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◇◆ The best friend's love ◇◆
 きのう夕方、静岡県の雑木林で、女性と思われる白骨死体が見つかりました。 遺体は完全に白骨化していることから、死後数年ほどたっているとみられており、 警察では身元の確認を急ぐとともに事件・事故の両面から調べています――

「どういうことだ! なぜあいつの遺体をわざと発見させた!」
「そう騒ぐなよ。ちょっと遊んでみただけさ」
「なにが遊びだ! これで捜査が進んだら、俺のことがバレてしまう!」
「安心しろよ。それについてはちゃんと手を打ってある」
「本当に大丈夫なんだろうな? どんな手なんだ?」
「すぐにわかるさ。呉埜の驚愕する顔をカメラに収めて送ってくれよ――」



◆ SIU統括本部――

 望月のフリをして、香里と連絡を取り合うようになり1週間が過ぎていた。
 この数年間、香里と接触することだけは、どんな形であれ避けてきたけれど、 この状況ではもうどうすることもできない。
「どうしてお前は、俺が消えても尚、こんなことに巻き込まれなければならないんだ……」
 誰に届くわけでもない台詞を画面に向ってつぶやき、溜息とともに頭を抱える。
 そんな俺の左目の隅に、岩間が階段を上がってくる姿が映った。

 司令室は、本部2階に備え付けられている。
 デスク左側の壁全面が、マジックミラーで仕切られていて、 誰に悟られることなく1階にあるフロア全体を見渡せる。
 岩間がここにやってくることを確認して、何事もなかったかの如く席を正した。

「呉埜、会議だってよ?」
「解った。今行く」
 パソコンの終了オプションをクリックして電源を落とし、 完全に起動が停止するまでの間に、会議へ向けての準備を始める。
けれど、ふと見上げた先に、何か言いたげな岩間が佇んでいた。
「何かあったのか?」
 スーツの袖に手を通しながら、様子を伺えば
「え? あぁ、望月の後任のことで悩んでてさ」
 話しかけられたことに少し驚いた後、当たり障りのない答えを返された。
「お前が悩むなんて、珍しいこともあるもんだな」
 咥え煙草を山積みの灰皿の中に揉み消して、冷えきったコーヒーを一口すする。
 そんな俺を見ながら、ドアに寄りかかったまま岩間が言った。
「敵陣で俺が背中を見せられるのは、お前と望月だけだったから悩みもするさ」

 今回の会議には、窪野が出席することになっていた。
 本部の会議に出席できるエージェントは、各支部の現場指揮官だけだと決まっている。
 それはつまり、望月の後任は窪野に決定されているということだ。
「話はそれだけじゃないんだろ?」
 珍しく直球で物を言わない岩間に妙な不安がこみ上げ問質せば、 少し躊躇った後、俺から目線を外してつぶやいた。
「……お前ってさ、誰かを愛したことはあるか?」
「岩間、お前……」
「なんてな! ちょっと言ってみたかっただけさ! 先に行くぞ」
 俺の返事を強引に遮り、岩間は慌ててオフィスを去っていった。

 岩間に女が居る――
 それがどんなに危険なことか、あいつが理解していないはずがない。
 けれどそれを、俺に問質されたとはいえ口にした。
 本気じゃなければ、簡単には口にできない話。
 だからこそ、その時点でそれはあいつの弱点に変わってしまう。
 確実に来る近い未来を想像して、また溜息をつく。
 そしてようやく立ち上がり、パソコンを片手に会議室へと向った――


「みんな聞いてくれ! 海馬を人工的に作り出す『コア』が開発されたと、アメリカから報告が入ったんだ!」
 技術開発班の三宅が、突然会議室に飛び込んできて叫び始めた。
 記憶を司る脳の部位 『海馬』
 その海馬の働きを補う 『人工海馬』 の話は、既に動物実験の段階まで開発されていると一般にも発表されているだけに、別段そこまで驚くことではない。
 けれど異常なほどの三宅の慌て方に、岩間が口を挟んだ。

「記憶障害などの治療に使われる人工海馬とは、また別の物なのか?」
 未だ息を切らしながら何度も頷き、身振り手振りを加えて三宅が答える。
「あぁ、全く別のものなんだ! 治療用の人工海馬はアウトプット方式なんだけど、 このコアはインプット。つまり自分の記憶を、直径数ミリの小さなシリコンチップに コピーするって寸法!」
 会議室に居た面々が、お互いの顔を見合わせた。
 静まり返った会議室を見渡して、話がうまく伝わらなかったことに気がついた三宅が、 もっと解りやすく説明しようと試み続ける。
「えっと、遺伝子を操作して、クローンが作れるって言うことは知ってるよね?  そのクローンの脳に、このコアを埋め込めば、完全なる本人が人工的に作り出せるということなんだ」
 ここでようやく話の見えた堀内が、後方から軽く手を挙げた。
「つまり、この世に同じ記憶と体を持つ人間が、複数存在してしまうってことか?」
「ご名答!」
 嬉しそうにそう答えながら、堀内へ向けた人差し指を勢い余って苅野長官に突き刺し、肩をすくめる三宅。
 そんな三宅に向って怪訝な顔で軽く咳払いをした後、苅野長官が問う。
「本体とクローンを見分ける方法は?」
「いまのところ、脳に埋め込まれたコアを発見するしか方法はないんだよ。 なんたって肝心のDNAが一緒だからね……」
 肩をすくめたまま、三宅が会議室の全員に向ってボソっとつぶやいた。
 それを聞いた、会議初参加の窪野が思い余って立ち叫ぶ。
「そんなものが出回ったら、誰を信じていいのか分からなくなっちまう!」

