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第15話 本物と偽物

ナルのワープポータルにて降り立ったのはプロンテラ大聖堂前で、夕刻を過ぎた首都は相変わらずの賑わいを見せている。
ストレイキャットたちはナルに案内されるまま扉を開き、静まり返った大聖堂内へと足を踏み入れた。
礼拝時間は終わりを迎えているため、人気のない聖堂内は厳かな雰囲気に包まれている。
ステンドグラスから差し込む夕日は色とりどりに光を散らし、ルーンミッドガッツ王国の首都に相応しい荘厳さにステアは息をのんだ。
 「うち、信仰心ないけど…これは、なかなか…」
虹色に照らされる聖堂内の美しさはミカも納得でき、ステアの意見に頷くとうっとりと目を細める。
 「人が造った神聖な場所だからこそ、余計にその美しさがわかるのよ」
納得のいくミカの言葉を噛みしめていると、ナルが右の廊下を指し示しているのが目に映る。
どうやら目的のマルシス神父は、あの廊下の先にいるらしい。
 「みんな、こっちだよ」
ナルに案内されるまま廊下の先にある一室、その扉をノックすると老齢の男性から返事があり、ナルは手馴れた様子で部屋の扉を開いた。
 「マルシス神父、ナルです」
 「どうぞ、お待ちしていましたよ」
扉を潜った先、マルシス神父はナルとともに訪ねてきた若い冒険者たちを見てすこしばかり驚いた表情を浮かべた。
どうやらナル一人で訪ねてくると思っていたのだろう。
ナルはギルドに所属したことを伝え、そのギルドの仲間たちであることを説明した。
彼女の話に頷き、訪問を快く理解を示してくれたマルシス神父に対し、ステアが一歩前に出て頭を下げる。
 「ナルが所属するギルドマスターのステアと申します、突然の訪問となり大変失礼します」
普段の粗暴なステアから考えられない凛とした姿にユグとミカは驚きを隠せない様子であったが、ナルは自らを含めて挨拶をしてくれたことを嬉しく思う。
 「どうぞお顔を上げてください、ナルも良い仲間を得ましたね」
 「はい、神父様…!」
マルシス神父もステアの態度とナルの表情に信頼を感じ、ゆっくりとした動作で立ち上がると全員にソファへ腰を下ろすように勧める。
部屋の灯りはガス灯を使っているのだろう。
ゆらゆらと揺れる暖かな火は、見ているだけで心が落ち着く。
全員が座ったのを見たマルシス神父は部屋の本棚から一冊の本を取り出しテーブルに置いた。
そして、ナルの向かいに座った神父は、悲痛な面持ちでナルに尋ねる。
 「ここへ来たという事は、ファルは戻らなかったのですね…?」
 「はい、約束の時刻は過ぎ、これを開けろと…」
ファルからの手紙を見せるとマルシス神父は溜め息をつき、まるでなにかを諦めたように肩を落とした。
そしてテーブルの引き出しから宝石箱を取り出しその蓋を開くと、中が見えるようにテーブルに置く。
中にはナルがよく知る、魔王の嘆きと瓜二つの宝石が納められており、またそれが本物ではないことにすぐ気付くこととなった。
 (…輝きが…足りない…)
ファルより受け取った本物の魔王の嘆きは命の息吹を感じさせる魔力に満ち溢れており、わずかながら自ら発光する不思議な宝石だ。
ナルの目の前にあるこれは魔力の波長こそ似ているがとても弱々しく、発光する素振りすらない。
偽物であると確信していると、ミカの髪の色がほんのり赤みを帯びはじめる。
 「…魔王の嘆きのレプリカが、なぜここにあるの?」
間違うことなく言い当てた宝石の名と、髪が染まるその出で立ちにマルシス神父も彼女こそがゲフェンに代々続くトゥエラーシュ家の令嬢であると気付き、一度だけ強く頷き「これから順を追って説明をします」と告げてくれた。



話はゲフェニアで起きた事件まで遡り、このレプリカが最初に使われた経緯をマルシス神父は語った。
 「どうやらレッケンベル社が送り込んできたようなのです…」
シュバルツバルド共和国にある都市リヒタルゼン。
そこにあるレッケンベル社は、もはや一国といえるほどの資産を有し、共和国お抱えの大企業である。
人々の暮らしを良くするためと言えば聞こえがいいが、様々な分野に精通する貿易をこなしており、ルーンミッドガッツ王国とアルナベルツ教国まで飛行船の運営をし、各地にふといパイプラインを築いているほどのやり手でもある。
現に流行り物といえばレッケンベル社の製品が巷に溢れかえっており、もはや世の話題の中心ともいえる。
有名なだけ悪い噂も流れており、よく耳にするのは会社の地下に大きな実験施設がひろがっており、非人道的な人体実験を行っているというもので、都市リヒタルゼン内で分け隔てられている貧富による激しい格差社会もその噂に尾ひれをつけているのだ。
身寄りのない貧しい人たちを金で買い取り新商品の実験台にするのは、誰しも耳にしたことのある噂話。
そんなレッケンベル社が送り込んできたと聞き、ミカは眉を顰め、マルシス神父に問う。
 「レプリカは合計で七個存在するけど、たしか王国側に管理権限があったはずよ?」
 「ええ、それが権限を買い取られてしまったようで…」
すっかり肩を落とすマルシス神父の姿に、怒りの矛先が向けるに向けれないミカは盛大な溜息をついて口を噤んだ。
 「どうやらレッケンベル社は、ゲフェニアの悪魔になんらかの可能性を感じているようなのです」
