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第11話 誘拐命令

シオンは緩やかに、しかし確実に冷静さを失いつつあった。
それはナルをないがしろにしてしまった己への怒りが大きく、自らの怒りで太刀筋はさらに荒さを増してゆく。
また、理由はそれだけではなかった。
 (なんと癪にさわる奴らだ…!)
いくら深淵の騎士にダメージを与えども、白銀の髪のプリーストが回復させてしまう。
その連携たるや非常に的確なもので、相手にするにはあまりに苛立たしい。
互いを信じ、気遣い合う二人の姿は、古に戦いを挑んできた者達を彷彿とさせた。
先ずはプリーストを黙らせるべきだが、今はナルの手前、人間に攻撃を加える訳にはいかない。
そうなると選択する答えは、ただひとつ。
 「貴様らの相手も飽きた、そろそろ黙らせてもらうぞ!」
シオンは巨大な剣を両手で持ち、その身体を星の瞬きに委ねる。
 「あれは…ツーハンドクイッケン、ですね…!」
黄金色の瞬き、その姿を見た白銀の髪のプリーストは息を飲む。
攻撃速度を上げ手数を増やす、両手剣を扱う騎士が好んで使う集中魔法だ。
今まで以上の攻撃速度で剣撃を喰らうとなれば、深淵の騎士の体力とて危うい。
ブルージェムストーンの残り数を確認し、プリーストはアークワンドを握り直す。
 「私は持ち堪えられます、ヒラリーさんはいけますか?」
 「正直あまり余裕はないが香翠を信じよう、力を貸してくれ!」
ヒラリーと呼ばれた深淵の騎士の力強い答えに、香翠と呼ばれたプリーストは強い眼差しで頷く。
深淵の騎士より発せられた声、それは間違いなく男性の声であり、ナルは自分の耳を疑わずにはいられなかった。
 (今、深淵の騎士が喋った!?)
まさか意思疎通まで実現しているなど想像すらしておらず、目の前の現実にただ驚いた。
白銀のプリーストは深淵の騎士へと惜しむことなく、祝福魔法を次々と施してゆく。
 「これで最後です!ブレッシング!」
天使は深淵の騎士を祝福し、勝利を授ける為の讃美歌を歌う。
もちろん勝利などくれてやるつもりのないシオンは、冷ややかな瞳で剣を構える。
 「どうにか押し切ってください!一緒にあのプリーストを助けましょう!」
白銀の髪を揺らし、深淵の騎士の士気を高める。
その声掛けと様子は真実を揺さぶり、ナルの心は疑問で溢れてゆく。
 「シオン、あの二人…やっぱり本当に勘違いしてるだけじゃない?」
どこか遠くでナルの声が聞こえる。
すでにシオンは、ゲフェニアの悪魔へと成り果てていた。
 「シオン、聞こえてる…?」
剣を取る手は相手を倒したいと打ち震え、戦いを求める衝動は抑え切れない。
 「ねぇ、シオン…待って!」
懇願する声は聞こえているのに、剣を握る手にはさらに力がこもる。
息遣いは獣のように荒く、その瞳は深淵の騎士だけを捉えている。
 (倒さねばならない、どうしても、なんとしても…!)
思考は黒く暗く塗り潰される。
この手を血で染めねばならない。
 (相手を屠る、それこそ我が誇り!)
