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第14話 動き出す者達

一方その頃、早朝に宿屋イフリートをあとにしたファルはゲフェンダンジョンの四階層目へと到達していた。
ファルが招集された調査隊はプロンテラ王立騎士団と大聖堂、それぞれから選りすぐりの三名が選ばれたものであった。
騎士と聖職者が対となるよう合計三つのパーティを編成して戦力を分配しつつ、くまなく四階層目を探索してエルフの秘宝を探し出すことを目的としており、ファルは女性の騎士と共に慎重に歩みを進めていた。
侵入経路は魔王の嘆きの模造品であるレプリカを用いたもので、ファルが手に入れた事前情報の通りゲフェンダンジョン三階層目にあるモニュメントを起動させてのものだった。
レプリカによる転送はわずかな時間しか道を開くことができず、帰還時には砕け散るため使い捨てとなっており、またレプリカ自体も希少ゆえ失われた物も含めた数は計六個。
最初の先遣隊のあと三度の調査を経たが成果は得られず、事実上これが最後の調査となっていた。
残すレプリカは大聖堂に預けられた一個だが、今回の調査で成果を得られぬならば使うことなく封印という処置となるであろうと大司教からの言葉を思い出し、ファルは口を固く結ぶ。
 (願わくばこのままゲフェニアの悪魔とは遭遇しないでおきたいけど…)
しかし彼には予感があった。
虫の知らせと呼ばれるこの感覚はファルが生まれてこの方めっきり外すようなことはなく、むしろ的中するといっても過言ではないほど。
 (ああ、嫌な予感がする…)
先を歩く女騎士、名をマリアと名乗った彼女は腕利きで有名な騎士だ。
他に選ばれた騎士二名と、自分の他に選ばれたプリーストも名前は聞いた事がある程度には腕の立つ者ばかりで、今回の調査に対する上層部の本気度が伺える。
今回の調査隊代表としてレプリカを渡されたファルは、呼吸を整えながらどんな些事にも対応できるよう、常に周囲に気を向けながらダンジョンを進んでいた。
それはマリアも同じようで、四階層目に侵入してからというものいつでも抜刀できるように手を愛用の剣へと添えている。
 (他のパーティは無事なのかな…)
人の気配を感じにくい場は結界の類いなのだろう、複雑な魔力の流れが渦巻いており、緊張感をさらに煽る。
 「…ファル殿、お気付きかしら?」
マリアからの声掛けに頷く。
 「音、ですよね?」
 「ええ、まったくしません」
周囲に響くのは二人の足音のみ。
しかし広い空間で反響するような事はなく、まるで空間に飲み込まれていくように不自然に消えてゆくのだ。
奥深い山のような、底知れぬ穴のような、まるで何かの口の中のような感覚。
周囲を見渡せば発光性の苔があちらこちらに自生し、ほんのり青緑の色を伴い光っている。
 「特殊な魔法が掛けられているのでしょうね、音と共になにかを失うような…」
マリアの言葉に呼応するかのように、ファルが唱えていたルアフの灯が空気に吸い込まれるように消えてしまった。
すぐさま次のルアフを焚くが、二人はそれで確信をした。
 「…魔力を吸う呪い、ですかね…」
二人は互いに顔を見合わせ、緊張した面持ちで頷く。
ファルほどの使い手が探索中にルアフの灯を消すなど考えにくく、それが現象として起こったとなれば攻撃による妨害をされた、もしくは使用者の魔力の枯渇。
そのどちらも該当しないとなると、思い当たるのは行使している魔法自体を吸い取られたに他ならない。
マリアもさらに緊張した面持ちで進むべき先を見据える。
 「長居は無用です、さっさと探索を終え他の方々と合流しましょう」
 「ぼくも賛成です、急ぎましょう」
二人は先ほどよりも歩幅を増やし、恐怖を振り払うように先を急ぐ。
目的地はこの階層の端にあるという転送装置。
