
「フルート、ベルちゃんに限って、パパやママの顔を忘れるだなんてことは有り得ないよ」
 今度は、髭を生やした私の男装バージョンだ!
 しかも、口調はどこまでも優しいのに、脅されている感が否めないのはなぜだろう……
 ということで、逃げ腰になりながら仰け反って、あくせく両手を振ってその場をやり過ごす。
「えっと、その、ご、ごきげんよう……」

 ところが、そんな私の台詞にもめげることのない二人は、大きな扉の前まで私を連行し、 サプライズパーティーでも決行するかのように、もったいぶって扉を開ける。
 そして扉が開かれた先に、ドドンと聳える等身大の肖像画を見て、開いた口が塞がらなくなった。
 部屋の中が広いから違和感はないけれど、この肖像画は四畳半ほどの大きさがあるはずだ。
 そしてそのバカデカイキャンバスに描かれているのは、多分、きっと、このお二方だ。
 だけど妙な予感が治まらないから、とりあえずそれを指差して、おずおずと切り出した。
「こ、これってもしや……」

「イエス、ベルちゃん画伯!」
「そう、ベルちゃんが描いたのよ」
 どうやらベルさんは、壁画だけでは飽き足らず、肖像画も描くらしい。
 壁画同様、お世辞にも上手とは言えないが、やっぱりこれにも勢いだけは存在する。
 けれど肖像画を眺め続けていると、小さい頃からの沢山の思い出が、走馬灯のように流れ出した。
 そうだ。私はこれを、二人の結婚記念日に贈りつけたんだ。
 そしてこれを、こんなところに飾るのはどうかと、アルが引き攣りながら言ったんだ……

 思い出がこみ上げて、それと同時に涙もこみ上げる。
「パ、マ……」
 しゃくりあげながら途切れ途切れに想いを吐き出せば、そんな私をママがきつく抱擁しながら囁いた。
「エースくんから、ベルちゃんの人間界での様子を、ビデオカメラと呼ばれる物で観させてもらっていたのよ」
 そしてママだけずるいと文句を言いながら、肯くパパが言葉を足した。
「どんなに会いたくても、私たちがバールを離れる訳にはいかないからね」

 この人たちが、紛れもなく、正真正銘の私の両親だ。
 それでも私の両親である前に、ココアの国王と女王だ。
 だから無礼があってはならないと今更ながら気がついて、一歩下がったところでドアが開く音がした。
「親子の涙の再会は、無事済みましたか?」

 涙を拭きながら退けば、なんとも言えない微妙な表情を浮かべたアルが、その場に佇んでいるのが見えた。
「いやだアルちゃん、アルちゃんもママとハグしたい?」
 素敵な真顔で切り出した女王に、アルが引き攣りながら言葉を返す。
「いい加減、アルちゃんは止めてくださいね?」
 するとそれを聞いた女王が、ケーキのロウソクを数十本は消せるほどの、大きな溜息をついてから文句を言った。
「これだから、男の子はつまらないのよね!」

「そう言うなフルート。アルちゃんにだって、色々と事情があるんだよ」
「だから、アルちゃんって、言わないでくださいっ!」
「あら、アルちゃんはアルちゃんじゃないの。ねぇ、ベルちゃん?」
「えぇ? あ、や、アルちゃんです……」

 絶対にそうやって、からかわれると思っていただとか、親なんだから、からかう権利があるんだとか、 まるで双子のような容姿をした二人のけたたましい口論が続いたけれど、王の一言でそれはピタっと治まった。
「で、アルちゃんは、僕になにか用事があったんじゃないのぉ?」
 そんな展開に、膨れ上がる微妙な不安。
 こ、国王が軽すぎやしませんか? ココアの未来は無事ですか……