 「ちょっと待ってくれ、話がまったく見えないぞ!」
とうとう黙っているのに辛抱堪らなくなったステアが声を上げた。
 「まず、その魔王の嘆きってなんなんだ?」
ステアの問いにミカがふたたび溜め息をつき、ほんの少し面倒そうに口を開く。
 「…私から説明するわ、神父様もそれでいいかしら?」
 「ええ、トゥエラーシュ家の方からのお話であれば間違いないでしょう、お願いします」
マルシス神父とミカは互いに頷き、ミカの口から魔王の嘆きとはなんなのか、語られる事となった。
 「魔王の嘆きとは、ゲフェニアへの鍵そのもの」
魔法都市ゲフェンの地下深く、今も封じられているゲフェニア遺跡。
そこにはエルフの秘宝と呼ばれる、無限の魔力回路が封じられているという。
秘宝の秘密を紐解けばあらゆる望みが叶えられるというが、秘宝についてはミカも詳しくは知らないのだと語る。
 「それよりも重要で厄介なのが、ゲフェニアの悪魔よ」
彼の地に閉じ込められている悪魔、ドッペルゲンガー。
魔王の嘆きとはゲフェニアの扉に鍵を掛けるものであり、その鍵を以てして悪魔を封じているといっても過言でない。
本物の魔王の嘆きをつかえばゲフェニアの望む場所へ行き来ができ、悪魔の使役も思いのままという。
 「ならその本物の嘆きで、ずっと言う事聞かせてればいいんじゃないのか?」
ステアの質問にミカは首を横に振る。
 「魔王の嘆きは使う度に使用者の命を削るの、とてもいう事なんて聞かせてる余裕なんてないわよ」
 「うげぇ…生贄かよ…」
すっかり表情を苦い物へと変えたステアを横目に、ミカは話を続ける。
 「ここで問題なのが、レプリカをほとんど使い切ってるということね…」
ミカの話では遠い昔にトゥエラーシュ家の当主であったウィザードと、高度な技術をもったアルケミストが力を合わせ、魔王の嘆きを模造して作った欠片が六個、そしてゲフェンタワーそのものを一個として数え、計七個の魔王の嘆きのレプリカを作ったのだという。
オリジナルとなる魔王の嘆きは鍵としての側面が強く、本来の力を発揮できていないため、その余った分の魔力を引き継がせたレプリカを七個に分けることで封印の力を高めていたのだ。
レプリカ自体は魔力を分けただけの媒体に過ぎず、道を開く用途はないため、鍵としての使用をすればそれ自体が壊れてしまう。
つまりレプリカを使用するほど悪魔を間接的に弱らせていた封印の力は弱まり、悪魔の力は取り戻されてゆくと、ミカは神妙な面持ちで告げた。
 「それって…今のゲフェニアの悪魔は、すごく強くなってるということ…?」
ナルの質問に、ミカはただ静かに頷く。
 「そんな…お師匠様、いま…ゲフェニアにいるのに…」
 「なんですって?!」
膝から崩れ落ちたナルに、ミカは顔を青ざめさせながら悲鳴にも似た声を上げた。
はやる心臓を押さえつつ、先ほど宝石箱の中に収められていたレプリカを思い出し、ミカはマルシス神父に問う。
 「神父様、今、現存しているレプリカの数は?!」
 「宝石の形をしているのは、もはやこれだけです…!」
ゲフェンタワーそのものは別として、残すレプリカはあと一個という事実はあまりに残酷なものであった。
おそらくゲフェニアの悪魔はほぼ全盛に近い状態になりつつあるであろうし、これ以上レプリカで扉を開くことなど出来るはずがない。
 「…お師匠様…」
ナルは師から受け取った本物だという魔王の嘆きを、大切そうにテーブルの上に置く。
それは淡く青白い光を辺りに溢れさせ、その美しい輝きにその場にいた全員が本物であると確信させ、またミカを驚かせた。
 「ナル、これをどうして!?」
ミカの問いに涙を浮かべ、ただ師から渡されたことを伝える。
 「ねえミカ、これを使えばお師匠様を迎えにいけるの?」
 「行けるけどダメよ!選ばれなくては、それは使えないのよ…」
ナルの問いを否定し、ミカはナルがプリーストへ転職したあの日、ドッペルゲンガーの影が言ったことと同じ事を口にした。
 「選ばれるってなに?どういうことなの?」
涙で震えるかすれた声。
そこに邪な気持ちなどなく、ただ師を思う弟子のそれだけがありミカは息をのむ。
ナルの紺碧の瞳とミカの若草色の瞳が交差し、もはやミカが折れるのは当然の結末だった。
 「魔王の嘆きが選ぶのよ、使用できる触媒となる人間をね…」
トゥエラーシュ家は代々、魔王の嘆きに選ばれ命を削って封印を継続する役割を担っている呪われた血筋なのだとミカは語った。
誰でも魔王の嘆きに選ばれるわけではなく、何代も選ばれないこともあるという。
レプリカの存在は当主が魔王の嘆きに選ばれなかった際の保険での意味合いも強く、だからこそ必要なものだったのだと付け足した。
 「…私は…選ばれなかった次期当主だから…」
ミカはそう言うと俯き、肩を落とす。
 「トゥエラーシュ家のものではないと嘆きに選ばれないの、ごめんなさい…ナル…」
それはつまり、今ゲフェニア遺跡でファルの身になにが起こっていたとしても助けに行くことはできないという宣告で、ナルはオリジナルの魔王の嘆きを大事に握りしめ涙を流した。
ミカとナルのやり取りに口を噤んでいたステアとユグは居た堪れない気持ちを持て余し、マルシス神父はこれ以上は犠牲者がでないよう、レプリカを厳重に預かる約束をしてくれた。
窓の外はすっかり夜の帳が降りており、ストレイキャット達はそれぞれの思いを胸にゲフェンへと戻ることにしたのだった。