運命の黒猫に導かれるままに落ちゆく泡沫の世界は心地よく頬を撫で、無数の光たちは帯を引いて過ぎ去ってゆく。
すぐに身体の感覚はゆるやかに失われ、アスターは許しを請うようにシュレディンガーへと手を伸ばす。
「世界への入り口は私が開くよ、さあいこう」
握り返された手は力強く、星々はさらに光を強めてゆく。
「ああ、一緒にいこう、シュレディンガー!」
泡沫を駆ける、まるでほうき星のような二人はひときわ強く光を放つと、今までのそれらがすべて嘘のように闇へと姿を消した。
光は遠くなり、意識は雪のようにほろほろと解け、音は失われる。
これは死なのかもしれない、アスターはそう思った。
ファルに返してもらったラプラスの瞳だけが、熱を持っているように熱かった。
(なにもかも忘れてしまいそうだ…)
頭の奥深く、もう思い出すこともままならず、すべての感覚を手放し掛けた、その時だった。
誰かに呼ばれている、そんな気がした。
アスターがゆっくり目を開けば、そこはどこまでも真っ白な世界。
白磁のタイルが隙間なく敷き詰められたような光景は目がくらみそうだった。
「アスター、大丈夫?」
いまだ焦点の合わない瞳で、アスターは声の主を探す。
「シュレディンガー、どこにいるんだ…」
「目の前だよ、生まれたての世界だからまだ輝きが強いみたいだね」
まぶたに手を添えられる感覚があれ、それから放たれると先ほどよりマシになった白磁の世界のなか、運命の黒猫がすこし心配そうにしていた。
「ちょっとお手伝いしたけど、どうかな?」
「ありがとう、だいぶ楽になったよ…」
視線を自らの手のひらに向けたとき、おもわず目を疑った。
真白を基調とした服装はまるで王族のような出で立ちで、ファルの所から飛び出してきた様子とは大変わりしていたからだ。
「これは…」
「アスターはね、ほうき星の王様だったんだよ」
シュレディンガーはアスターの頭の上を指さし、そのいただきに輝く銀冠をまぶしそうに見つめた。
「私と流星群に囲まれて、ようやくあなただけの光を宿せたの」
彼女から語られた話は、じつに不思議なものだった。
運命の黒猫に導かれ、流れ星になったことでアスターの中に眠っていた本来の王性が現れたのが、今の姿なのだという。
恥ずかしそうに新たな装いを気にするアスターを微笑ましく見ながら、シュレディンガーはファルから託された本の残滓を名残惜しそうに手放す。
灰のようなそれは空気に溶けだすと透明になり、もはや元の役割は分からないほどに消えていった。
「ファルの世界であなたは力が暴走すると言っていたけれど、それはつまり違う世界に王として紛れ込んでしまっていたからなの」
シュレディンガーの言葉に、アスターは息を飲む。
「そんな…ならなぜ、最初からほうき星の王として世界を作れなかったんだ…?」
「あなた自身が生まれた星から流星群となって旅をしなくてはいけないから、一番遠いファルの世界になったのかもね」
すべては彼がほうき星の王として決められていた運命で、またそのすべては役割だったのだ。
その事実に心は重くなり、自分がファルの足枷となっていた罪の意識が顔を覗かせるとアスターは肩を落とす。
自分の宿命が、随分と永い間、縛っていたのだと。
「そうか…一番遠いとなると、もうファルに会うことはないんだな…」
すっかり肩を落としたアスターの様子に、びっくりしたのはシュレディンガーであった。
「まさか!アスター、あなたはほうき星の王様なのよ?」
「だから、もう元の世界には戻れない…のでは?」
「まあ!なんてこと!」
シュレディンガーはたまらず声を上げて笑い、怪訝そうなアスターの手を握ると一呼吸おいて告げた。
「あなたは私と世界を飛び回る運命なの、だって泡沫をめぐる唯一のほうき星だから!」