 けれどそれは杞憂に過ぎなくて、何かを感じ取った女王が国王に向って小さく肯いた後、サラリと私に切り出した。
「ベルちゃん、ママと一緒に、舞踏会用のドレスを選びましょう。採寸もしなきゃね。だって体形が……」
「え? あ、や、そ、そうですね……」
 なにやら、『体形が……』の続きを聴くのが恐ろしい。
 だから適当に相槌を打ち、促されるままに部屋から退室しようとした時、アルの囁き声が耳に届く。
「父上、お耳に入れたいお話が……」
「どうやら、ラウルとエースも交えた方が良さそうだな」
「えぇ、その方が良いかと」
それでもその会話の意図など分かるはずもなく、後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。

               ◆◇◆◇◆◇◆

「やっぱりベルちゃんは、薄いレモン色が似合うわね」
「そうでございますね。昔からベル姫さまは、そちらのお色がよくお似合いでございました」
 ありとあらゆる布の塊が山積みされた部屋の中で、当人を無視した会話が繰り広げられ始めて数十分。
 コッソリ息を止め、おなかを凹ませてみたものの、採寸をする女性にアッサリキッパリ言い放たれた。
「そんなことをなさると、深呼吸をなさっただけでドレスが破けるかと」
 そこで慌てて息を吐き出して、今度は逆に、命一杯おなかを膨らませてみたけれど……
「そんなことをなさると、深呼吸をなさっただけでドレスが脱げてしまうかと」
「で、ですよねぇ……」

 ようやく恥ずかしい採寸が終わり、クスクス笑いの止まらない皆さんが引き上げていく。
 そこでホッと一息つきながら布の山に目をやると、スミレ色の生地がテーブルの上に広がっていた。
 絶対にこの色は、ビオラに似合うはずだ。
 だから、この色のドレスを着たビオラを思い浮かべて、ようやく思い出す。
「マ、あ、いや、女王さま、舞踏会にビオラは出席するんですか?」

 思わず飛び出した私の言葉に女王はあからさまに驚いて、目をクルクル回しながら言い出した。
「ハープちゃんじゃなくて、ビオラちゃんのことをベルちゃんが聞くとは思わなかったわ」
「ハープは……」
「解ってるわ。ハープちゃんは、お病気だと伺っているもの。それから、ビオラちゃんは残念ながら欠席よ」
「そ、そうですか……」

 人間界へ戻りたい。人間界へ戻って豊田さんに頼めば、ビオラと会えるかも知れない。
 それでもまた、紫ババアの怨念に立ち向かう勇気などどこにもない。
 だから自室に引き上げた後も窓を開け放って肘をつき、大きな溜息をついたところで、階下で蠢く何かを見つけた。

「マッチャン、何アレ!」
 部屋の中をイソイソと片付けているマッチャンに、階下の物体を指差しながら叫ぶ。
 けれど駆け寄ってきたマッチャンは、目をシパシパさせて困惑中。
「ど、どれでしょう?」
「アレだよ、アレ!」
「えぇ、ですから、どれ?」

 どうやらマッチャンには、あの奇妙な物体が見えないらしい。
 そこで、いつまでも続きそうな会話を終わらせて、顔を顰めるマッチャンに切り出した。
「に、庭に出てもいい?」
 すると何かに気がついたっぽいマッチャンが、ニコニコ笑顔で私の問いに答える。
「庭園まで、ご案内致します」

 早くしないと居なくなってしまうのではないかと焦りながらも、ようやく庭へたどり着く。
 そして前を歩くマッチャンを追い越して、目的の場所に走りこんだ。
 まるでダンゴ虫が、これでもかってなほどデッカクなっちゃった感じの、半透明な奇妙な生き物。
 虫なんだか、動物なんだか、ハッキリしろと叫びたくなるようなその生き物に、好奇心は膨らむばかりで、 結局、周りを確かめてから人差し指を突き出す。
 すると私が触れた途端に奇妙な生き物はゴロンと転がって、ウジャっとした何本もの足を動かし始めた。

