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第16話 霧の中の不思議な噴水

ナルのワープポータルにて魔法都市へと戻った四人は、それぞれの思いを抱えストレイキャットの邸宅前で足を止めていた。
ミカから告げられた謝罪の言葉、それはナルにとって帰還できぬ師を諦めるしかない答えそのもの。
 「ナル、よかったら寄っていかないかい?」
気を利かせたユグが声を掛けるが、ナルは浮かない顔で首を横に振った。
 「荷物もそのままだから、宿屋に戻るね…」
言葉数少ない姿からそれ以上声を掛ける事はできず、ユグは「わかった」とだけ答える。
期待に応えられなかったミカは不安そうな表情で、二人のやり取りを見ていた。
 (…私が選ばれる道があればよかったのに…)
家出をした理由のひとつでもある、期待された次期当主でありながら魔王の嘆きに選ばれなかったことを悔やみ、ただ口を噤む。
母は娘の命が削られるような結果にならなくて良かったと大層喜んでいたが、先代の嘆きに選ばれた当主からもう四代も間が空いており、誰の目から見てもゲフェニアの悪魔を封印する力が弱くなっているのは明白であった。
封印の役目を担うはずであった、期待の令嬢。
しかし期待に応えることなど出来ず、すべてから逃げ出したのだ。
 (…私さえ…選ばれていれば…)
ミカの複雑な事情を知るステアはユグに目配せし、共に邸宅内へ入るよう促した。
 「まあ、ナルは明日また来たらいいさ、部屋は空いてるしな」
 「うん、ありがとう、ステア様…」
ステアの心遣いを受け取り、ナルは宿屋へ向けて歩き出す。
するとステアも隣に並び、共に歩き出し不思議そうに首をかしげるナルに向かって笑顔を浮かべた。
 「送っていくよ、なんだか心配だからさ」
沈む間際の夕日を受けるステアの髪は、それはとても美しかった。
東の空に白い三日月をむかえるゲフェンの夜は、静かに二人の岐路を照らす。
ゲフェンの街灯に明かりが灯り、地面に敷き詰められたタイルが夜の訪れを知らせるなか、ステアは足を止める。
 「…なあ、ナル?」
宿屋が見える曲がり角、ステアの声掛けにナルは「うん?」と答え、彼女の顔を見る。
真紅の瞳は真っ直ぐにナルを見ていた。
 「うちらに言ってない事、なにかあるか?」
その言葉にナルも足を止め、なんども瞬きをする。
ステアの洞察力の高さに驚いたのもそうだが、真紅の瞳に宿る意志の強さはファルのそれより強烈にナルの心を動かすのだ。
 「…どうして?」
 「んー、言いたくないならいいんだが…、ナルの話を聞きたいと思ったからな」
にっかりと笑顔を浮かべるステアに、胸が詰まるような感覚を覚えたナルは唇をつよく結んだ。
隠すつもりなどなかったが、救い上げられるような不思議な安心感は不安なナルの心にやさしく寄り添い、たまらず縋りたい気持ちにさせる。
 「私、本当はお師匠様を助けにいきたいの…」
言葉にしてしまえば涙はあとから溢れ、頬を濡らす。
ステアは頷き、持っていたハンカチでナルの頬を拭う。
ファルのような丁寧さはなく、ただただ悲しみを拭きとるように頬を拭われる感覚は、歳の近い姉が妹を心配するような優しさに溢れていた。
 「お師匠さんから遺跡のこと、なんか聞いてないのか?」
涙を拭われるナルは、昨夜ファルと話したことを順を追ってステアに説明した。
レプリカはゲフェンダンジョン三階のモニュメントから四階に降りるためのものであり、オリジナルにその効果はなかったこと。
また、ゲフェンの南噴水の台座がダンジョン三階のモニュメントと酷似しており、昨夜のファルにはそれを確かめる時間がなかったこと。
それらをようやく話し終え、ナルは口を閉ざしてしまった。
 「なるほどなぁ…」
一方のステアはなにやら考えている様子で、口元に手を宛がい唸っている。