そこにレプリカをかざせば帰還の道が開き、ふたたび三階層目の地を踏むことができるのだという。
 (先の調査隊は魔力を吸い取られたなんて報告あげてなかったぞ…)
なんらかの意志を感じ、ファルはさらに嫌な予感を強くする。
今回の調査は意図的に仕組まれた物であり、騎士団と大聖堂からなんらかの理由による口減らしのための人選の可能性もある。
そもそもゲフェニアの悪魔は、ゲフェンのトゥエラーシュ家が封じる役割を担っているはずで、今回の調査に口を挟んでこないのも引っ掛かる。
 (…この極秘任務、誰が仕組んでいるんだ…)
遠いシュバルツバルド共和国、そこにあるリヒタルゼンという都市から流れてくる噂話が脳裏をかすめる。
ありとあらゆるモンスターを集めているという噂に妹のネスの件を思い出しつつ、ファルは鼻腔を刺激した匂いに足を止めた。
 「…ファル殿、よろしいですか?」
同じく足を止めたマリアも気付いたのだろう。
 「…間違いないです、血の匂いだ」
魔力の枯渇を考慮し、最低限の補助魔法を施し二人は先を急いだ。
ルアフの灯に照らされたその先は大きな血だまりで、新しい死の香りがただよっていた。
それは紛れもなく共に四階層目へと突入したパーティのうちのひとつで、つい先刻まで息をしていたのが伝わるほど、まだ暖かさを保っている。
 「これは…」
マリアが騎士であった躯を見て言葉を失う。
屈強な鎧が自慢であった騎士の、もはや意味を成さぬほど叩き壊された防具の数々。
騎士の相手がどれほど恐ろしい力を有しているか、またどのように死を運んだのか想像を絶する有様は言葉を失わせる。
傍らのプリーストは喉が裂けており、詠唱することを許されぬ致命傷は、相対した者による殺意の波動を感じさせずにはいられない。
 「マリアさん、これを」
ファルはマリアに帰還魔法の施された蝶の羽を手渡す。
それはファルがこのプリーストのようになる可能性を予感させるものであり、いざとなれば一人でも逃げれるようにかけた保険でもあった。
 「ファル殿、私はプロンテラ王立騎士団の騎士です、あなたのワープポータルで帰還しますとも」
マリアは蝶の羽を受け取らず、それを丁寧にファルに返す。
つまり騎士として聖職者を守り、降りかかる災いを跳ね除けると、そう宣言したのだ。
 「心強いですね…それでは、行きましょう」
ファルの言葉に頷いたマリアは、恐らくそう遠くへは行っていないだろうゲフェニアの悪魔を目指しふたたび歩き出す。
まだもうひとつパーティは存命中のはずであり、ゲフェニアの悪魔と遭遇する前に合流できれば心強い味方になるのは確実。
一欠片の期待を心に宿しつつ、ふたたび消えたルアフを灯し、二人は呼吸を合わせる様に静かに進む。
 (やはりいるのか、ドッペルゲンガー…!)
緊張で震える手に苦笑しつつ、ファルは残してきた愛弟子を心に浮かべた。


夕刻迫る魔法都市は、夕市の賑わいに染まっていた。
夜ともなればモンスターの侵入を防ぐ為、街の三方向にある門は堅く閉じられる。
それゆえ出入りを急ぐ冒険者はもちろん、商人たちの動きも活発になる時間帯ともいえた。
 「ナル、このまま夕飯はどうだ?」
すっかり場に馴染み身の上話に花を咲かせていたナルは、ステアからの声掛けに師の夕刻時への帰還を思い出し慌ててソファより立ち上がった。
 「折角だけれど、お師匠様が帰ってくるかもしれないので…」
 「ん、ファルさん、だっけ?」
師の話も洗いざらいすべて話したのと、物覚えのいいステアはナルの師であるファルの認識も早かった。
 「ファルさんも呼んだらいいさ、うちも挨拶しておきたいしな」
ステアの申し出は親切と思いやりに溢れ、ナルは胸を期待に膨らませる。
もし師もこのストレイキャットを気に入り、一緒に加入となればどれほど幸せだろうか。
 (そうなったら嬉しいけど…)
