ミカを中心にそれぞれ椅子に腰かけた仲間たちは、静かに彼女の言葉を待つ。
期待と不安が入り混じる視線のなか、ミカは意を決したように口を開いた。
「…遠い昔、もうおとぎばなしのように語られている種族同士の抗争、それはみんな知ってるかしら?」
「エルフがなんとかっていうあれだろ?」
ステアの返事に頷き、話は続けられた。
「あの時に特別な悪魔を作った人間がいたの、史実には残されなかったけれど…」
「それってオシリスやバフォメットのことだよね?」
ユグが名を出した悪魔たちは確かにそれであり、ミカは静かに瞳を閉じる。
「ええ、ゲフェニアの悪魔もそのうちの一体よ」
「ミカ様のご実家はそれを封じてらっしゃるっていうけど、なんで他のは放置されてるんですかね?」
首をかしげる寿の問いは他の仲間たちも同じく感じていたことで、真剣にその答えを聞こうとミカに視線を集中させる。
しかしミカは首を横に振り、残念そうな表情を浮かべた。
「なぜかゲフェニアの悪魔だけは土地に封じることができなかったみたいね、私も詳しくは知らないのだけど…」
「それでゲフェンタワーや魔王の嘆きやら色々やって封じてるってわけか…」
「おそらくね」
ミカがステアに相槌を打ったところでユグが挙手をし視線を一身に集め、さらに沸いた疑問が提供される。
「ミカの話だと人為的に作られた悪魔ってことだけど、それって抗争してる中で人間が裏切ったってことなのかい?」
「人間側…というより、人間のアルケミストが一人で造ったと聞いたわ」
「じゃあ人間側で裏切りが起きた感じにはなるのか…」
二人のやり取りに理解を示したステアはめいっぱい背伸びをして、少しずつ己に忍び寄る睡魔の足音を感じていた。
ミカもあまり顔色は良くなく、その後は噴水よりゲフェニアへ侵入する際にステアとユグに伝えた魔王の嘆きの話を絡めると大きな欠伸をした。
共通の情報としてミカのトゥエラーシュ家が過度な力を持っていたゲフェニアの悪魔を封じる運命であり、魔王の嘆きはそれをするに必要な重要なアイテムで、なぜか縁も所縁もないナルが選ばれてしまったことを、改めてそれぞれの心に刻むことになった。
「とにかく、昔っから手の掛かるとんでもない相手っていうのは分かった」
相手の強さを目の当たりにした事に加えミカからの話も相まり、ステアなりにファルの作戦を受け入れる事を納得したようで、ギルドマスターの了承はナル奪還作戦の大きな一歩を踏み出したといえた。
「…ねえ、ミカさん一つだけいいかい?」
そんな中、ファルはなにか引っ掛かりがある様子でミカに声を掛ける。
もちろんとばかりに頷き返したミカに、ファルは遠慮なくそれをぶつけることにした。
「悪魔を作ったとされる生体学、それは流出した?もしくはトゥエラーシュ家に伝わっている?」
その質問に身体を震わせたのは寿で、彼も今までにない様子でミカの返答に視線を向けた。
「そこまでは…私も聞いていないわ…」
「そっか、なるほど…」
なにやら期待外れだった様子のファルは寿と視線を合わせるが、寿は諦めたように首を横に振るだけだった。
「私もまだ当主を受け継ぐ儀式をすべて終えてるわけではないから、すべてを把握していなくてごめんなさいね…」
「こちらこそ、変な質問して悪かったね」
互いに気遣い合い、今はただナルを奪還することに意識を注ぐように話は進められた。
「そういや悪魔は嘆きに危害を加えられないっていうのは?」
「魔王の嘆きには歴代の当主たちの魔力が閉じ込められているの、それに傷をつけた事で開放されたとなればゲフェニアへの道が永遠に閉ざされるからよ」
ステアの鋭い質問はさらに続く。
「じゃあもしファルさんの作戦でナルが死を体験するとしたら、ナルの魔力も追加されるのか?」
「ええ、おそらくは…」
「レプリカを使った分、あいつの力は戻ってるんだろ?それでもやれるのか?」
「一番の大きな封印のレプリカはゲフェンタワーのはず、きっとやれるわ」
「じゃあうちらが今ここにあるレプリカを使って侵入しても問題ないな?」
「私たちにゲフェニアの悪魔を足止めできる力があればね?」
二人のやり取りは互いの力と自信を確かめるようでもあり、また信頼をさらに高めるようなものだった。
ステアはミカを信じて問い掛け、またミカもステアを信じて答えたのだ。
もう選ぶ道は決まっていた。
「よし…それじゃあみんな、ファルさんの言う作戦とやらでいいな?」
ステアの問いに、みんなは一斉に頷いた。