 「なあ、ナル…今夜ちょっと二人で確かめないか?」
 「確かめるって、噴水を?」
ナルの問いに強く頷き、ステアは内緒だと言わんばかりに人差し指を口に沿えた。
 「どうせ開かない扉なんだ、調べるくらいいいだろ?」
輝く瞳は自信に満ち溢れており、いつの間にかとまった涙にも気付かずナルは大きく頷く。
 「うん、少しでも師匠を助けるヒントがそこにあるなら、私はやりたい…!」
 「にしし!じゃあ決まりだ!」
二人は夕食後、月が真上にくる時間に南噴水で落ち合う約束をした。
決して誰にも言わず、二人きりでゲフェンの噴水の秘密を暴くため、真紅のハンターと紺碧のプリーストは宿屋前で別れたのであった。



魔法都市のあらゆるものが夜に包まれ、すべての門が閉ざされ街ごと眠る時刻。
月はとうとう真上に昇り、ユグとミカが就寝したのを念入りに確認したステアはこっそりストレイキャットの邸宅から音を立てずに抜け出した。
薄手のマントを羽織ってきたが、夜の気温には少しばかり心許なく、ステアは羽織物に後悔しながら噴水へと向かった。
ゲフェンの南広場にある噴水は花壇に囲まれており、いつも四季折々の花々を咲かせている手入れの行き届いた噴水だ。
花の世話が好きな住人が丁寧に植え替えなどを行っているらしく、枯れることも荒らされるようなこともない、街の人たちの憩いの場でもある。
噴水の周りには商人が露店を出していたり、すこしお洒落な飲食店も噴水がみえるような店づくりをしており、自然と人々が集まる場所でもあった。
 (ナルはまだ来てないみたいだな…)
水音だけが響く噴水前のベンチに腰掛け、ステアはその台座に視線を向ける。
小さなころから見慣れた噴水であるが、確かにその模様は複雑で子どもながら古い様式のそれに歴史を感じていたのを思い出す。
月明りを反射する揺れる水面に目を細めていると、噴水の向こう側から一人のプリーストが走ってくるのが目に映る。
 「ステア様、お待たせだよー!」
それは待ち人であるケープを羽織ったナルで、約束を違えなかったことにステアは嬉しく思う。
 「うちも来たばっかだよ!さあ、やるぞ!」
合流した二人はまず噴水の周りをくまなく調べることにした。
しかし、台座を取り囲むように配置された花壇、そして外周の至るところまでくまなく見て回ったが、二人はそれらしきものを見つける事はできず、いたずらに時間を消費していた。
確かにゲフェンダンジョン三階のモニュメントと似通う部分はあるが、それは刻まれた模様だけのようにも思える。
 「ナルのお師匠さんは、たしかに噴水って言ってたんだよな?」
 「うん、そう言ってたんだけど…」
ナルの答えにステアは今も水を噴き上げる噴水を見つめる。
 「…まさか水源にってことか?」
その言葉に二人で目を凝らして水を噴き上げる支柱を見ると、確かにそこにも模様は描かれている。
真夏でもあれば濡れる事など気にせず水の中まで足を踏み入れるところだが、冬も差し迫る寒空のなか、どうしてもそれをする勇気がもてないステアは眉をひそめた。
 (やっぱり選ばれた人間じゃないとダメなのかもしれないな…)
諦めかけた、その時であった。
ナルは靴とニーハイソックスを脱ぎ、スカートをたくし上げ、冷たい水中へと足を入れたのだ。
 「つめた…っ!」
 「おい、ナル!」
ステアの声に振り向いたナルは、諦めを知らぬ瞳で告げた。
 「可能性があるなら、私はそれに掛けてみるよ!」
濡れることなど気にせず進むナルに、ステアは彼女が案ずる師の存在の大きさを思い知った。
彼女は自身の生まれを孤児院育ちであり、本当の家族を知らぬのだと話してくれた。
そして、自分を導いてくれる師は父のような兄のような、かけがえのない存在だとも言っていたのを思い出す。
 (そうか…家族なんだもんな、そうするよな…!)
