シュレディンガーには今からする選択が間違いないという確信があった。
色々な世界を飛び回り、様々な国を見てきた。
ある世界は涙が宝石となり、眩いほどの涙の結晶が溢れていた。
またある世界は歌声こそが存在であり、王は世界のために歌い続けていた。
どの世界も特異な王ばかりで、その誕生の瞬間に立ち会ったこともあった。
「オレを連れ去るだなんて…!」
狼狽えるアスターの様子にもっともだと言いたげに頷き、運命の黒猫はふたたび長髪で力を解放した姿へと変化させる。
「王がいなくなったら、この世界は消えてしまうんだぞ!」
アスターのいった言葉は世界の理であり、王の去った世界は消えてしまうのは当然の結果。
長い髪をたなびかせ、シュレディンガーはつよい瞳で告げる。
「そうだよ、だからアスターは私と流れ星にならなくちゃいけないんだよ」
「な、なにを言ってるんだ!?」
混乱を極めるアスターに構わず、シュレディンガーは穏やかな表情を浮かべるファルの手から本を受け取ると、すべてを見透かすラプラスの瞳を覗き込む。
まるでこうなるべき未来を待ち望んでいたかのように、空色の瞳はゆっくりと細められる。
「私、ファルのことも待たせていたね…でも、もう大丈夫だよ!」
「ふふ!それではお願いするよ、ぼくの運命の黒猫」
短いやりとりは、もう待ち切れない気持ちを抑えるかのような、刹那的な儀式にも見えた。
シュレディンガーに手を取られたアスターは不安に染まる瞳で彼女を見る。
自信に満ち溢れる彼女の瞳は、夜空を埋め尽くす宇宙のようだった。
「さあ、行こう!流れ星の王様!」
シュレディンガーにより開かれたのは星空への道で、階段になっているそれは神秘的な輝きを宵闇にのせて二人を迎えようと徐々に大きくなってゆく。
後ろ髪を引かれるアスターの背に、ファルから声が掛かる。
「行くんだ、アスター!お前の世界へ!」
手を引かれるままに階段を進むアスターはファルを振り返り、彼の姿を瞳に捉える。
見慣れたはずのファルの黄金色の髪は色を失い、みるみると銀の輝きへと変わり、アスターは驚くしかなかった。
「ファル、姿が…!」
てっきり王である自分が世界から離れれば、ファルも消えてしまう、そう思った。
しかしそれは現実とはならず、ファルの髪はゆるりゆるりと伸び、銀髪の青年へと見た目を変えてゆく。
それはアスターが階段を上るごとに起こり、やがてその変化はファルだけに留まりはしなかった。
植物に彩られた世界は色を失い始め、役目を終えた姿となり、枯れ果てた世界は時を止めたように静かに鼓動を止めた。
「あぁ…世界が死んでしまう…!」
アスターの言葉にファルは首を横に振る。
シュレディンガーは分かっていたように目を細め、アスターだけに聞こえるように耳打ちをした。
「これがファルが王様の世界、静寂を宿命づけられた眠りの王だよ」
まるで死で満たされたような光景であるのに、銀髪となったファルの出で立ちは、死を統べる王にも見えた。
「お前に返すよ、預かっていたこのラプラスの瞳もね!」
ファルがそう告げた途端、シュレディンガーがファルより受け取った本は光の粒子となり、舞うようにして消えはじめた。
それは未熟だと嘆くアスターをファルが補助する際の万能の禁書。
消えゆく本と連動するように、アスターは自分の左目が熱く、特別なものを捉えられるようになり始めたのに気付いた。
それは星の海を見下ろす自分とシュレディンガーのイメージで、それは自分の左目がラプラスの瞳の力を得たことによるものだと理解する頃には、二人はすっかり階段を昇りつめていた。
ファルの姿はもはや見えぬ程に離れ、星々が煌めく辺り一面は、まるで光の花畑のよう。
「シュレディンガー、オレは…いったい…」
もう進むべき階段などない闇の世界。
シュレディンガーはアスターを見ることなく、ただ先だけを見つめている。
「ここから先に誰かを連れて行くなんて私も初めてだけど…きっとうまくいくよ、大丈夫」
繋いだ手を離さぬよう、今一度、シュレディンガーはアスターの手を握りなおす。
「さあ、一緒に『泡沫』へ…!」