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◇◆ Highest JN ◇◆
◆ 10 years ago――

「若行、もし俺が、『お前を殺す』と言ったらさ……」
「は?」
「迷わず、俺を殺してくれ」
「直己お前、なんだよ突然?」
「いや、その言葉を吐いたときの俺は、きっともう生きていたくない時だとな?」
「なんだそれ? だったら俺が、『構わない』と返事をしたら……」
「な、なんだよ、もったいつけるなよ?」
「そんな戯言を言うのは、目の前に居る敵を倒してからにしろって意味だ」
「それこそなんだよ! あぁドキドキして損した!」


◆ セーフハウス 中庭――

「た、大変だ……呉埜っち、山崎がモグラだっ!」
 犬型のロボットを見つけてすぐに、そう叫ぶ三宅の声が携帯から響く。
 電話から漏れた声を聴き取り、俺の傍に居た木村の眼光が、一瞬にして鋭くなった。
「どういうことだ!」
 ほとんど同時に、俺と木村が三宅へと声を荒げる。
 けれど切羽詰った三宅の声が、説明している暇はないことを告げた。
「いいから、早く呉埜っちはセーフハウスに向かって! ロボットは、隣に居る木村くんに渡してくれよ!」

 三宅はこの場に居ない。なのに俺の隣に、木村が居ることを把握していた。
 つまり三宅は、監視カメラを作動させ、その映像を観ているということだ。
 そしてセーフハウスのカメラで、山崎が裏切り者だと断定できる何かを観た――

「山崎は、メインコンピュータが早々に回復しないと思ってたんだ! だから、だから……」
「お前に観られるとは、思ってもいなかった?」
「そ、そうだ! もう、めちゃくちゃだ! あ、あいつは、自分の部隊を……」
「自ら全滅させた?」
「そ、そう! で、そこに岩間くんと窪野が!」
「どこに居るんだ?」
「本館の二階だよ!」
「解った。ありがとう――」

 木村と別れてセーフハウスへと向かう間に、三宅から大体の情報を得た。
 堀内に続く裏切り者は、主任クラス以上の幹部だとは予想していた。
 けれど山崎だとは思いも寄らなかった。なぜなら山崎は、自衛隊時代の岩間の部下だからだ。
 山崎を組織に引き抜いたのは、他でもない岩間だ。
 戦闘能力もさることながら、あいつの統率力は群を抜いていた。
 だから単体で行動するエージェントではなく、機動として部隊を率いる道を進んだ。
 だが仮に、エージェントの道を進んだとしても、望月と肩を並べるトップエージェントになっただろう。

 問題は岩間だ。
 何一つ状況を把握していない岩間は、その光景を見て、誰を狙う?
 窪野だ。窪野と堀内を、裏切り者だと判断するだろう。
 まずいな。本気モードになった岩間を、俺は止めることができるのか?
 まして目の前に、敵がアサルトライフルを構えているだろう状況下で……

 敷き詰められた絨毯が、運よく俺の足音を隠す。
 そんな中を、静かに、そして素早く移動した。
 螺旋階段を上りきった途端、武装した六人の人間が、無残に転がる光景が飛び込んでくる。
 撃たれた形跡はない。全て、力の成せる技で倒している。
 まるで岩間の仕業のようだ。
 そう、堀内同様、岩間に罪を擦り付けるために仕組まれた罠だ。
 岩間を射殺してしまったとしても、罪に問われることのないように、山崎はこうやって予防線を張り巡らせていたのか……

 左手の奥に、アサルトライフルを構えた山崎が見えた。
 銃口が狙っているのは当然岩間だが、そんな岩間の前に窪野が居る。
 山崎に、俺の考えを悟られてはならない。
 けれど俺の考えを、背を向ける岩間に伝えなければならない。
 考えろ。迷っている暇はない。答えを導き出せ――

 山崎の視界の隅に、俺が入ったことを確認する。だが山崎は、岩間から目を逸らすことはない。
 共に訓練を、実地を乗り越えてきた二人だ。岩間の怖さを、山崎が知らないわけがない。
 窪野を盾にしているこの状況なら、確実に岩間が勝つ。
 だが岩間が、山崎を敵だと認識しているのかが解らない。
 ならばこの展開を、振り出しに戻せばいい。
 窪野だ、窪野を使え。岩間に窪野を解放させ、山崎に銃を下ろさせるんだ――

 かすかな俺の足音と、山崎のわずかな視線のブレが、俺の存在を岩間に気付かせた。
「呉埜か……」
「そうだ」
 案の定、両手を塞いだまま俺に背を向けることに危険を感じた岩間が、窪野を突き放す。
 岩間の背を見据えたまま右手を横に振り下ろせば、その指示を捉え、不本意ながら山崎がゆっくりと銃を下ろしていく。
 そして予想通り、窪野は銃を下ろさなかった。
 それでいい。窪野が銃を岩間に向けている限り、山崎の油断が大きくなる。

 岩間の服から、筋注麻酔剤ケタラールの微かな匂いが漂う。
「麻酔銃か」
 俺のその言葉で、首筋に手を翳す岩間。
 その仕草で、不意をつかれたとはいえ、そんなものを打ち込まれたことに、そしてその結果がこうなったことに、 岩間がどれだけ自分自身を蔑んでいるのかが解る。
 だから遠い昔に、約束した言葉を岩間が吐いた。

「呉埜、場合によってはお前を殺す」
 俺を殺してくれ。この地獄から、俺を解放してくれ……
 いや、まだだ。そんな戯言は、目の前の敵を倒してから言え――
「構わない」
 そう答えながら、岩間の後ろを半歩ほど右に移動し、左を向いた。
 目の前の敵は正面の窪野ではなく、左の山崎なんだと岩間に伝えるために。

 全てを悟った岩間の怒りが、床を伝って俺まで届く。
 いくぞ岩間、合図を出せ――

 岩間の視線が、一瞬だけ右に向けられた。
 それと同時に俺の身体が左へと飛び、山崎の視界を遮るように壁へと弾かれる。
 岩間に何かをされたわけではない。自ら飛んだまでのこと。
 その瞬間を逃さず、片膝を床に着き、体勢が崩れたフリを岩間が取る。
 そして何も知らない窪野が、絶叫をあげながら岩間へと向けて発砲した。

 壁に弾き飛ばされた体勢を立て直すフリをして、俺に油断し、岩間に視線を走らせ銃に手をかけた山崎の急所に蹴りを打ち込む。
 そこに、なんなく窪野の発砲を避けた岩間が、俺の元まで的確に窪野の銃を滑らせた。
 その銃を拾い上げながら、全て予想通りに動いてくれた窪野へ向けて言葉を吐く。
「ご苦労だったな、窪野」
 そして唖然とする窪野をそのままに、床へ崩れ伏せる山崎へと引き金を引いた――
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photo by ©かぼんや