「そうだ。だからそんな装置は破壊しなければならない。だが、既にそのコアがAMIKAに盗まれたという情報が入った」
 木下大臣が、牛皮で覆われた極秘ファイルを片手に会議室へ現れた。
「現在確認されている確かな情報は、製造されたコアの枚数が3枚。 その全てを現在AMIKAが所有しているということだ。装置の破壊はアメリカがやる。我々の任務は、その3枚のコアの回収だ」
 木下大臣がそう言い終えると、長テーブル越しに全員分のファイルを滑らしながら苅野長官が付け加える。
「ブラフがシリアに入るという情報も入った。何の目論見でシリア入りするのかはわかっていないが、 今の話からコアに関することではないかと予想される。ブラフとコンタクトを取る予定の人物がこいつだ。 こいつを監視し、コアの情報を手に入れるとともに、ブラフの顔も拝ませてくれ」

 AMIKAは、ヒンドゥー教の神々を捩ったコードネームを使う。
 そしてその中でも三大神と呼ばれる、ブラフマー・ヴィシュヌ・シヴァをコードネームにする者が、 AMIKAのトップだということが最近解った。
 今回はそのうちの1人、ブラフマーを捩った男 『ブラフ』 の顔が確認できるチャンスだった。

「司令官は岩間くん、君に任せる。堀内くんと窪野くんはシリアに飛んでくれ」
 俺が会議に出席しているにも関わらず、司令官を岩間に任命したことで辺りがざわつく。
 けれどそんなことにはお構いなく、木下大臣が立ったまま俺を見据えて続けた。
「悪いが呉埜くんだけは、今回の任務から外れてもらう。 作戦の全体像を把握し終えたら、そのまま手を引いてくれ」
 全員が何かよからぬ事態を嗅ぎ取って、ピリピリとした空気が会議室に広がった。
「解りました」
 無表情のままそう答えながらも、いつもとは何かが違う木下大臣の表情に、悪い予感が渦を巻く。
 そして誰も彼もが胸に秘めた想いを隠しながら、会議は終了した――


 カシャ

 シャッターを切る音がフロアに響き、驚いて顔を上げた。
 音のする方向を見れば、鼻に変なピアスをつけた三宅が笑顔で立っている。
「呉埜っち、見てくれよ。今、僕の鼻の穴を撮ってみたんだけどさ」
 突然今まで見ていたモニター画面が、内視鏡の映像のように変わった。
「めっちゃリアルだろ? 鼻毛まで見えちゃうんだぜ?」
 そしてまた数回のシャッター音が聞こえ、その度にグロテスクな映像も変わる。
「ワイヤレスの高感度リアルタイムカメラなんだ。特殊フラッシュもついているし、 シャッター音も当然サイレントにできるよ?」

 三宅は、類稀なるIQの高さと、機械電子学に精通していることからSIUに引き抜かれた。
 年齢は俺とほとんど変わらない。
 部隊の中でも特殊な地位に就いている為、誰に対しても敬語など使わず、 大臣にもこんな調子で接している。
 そんな三宅だからこそ、張り詰めた皆の気持ちを和ませてくれる存在でもあった。
「で、その鼻のピアスがレンズで、ボールペンがシャッターか」
 含み笑いを漏らしながら、三宅の鼻を指差すと
「よくわかったね? ピアスの向きを逆にしちゃったからかな?」
 鼻の穴に指を突っ込み、ダイヤのような宝石が埋め込まれた小さなピアスを取り出す三宅。
「おい三宅、まさかそれを俺に付けろとは言わないよな?」
 その光景を見ていた堀内が、恐ろしく歪めた顔で問えば
「大丈夫だよ。ちゃんと消毒するし、それにつけるのは窪野くんだから!」
 その言葉に、慣れないパソコン業務を真剣に行っていた窪野の手が止まり
「えぇ? マジっすか?」
 心からの驚きを言葉に表した。

 そこまでは、順調に事が進んでいた。
 そして俺は作戦の全体を見渡した後、この任務から退き、早めの帰路に着いた。
 翌朝、フロアに居た人間全員が震撼することになるとは思いもよらずに――

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photo by ©clef