もうナルの声すら届かない、そこは深い闇の底。
その闇を引きずるようにナルの傍らから離れようとした、その時だった。
 「だめ!」
シオンが足元を見下ろせば、そこには己の脚にしがみつくナルの姿。
ようやく交差した紺碧と紫電の瞳。
 「お願い、止まって…ドッペルゲンガー…」
なんと悲しい懇願の声だろうか。
 「…ナル…、そなた…!」
その声が耳にようやく届くと、今までの衝動は嘘のように掻き消えてゆく。
ナルの声はまるで魔法のように心へと沁み渡り、シオンは肩を落としながら剣を下げた。
その様子を見た深淵の騎士も漆黒の剣を下げ、二人は出方を伺う。
 「…なにか企んでるのでしょうか?」
白銀のプリーストが尋ねると深淵の騎士は仮面を取り、漆黒の馬から身体を降ろす。
 「どうやらあの女、さらわれて来たのではなさそうだな…」
血のような赤い瞳でゲフェニアの悪魔を見つめる深淵の騎士は、プリーストのアークワンドを下げさせる。
 「そうでしょうか?私にはそうは見えませんけど…」
怪訝そうな面持ちのプリーストを制止させ、深淵の騎士は尋ねる。
 「お前たちは何者だ、何故この騎士団を荒らす?」



 「…そうだったんですか…」
白銀のプリーストは胸に手をあて、なんとも気の毒そうに呟く。
ナルとドッペルゲンガーは騎士団を荒らしたことを謝り、記憶を失い、追っ手から逃げていることを説明した。
 「本当にごめんなさい、ここを荒らすつもりはなかったんです…」
ナルの謝罪に深淵の騎士は重いため息をはく。
 「同じ闇に属する者として、彼の衝動は分からないでもないからな…仕方あるまい…」
その言葉にプリーストは首をかしげて問う。
 「ヒラリーさんも自分の意志とは関係なく、戦いたい時があるんですか?」
ヒラリーはすこしだけ考える素振りを見せ「たまに、な」と答える。
人間と寸分変わらぬ様子で会話をする深淵の騎士、その姿は魔物とは思えなかった。
漆黒の鎧さえなければ、人間であると言われても分からないだろう。
それほどにこのヒラリーという名の深淵の騎士は、あまりに人間染みている。
 「でも驚きました、まさか深淵の騎士と…意思を通わせているなんて…」
言葉を選び、ナルはその衝撃を伝える。
ナルの言葉にプリーストは目をぱちくりとさせていたが、すぐに笑顔を浮かべた。
 「私も驚きました、ゲフェニアの悪魔と行動を共にしている方がいるなんて!」
さらわれてきたのかと思ったと付け足し、申し訳なさそうに笑った。
それはナルの隣に佇むシオンが、なんとも罰の悪そうな顔をしていたからだ。
 「気を悪くしてごめんなさい、あ、私は香翠と申します」
遅ればせながら自己紹介をした香翠は、嫋やかな身振りで丁寧に挨拶をした。
そして傍らの深淵の騎士を見上げる。
 「こちらの深淵の騎士はヒラリーさん、こう見えて優しい方なんですよ?」
 「む、こう見えて…?」
香翠の言葉が引っかかったのだろう。
ヒラリーは香翠の頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
 「オレは、い、つ、で、も、優しいぞ?」
 「いたた!もー!やめてくださーい!!」
抗議の声を上げてヒラリーの優しさから逃げようとするが、身長差も力差も歴然な香翠はやられ放題だ。
二人のやり取りを微笑ましく見ながら、ナルも自己紹介をする。
 「私はナル、こっちは紹介するまでもないかな?」
ナルの紹介にも無表情で貫くシオンの姿に、見兼ねたヒラリーが小言のように告げる。
 「…おまえ、それだとナルが一方的に苦労するぞ…」
ヒラリーの言葉にピクリと反応し、シオンは視線をナルに移す。
その視線に気付いたナルはなんとか取り繕おうと「がんばって」と苦笑する。
しかし、納得いかないのか、シオンは鼻であしらってしまう。
 「我にはナルだけだ、それでいい」
きっぱり言い切ったシオンに、ヒラリーは盛大にため息をつく。
 「おまえはそれでよくとも、傍にいるナルが孤立するだろう?」
 「それは願ったり叶ったり、ナルにも我だけいればいいのだ」
その言葉にヒラリーは惜しげもない怪訝な表情を浮かべ、香翠はナルにそっと耳打ちをする。
 「なんだか独占欲が強くて大変ですね…?」
香翠の言葉に苦笑しつつ、ナルはシオンへ向き直る。
 「お願い、私はちゃんと挨拶してほしい」
そう言われたシオンは少し考える。
 「…ナルがそう言うのであるなら…」
気乗りしない様子ではあるが、シオンは深淵の騎士を瞳に映し、口を開いた。
 「…ゲフェニアで悠久の時を生きた悪魔だ、名前は知っているだろう」
