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◇◆ Sound ◇◆
「シュリー、準備を頼む」
「……香里がくるのね?」
「そうだ。話し相手ができて嬉しいだろ?」
「そうね……でも、シヴァ……」
「私情を挟むな。カーリーが動く」
「わかってる。解ってるけど……」
「苦しいのは、俺も一緒だ……」


「相変わらず、お前らは無茶をしすぎだ。大体、岩間のあの馬鹿力は、どうにかならないのか? 窪野の肘関節はズタズタだぞ?」
 窪野の診察を終えた医療班の岡田が、呆れ顔で先輩風を吹かす。
 組織の中では、俺や岩間の方が上司になるが、岡田は医大時代の俺たちの先輩に当たる。
 当時の俺たちを知られているだけに、煙草の煙を吸い込むことだけに専念し、話を誤魔化す以外方法はない。
「誤魔化しても無駄だ。だが安心したよ、JNが健在だと知ることができてな」
 どこかホッとしたような笑い顔を見せながら、そう言い終えた岡田が、俺の胸ポケットから煙草を一本くすねた。

 JN。俺と岩間の頭文字を合わせたこの通称。
 何時ごろから囁かれ始めたのかは知らない。
 だが学生時代から、岩間と二人で歩けばそう叫ばれた。
「うわっ、JNだっ!」
 隣に腰を下ろす岡田が、いきなり叫ぶ。
 驚いて、煙草に咽る俺を横目に、ニヤケ顔の止まらない岡田がさらに続けた。
「馬鹿デカイお前らが二人で練り歩くたびに、後輩たちが廊下の壁に張り付いていたっけ」

「いや、後輩だけじゃなく、俺も叫んだよ」
 科捜班の木村が、わざとらしくそう言いながら、俺と岡田の向かいへと腰を下ろした。
「お前もか? 実は俺もだ……」
 白い煙を吐き出しながら、からかい半分で岡田が答える。
 そんな二人のやりとりを、苦笑いを浮かべて受け流す。

 俺たちに向けて、缶コーヒーを放り投げながら木村が切り出した。
「しかし、山崎だったとはな……あの模範的優等生がだぞ?」
 片手でコーヒーを受け取り、軽くそれを前に突き出して、有難うの意を無言で伝えながら岡田が答える。
「まあな、国家に命を捧げていたような男だったからな……」
「大体、山崎は岩間が引き抜いたんじゃなかったか?」
 缶を振りながら木村が俺にそう問いかけるから、プルトップに指を掛けて、ただ一言つぶやいた。
「そうだな……」

 三人のプルトップを開くカチンという音が、ほぼ同時に医療棟の廊下に響く。
 一口それを啜り上げた後、思い出したように木村が言い出した。
「あれ? 堀内は、誰が引き抜いたんだ?」
 一気に飲み干して空になった缶を、フリースローのようにゴミ箱へ放り投げながら岡田が言葉を返す。
「苅野だよ」
「それで納得がいったよ。なんであいつが主任なのか解らなかったからな……」

 見事ゴミ箱に入った缶に向かって、力強く親指を突きたててから、振り返りざまに岡田が俺に問う。
「岩間はどうなるんだ?」
 その問いかけで、大臣室での出来事を思い出す。
 額に皺を寄せながら俯いて、その時の状況を完結に述べた。
「大臣は復職を告げたが、長官がそれを許さなかった。多分、降格されて、堀内の後釜に座るだろう」
「またあいつか……支部長の選出を、あいつがやらないことだけを祈るよ……」

 木村が皮肉を囁くうちに、治療を終えた窪野が処置室から飛び出して
「呉埜さん、俺……す、すみませんでした!」
 直角になるほど身体を折り曲げ、俺に向かって謝り叫ぶ。
 謝らねばならないのは、俺や岩間の方だろう。
 だが窪野は、自分の状況判断の間違いについて頭を垂れている。
 だからその場は窪野の顔を立て、差し障りない言葉を返した。
「平気か?」

 頭を上げ、直立に戻った窪野が無言で頷くと、舌で唇を舐めながら、ニヤケ顔に戻った岡田がつぶやいた。
「窪野も可哀想にな、JNだもんな」
「本当だな、JNだもんな」
 間髪入れずに木村が相槌を打ち、そのふざけた言葉に窪野が反応する。
「ジェ、ジェーエヌって、なんっすか?」
 たまらずその場に割って入り、二人を軽く睨みつけてから窪野に告げた。
「放っておけ。帰るぞ」
「あ、は、はい!」