踊る心は師から預かったポケットにある魔王の嘆き、そして共に仕舞った手紙を思い出すと、先約であるファルからの約束に色濃く染まった。
ゆっくり手紙のみ取り出して師から言われた「夕方までに戻らなければ開封するように」と言付けされていたのをステア達に伝えると、ミカはなにかを感じ取ったのか、その手紙を見つめ、目を細めて口を開いた。
 「ねえ…不思議な魔力の欠片を感じるのだけど…?」
 「え、手紙…?」
ナルの言葉に頷き、ミカが手紙に手を伸ばした。
途端に手紙とミカの手の間に小さな稲妻のような電撃が走ったのが見え、一同は言葉を失くす。
 「な、なに…いまの…」
手紙を持っていたナルは無事だったようだが、ミカはすこしばかりの痛みを感じた己の手をまじまじと見ている。
 「ふぅん…」
指をこすり合わせ、なにかを確かめる様に目を細める。
ナルは内心、師から預かっていた本物だという魔王の嘆きのせいなのかと不安になったが、今はそれを話す時ではないと判断し、ミカの指先に手を添えるとヒールを唱えた。
みるみる痛みの引いた指先を見つめつつ、ミカはありがとうと告げ、少しばかりの笑顔を見せてくれた。
 「ミカ、大丈夫だった…?」
 「ええ、おかげさまでなんともないわ」
心配するナルに落ち着き払った様子を見せたが、やはり引っ掛かるものはあるようだ。
ソファから立ち上がったミカはマントを羽織り直し、ステアとユグを見下ろすと決意の瞳で告げる。
 「ナルを宿屋まで送るわよ、それで待ち人来たらずであれば手紙を見るわ」
 「やっぱりそうなるかー」
ステアはどこか嬉しそうに立ち上がり、弓を手に出かける準備をし始める。
隣のユグといえば何かを唱えエプロン姿からウィザードの正装へと変化し、いつでも出かけられる状態へと変化をした。
 「あ、あの…みんな、そこまでしてもらわなくても大丈夫だよ?」
ナルの言葉に首を横に振ったミカは、きっかけとなった手紙を指差す。
 「あんな結界かけられてるなんて、ただごとじゃないわ?」
 「あれって結界だったのか!」
驚くステアにユグは得意げに口を開く。
 「優秀なぽんぽこは最初から気付いてましたけどね?」
 「お、タヌキ鍋がうまい季節なの忘れてたな」
 「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
ステアとユグの夫婦漫才を横目にストレイキャットの溜まり場を出た四人は宿屋にてファルの未帰還を確認すると、夕暮れ時のゲフェンタワー前で手紙を開封することにした。
ナルが開ける手紙はおとなしいもので、先刻のミカの様子など微塵も感じさせず、つまりそれはナルの為だけに用意された手紙だったことが伺える。
しかし中身は一枚の便せんのみで、その内容を最初に目にしたナルは首をかしげてしまった。
 「…プロンテラ大聖堂のマルシス神父の元へ向かうように、って…」
それはナルを新たに導く大きな運命の分かれ目となるものだったが、それとは知らぬ野良猫たちは身を寄せ合うばかり。
 「じゃあこのまま皆でプロンテラへ行くのかい?」
ユグの言葉にミカは頷く。
 「当然でしょ、絶対なにかあるもの」
ミカの言葉にステアは楽しそうにウインクしてみせる。
 「ここまできたら、旅は道連れだな」
意気込むステアを隣に、ナルは不安そうに尋ねる。
 「影さまはほっといていいの?帰ってくるんじゃ…?」
 「あー、影丞は巡礼のなんとかって…大聖堂から赤い手紙が届いて、お仕置きみたいな事されてるぞ」
 「お、おしおき…!」
困惑するナルを目の前に、ステアから影丞の帰宅はしばらくない事が全員に伝えられそれぞれ言葉を失う事になったが、これでようやくプロンテラへ後ろ髪を引かれる事なく向かえる状態となった。
ナルがプロンテラへのワープポータルを開けば野良猫たちは次々に転送され、ゲフェンタワーはいつものように静かに魔法都市を見守るのであった。