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第22話 チェックメイト

闇の帳が降りる頃、ストレイキャット達は大聖堂をあとにし魔法都市ゲフェンへと戻ってきた。
申し訳程度のパンとスープで腹ごしらえこそしたが、これから向かう戦場のことを考えると喉の通りは悪いものだった。
魔法都市には深い霧が満ち、街灯の光だけがぼんやりと道を照らす。
人影は見当たらず、一行は静かにゲフェンタワーへと侵入する。
準備万端であるそれぞれは手際よくゲフェンダンジョンに巣食うモンスターを跳ね除け、とうとう三階目にある水晶のモニュメントまで辿り着くことができた。
ファルは魔王の嘆きのレプリカをその手に握り、最後の確認だとばかりにミカに視線を向ける。
 「…ミカさん、万が一のときは…」
 「ええ、任せてちょうだい」
大聖堂を発つ前、ファルから受け取ったレディムプティオのスクロール。
ミカはそれを大事そうに忍ばせ、約束である緊急時にはファルよりナルを優先して助けることを改めて誓った。
力強い返答に安堵の表情を浮かべたファルは、それぞれに最終確認を行う。
 「これからレプリカを使って道を開くよ、すぐに閉じてしまうから遅れる事のないようにね」
その言葉に全員が頷き、互いに顔を見合わせた。
 「よし!さくっと助けてみんなでタヌキ鍋だな!」
 「さくっと助けるのは賛成だけど、鍋にされるのは反対だよ!」
 「ユグもいい具合に肥えてきてるからな、そろそろ食べ頃でござるな?」
 「そうね、確かに最近ふっくらしてきたわね」
ストレイキャット達の会話はこれより死と隣り合わせの戦いが始まるような雰囲気ではないが、逆にそれがファルにとってはありがたかった。
あまりに大きな思いを背負って戦うのはファルの心をすり減らしていたし、なにより冷静でいられない。
ナルのことでいっぱいだった頭はほんのすこし余裕を作り、ファルの表情をいつもの柔らかなものへと変えてゆく。
 「みんなで帰ったらぼくが御馳走するよ、料理には自信があるんだ」
ファルの言葉にステアは笑顔を浮かべる。
 「ナルから聞いてるよ、食べたいものはなんでも作ってくれるお師匠様なんだってさ」
 「ふふ、そうだね…ナルが食べたい物、作ってあげたいな」
穏やかな心でレプリカに魔力を込める。
するとレプリカはモニュメントと呼応するように光を放ちあい、やがてそれはワープポータルによく似た転送魔法の魔法陣を地面に描き出した。
 「さあ、急ごう!」
真っ先に飛び込んだファルは瞬時に転送され、続くメンバーも魔法陣へと飛び乗った。
景色は暗転したのち、すぐさま四階層の洞窟へと姿を変えた。
始めての訪れとなる寿は興味深そうに辺りを見渡し、いつでも短剣を抜けるようにと留め具を外す。
ステアも大型の弓を携え、ミカは愛用のスタッフオブソウルを握り、ファルも聖書を片手にすぐにでも退魔魔法を使える状態を維持している。
 「それじゃあ位置を探るよ?」
ユグが意識を集中し、ゲフェニアの悪魔の位置を特定する。
 「…ここにはいないみたい、もしかして遺跡…かも…」
その言葉にファルは怪訝そうな顔をする。
この場は魔力を削る厄介な結界のせいでどちらにも不利であるが、無限の余力があるドッペルゲンガーには有利であると言える。
それにも関わらず、あえてゲフェニア遺跡にて待ち構えているのは不可解だった。
 「罠だと思うけど…ステア、どうする?」
ユグがたまらずステアに尋ねてみると、彼女は迷いなく答えた。
 「行くしかないだろ!」
そして走り出したギルドマスターを追う形で、一行はゲフェニア遺跡への転送装置まで走り抜けた。
転送装置までの道中、ミカがファルに小声で声を掛ける。
 「ナルの波長がすごく弱っているの…」
 「つまり命が削られてるってことかい?」
走りながらも努めて冷静に話をしようと、ファルは前だけを見てミカへ尋ねる。
ミカもいたずらに心を乱さぬよう、先頭を走るステアの背中だけを見て話を続けた。
 「まだその段階ではないと思うけど、魔力の弱まりを感じるの…」
ミカの話で魔王の嘆きに選ばれた者が魔力を吸い取られるのを事前に聞いていたファルは、ひたすらに悪い予感を感じていた。
ナルの魔力が枯渇している状態であるなら、戦闘中に弟子からの支援魔法を期待できないであろうし、なにより昏睡している可能性もある。
 「…生きてはいるんだよね?」
ファルの言葉にミカは力強く答える。