◆ SIU 技術開発室――

 「呉埜っち! 僕、このカメラの映像をダウンロードして、一生大切にすると誓うよ!  JNの噂は聴いていたけど、実際にこの目で見たことがなかったからさ!」
 部屋に足を踏み入れて早々、ブルーディスクを振り回す三宅が、歓喜の叫びを上げる。
 またJN。当分この話題を振られるのかと思うと、気が滅入りそうだ。
 だからその話には全く触れず、単刀直入に本題を切り出した。
「それはそうと三宅、あのロボットはどうなった?」
「あ、そうだった! えっとね」
 三宅はそう言うと、部屋の中核まで俺を案内しはじめた。

「これは僕が造ったロボットで、今朝かおりんにプレゼントしたものなんだ。 迷子防止用にGPS機能をつけておいたんだけど、それが役に立ったよ」
 ステンレスの台座に乗せられた、薄汚れた犬型のロボット。
 ロボットだと聞かなければ、確実に犬の死骸だと誰もが思うだろう。
 そのロボットに向けてハロゲンランプを宛がい、三宅が犬の毛を掻き分けていく。

「形状記憶のようなものなんだけど、飼い主の命令を利くように、飼い主の声を判断する機能も取り付けててね。 でも、声をそのまま録音するようなものだと、ただのストーカーになっちゃうだろ? だから周波数だけを 取り込めるようにしたんだ」
 そう話しながら、まるで獣医のように器具を用いて解剖するが、三宅が手にしているのはメスではなく精巧ドライバーだ。
 そして腹側の薄手な金属が外されて、色とりどりの管がひしめき合う中から、小さなチップが取り出された。

 取り出したチップを銀色のカード状のケースに入れて、それをそのまま機材の中に差し込む三宅。
 するとモーターが回転する音が立ち、それぞれ少しずつ違う波長を描きながら、数個のソナグラフが開かれた。
「これが、このロボットが出会った人間全ての声紋。時間から逆算して、これが僕。これがかおりん。そして、これが堀内」
 三宅はそう言いながら、左から順番に、表れたグラフを指し示す。

 突然、画面をスクロールさせ続けていた三宅の手が止まる。
「この辺りから、声の大きさが一定している。つまり、犬が動いていないってことだ。だから多分、かおりんが犬を抱き上げたんじゃないかと……」
 俺の顔を不安げに見上げながら、三宅が自分の判断する予測を告げた。
 香里を出迎えた日、セーフハウスに入居している三宅には、俺と香里の関係がバレている。
 三宅に何を問質されたわけではないが、その不安げな顔が全てを物語っているからこそ、逆に俺は平常心を保った。
「何を言っているのかは、分かるのか?」
「うん。まず、周波数を分解して……」
 画面に視線を戻した三宅の手の動きが早くなり、その直後に響く声。

『ワルクオモワナイデクダサイ。アナタヲコロセバ……』

「呉埜っち、こ、これは……」
 そんな台詞を、俺に聞かせてしまったことに戸惑う三宅を手で制し
「待て、今のところをもう一度だ」
 三宅の言葉と重なり、聞き取れなかった場所を指し示す。
「あ、うん」
 そう返答しながら、指し示す場所に三宅がカーソルを宛がうと、機械のような声が繰り返された。

『ウソダロ……ヤマザ……』

「山崎か……」
「そうだね。堀内を撃ったのは、山崎だ……」

「見て、こっちは堀内の声よりも、数段大きく録音されてる。だからこれが、かおりんを拘束したやつの声だ」
 左手でソナグラフを指しながら、右手でマウスを動かす三宅。
 そしてそれと同時に、堀内の声と変わらない機械音が囁いた。

『イママデ ゴクロウダッタナ ホリウチ』

「今、できる限り、この声を復元するから待って!」
 パソコンよりも複雑な、キーボードやダイヤル、レバーを操作して、三宅が分解された周波数を繋ぎ合わせていく。
 そして逸る気持ちを抑えようと、手を動かしながら口も動かす。
「声紋は、指紋のように一人ひとり違うんだ。日本じゃまだDNAのように確たる証拠にはならないんだけどね。 だから、比較データがほとんどないのが難点」
 三宅の言う通り、復元された声が知らない人間のものならば、手がかりにはなっても早急な糸口には繋がらない。
 だが俺には、妙な確信があった。
 復元された声は、きっとあいつのものだと言う確信だ。
 間違いであって欲しい。そう願いながらも消えない疑惑は、次の瞬間確定された――

『今まで、ご苦労だったな堀内』

「どこかで聞いたことのある声だけど……呉埜っちは分かる?」
 三宅が首を傾げながら俺に問う。
 予想通りに放たれる声。そうであって欲しくなかった声。
 だから俺は、乗り出していた身を反らし、天を仰ぐようにつぶやいた。

「望月だ……」
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photo by ©clef