ぶっきらぼうな自己紹介にヒラリーは唸りながらも「まぁ合格にしてやろう」と、シオンの頭を撫で回した。
抵抗する様子なく頭を撫で回されたが、ヒラリーが香翠の傍に戻った途端にしっかりと前髪を直す。
 「それで、お二方はどうしてグラストヘイムにいらしたんですか?」
いくら追っ手が掛かっているとは言え、わざわざ早朝のグラストヘイムに来るのはあまりに危険過ぎる。
ここは魔物が住まう地。
迷い込む場所が悪ければ、闇を統べる王に出くわす恐れもあるのだ。
 「記憶がないせいで地理に自信がなくて…、彼と一緒ならダンジョンのが都合いいかなと」
 「なるほど、それは確かに一理ありますね」
ゲフェニアの悪魔を連れて街中を歩けば、いくら人に酷似しているとはいえ気付かない人がいない訳ではない。
ダンジョンに潜っている方が、幾分かは安全だろう。
 「今回は騎士団に足を踏み入れたのが、なんとも不幸中の幸いだったな」
ヒラリーの言葉に香翠は頷く。
 「ええ、私達が発見者で良かったです」
グラストヘイムに住まう者としても、ゲフェニアの悪魔がここに出没する等と噂が立っては都合が悪い。
しかもプリーストが連れていたとなれば話は余計、大変な事態へとなる。
そんな話をしているとレイドリックが一体、ヒラリーの元に走ってきた。
 「…冒険者の来訪か、香翠は二人を連れて隠し部屋へ」
ヒラリーはそう指示すると再び仮面を付け、漆黒の馬に跨がり香翠達に背を向ける。
 「残念だが俺はここまでだ、縁があればまた会えるだろう、さらばだ」
ヒラリーが冒険者の相手をしに向かったのを確認した香翠も立ち上がり、彼が進んだ方向とは逆の方向へ身体を向けた。
 「さあ、お二人はこちらへ」
香翠が先頭に立ち、騎士団の中に存在する隠し部屋へと歩みはじめた。
途中でライドワードが数冊飛来したが、香翠を姿を見るやいなやまるで犬のように撫でろと擦り寄ってくるではないか。
香翠が慣れた手付きで優しく触れれば、それで満足したように飛び去っていった。
 「すごい…懐くんですね、ライドワードって」
ナルの言葉に香翠はくすりと笑う。
 「こう見えて、私、騎士団歴長いですから!」
狭い廊下を抜け、広間に出る。
レイドリック達がいるが襲ってくる様子は微塵も感じられない。
これも香翠と同行してるお陰なのかと思うと、ナルは彼女を心強く思う。
香翠が細い指で煉瓦の壁、その隙間を弄る。
すると数歩先の床の一面だけが引き摺られ、人が通れるほどの通路を開けた。
 「少し暗いので気を付けて下さいね」
ルアフで灯りを確保し、香翠は中の階段をゆっくり降ってゆく。
二人も続いて階段を降れば床は口を閉じ、辺りはレイドリックが闊歩するいつもの騎士団へと戻った。



一方、ゲフェンに戻ったファルは、ストレイキャット近くのカフェに腰を下ろしていた。
先にギルドの溜まり場となっている邸宅へ足を向けたところ、ファルの予想通り付近には不審な輩が潜んでいた。
それに気付いたファルが近くのカフェへと移動すれば、それは面白いほど簡単に釣れた。
もはや焦る必要などなく、ファルは優雅に紅茶と軽食に時間を割くことにする。
 (…二人って所かな、ぼくの挙動を気にしているの…)
人の気配を読むのは、アサシンだった頃の得意技。
追っ手と思しき相手を絞り込むなど、まさに朝飯前だ。
候補にあがっている相手はセージの男と、ブラックスミスの男の二人組。
大雑把で無駄の多い監視は、こちらを気にしているのが丸分かりだった。
ファルは退魔師として名を馳せているゆえ、出会えた記念にと握手を求められたりすることもあるが、その二人組にそのような雰囲気はない。
 (お腹も膨れたことだし、そろそろやられてやりますか…)
支払いを済ませ、ゲフェンの街へと繰り出す。
ファルを追うように店を出たのは、やはり例の二人組。
 (うん、間違いないね)
手応えを感じるまま西門よりゲフェンを後にし、グラストヘイムへと続く橋まで来れば人の気配もなくなる。
そしてようやく待っていましたと言わんばかりに、ファルの足元にスパイダーネットが展開された。
 (なるほど、こういう慣れはしてるのか…)
慣れた手口に眉をしかめつつ、ファルはわざと声をあげた。
 「これは…!?」
焦る演技も追加すれば、うまく罠にかかったように見える。
我ながら上出来だと自画自賛すると、それぞれ顔半分を仮面で覆った二人組が姿を現した。
 「…ファル・スカイだな?」
セージの男がファルに問う。
 「…そうだけど…君たちは?こんな真似をして、ただで済むと?」