 「もちろんよ、それは保証するわ?」
 「十分だよ、さあ見えてきた!」
ナルがまだ生きている確信が持てた、今はただそれだけに希望を見出し、ファルはようやく辿り着いた遺跡への転送装置を迷いなく起動させた。
転送の光の渦の向こう、そこは眩い光あふれるゲフェニア遺跡が姿を現す。
むせ返るほど甘い空気は魔力で満ち溢れ、自生する木々の青々とした様子に、閉ざされた箱庭の美しさは惜し気もなく来訪者を迎える。
ふわりふわりと舞うのは光る綿毛で、不思議な光景は夢のように映りこむ。
 「…で、あれが悪魔くんですか?」
寿はすでにフォーチュンソードを二刀その手に握りしめ、一行を待ちわびていた様子のゲフェニアの悪魔を見据えていた。
 「随分と早かったな、人間たちよ」
ドッペルゲンガーは再びの来訪を歓迎するように目を細め、とりわけファルに視線を向ける。
しかしファルは悪魔を挟んで向こう側、ナイトメアに抱かれるように昏睡している弟子の姿を瞳に映していた。
意識なく指先だけをかすかに動かす様子は、魔力の枯渇をまざまざと色濃く現している。
 「あまりよくない状態ね…」
ミカの耳打ちに頷いたファルは、もはや待つことはできないといった様子で聖書を開く。
仲間たちに次々と祝福魔法を授けてゆく様子に、抵抗の意志を受け取ったドッペルゲンガーはくつくつと笑う。
 「おや、気が早いな?」
 「そう思うならすぐにでも弟子をこちらに渡してくれないとね?」
ファルの言葉を皮切りにステアが矢を射る。
放たれた矢は瞬速にて飛び、悪魔の頬を掠めた。
頬にちりちりとした痛みを感じ、ドッペルゲンガーは嬉しそうに顔をゆがめる。
 「ふふ、短命ゆえ生き急ぐのは相変わらずだな…」
頬の出血を手で拭うと、その目を細め自分の後ろにて魔力の枯渇に耐えられないナルに目配せする。
 (遺跡まで下れば落ち着くかと思ったが、そうではなかったな…)
魔王の嘆きとしての最期を感じつつ、ドッペルゲンガーは相対する人間たちを見た。
魔力の波長から萌黄色のウィザードがトゥエラーシュ家の者であるのは間違いなく、浮かんでいた疑問を口にする。
 「トゥエラーシュの娘よ、なぜこのプリーストの娘を嘆きとした?」
思いもよらぬ悪魔からの問い掛けに、緊張から身体を強張らせつつミカは答える。
 「選ばせたんじゃない、選ばれたのよ」
 「そうか…なんにせよ、役目を終えるまで僅かばかりだ…」
憂う瞳を閉じ、ドッペルゲンガーは剣を握り直す。
ナル自身も選ばれたのだと言っていたのを思い出し、この不思議な出会いを心に刻み、彼は悪魔として混沌をもたらすため新たな身体を目指し強い光を瞳に宿す。
 「我は我のすべきことをするだけだ」
その言葉を受けたファルは聖書を開き、目的であるナル奪還を目指して杖をかざした。
 「ぼくだってそうさ!さあ、ぼくの弟子を返してもらうよ!」
そして戦いの火ぶたは切られた。
ドッペルゲンガーが手を前に出すと、彼の影より悪夢と呼ばれるナイトメアの群れが這い出てきた。
それは陽炎のようにたてがみを揺らめかせ、勇ましい兵士のごとき嘶くと、ストレイキャット達めがけて駆け出す。
しかし、それを予測していたミカのストームガストが発動し、周辺には冷気の暴風が嵐のごとく渦巻く。
吐息を白くさせ髪を真紅に染めるミカは、恐れも迷うこともなく、次の魔法の詠唱を行う。
氷像と化したナイトメアの群れの中、それを縫うように駆け抜けてきたドッペルゲンガーにユグのコールドボルトが襲い掛かる。
 「小賢しい…!」
次々と降り注ぐ無数の氷の刃を叩き落すのは悪魔と言えど厄介であるため、どう足掻いても後退をせざるえない。
その隙をついたステアが矢を同時二本構え、ダブルストレイフィングで追い討ちをかける。
連携攻撃に避ける余裕がなくなったドッペルゲンガーの左肩、そこをステアの矢が掠めた。
 「よしっ!」
思わず声をあげたステアを憎らしそうに睨んだドッペルゲンガーは、パーティを決壊させるべく、まずその標的をステアに絞る。
 「貴様の矢は脅威だ、仕留めさせてもらうぞ」
両手剣のわりに小回りが利く悪魔の剣の軌道は、他には目もくれずステアただ一人を目指し、悪夢の光となって迫った。
しかし、その剣はミカが発動したファイアーウォールにより届くことはなく、ステアをさらに立ちまわせるため、寿がミカの援護に回る。
その瞬間、強力な重力に押さえつけられたように身体が重くなったのを感じた。
 (なんだ!?)