ステアもブーツを脱ぎ、ナルのように噴水の水の中へと足を入れる。
痛みにも似た冷たさは身体を駆け抜けたが、我慢できないほどではない。
思っていたよりも深さはなく、膝まで水が届くことはないほど浅い。
降り注ぐ水の冷たさは氷のようだが、先に水源を調べるナルの背中を見ればなんてことはなかった。
ようやく二人で水を噴き上げる支柱まで来ると、嵌められるような窪みや、それらしきものがないか手探りで調べ始める。
しかしその類いのものを見つけられず、水の冷たさに身体が震え始めた。
 (もしかして、設置するとかそういう事じゃないのかもしれない…)
頭によぎった可能性をつぶしてゆくため、ナルはポケットに忍ばせていた魔王の嘆きを取り出してみる。
 「うわ、すごいなそれ!」
それはナルが昨夜見た時よりも、夕刻に見た時よりも、宿屋をあとにしてきた時よりも、光を強く発していた。
 「すごい光ってるけど、これ…どういうことなの…!」
噴水の水を受けさらに青白い光を放つ宝石は、ひときわ強い光を放った後その姿を消した。
 「!?」
もしや水の中に落としたのではと二人で水中を手で探るが、どうしても宝石を見つけることはできなかった。
冷え切った身体が限界を迎え、とうとう水の中から退散した二人は濡れてしまった服に身体を震わせていた。
 「な、失くしちゃった…」
ナルは震える声で託された魔王の嘆きのオリジナルを失ったことに、ただ後悔していた。
まだ水の中にあるかもしれないが、自分もステアもとても探せるような状態ではない。
 「明日、また来てみよう…まずストレイキャットもどろう!風呂だ、風呂!」
奥歯をガチガチと鳴らすほど冷え切ってしまったステアから差し出された手を握ろうと、ナルも手を伸ばした、その時だった。
 「あっつ!!」
ナルの手から火傷をしたのかと錯覚するほどの熱を感じ、ステアは思わず飛びのいてしまった。
 「ナルおまえ、熱すごいぞ!」
 「ええ?!」
驚いたのはナルも同じであり、自分がそんな高熱を出している状態なんて気付かなかったのだ。
しかし、熱の原因はそこではなかった。
ステアから弾かれた自らの手、それをナルが見た時、それはもう始まっていたのだ。
 「…なに、これ…」
掌には所せましと小さな光の文字のような模様が浮かび上がっており、それが噴水の台座に描かれているものと同一のものだと気付くに時間は要さなかった。
その光景を見たステアも目を見開き、ナルになにかしらの異常事態が起きているのを確信する。
 (さっき光ったやつ、やっぱり落とした訳じゃなかったんだ…!)
ステアがそう思った、その時だった。
我が身に起こる異変に揺らぐ心。
不安で心を埋め尽くしたナルが縋る相手は、ただ一人。
 「ど、どうしよう…お師匠様…!」
ナルが強く思い浮かべたのは連絡の取れぬ師、ファルであった。
その途端、ナルの足元に黒く染まったワープポータルに酷似した転送魔法が巻き起こり、足元から絡みつくように施行された魔法は、瞬く間にナルの身体を飲み込んでゆく。
 「ステア様っ!」
悲鳴のような自分を呼ぶナルの声に、ステアは迷うことなく手を伸ばす。
しかしそれは寸前の所で届くことはなく、ナルはステアの目の前で姿を消した。
辺りに響く噴水の水音。
噴水の台座前で姿を消したナル。
もはや悪夢のような現状に、ステアは毛が逆立つような感覚を覚えた。
 「くそ…っ!」
冷え切った身体を引き摺るように、ステアはストレイキャットの邸宅へ一目散に走りだしたのだった。