次の瞬間、ブラックスミスの男がファルの襟元を締め上げた。
すぐに呼吸は苦しくなりファルは苦しそうに咳き込む。
 「お前の弟子の正体、それをバラされたくなければ、弟子の居場所を言え!」
アサシン時代に拷問の類は必須鍛錬としていくつも受けてきた。
危機的な状況はファルをより冷静にし、適切な対処を促す。
 「な、んの…こと…だ!」
ようやっとといった様子でそれだけ発すると、ゲフェン西門の方角にて恐らくグラストヘイムへと向かう冒険者であろう、人の気配を感じた。
セージの男は状況悪化に焦り、ファルを一瞥すると吹っ切れたように声を上げる。
 「人が来る!このままレッケンベルに連れていけばいい!」
ブラックスミスの男は受けた言葉そのままに、全力でファルの腹部に拳を叩き込んだ。
ファルは苦痛に顔を歪ませ、状況を優先するため気絶したふりをする。
 (…このままレッケンベルまで連れてってくれるなんて、望んだとおりの展開だな)
あとは、ほとぼりが覚めるまでナルが逃げ回ってくれれば、記憶が戻らずともなんとでもなりそうだ。
自分が傍を離れている間、ナルのことはシオンが守ってくれるだろう。
その事はすこしばかり癪に障るが、もはや選ぶ道は少ないと、そこは腹に収める。
 (ぼくがいない間に、記憶が元に戻るといいんだけどな…)
ナルの不安な顔、それはファルにとっても心が痛むこと。
またあの甘えたな弟子に戻ってくれるのを祈り、ファルはレッケンベルへと誘拐された。



そして、フェイヨンに残されたストレイキャットの三人。
それぞれ疲労困憊といった様子でソファに座り、休息にすべてを充てていた。
ミカは一番広い三人掛けのソファに陣取り、マントを毛布代わりにして眠っている。
ステアが窓の外から射し込む朝の陽光を見つめながら呟いた。
 「ユグとフェイヨンに来るなんて、久し振りだなぁ…」
すこし微睡んでいたユグは掠れた声で「うん?」と返事をする。
 「…なぁ、ナルが魔王の娘っていうけど、なんなんだろうな…」
問いの意味を捉えられず、ユグは首を傾げる。
 「どういうことだい?」
ステアはすこし考えた様子だったが、言葉を選ぶと続けた。
 「やっぱり、人間じゃないのかなって…」
ユグは数回瞬きをしたのち、ようやくステアの心持ちを理解してクスクスと笑い声を上げる。
その反応に不服そうな表情を浮かべ、ステアはユグを睨んだ。
 「…な、なんだよ?」
 「いや、ぼくみたいにスモーキーが一緒にいるのに、そこを気にしちゃうのが面白くてさ」
確かに人に化けれる程の変化術を使えるスモーキーなど、なかなかお目にかかれない。
人ではないユグをギルドメンバーとしてすでに迎え入れてるのだから、人ではない者が増えたとて今さらなんだと、そうユグは笑い飛ばしたのだ。
 「そうだな…なんつーか、やっぱ縁ってやつなんだな」
どうやらステアなりに決着がついたようで、いつもの強い眼差しを浮かべた彼女はナルの真実と向き合えそうだ。
ユグは大きな欠伸をし、その姿をスモーキーへ戻す。
よちよちとした足取りでステアの腕の中へ収まると、また一つ欠伸をした。
 「あとは、そうだね…記憶が戻ってからのフォローじゃないかい?」
眠そうに目をこすりながら、そう進言した。
今の状況を憶えているか、それでもまた対応は変わってくる。
もし忘れているのならば、あえて伝えない未来もあるだろう。
知らない幸せは誰にでもあり、何より今まで知らなくともやってきていたのだ。
ナルが知りたいと求めた時、そこから始まる事もある。
 「憶えているなら、ナルがどう受け止めるか…だよな」
ユグのふわふわした毛を撫でつつ、ステアは心を揺らす。
物思いしながら窓の外に視線を投げていると見慣れた人影が写り、はるばる寿が訪ねてきたのが分かった。
 「お、寿だ」
ステアは眠ってしまったユグを抱いたまま扉を開いた。
 「おかえり、よくここの場所分かったな!」
寿は浮かない面持ちで「うん…」と返事をすると、重い足取りで家の中に入ってきた。
空いてるソファに腰を降ろした寿は、俯きながら重いため息を吐き出す。
 「ここの場所は前もってイズミさんから聞いてたからな…」
あまりに元気がないので、もしや怪我をしてるのかと思い観察するが目立った外傷はない。
ステアもソファに腰をおろすと寿に尋ねる。
 「なんだ、どうしたんだ…?らしくないじゃないか?」
その問いに抑揚無く「うん…」と答えると、続いて寿の口からは信じられない言葉が飛び出した。
 「アサシンギルドから、ナルの誘拐命令を正式に渡されたよ…」