異常を感じた次の瞬間、地震かと思うほどの揺れを感じ、寿の前にあった炎の壁が一瞬にして姿を消した。
いまなお残る炎の熱は陽炎のように揺らめき続け、視界に映ったのは両手剣を地面に叩き付けた悪魔の姿だった。
 「こいつ、剣の圧で消しやがった…ッ!」
それはブラックスミスが扱うハンマーフォールによく似た動作であり、彼の得物が斧であれば気を失うほどの衝撃をもたらしたのは間違いなく、確信という恐怖が寿の頭を駆け巡る。
 (コイツはやばい!余力なんて残してられねぇ!)
なんとしても防御に転じてはならないと思った寿はミカを追い越し、フォーチュンソードを強く握ると騎士のごとき勇ましさでドッペルゲンガーに斬りかかった。
彼のもっとも得意である二刀流による剣撃を全力で繰り出すが、寿の攻撃は寸前の所でことごとく受け流されてしまう。
 「どうした?これでおしまいか?」
 「くそっ!」
寿は煽られつつも隙を見て後ろに飛び退くと、レッドジェムストーンと小瓶を取り出し地面へと叩きつけた。
それはみるみる紫色の霧となり寿の周りに立ち込め、毒霧であるベノムダストを作り上げたのだ。
 「これで少しは足止めできるでしょうよ!」
自信満々で宣言した寿の言葉をあざ笑うかのように、ドッペルゲンガーは毒霧の中よりゆったりとした動作で現れたのだ。
 「ウソだろ!上級の毒薬混ぜたんですけど!?」
 「寿、下がれ!」
ユグの声に即座に反応した寿は瞬時に後退し、前衛としてその役目を終えた。
 「よくやったな、寿!」
 「ちょっと危なかったですけどね!?」
弓を構えるステアの傍らにて寿は額の汗を拭い、相手との力量さに肩で息をして答えた。
 「おまたせ、連れてきたよ!」
最後方より響いた声に視線を向ければ、そこにはファルが大事そうにナルを抱きかかえていた。
 「…なるほど、そうか…」
上手く足止めをされていたことに気付いたドッペルゲンガーは、なんとも不愉快そうに影からナイトメアを次々に呼びだす。
 「ファルさん、すぐに出来そうかしら?」
ミカの問いにファルは首を横に振る。
 「ちょっと弱りすぎてる…すこし魔力を回復させないと、戻ってこれないかもしれない…」
そっとナルを横たえマグニフィカートの庇護を受けさせ、ファルも時間を稼ぐため杖を構える。
魔力の溢れるゲフェニア遺跡にありながら、なおも意識の戻る気配の無い弟子の姿は死の予感をつよく感じさせた。
ナイトメアの嘶きに再びゲフェニアの悪魔を視線に捉えれば、その紫電の瞳は怒りに震えていた。
 「あのプリーストの男と嘆きである彼女には触れるなよ、いいな?」
ドッペルゲンガーはファルとナルを交互に指差すと、ナイトメア達に強襲の意志を伝える。
溢れる悪夢の馬はつよく嘶き、上半身を死神の姿に変え、大鎌を振りかざしてストレイキャット達へむけ駆け出した。
 「取り巻きがいないと、満足に戦えないほどに弱っているなんてね!」
ミカがうまくファイアーウォールでナイトメアの群れを足止めし、ドッペルゲンガーの挑発にかかる。
 「…なんだと…?」
眉をひそめ、ドッペルゲンガーはミカを睨みつけた。
ナルを手中から逃し、ミカの挑発にも簡単に乗ってくる様子には焦りが伺える。
 (ナルを奪還されたの、かなり痛手みたいだな)
矢を打ち続けながらステアは冷静さを失わず、それぞれの状況を的確に見抜こうと努めていた。
ミカとユグはナイトメアの群れを率先して引き受け、数を減らそうと大魔法の詠唱に余念がない。
寿はいつ前衛として復帰してもいいようナイトメアを捌きつつ、本体であるドッペルゲンガーの動向を伺っている。
ファルはナルの様子を見つつ、最後方ながらも退魔魔法を展開し、例の毒を使うタイミングを計っている。
全員がナルの回復を待つその先、まだレディムプティオという大きな目的が待ち受けているのだ。
 (ここを逃したら、これ以上の足止めなんて出来ない!)