大聖堂の最後のレプリカを使いゲフェニアへ侵入し、ファルによるナルの毒殺およびレディムプティオによる再生、その間の悪魔の足止めをぬかりなく突き詰めてゆく。
ファルはアサシン装束で向かうと警戒されるであろうということで、プリーストの姿でカタールを忍ばせることに落ち着いた。
やや後衛が多い面子となったが、寿がフォーチュンソードと呼ばれる絶対幸運の加護を得られる短剣を所持しているとのことで彼に回避の全てを賭けることにした。
ステアもトラップの心得があるらしく、数種類を用意することを約束してくれた。
ユグとミカもそれぞれ得意な属性があるようで、互いに邪魔にならぬようにと綿密に使う魔法の種類を相談し合った。
ようやく話し合いもまとまったのは昼前で、昨夜から睡眠をとっていない面子はとうとう限界に達し、マルシス神父が用意してくれた仮眠室にて休息をとることにした。
それぞれ用意されたベッドに潜り込む前、ファルはミカに声を掛ける。
「ナルが石に選ばれたことなんだけど、もしかして君の親戚とかなのかな?」
ミカは首を横に振り、それを即座に否定した。
「トゥエラーシュ家に分家はないから、おそらくそれは無いと思うわ」
「失礼を承知で聞くけど…秘密裏に隠し子が、なんてのは?」
「うふふ!その可能性はないわね、私の血筋はこの髪色が色濃く出るから」
軽やかに笑ったミカは自慢の萌黄色の髪を指差した。
つまり同じトゥエラーシュを名乗るには特別な毛色が必要であり、それを無しに生まれてきた時点で同じ血統ではないと否定したのだ。
「これは手厳しいな…さらに謎が深まってしまったね…」
納得いかない様子のファルを見て、脳裏をそっと掠めた言葉をミカは口にする。
それは思い当たる節すらない、ただの可能性の想像だった。
「もしかしたら、魂がより悪魔に近いのかもしれないわね」
まるで呪いのような言葉にファルは目を伏せ、信じられないといった風に苦笑した。
「そしたらぼくは、いつの日かナルを祓わなくてはならないじゃないか」
「うふふ…忙しくなってしまうわね?」
まるで冗談を言い合うように離れた二人は、決戦となる夜に向けてそれぞれやるべきことへと向き合う。
休息の足りないものは休息を。
準備が必要なものは準備を。
やがて迫る夕刻に向け、それぞれの時間を過ごすのであった。
一人、休息の十分であった寿が武器庫に預けていたフォーチュンソードを手に仮眠室へと戻ると、そこには一人、なにやら静かにスクロールと呼ばれる呪文を書き込むことができるアイテムに魔法を移しているファルがいた。
「なんだよ、寝なくていいのか?」
寿の声に顔を上げたファルは、目の下に隈を作りながら苦笑してみせた。
「ああ、万が一があるから…レディムプティオをミカさんに渡しておこうと思ってさ」
それは悪魔に身体が乗っ取られてしまう可能性を示しており、寿は眉をひそめた。
「だからって、今からお前が命を削る必要はないんじゃねーの?」
寿の言葉に再び手を動かし始めたファルは、魔力を込めながらスクロールへと魔法を移してゆく。
本来はセージが得意とする分野である技術であり、プリーストでさらにその禁呪を移すとなれば相当の消費をするのは間違いなく、寿はファルの体力を案じたのだ。
「助けたいんだよ、絶対に…」
自分の命よりも重要な弟子の奪還。
それはもうファルにとっての勝利条件であり、それをクリアできないのであればそれは負けと同義。
弟子のために極上の毒すらも用意したし、不測はありえないまでに準備をしたいのだ。
「もしぼくが死んでも、レッケンベルにはナルのこと…悟られないようにしてくれるかい?」
ファルからの言葉に、そもそもこのゲフェニア調査隊がレッケンベルの息が掛かった事案であったことを思い出した寿は鳥肌を立てた。
すこし弱気なファルの姿は絶対に起こらないとは否定できない不吉な予兆を浮かべていたし、もしそうなった時、魔王の嘆きに選ばれた特別な人間がいるという事実が伝わってしまえば、間違いなく何かしらの形でナルが狙われることになるのを経験則で知っていたからだ。
「やってもいいけど…そうならないよう、お前が生き残って守ってやれよ」
寿の言葉にほんのすこしだけ手を止め、ファルは笑みを浮かべた。
「うん、ぼくもそれが一番いいな…」
そしてファルはふたたびスクロールを作る作業を再開し、寿は手にしたフォーチュンソードの手入れを始める。
運命の歯車、そのすべてがうまくかみ合わなくては起こせない奇跡を起こすため、大聖堂は夕闇の刻へと時を進めゆくのであった。