「うっわ、なにこれ!」
 気持ち悪いというよりも、その生き物に対する興味の方が優先される。
 だからまた指を伸ばし、突こうとしたところで、小さな音がザワザワと擦れ始めた。
 何事だと辺りを見れば、いつの間にやら沢山の半透明な奇妙な生き物たちに、取り囲まれているからビックリだ。
 ウサギのように長い耳を持つサルと、翼を持ったスカンクに、トゲトゲの針が突き出たリス。
 更に、スカンクの尻尾を携えた小鳥や、薔薇の帽子を被ったモモンガって……
 まるで気分はアリスだ。不思議の国に迷いこんだに違いない。
 いや、ベルだけに、美女と珍獣か? あ、珍女と珍獣だった……
 そこで、自分のほっぺを引っ張って、お決まりの文句をつぶやいた。
「夢じゃないのね……」

 ところがそんな私の行動を見て、トゲトゲリスが、腹を抱えて笑い出す。
 しかも、私を指差している気がするから感じ悪い。
 だから鼻筋に皺を寄せたところで、今度は隣のトゲトゲリスが、地面を叩きながら笑い出す。
「お、おだまりチップ! そしてデール!」
 ビシっビシっと指差しながら、勝手な命名を繰り広げたけれど、彼らの笑いは止まらない。
 けれどそこで、スカンク鳥が私の頭に降り立って、何かを要求するように突き始めた。

「あ、ごめん! 待ってて!」
 なぜか突然体が勝手に動き出し、そう叫びながら走り出す。
 そして庭の一角にあるドアを開け、驚き戸惑う方々に、自分自身も驚きながらボソボソと切り出した。
「パ、パンクズなど、いただけないでしょうか……」
「ベ、ベル姫さま?」

 体格の良い優しげなおばさんが私の名を呼んだ途端、号泣と感極まった叫び声の嵐に、調理場らしき部屋が飲み込まれていく。
 そしてようやくその嵐が落ち着くと、さっきのおばさんが思い出したように言い出した。
「ピーナツバターは、ご入用ではないですか?」
「えっと、パンクズだけでいいんですが……」
「でも、いつもピーナツバターがセットでしたよ?」
「い、いや、パンクズだけで……」

 一体ベルさんは、ピーナツバターを何に使ったのだと思いつつ、差し出されたパンクズを受け取って、急ぎ足で現場に戻る。
 すると、私の手に握られた袋を見てとった彼らが、公園の鳩の如く私の元に群がりはじめた。
 そこら中が、笑いに包まれているような感覚に、なぜか私まで笑い出す。
 けれど突然、地響きのような音が森の奥から鳴り響き、瞬く間に小さな子たちが、蜘蛛の子を散らすように消えていく。
 そして恐怖で固まる私の元に、ライオンの鬣に、トラとヒョウを合わせたとっても微妙な柄の、とっても獰猛そうな生き物が現れたから大変だ。
 なのに、迷うことなく私が叫んだ言葉は……
「ピ、ピーナツバターっ!」

 慌ててまたその場を走りだし、調理場へ向ってダッシュする。
 けれど今度は驚くことなく豪快にドアを開け、息を切らして切り出した。
「や、やっぱりピ、ピーナツバターもください!」
「ほらね」
「ご、ごめんなさい……」
 そんな私に笑い声を上げたその場の全員が、いつもの決まり文句のように声を合わせて手を振った。
「いってらっしゃい!」

               ◆◇◆◇◆◇◆

 悠然とスフィンクスのようにその場へ伏せて、私が戻ることを待ち受ける凛とした姿に感動した。
 だから恐怖よりも、その存在感に圧倒されて、ピーナツバターを手にしながらその場に跪く。
 この生き物は、ココアの守り神、守護神ルーティだ。
 だからココアの紋章は獅子であり、ココア王家の者の名には、『ル』が必ず付くのだと思い出す。
 国王はセル。そしてアルに、ベル。どれもルーティの守護がありますようにと、その頭文字が付けられたと聞く。