そう思ったステアは襲い来るナイトメアの額へ、次々と矢を立てていく。
 「あなたの取り巻きも限界があるんじゃなくて?」
大魔法の合間でもミカの挑発は続けられ、ユグのサンダーストームでナイトメア達もその数を徐々に減らしてゆく。
そして、何よりファルのマグヌスエクソシズムの効果は絶大だった。
聖なる光に触れた途端、ナイトメア達は湯気のように蒸発してしまうのだ。
 「取り巻きが必要なのは、そなたらであろう?」
ようやく口を開いたドッペルゲンガーは両手剣を天高く掲げ、その巨大な刃をめいっぱい地面に叩き付けた。
先ほどとは比べ物にならない剣圧は辺り一面に強烈な衝撃波を発生させ、ナイトメアと交戦中であった寿は逃れる術なく被弾し、ユグは後ろのミカを咄嗟にかばい、両名はその気を失うという最悪の結果になった。
 「よくも…ッ!」
寿とユグが離脱した姿を見たことで冷静さを欠いたステアが連続して矢を放つが、怒りに任せた攻撃は手元を狂わせる。
矢筒より新たな矢を取り出し構えるまでの僅かな空白、目の前に飛び出たファルが絶対防御領域であるセイフティウォールを展開する。
瞬きをした次の瞬間、光の壁がドッペルゲンガーの剣を跳ね除けたのをステアは見た。
 「ファル、さん…!」
 「ステアさん、寿とユグ君を起こして!」
そう告げたファルは腰に仕込んでいたカタールを装備し、疾風の如き速さでドッペルゲンガーに刃を向けた。
 「これで弱ってるっていうんだから、ほんと困るよッ!」
 「ふふ!お前の身体が手に入れば、もっと強くなるぞ!」
力では負けるものの速さはファルのが少し上のようで、やがてファルが押す形勢へと状況は変化した。
ふらつくミカもクァグマイアを唱えドッペルゲンガーの動きを制限し、わずかでもファルが有利になるよう補助をする。
 「おい!寿もユグも起きろ!!」
ステアが両名の気を戻すため声を張り上げるがどちら届かぬ様子で、逆にその声に目を覚ましたのは意外にもナルであった。
枯渇した魔力により倦怠感のひどい身体は言う事をきかないが、ゆっくり目を開けばドッペルゲンガーとファルが戦っているのが見える。
 (あ、…師匠…来てくれたんだ…)
師の姿にもう大丈夫だと安堵した心は支えとなり、ナルはそのままステアに視線を向ける。
倒れた自分の傍ら、ステアが見たことの無いアサシンとユグを揺さぶっている。
いまいち状況把握は出来ないが遠退きそうな意識を繋ぎとめ、ナルはなんとか声を発した。
 「ス、テア…様…」
 「お!ナル!気が付いたか!」
ステアの声に反応したドッペルゲンガーは一瞬ファルから視線を逸らし、その影より一頭のナイトメアを呼び出す。
 (今だ!)
自分から視線をはずしたその隙を逃さず、ファルがナイトメアの攻撃を交わしドッペルゲンガーへ一撃を見舞うため狙いをつける。
 「なに!?」
しかしナイトメアはファルに襲い掛かる事なくファルの後方、ストレイキャット達へと向かってしまった。
油断していたステアとミカは反応など出来ず、ただ悲鳴を上げるしかなかった。
 「きゃあ!」
 「しまった!ナル!」
ステアの声が空しく響き、ナルは一瞬にして銜え上げられるとナイトメアと共に姿を消した。
その直後、意表をつかれたファルのカタールに、覚えのある感触がにぶく伝わる。
ドッペルゲンガーの身体に食い込むはずだった刃は、ナイトメアと共に現れた弟子の身体を貫いていた。
 「おししょう、さま…」
交差する視線は悪夢に彩られ、後悔と拒絶に満ちていた。
ファルに覆いかぶさるようにして倒れこむナルを抱き止めれば、その身体から流れ出る暖かい血は聖職者の漆黒のズボンを濡らす。
 「そんな…うそだ…」
戦意をすべて投げ出し、ファルはその場にナルともども崩れるように座り込む。
 「いやぁ!!」
ミカの悲鳴が無残に響く。
ドッペルゲンガーは口惜しそうに紫電の瞳を細め、ファルを冷酷に見下ろして口を開いた。
 「チェックメイト、だ…」