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第7話 流れ星

シュレディンガーに手を取られるまま、アスターはその身を彼女の意志にゆだねる。
世界は光の矢のようにすべて流れゆき、目は開けていられぬほどの目まぐるしさで、もう息をするのがやっとだった。
 「すこしだけ息をとめていてね」
運命の黒猫のいうまま息を止めると、まるで水の中に落ちたような感覚が身体を襲う。
驚きのあまりおもわず目を開くと、そこはどこまでも続く暗がりだった。
それでも恐怖しなかったのは、その暗がりがまるで夜空のように無数の星々にみえる光を含んでいたのと、手のぬくもりの先にいるシュレディンガーが笑っていたから。
 「ふふ!アスターは勇気があるね、もう息をして平気だよ」
肺が求めるままに息を吸えば、凛とした冷たさをもった清浄な空気は遠慮することなく肺を満たしてくれる。
すこし低めの気温に身をさらし、整えた呼吸で辺りをさらに伺ってみるとどこか冬の入り口を感じ、アスターはつないだ手を離すものかと握りしめた。
 「ここが泡沫…」
 「そう、浮かんでいる光のひとつひとつに世界があるんだよ」
シュレディンガーは傍にあった光の粒を指さし、愛おしそうに告げる。
 「移動する時、たまに穴みたいなところに落ちちゃうこともあるけど…」
 「それは大変そうだな…」
 「そうだね、でも面白い出来事もあったりするから、悪い事ばかりじゃないよ!」
過去にそれ相応の思い出を匂わせる彼女にどこか嫉妬のような気持ちを持て余しつつ、アスターはちょうど目の前に漂ってきた光の粒に視線を奪われた。
まるでそれはそうあるべきだといわんばかりに彼の前へと漂い、釘付けになったアスターの様子にシュレディンガーは察する。
 「…その世界が気になる?」
彼女の言葉はまるで予言のようだった。
 「ああ、この世界は?」
すっかり興味を奪われたアスターの様子にシュレディンガーは満足気に頷き、彼の手を引く。
 「そこはジョニーという女の子の王様がいる世界だよ、ずっと夕暮れなの」
 「夕暮れだけの世界?」
 「そう、ずっと太陽を追い掛ける宿命の宵闇の国があるよ」
沈みゆく太陽が永久に照らし続ける世界も見てみたい気もするが、今はまだ訪れる時ではないと、アスターはなぜかそんな気がした。
シュレディンガーに誘われるままに泡沫へ来たのは、きっと理由があるのだと、そんな気もした。
 「ふふ!迷ってるね?」
まるで見透かしたかのような言葉に心臓は波打ち、アスターはただ苦笑するしかなかった。
 「…ところで、君はこれからオレの行く道筋を知っているんだろう、シュレディンガー?」
耐えかねた言葉を待ちわびていたのはどうやら運命の黒猫だったようで、彼女は頷くと今はまだ遠い泡沫の上部を指さす。
 「アスター、あなたは誰よりも光を集めないといけないの」
 「集めて、それから?」
 「星になるのよ、大丈夫、私も一緒に行くから」
引かれるままに上昇していくことに、恐怖はなかった。
 「私たち、きっと流れ星になれるよ」
彼女の言葉は真実であり現実になることを、ファルより返してもらったラプラスの瞳は映し出していた。
まだ遠い先は見えないけれども、光の中を滑り行く世界は、星の魚になったような不思議な未来。
しばらく昇った先で止まった二人は、足元の先に広がる光の星々を見た。
 「こんなにあるんだな」
 「そうだね、でももう空っぽになってしまった星もあるから…」
それは世界の管理がうまくゆかず、破綻して終わりを迎えた世界の事を示しているのがアスターにもわかり、うまい返しが浮かばぬ彼はただ口を結び星々を見下ろすだけ。
 「オレが流れ星になれば、空っぽの星をまとめ上げられる…そういう事か…」
ラプラスの瞳が教える寸分先の未来。
自分に課せられた役目を感じ取り、アスターはぼんやりとこれから起こる未来に心を馳せる。
それとは反するようにシュレディンガーはどこか安堵したような表情を浮かべており、空っぽになってしまった世界を憂うことのない未来に希望を感じていた。
 「私…アスターのこと、ずっと待っていた気がするよ…」
頃合いを見て告げた言葉は大きな意味を持ち、アスターは静かに頷くと「オレもそうだ」と呟く。
満足気に笑ったシュレディンガーの頷きを合図に浮遊感は突如なくなり、二人はその身を重力加速度に任せたのであった。