 ルーティと初めて出逢ったのは、相当幼い頃だったと思う。
 なぜこんなところに自分が居るのか、分からないまま泣き続けていた私を、助けてくれたのがルーティだ。
 そしてなぜかピーナツバターを手にしていた私は、助けてくれたお礼にと、それをルーティに差し出した。
「おっきいライオンが、森の中に居たの! それで、私を助けてくれたの!」
 自分が遭遇した事件を、ありのまま国王に告げると、国王はとても驚いて
「ベルはルーティに出会ったんだね! すごいぞ! その方は、ココアの国の神様なんだ!」
 そうやって感激の叫び声を上げながら、私をポンポン空へ投げた。

 守護神が存在するのは、ココア国だけではない。
 バール四つの国に、それぞれ守護神が存在し、やはりココア同様にその守護神が紋章に刻まれている。
 カプチーノには、鷲の神フェニー。エスプレッソには、白蛇の神クジョー。
 そしてマキアートには、月桂樹に姿を変えたとされる女神、ダーフが存在する。
 変な言い方だけれど、私はこの四守護神の全てに出会い、全ての神と仲良しだった。
 それは他の守護神と出逢ったときも、なぜかたまたま、その守護神の好物を手にしていたからであり、 だから仲が良いと言うよりは、好物を持って現れる小間使いなのかも知れないけれど……

 そんな懐かしい思い出に浸っているところにゼロが現れて、それと同時に、しゃがれた声が背後から囁かれた。
「ベルよ帰ってきたか、お前に会えて嬉しいぞ。お前がいないと、誰も私にピーナツバターをくれないからな」
 声の主など振り向かなくても分かるけれど、その台詞にときめいて、目を輝かせながら結局振り向いた。
「ルーティは、そう言ってるの?」
 ところが、アッケラカンとその男は言い放つ。
「いや、列記とした俺の作り話?」
 だから片方の眉毛を上げて見上げれば、わざとらしくお腹を擦る男に、ビオラと同じ答えを返された。
「その顔はやめて? なんだかとってもアルファード」

 ゼロがピーナツバターを舐めるルーティの前に進み出て、恭しく礼をする。
 そんな半透明な彼らを見つめていたエースが、ボソっと嫌味を言い出した。
「しかし、ココアの守護神が、ピーナツバターで餌付けって……」
 なんだかルーティの品位が落ちてしまった気がして、思わずムキになってエースに言い返す。
「で、でも、フェニーは、ブルーベリージャムが好きだったよ?」
「フェニーはファニーなんだよ!」

「それに、ダーフはマーマレードが好きだし、クジョーはカスタードが……」
「だから、各国の守護神を、そんなもので餌付けすんなっつうの!」
 そこでふと疑問が湧き上がり、顎に指を置きながら、明後日の方向を見つめてつぶやいた。
「あ、そういえば、エスプレッソ城に居たのに、クジョーを一度も見なかったな……」
 けれどその言葉でエースの表情が急激に固くなり、真顔で私に問いかける。
「ただ見えなかっただけじゃなくて?」
「え? あ? えっと……」

 ところが私が答える前に突然エースの動きが止んで、ルーティを見つめて更に表情を固くする。
 ルーティもピーナツバターを舐めることを止め、険しい顔でエースを見ていた。
 多分、何かを話し合っているのだろうけれど、会話の聞こえない私には、それが何なのか分からない。
 それでもエースが放った言葉で、良くないことが起きていることが私にも分かった。
「それはマズイな……」

「クジョーに何かあったの?」
 心配でたまらず、エースの腕を掴んで問うけれど、こういう時に限ってキュラレスト大魔王のご登場。
 神の前だけに、神々しい光を放ちながら、お気楽モードで話をすり替えた。
「鈴ちゃん、僕はココア城に泊まるから、今日も一緒に寝ようねー」
「え? や、だって、アルが暫くは安心だって……」
「うん、だってもう、暫く経ったでしょ?」
「いや、まだ数時間しか……」
「更に、僕はいつでも安心な男よ?」

 とても潔く誤魔化されているのに、その誤魔化しに、つい乗っかっちゃう私って……
 どうも私は、この笑顔と口調に弱いらしい。
 そして薄情な私は、ルーティのこともクジョーのことも頭からスッポリと消しちゃって、 アイちゃんの言葉にアワアワしながら庭園を後にした。
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